165話 中隊長登場
ケイがテント内へ入ってくるなりその有様を見て目を見開いている。
テーブルが破壊され、地面には巨体の男がうつ伏せで地面に顔を埋めているのだ。
そりゃ驚くだろうな。
「な、な、なにやってるのよ。またケンちゃ――モリス伍長の仕業ですかっ!」
ため口だったのを途中から言い直したよ。
士官という立場にまだ慣れていないからだろうな。
しかしこの状況っていうと、倒れた男のすぐ横に俺が立っているんだから俺が何かしたと見られるか。
しょうがない、言い訳しますか。
俺はケイに向き直って敬礼してから発言した。
「違います、小隊長。自分が近接戦闘が得意なので実演をしていたところ、つい熱が入ってしまいまして。申し訳ございません」
俺が真面目にこういう口調で話す事はあまりない。
だからケイが面食らったような表情をしている。
しかしさすが公爵令嬢だ。
直ぐに取り直して華麗な振る舞いで場を流した。
「あぁらそうなのですね。あまり騒ぎは起こさないようになさい。それから、ここにいるメンバーが今日からお互いに命を預けることになる仲間よ。しっかり親睦は深めておきなさい。戦場で仲間割れとかシャレにならないですわよ。あ。それから5分後に中隊本部テント前に正装で集合よ。お急ぎなさいましてよ」
なんか貴族の話し方から普段の話し方まで色々と混ざってる気がするけど、大丈夫なのか?
そんな事考えてたら今度はいつもの口調でケイが怒鳴り声を上げた。
「聞いてる? 5分後よ、中隊長命令だから急いで! 最初から遅刻とか許さないからね! 早く動いて!」
俺達は大急ぎで着替える。
女性陣も仕切られた女性側のテントへ駆け込んだ。
カードをやっていた連中は気絶している巨体に集まり、強引に立ち上がらせて着替えに強力している。
なんとか着替え終わって全員で中隊本部テントの前へと行くと、他の小隊はすでにもう整列していて、俺達の小隊が一番遅かった。
戦車中隊は3個小隊で1個中隊となるので、今整列しているのは俺達K小隊以外に2個小隊だ。
1個小隊が大体20人前後。
何人乗りの戦車かによって人数が違うし、隊長の付き人の有無によっても小隊の人数は変わってくる。
それでも60名近くが勢ぞろいだ。
この連中が戦場で共に命を掛けて戦う戦友なのだが、今のところまだその“戦友”という感情は湧いてこない。
とりあえず、なんとかタイムアップギリギリで間に合って整列完了。
なんとか遅刻は免れてほっとしました。
俺達K小隊が整列して直ぐに、中隊本部テントの中から女の子が現れた。
身長150㎝ほどで年の頃は12歳くらいだろうか、あらかじめ用意してあった木箱の上に「よいしょ」と言った感じで立ち、俺達を見まわす。
なんだこいつは?
新参者の俺達だけが動揺しているみたいで、元々いた隊の者は当たり前のように直立不動の体制だ。
すると誰かが敬礼の号令をかけ、それに合わせて一斉にその女の子に向かって敬礼をした。
そしてそれに応えるように女の子がやはり短めの敬礼で応じ、その後少しおいてから何やら話し始めた。
「え~っと、初めての兵隊さんもいるみたいだから軽く挨拶しておくね。あたしはこの中隊の指揮官で“メリッサ・ボス”ね。よろしくね。以上、終わり」
それだけ言って、とっととテントに戻ってしまった。
驚きを通り越してコケそうにさえなった。
あのお子様的な女の子が中隊長なのかよ。
見た目だけでなく声まで子供だぞ。
大丈夫か?
