175話 随伴歩兵
幼女中隊長から新たな作戦の説明があった。
どんな作戦かと思ったら、丘の監視所のさらに奥の敵陣へ侵攻するのだと言う。
その侵攻は俺達の戦車中隊だけでなく、大隊規模での攻勢らしい。
今回は丘の向こう側を少し行ったところに小さな街があるらしいが、その街を奪取するというもの。
他の中隊は隣の少し大きな街を攻め入るようだ。
それで俺達K小隊は丘の左側から、そして右側からは別の戦車2個小隊が攻撃を仕掛け、 中央からは歩兵部隊が行く。
ちなみに何で右翼は2個小隊で左翼の俺達は1個小隊だけなのかと思ったが、雰囲気的に質問できる感じではなかった。
う~ん、納得いかん。
偵察によると元々は人間の街だったのだが、ゴブリンに占領されてしまい、今じゃ酷い有様だそうだ。
偵察した時点では1個中隊規模の守備隊と、数台の装甲車と戦車が確認できたということだ。
正確な数両と種類は残念ながら不明。
その街が今回の目標だ。
戦略的には大した街ではないようだが、街を奪還できればその先にある敵野砲陣地に圧力を掛けられるという訳だ。
左右から戦車部隊が挟撃し、敵の装甲車両を引き付けておいたところで、迫撃砲の援護の元で中央から歩兵1個大隊が街中へと突入する。
丘と街の間には湿地帯が点在していて、車両での正面突破は難しいので、正面からは歩兵のみでの攻撃となる。
敵もまさかその攻めにくい正面から来るとは思わないから、防備は手薄という本部予想だ。
ゴブリンがそこまで手を回しているとは考えられないというのが本音だと思うが。
しかし言葉で言うのは簡単だが、かなりの死傷者が出るんじゃないだろうか。
だってあそこの地形を考えたら歩兵1個大隊でもキツイんじゃないかな。
たかがゴブリンと言えども、ある程度の準備くらいはしていると思うし。
歩兵部隊は可哀そうだな。
そんなことを考えていると、幼女中隊長と俺の視線が交差する。
「モリス伍長、何か意見でもあるの?」
いきなりかよ!
なんか言いたそうな顔してたか俺?
「え、いや、その~、正面の湿地帯が点在している場所なんですが、あそこを歩兵が進んで行くんですよね? 遮蔽物になりそうな物なんてないですよ。敵の機関銃が数丁あれば、生身の歩兵なんてズタズタですよね?」
咄嗟に言ってしまった。
うっわあ、他の戦車小隊の隊長の視線が俺に集まってる。
明らかに“生意気な奴”って目してる。
痛い、痛い、視線が痛い!
幼女中隊長は真剣な眼差しで俺に質問を続ける。
「モリス伍長、それって正面から侵攻する歩兵大隊は敗走するってことだよね?」
「はい、そうです……なんかすいません」
場の空気に押されて、なんとなく謝っちまったよ俺。
でも遠回しに言ったけど理解してくれたようでよかったよ。
「う~ん、言われてみればそうなるかもしれないって思うよね。でもここは軍隊だからね。上からの命令に従うだけでしょ。それに今更作戦は変えられないよ」
まあ、そうなんだよね結局。
やっぱり軍隊って面倒臭いな。
「そ、そうですね。でも念のために出来る用意はしておいた方がいいかなって、思いまして……」
「その用意とは?」
その後、一応色々と提案はしましたよ。
士官である小隊長たちの集る前で、何故か1人だけポツンといるこの伍長ごとき俺が!
採用されるかはわからんが、一応幼女中隊長は上層部に相談すると言ってくれた。
作戦開始までに間に合うかは知らんがね。
「それともう一つお願いがあるんですけど、中隊長」
俺の勇気を出したお願いに、幼女中隊長がコテリと首を傾げて不思議そうな表情を浮かべて言った。
「ん? なんだい、お願いって」
どこからどう見てもその仕草は小学生だ。
「俺達K小隊ですけど、少しで良いですから歩兵部隊を付けてくれませんかね。もしもの場合の保険みたいなもんですよ」
「まあ、そうだね。随伴歩兵って形なら大丈夫だと思うけど、どんなんでも良い? それと何人くらい?」
どんなんでもって言うところが気になるが、この場でこれ以上の注文はさすがにしずらい。
「はい、どんなんでも良いのでお願いします。1個小隊ほどいてくれたら助かります」
幼女中隊長は少し上を向いて考えた後、変な笑みを浮かべながら俺に言った。
「うむ、どんなんでも良いんだね。それなら直ぐにでも都合がつくと思うよ。あとでそっちのテントへ向かわせるから、期待しないで待っててね。ふひひ」
んん?
なんか言葉の端々に引っかかる所があるんですけど、大丈夫なのか。
その後、簡単な説明や質問タイムがあり、作戦は明日の夜明けとともに開始という事で俺達は解放された。
そしてその日の昼くらいにケイに案内されて、K小隊のテントに随伴歩兵の隊長が現れた。
「K小隊と一緒に行ってくれる歩兵小隊の隊長を連れて来たよ」
ケイのその声で、テント内のメンバーの視線が一斉に入り口に集まる。
俺達ホーンラビッツのメンバーも入り口に立つケイに顔を向ける。
すると、ケイの後ろからテント内へと入って来る影が見えた。
薄汚れたオーバーコートを羽織る細身の男が、入り口から入る陽の光を背にしながらゆっくりと歩いてケイの横に出る。
逆光の上、襟を立ててヘルメットを被っているので、その表情がほとんど見えない。
不気味である。
そして恐ろしく暗い感じ。
そうだな、雰囲気と言い立ち振る舞いり言い、まるでアンデットのモンスターだ。
それもゾンビとかじゃなくて、魔法を使える“リッチ”とかいう奴に似ている。
テント内が変な空気が流れる。
そこへケイが一際明るいトーンでしゃべり出した。
「あ、えっと、こちらがK小隊に随伴してくれる歩兵小隊の小隊長ね。えっと名前は……」
ケイが思い出している間にテントの天幕が閉じ、逆光で眩しかった光が遮られ、そのアンデットっぽい小隊長の顔が見えたと同時に彼は口を開いた。
「リッキー・アンデロ少尉だ。よろしく頼む」
「うへえええっ! リッチ・アンデット!!」
思わず声に出してしまっていた。
すると冷たく鋭い眼光をギロリと俺に向け、どすの利いた声で「リッキー・アンデロ」だと繰り返す。
その時、俺は見てはいけない物を見てしまった。
襟を立てているから見えずらかったんだが、左の頬に大きな傷があり、そこから歯が見えていたのだ。
そう、左頬に穴が空いている!
やばい、やばい、聖水なんか持ってねえよ。
「言っとくがな、俺はその名でバカにされるのを酷く嫌う。それが原因でこの猟兵部隊に入る事になった。覚えておけ」
待て、今恐ろしい事を言ったような気がするんだが。
猟兵部隊って言ったよな。
あれ、猟兵部隊ってあの噂に聞く『懲罰部隊』ってやつなんじゃないのか?
確か懲罰部隊の中に素手で戦車に挑む部隊があるって聞いたことがあるぞ。
単なる噂だと思ってたんだが――本当にあるんじゃねえか!
それに『リッチ』とバカにされて入ったって言ったよな。
やばい、俺、殺されるかも……
俺は幼女中隊長が言った『どんなでも良い?』と言った言葉が、ここへきてやっとその意味を理解した。
何回も書き直してて遅くなりました。
まさかのクリスマスに投稿となりました。
今年中にもう一回は投稿します。
という事で次回もよろしくお願いします。




