176話 奪還作戦
猟兵部隊の隊長の紹介が終わり、リッチ隊長がテントから外に出て行くなり俺は、「はぁ~~」っと大きなタメ息をつく。
するとエミリーが心配そうに言ってきた。
「お兄ちゃん、凄いチャレンジャーだよね。よく本人を前にして“リッチ”とか言えるよね。隙を見せたらきっと、後ろから襲われてアンデットにされちゃうから。それもお兄ちゃんは魔法使えないじゃん、だから一番下っ端のゾンビだよね」
ま、マジか。
お、俺はゾンビなのか。
アンデットになってまでモブとか、嫌すぎる!
こうなったら常に背後に気を配ろう。
テントの隙間から外を伺うと、少し離れた場所で猟兵部隊が野営の準備をしているのが見える。
その部隊の連中の身なりが酷い事。
予備の戦闘服を貰っていないのかっていうくらい汚いし、野戦服の種類もバラバラで、いったい何の兵科なのかも見た目では判別できないだろう。
それに無精ひげを生やした感じと言い、その風貌は普通の兵隊っぽくない。
規律なんて言葉はないんだろうな。
年齢は20代中盤くらいから30代くらいと俺達少年兵よりも少し高めっぽい。
あれを見れば犯罪者集団と言われれば納得できる。
これが噂に聞いた懲罰部隊なのだ。
大ぴっろげに懲罰部隊と言えないから“猟兵部隊”と名乗っているだけだ。
今更ながら、大変な厄介ごとを抱えてしまったんだとしみじみ思う。
そして翌日の夜中の内に街の奪還部隊は行動を始めた。
歩兵部隊は丘を下って闇夜に紛れて湿地帯の中を進む。
彼らは月明かりだけを頼りに泥濘の中を進んで行くのだ。
歩兵は大変だな。
だが、人の事を気の毒がってばかりではいられない。
俺達には随伴アンデットという猟兵小隊のおまけがついている。
戦車の車体後部であるエンジンルームの上や、251ハーフトラックに分散して搭乗している。
これなら歩兵の歩く速度に合わせなくても良い。
歩兵と一緒でありながら、車両速度で一気に攻め込める。
それから、彼らの猟兵小隊は通常の歩兵小隊人数よりも少ない。
というのは、補充される人数よりも減る人数の方が早いからだという。
早い話、猟兵部隊は損耗率が激しいという事。
恐らくそういう戦場へ投入される部隊なんだろうな。
幸いな事に、リッチ小隊長は251ハーフトラックに乗車だ。
俺達が乗るⅢ突G戦車の車体後部の上には、軍曹の階級を付けた分隊長を含めた猟兵4名が乗っている。
他のシーマン戦車にもそれぞれ4~5名が乗っていて、251ハーフトラックの分を含めると、合計26名の猟兵小隊となる。
規定より少ない人数だ。
「これでもいつもよりは多い方だ」とはⅢ突Gに乗る猟兵の分隊長が言った言葉。
人数が少ないのはまあこの際は目をつぶろう。
果たして実力はどうなんだ?
だいたい敵前逃亡とかしないよな。
ちゃんと戦ってくれるのか。
色々と疑問が生じて、不安げに車体後部の猟兵達に目をやると、火気厳禁の戦車のエンジンルームの上で、平気で煙草を吸っていやがる。
「こいつっ」と思って文句を言おうとしたら、あるモノが目に入って言葉を止めた。
薄暗がりの中であるが、それははっきりと俺は認識できた。
見たことがあるもの。
否、見ただけじゃない、俺は使ったこともある。
『隷属の首輪』である。
戦車闘技の時にゴブリンの闘技士に使った、奴隷に使用する魔道具だ。
それをこの猟兵はしている。
スカーフのようなもので隠してはいるが、気を付けて見ていればそれは解かる。
間違いない。
これなら命令違反はできないし、逃亡もできないな。
俺は一旦戦車の中へと入り、ケイに耳打ちした。
それを聞いたケイが装填手ハッチから顔を出して、車体後部に乗る猟兵4人に向かって口を開く。
「戦車は火気厳禁よ。その煙草は捨てなさい」
すると分隊長の軍曹が嫌そうな表情を浮かべながら返答する。
「うっるせえなあ、煙草くらいゆっくり吸わせろや」
他の猟兵3名も薄笑いを浮かべて「知った事か」的な顔をしたまま煙草を吸い続ける。