その後、副官から色々と説明があったのだが、衝撃が大き過ぎて全く頭の中へ入ってこなかった。
幼女が上司とかありえんだろ……いや、実は成人していて単に童顔なだけなのかもしれないし……。
とりあえず初日は荷物の整理と、俺達の戦車が到着したらその整備で終了だそうだ。
俺達がK小隊のテントへと戻ると、当然先ほどトラブった奴らも同じ小隊なので同じテントへと戻って来るわけだ。
ちょっと気まずいかと思っていたら、向こうから話し掛けてきた。
火傷痕の顔の軍曹だ。
「さっきは悪かったな。ちょっと新人歓迎をやり過ぎた。俺はK小隊第1分隊のゲルト・バルテンだ」
そう言って手を差し伸ばしてきた。
え~いきなり態度変えますか、信用できねえ~
う~ん、でも喧嘩しててもしょうがないしな。
ここは握手しときますか。
握手するとそのバルテン軍曹はさらに自分の分隊のメンバーの紹介を始めた。
さっきの巨体は装填手でローマン・ゾルガーというらしい。
確かに力はあるから装填手向きだな。
そんなことをしていると小隊長のケイがテントに入って来た。
全員が慌てて敬礼する。
するとケイは両手をヒラヒラさせて敬礼はいらないという意思を伝えた後、話を始めた。
「はい、はい。集合して。本部から命令よ。明日は早速出撃よ。詳しい内容は明日の朝知らされるって。えっと、それから分隊割り振りはこれを見てね。それと戦車の割り振りはこれでいいかな、ケンちゃ――モリス伍長、確認してもらえる?」
俺はケイから紙を受け取って中身を見る。
これくらいは俺でも読める。
俺は第1分隊でⅢ突Gが割り当てとなり1号車となっていて、操縦者はエミリーで砲手はミウで装填手兼無線手がケイとなっている。
ん?
ケイが装填手だと。
えっと俺は……戦車長?!
小隊長のケイが装填手って変だろ、ケイが戦車長だろ普通!
思わず口に出して突っ込んでしまう。
「おい、ケイ。なんで小隊長のケイが装填手なんだよ。おかしいだろ、それ」
あ、タメ口で言っちゃったよ。
するとケイが当たり前の口調で言った。
「だって私には無理だもん。それにさ、ケンちゃんの方が慣れてるじゃん」
まあ、確かにそうなんだがねえ。
それと言葉使いが戻ってるぞ、人の事言えんが。
「ケイ、それだと中隊本部からおしかりを受けるぞ」
「ああ、それは大丈夫よ。戦車の中に入っちゃえば見えないし。バレたとしてもなんとでも誤魔化しは効くでしょ、多分」
多分なのかよ。
まあ、公爵令嬢様という御身分なら大丈夫なのかもね。
そして2号車には76㎜砲装備のシーマン戦車で車長はタクが就任し、3号車は75㎜砲シーマン戦車でソーヤが車長だ。
そして4号車には75㎜砲シーマン戦車が割り当てとなり、火傷顔のバルテンが車長でカードをやっていたメンバー達が乗員となる。
その中にはあの巨体のゾルガーが装填手でいて、よく見れば古参兵ばかりのグループだ。
この5人は実戦経験も十分にあり戦車操作の腕も中々のものらしい。
そのバルテン軍曹が突如、不思議そうな表情で俺に質問してきた。
「なあ、モリス伍長。小隊長と知り合いなのか?」
俺とケイの会話を聞いていての質問だ。
確かにあのタメ口会話を聞いたらそうなるよな。
そこで当たり障りのない程度に元ハンターの同じクランだと伝えたら、そういう事かと直ぐに納得した様子だ。
ちなみにナミは戦車には乗車せずに、251ハーフトラックに配属だ。
しかしナミ1人では大変だから、もう一人付き人として運転手を探すとケイは言っていたが、貴族以外でのコネがあまりないケイでは時間が掛かりそうだな。
ケイの親父さんのコネも人事には余り効力ないみたいだしな。
そしてこの日は自己紹介や戦車の到着、そして整備などであっという間に陽は暮れていった。
そして翌朝、K小隊の4両の戦車と251ハーフトラックは、十分な整備状態で整列した。
軍隊生活開始です。
次回は遂に初任務です。
その任務とはいったい……
知らない顔ばかりのK小隊メンバーです。
1号車はいつものメンバーですが、2号車はタク以外は初顔合わせのメンバー。
3号車もソーヤ以外同様です。
4号車に至ってはベテランとはいえ怪しいメンバー。
果たして上手くまとめられるのでしょうか。
一応小隊全員の名前は設定しましたが、あまりに登場人物が多くなると訳が分からなくなるので、ほとんどがモブ扱いとなりそうです。
という事で次回もよろしくお願いいたします。




