172話 魔獣との闘技
集った兵士達をかき分けて中央へと入って行く。
近く見るとちょっと哀れで可哀そうな気もしてくる。
魔獣はおぼつかない足取りながらも、唸り声を上げながら必死に周囲を威嚇している。
纏った鎧のほとんどは銃弾などの攻撃により、今にも落ちそうなほどに垂れ下がっていて、もはや鎧としての機能は果たしていない。
テーマ―であるゴブリンといえば、騎乗しているのがやっとといった具合で、今にも落ちそうな気さえする。
「おい、もうよせ。止めを刺してやれ」
そう、俺が大声を上げて前へと出た。
すると、周囲の誰かから文句が出る。
「何言ってやがる。こいつらに何人やられたと思ってるんだ!」
まあ、そう言うと思ったよ。
だから返答も決まっている。
「だから殺すなとは言ってないだろ。止めを刺せと言ってるんだよ」
「ふざけんなっ、俺らの仲間が苦しんだように、こいつも同じ思いをさせるんだよ。楽に死なせるか」
こういう手合いはハンター時代でもいたな。
そん時は有無を言わずに俺が止めを刺して一悶着あったもんだが、ここはハンターの世界とは違い軍隊の中だ。
こいつらの中には俺よりも階級の上の軍曹クラスが混じっている。
勝手な事は出来ない。
さて、ここはケイにお頼みするとしますか。
都合よく、ケイが乗車しているⅢ突G戦車がこちらに向かってくるのが見えた。
「なあ、みんな。ここは上官に従おうじゃないか」
俺はケイが来たのを見計らって周囲にそう告げた。
するとⅢ突G戦車だけでなく、何故か2号車から4号車までが集まり出し、あれよあれよという間に魔獣の周りを囲むように4両の戦車が停車した。
しっかり全車の砲身は魔獣に向けられている。
その戦車の間を縫うように再び歩兵達が集まり、俺や魔獣に対する野次や罵倒が聞こえ始めた。
なんだよ、俺ボッチ状態かよ。
くそ、ケイに話を付けて貰わないと。
俺は直ぐにⅢ突Gによじ登り、戦車内でケイに事情を話す。
だが、ケイは頭を抱える。
どうやら味方歩兵に死者も多数出ているらしく、連中を宥めるのは難しいんじゃないかと。
するとエミリーが横から口を挟む。
「ならさあ、お兄ちゃんが仲間の仇代表として一騎打ちで止めを刺せばいいじゃん」
でた、またしても一騎打ちか。
だけどゴブリンくらいなら楽勝だ。
「よし、そうしよう。それなら着剣したライフル銃で一騎打ちってのはどうだ。弾丸は抜きでな。直ぐに終わらせてやるぞ」
そう俺が言うとケイも「それ採用」と決定事項となった。
ケイが戦車内から出てⅢ突Gの前面装甲部分に仁王立ちする。
そして周囲を見まわした後、何か思い出したように片足を砲身の上に乗せた。
だから恰好付けなくても良いから!
その後、周囲が静まったのを確認してからしゃべりだした。
「戦闘お疲れ様。えっと、この魔獣に関してなんだけど、私がどうするか決めることにしたから」
そこまで聞いて歩兵達はちょっと嫌な表情を浮かべ、さらには不満を口にする兵士も何人か見受けられる。
それでもケイは話を続けた。
「そうね、ここにいる伍長が我が部隊の代表として、そこにいる魔獣と一騎打ちで対戦する事に決めたわ。文句のある奴はいる?」
凄い上から目線だな。
ざわめきが広がる中、1人の兵士が声を上げた。
「それは闘技をここでやるってことっすか?」
ケイは「そうよ」と返答。
すると先ほどまで嫌な表情をしていた歩兵連中が急にザワザワし始めた。
皆が口々に「闘技」という言葉を口にする。
兵士達のざわつきが徐々に大きくなっていき、しまいには誰もが大喜びで歓声が飛び交う。
早速、賭け事を仕切り出す者まで出てくる始末だ。
俺はエミリーに1,000シルバを渡し、自分の勝利に賭けるように伝えた。
この俺がゴブリン相手に負けるはずがないからな。
そして戦車で取り囲んだ中央で俺は対戦相手と対峙した。
俺の武器は味方が使うボルトアクション式のライフル銃、もちろん着剣してあるが弾丸は抜いてある。
対するゴブリンは……
「おい、早く魔獣から降りてこいよ」
対戦相手のゴブリンが魔獣に乗ったままだったんで、思わず俺は声を張り上げてしまったのだ。
しかしゴブリンと魔獣は俺を威嚇するだけで微動だにしない。
まあ、言葉が通じないか。
代わりにケイが答えた。
「何言ってるのよ。テイマーのゴブリンが魔獣から降りて戦うはずがないじゃないの」
俺はめだまが飛び出しそうになる。
「はあっ? 待てよ。という事はこの魔獣込みで俺は戦うってことなの?」
「何をいまさら言ってるのよ。冗談は顔だけにしてよね、もう」
やばい、マジでやばい。
ケイの毒舌が気にならないほどの緊張が走る。
「ケ、ケイ・ホクブ小隊長殿。そ、その前にゴブリンに降伏勧告をしてからの方がよろしいかと……」
俺が言い終わる前にケイが答えを告げる。
「あ、とっくにナミがやったわよ。でも聞き耳を持たないみたいね。もう、グズグズしてないで早く終わらせましょうよ」
あの、ケイさん。
グズグズしてないで早く死ねと俺に言ってるのかな?