普通ならビビりそうなもの言いであるが、ケイは毅然とした態度で言葉を続けた。
「言っとくけど、これは上官からの命令よ」
すると軍曹は急に態度が改まって返答をし直した。
「りょ、了解、直ぐに捨て…ます…。くそっ、みんな、煙草を捨てろ。命令だ」
隷属の首輪の威力だな。
やはり上官の命令に従うように仕込まれていた。
軍隊なら当然仕込まれてそうなキーワードだ。
予想通り上官の命令には逆らえないようだ。
これならまともな戦闘は出来そうだ。
実力はどうだかわからんが、少なくとも背後から襲われてアンデットにされたりはしないよな。
そして俺達は所定の配置に着こうとした時だった。
一番左側を走るソーヤの3号車から無線連絡が入る。
『暗くてはっきりとは解らないのですが、ゴブリン装甲車が1両がゆっくりとですがこちらに接近してきます』
ゴブリンの偵察かもしれない。
まずいな。
このままだと接敵して俺達が近づいているのがバレてしまう。
どうせバレるなら……
「ケイ、ソーヤに敵車両を撃破するように言ってくれ。どのみちバレる」
俺の言葉にケイは直ぐに撃破指示をソーヤに伝える。
その数秒後、3号車の75㎜砲の砲口がパッと発砲炎で光り、その先にいる装甲車から激しい火柱が上がった。
残念ながら、これで敵に俺達の存在がバレた。
奇襲攻撃はなくなっってしまったという事だ。
「ケイ、作戦本部に“敵と接触、交戦せり。作戦開始を乞う”と連絡を入れるんだ」
無線連絡の数分後、街への攻撃開始用の合図でもある、迫撃砲による砲撃が始まった。
う~ん、なんか俺が作戦を動かしているみたいじゃねえか?
疑問に思いながらもK小隊は街へと進行する。
街を視認出来る所まで来ると、突然の攻撃に敵が大騒ぎとなっているのが見える。
俺達も敵が陣取っていそうな建物に榴弾をぶち込んでいく。
Ⅲ突Gは放った榴弾が3階建ての建物の1階部分を爆散させる。
すると3階部分の部屋に明かりがついて、ゴブリン兵が騒いでいる様子が伺える。
しかし、数秒後にはその建物は1階部分から順番に崩れ落ちて、最後には大量の土砂煙が舞い上がった。
だけど敵の装甲車両が見えないよな。
しょうがない。
「ケイ、街へ突入する。2号車3号車と251車両に続くように言ってくれ。4号車はシンガリだ」
俺の指示にケイは直ぐに無線で連絡。
するとあっという間に縦列が組まれて、全方位へ射撃ができる様に各車砲塔が向きを変えていく。
なんかソーヤと言いタクと言い、成長したんだなとつくづく思う。
特に抵抗もなく魔獣除けで作られた外壁の崩落部分から街へと侵入するも、直ぐに2号車から敵戦車発見の報告が入る。
「2時方向、湿地帯に向けて走行中の戦車発見。停止射撃します」
連絡が入ったと同時に2号車は急停車、車体の揺れが止まったと同時に75㎜戦車砲を発射した。
2号車が放った砲弾は敵戦車の車体後部に直撃。
すぐに敵戦車は停止し、エンジンルームから炎が立ち始めた。
敵戦車の種類はゴブリンのブレタン戦車、雑魚中の雑魚だな。
炎が出るとブレタン戦車の乗員は一斉に脱出を始めるが、それに向かって随伴歩兵であるアンデット部隊――否、猟兵達が射撃を始め、戦車ハッチから出た途端にゴブリン搭乗員は沈黙させられた。
それらを見るかぎり、この猟兵部隊の戦闘経験は決して低くはないと思われる。
ここにいる連中は、相当悲惨な戦場で生き延びてきたんじゃないだろうか。
下手な歩兵部隊なんかよりも腕は立つ。
そこへ作戦本部から無線連絡が入った。
無線連絡を受けるケイの表情が険しい。
連絡を受けたケイは即座に俺に向かって言った。
「正面の歩兵が真後ろから攻撃を受けてるって連絡が入ったのよ」
正面の歩兵っていったら、今頃は湿地帯を抜け切って街へ攻撃を掛ける頃のはず。
おかしいだろう、なんで後ろから攻撃されるんだよ。
これが今年最後の投稿になります。
来年もよろしくお願いします。




