169話 巨大なる丘
監視所があったトーチカに入ってみると、半壊状態でこれを修理して使うとなると時間が掛かりそうだ。
天井は崩れ落ちていて内部も酷い有様だ。
しかし地の利は確かに良い。
ここからだとゴブリンの後方の陣地の一部が見える。
意外と重要な地点だったんじゃないんだろうか。
周囲の監視は歩兵がやってくれるそうなので、俺達はとりあえず小休止だ。
戦車兵達は自分の戦車の被弾の確認をしたり、点検整備をしたりして時間を潰している。
俺もⅢ突Gの点検整備をしていると、ふと1人の女の子に目が留まる。
3号車、ソーヤの戦車の操縦手だったと思う、“リーサ・レンホ”とか言ったかな。
赤茶色の髪でポニーテールにしている背の低い子で、ちょっと暗めな感じの上等兵だ。
そうだな、ぬいぐるみとか持たせたら似合いそうな子。
その子が1人だけ戦車から離れて両足を抱える様にして座っていた。
なぜ気になったかというと、その子の胸があり得ないくらいデカく――もとい、左手をずっと目に当てて辛そうにしているからだ。
怪我でもしたんじゃないだろうか。
対戦車ライフル攻撃で破片が車内へ飛び込んできて、目に怪我でもしたんじゃないだろうか。
操縦手が片目やられたりしたら、それは戦車運用に支障が出るし危険だ。
ましてやあんな巨――幼気な少女が怪我とかいかん。
うむ、けしからんな。
そんな気持ちが湧いてきて、俺は気が付いたらその少女のところへと近づいていた。
俺の存在に気が付いた少女が小さく「あっ」と声を上げて俺の顔を見上げる。
そしてこちらを見つめながらゆっくりと立ち上がる。
で、でけぇ……
何がって、思ってたより背が高かったかなって……コホンッ
身長は140㎝くらいだろうか。
しかしでけぇ。
俺が声を掛ける前に少女が先に口を開いた。
「ごめんなさい。直ぐ点検整備します」
相変わらず左目を抑えたままで自分の戦車へと走り出す。
「あ、待って。そう言う事を言いたかったんじゃないん……だよ……」
俺の言葉は聞こえてないのか、そのまま点検整備へと入ってしまった。
あんな子がうちの小隊にいたとは気が付かなかったな。
その時、点検整備をしていたソーヤがその子を見つけて話し掛けた。
「リーサ、怪我してるんだから休んでろって言っただろ。ポーションが効いてくるまで座ってていいからさ。心配なのはわかるけどさ、今は休むことが任務だよ」
するとリーサはチラッと俺の方を見る。
するとソーヤも俺の存在に気が付いてこちらに視線を移した。
リーサとソーヤの2つの視線が俺を凝視したまま動かない。
まるで俺が「リーサ上等兵、1人だけ休んでないで働け」って言ったみたいじゃねえかよ!
俺が悪者みたいじゃねえか。
ソーヤ、そのジト目はよせ!
変態でも見る目になってるじゃねえか。
俺の説明も聞かずにソーヤめ。
「待て、ソーヤ。お前は何か勘違い――」
そこまで言いかけたところで、何者かに後ろから襟を引っ張られた。
「――うおおおお、誰だよ。引っ張るな、転ぶだろうが!」
「うるさいわねえ、本部と無線が繋がってるからちょっと来なさいよ。ほら、急いで」
そいつはケイだった。
本部へ無線報告したらしいのだが、詳しい情報を知りたいらしく、それで何故か俺を連れて行こうとしてるんだが。
おかげであの2人の前で俺は悪者のままじゃねえか。
すると知ってか知らずか、ケイがぼそりと告げる。
「ケンちゃん、ソーヤとリーサは付き合ってるから手だし無用よ」
俺はケイに引きずられながら考える。
ま、ま、ま、マジかよ。
なんか告る前に振られた気分なんだが。
ソーヤめ、真面目な振りしてあんな巨〇少女を垂らし込むとは。
そもそもだ、そんな関係になるまでの日数なんてなかったよな。
K小隊配属になって何日目だってんだよ、手ぇ早すぎだろ。
爆せろ、リア充め!