「ケイ殿、せめてライフル銃の弾を何発かもらえないだろうか?」
「ええ~遅いわよ。このギャラリーに今更そんな事言えるぅ?」
俺は周囲に目を配る。
目をギラギラさせてる奴らばかり。
無理だ。
今更条件を変えると掛け率が変わるからダメに決まってる。
空のライフル銃で俺はこいつにどうやったら勝てるってんだよ。
ゆっくりと視線をゴブリンが騎乗する魔獣へと向けると、その背後に手を振る死神が見えた。
やばい、死神が俺を呼んでいる!
「全員、敬礼!」
突然そんな声が響いたと思ったら、全員が慌てて魔獣に向かって敬礼をした。
いや、違う。
その魔獣の後ろにいる死神に対しての敬礼だった。
よく見ると、魔獣の後ろのシーマン戦車の上に、見覚えのある人物が立っていた。
「やあ、兵隊さん達ご苦労だったね。丘を占領したって言うから増援と一緒に見に来ちゃったよ」
そう言ったのは背の低い12歳くらいの女の子、つまり我々の中隊長である“メリッサ・ボス”大尉だった。
俺はやっと理解して、皆に遅れて慌てて敬礼する。
ケイも聞いてなかったようで、大慌てで中隊長に近づき、改めて敬礼をして「なぜこのような場所に?」と質問する。
すると中隊長はニコリとしながら言った。
「いやさ、命令以上の事をしてくれるからもんだからね、面白そうだと思って見に来たくなっちゃったんだよね」
子供か!?
そして続けて中隊長は「ここで何をやってるんだ?」との質問。
これは助かったかも!
死神じゃなくて天使だったのか!
安心で一気に肩の力が抜けていくのを感じましたよ。
しかし、話はうまく進まないもので。
「へえ、そうなんだ。なんか面白そうだね。あたしも見ててもいいかな?」
そんなことを言って、戦車砲塔の上に座り込む中隊長。
やっぱりこいつは死神だったんだな。
最後の望みである我が妹に目を移すと、「お兄ちゃん、がんばって~~」と黄色い声援を送ってくださる。
今は死の宣告人にか見えない。
そしていつの間に近づいて来たのか、タクが俺の耳元で囁いた。
「ケン隊長、相手は弱ってますよ。ここはグチョングチョンにやっちゃって、K小隊の強いところを見せつけましょうよ」
言っとくが、グチョングチョンになるのは俺だから。
見れば近くでソーヤと巨〇幼女が、仲良さげに俺に向かって声援を送っていやがる。
どさくさに紛れて手榴弾を放り込んでやろうか、このリア充野郎が!!!!
「それではこれより、丘攻略部隊代表の伍長対ゴブリン魔獣の闘技を始めます。闘技始め!」
ケイの仕切りによって遂に始まってしまった。
こうなったら……
開始の合図に合わせて、俺は直ぐに周囲のギャラリーへと走り出した。
兵士の中に入ってしまえば、その中から俺1人を魔獣が判別できるはずがない。
そうなれば大混乱で歩兵達も戦闘に加わってくるはずだ。
なんて俺は頭が良いだろう!
「ぎょうぇっ!」
考えが甘かった。
歩兵に押し返された……というかパンチなんだが。
「うおおおおおおおっっっ」
やけくそで突撃。
しかしそんな単純な突撃は軽くかわされるも観衆がどよめく。
だけどなんか動きが鈍いな。
やはり手傷を負っているからなのか、明らかに動きが遅い。
これなら俺も奴の動きについていけそうだ。
改めて魔獣に向き直り、ライフル銃の銃剣を突きつけて構えをとる。
そして大きく深呼吸。
「K小隊、第一分隊、ケン・モリス伍長。いざ、勝負」
なんか無意識にそんな言葉を口にした。
すると言葉が通じないはずのゴブリンがしゃべった。
「ギガル、ギーギャギャッギ」
意味わかるか!
テイマー魔獣は騎乗しているテイマーを倒せば、魔獣は解放されるらしいという事をさっきの戦闘で学んだ。
だから狙うは騎乗しているゴブリン。
俺は魔獣の前足を狙って銃剣で薙ぎ払う。
すると魔獣は前足を持ち上げて俺の薙ぎ払いを避け、今度は持ち上げた前足を俺目掛けて振り下ろした。
俺はそれをわずかに横に避ける。
魔獣の前足はというと、俺がいた場所の地面にめり込んだ。
そのめり込んだ前足を踏み台にして、俺は軽く跳躍。
すると狙い通りゴブリンの目の前に出た。
俺は「もらった!」とつぶやきながらライフル銃の引き金を引いた。
魔獣ですが、鎧をまとった巨大なトラに似た生き物です。
攻撃は牙と爪ですね。
本来銃剣戦闘の場合、戦闘内容によっては銃身が歪んでしまう恐れがあります。
だから銃剣での薙ぎ払いとかは推奨しません。
せめて突くとかですかね。
それよりもシャベルの方がずっと白兵戦に向いているらしいです。
という事で次回もよろしくお願いします。