ああああ、もうあんな巨〇、2度と会えないだろうに。
いや、でも手を出さなければ問題ないよな。
「なあ、ケイ。見るだけなら問題――ほげらっ」
ケイの磨きがかかった鋭利な肘が俺の腹にめり込んだ。
「今度リーサの方を見てたら戦車で下半身を轢き潰すからね」
見ただけでかよ。
それも何で下半身なんだよ。
俺は何の抵抗も出来ずに、そのまま251ハーフトラックまで運ばれた。
俺の通った道すじには、しっかりと脚を引きずられた跡が残っていた。
なんか情けないな、俺。
俺とケイの間柄を知らない者の視線が痛かった。
到着すると直ぐに無線を渡される。
「はい、ケンちゃん。ここの地形に関してと敵情を本部に詳しく説明して」
いや、それはケイの仕事だろうが。
しかし、ケイの一言が有無を言わせない。
「はい、命令よ」
そう言って無線のマイクをなおも俺の目の前に突き出す。
そう言われたら逆らえない。
中間管理職は辛いよね。
俺は中隊本部へ現状から地形、この場所が再利用できるかなど、長い時間かけて説明させられた。
そしてやっと解放されてケイに無線マイクを渡すと、ものの数分だけ本部とケイが会話して通話は終了。
そしてケイが言った。
「この場所を3日間死守しろって中隊本部の命令よ。頼むねケンちゃん」
「は? どういうことだよ」
「ここに味方の監視所を新たに置くんだってさ。だから増援が来るまでここを守り抜けって」
なんでそうなる!
「待てって。だいたい俺達は1日のつもりの装備で来たんだぞ。燃料に弾薬もあまりないんだぞ。だいたい食事はどうするんだよ。携帯食でさえ明日の分もないぞ」
「あ、補給だけは明日にでも来るって。でも増援は3日後まで我慢よ」
なんて日だ。
だから最初の命令通りに監視所破壊だけにしてれば良かったんだよ。
ここを占領しろなんて命令なかったのに。
しかし命令は命令だ。
諦めて従うしかないのが兵隊だ。
3号車の方を横目でちらっと見ると、ソーヤと巨〇少女が楽しそうに戦車の整備をしてるのが見えた。
あいつら呑気でいいなぁ。
俺もエミリーといちゃいちゃしたいなあ。
しかしすげ~揺れるんだな。
それに引き換えケイは……
ケイのある部分に視線を向けようとした途端。
「ぎょふぇっっっ」
ケイのわがままな肘が俺の顔面に食い込んでいた。
「お、俺が何をしたってんだよっ」
するとケイがボソリとつぶやく。
「いや~、なんかケンちゃんの心の叫びが聞こえた気がしてね。気が付いたら手が、いや、肘が出てた」
俺が血だらけの顔を抑えていると、ケイが再び俺の襟首を掴んで引きずって行く。
「あっ、それとケンちゃん、次の場所へ移動するね」
どこへ行くかと思ったら、士官が集まっている場所だった。
この場所へK小隊本部の『角兎の巣』を移動したようだ。
そして大きな声で分隊長以上の集合を呼び掛けた。
直ぐに軍曹以上の階級者が集まった。
またしても、その中に伍長でしかない俺も入っているんだが。
その前に顔面血だらけの俺に誰も突っ込まない。
名誉の負傷じゃないぞ!
そしてみんなが集まったのを確認すると、そこで中隊本部からの命令を知らせた。
増援部隊が到着するまで、この場所を防衛する事。
そのために元のゴブリンの陣地を利用して、防御陣地を構築しろと。
そして早速俺達は陣地を造り始めた。
俺達戦車隊は戦車が入れるくらいの深さの溝を掘る。
そして枝やら雑草を採ってきて、目立たない様に戦車の偽装をしていく。
砲塔より下を地面で隠せば敵弾に当たりにくいという訳だ。
Ⅲ突Gも砲身だけ出せるくらいの壕を掘り進んだ。
歩兵も塹壕やら機関銃を据えたりと皆忙しそうだ。
そんなことをしている最中に敵の砲撃が始まった。
監視所を占領されたことをやっと知ったようで、その報復の野砲攻撃という訳だ。
しかし、もともとゴブリンが作った堅強な退避壕もあって、少し人間にしたら狭いがなんとかやり過ごすことが出来た。
ただし少しばかりの負傷者も出てしまった。
反対に、敵の野砲の砲炎で敵野砲陣地の場所が判明し、お返しに戦車砲を叩き込むことが出来た。
補給の事もあって各車数発ずつしか撃ち込めなかったのだが、それだけで敵の砲撃はそれ以後ピタリと止んだ。
そして翌日には完ぺきではないのだが、なんとか構築陣地を完成させることができた。
敵の攻撃もほとんどなく、たまに偵察部隊がうろつくだけで、この日は平穏に終わった。
だが3日目の未明、異変は起きた。
主人公達の軍隊での初戦です。
順調に丘を占領したと思ったら……
次回、「丘を守れ」 お楽しみに!
そういえば、ふと気が付きまして。
登場人物の中にお約束の巨〇少女がいないという事を!
これはまずいと思いまして、大急ぎで登場させました。
これがいないからブックマが伸びないのかと!
もしこれでブックマ伸びたら……「やっぱりお前らはそうなのか!」とほくそ笑む。
逆に変わらなかったら……「ほほ~、それでええのか、お前ら?」とつぶやいてニヤリとする。
さあ、どっちだ!?
という事で次回もよろしくお願いします。




