162話 戦車は空駆ける
Ⅲ突Gが草むらの中、木々の間を縫うように走る。
だが起伏が思った以上に激しいこの場所では、固定された長砲身の75㎜が邪魔をする。
車高が低いために砲の位置も低く、これが草や蔦に引っかかる。
それを強引に進めば下手をすると砲身が歪んでしまう。
普通に走る分には問題ないが高速走行にも限界がある。
そんな時、ナミがまたしても教官達の無線を傍受。
『こちら5号車、奴を捉えた。今、奴と並行に走っている最中だ。あっちは砲塔がないからな、こっちに砲身は向けられまい。ふふふ、じっくり狙い撃ちしてやる。この先の平原に出たところで仕留めるぞ』
『6号車了解。俺の方からはお前の5号車が見えるが奴の突撃砲は見えない。だけどな、こっちへは逃がさないから安心しろ。そのかわり必ず仕留めろよ』
『任せろ、この距離なら外さねえよ!』
マジか、気が付かなかったぜ。
よく見れば車体の一部が草木の間から時々見え隠れする。
「エミリー、今の聞こえたな。この先の平原――」
そこまで俺が言ったところで目の前の視界が急に広がる。
そう、平原に出てしまったのだ。
何故かその一区画だけが丸く野原状態。
はい、丸見えでございます!
「止まれぇぇぇぇええええっ!!!!!」
俺はありったけの声で叫ぶしかできない。
右側にはロックアイ軽戦車、左側にはシーマン戦車が並走しながら砲身を俺達に向けていた。
エミリーが叫びながら急停車を試みる。
「鬼いちゃん~~~、無理だからぁああああ!!」
Ⅲ突Gは車体を90度左に回転させ、地面を横滑りしながら急激に速度を落とす。
キャタピラが地面を擦り、土と一緒に草の葉が高く舞い上がる。
その瞬間、左側にいたシーマン戦車の75㎜砲の砲口から閃光がはしる。
終わった……
折角ここまで来たのに……
俺は一気に落胆した。
しかし結果は違った。
左側にいたシーマン戦車が放った模擬弾はⅢ突Gの横をすり抜けて、右側にいたロックアイ軽戦車の車体側面に命中した。
同士討ちだけど、撃破は撃破だよな。
エミリーの急制動が間に合ったようだ。
正に間一髪。
車体を横向きにしなければ命中していたと思う。
Ⅲ突Gは車体を横向きにしたまま停車。
主砲の75㎜砲を外したシーマン戦車が、野原の切れ目ギリギリで急旋回を試みて、再度主砲をこちらに向けようと砲塔を回転させる。
Ⅲ突Gの様に横滑りで車体の方向を変えようとした。
だが無理だった。
一瞬でキャタピラが外れてしまったからだ。
これが出来るのはエミリーの操縦の腕前と足回りの改造のおかげだ。
そこらの戦車と一緒にしてほしくはない。
そんな無茶な動きをすればこうなるのだ。
シーマン戦車はキャタピラが外れただけでなく、コロンと横向きに転がってしまったのである。
今、俺達が見えるのは、シーマン戦車の底面装甲だ。
「なあ、なあ。あれって撃破になるのかな?」
俺が言うとエミリー。
「一応撃っといたら、お兄ちゃん」
そうか、んじゃ息の根止めておくか。
「エミリー、頼む」
すると俺の一言でゆっくりと車体が時計回りに回転して、長砲身75㎜砲の向きがシーマン戦車にピタリと合わさる。
するとミウが「いつでも撃てます」と伝えてくる。
「んじゃあ、撃て!」
そういえば戦車の底面に砲弾を浴びせるなんて初めてだな。
倒れてもなお、砲塔を旋回して何とかしようとしているシーマン戦車の底面に、止めの黄色い塗料が花咲いた。
教官のくせに往生際が悪いな。
ラッキーな2両撃破を終え、再び俺達はゴールを目指す。
そんな時、無線通信が入った。
ナミの傍受ではなく、意図的に誰かが送信してきたようだ。
その送信をナミが受け、ボリュームを上げて全員に聞かせてくれた。
『こちらゴップ中佐だ、モリス訓練生どうぞ』
ゴップ中佐って言えば確か演習の時の赤軍の指揮官だったやつだ。
俺が捕虜にした中佐だ。
だけど、俺ご指名とか勘弁してくれよ。
嫌な予感しかしない。
「はい、こちらケン・モリス訓練生ですが何っすか?」
『逃げるとは卑怯だぞ、我の戦車と一騎打ちしろ。まさか嫌だとは言うまい』
でた、またこのパターンかよ。
しょうがない。
俺は渋々返答した。
「断るっ!」
『き、貴様ぁぁああ。貴様それでも軍人かあ!――ふべっ!!』
突如意味不明の悲鳴?が無線に流れた。
どうした?
ちょっとだけ心配になって無線で話し掛ける。
「中佐? 大丈夫ですか?」
するとしばらくして。
『ぶっはあ。だ、誰だあ。ぺっぺっ。こ、こんなところにバケツをぶら下げたのはぁあ!!!』
もしかしてこの中佐は、美味しいところを狙ってないか?
このタイミングでバケツトラップに引っかかるとはな。
あの叫び方からだと、砲塔ハッチから顔を出していやがったな。
そりゃあ顔面に当たれば相当痛いだろうなあ、バケツ……
という事は黄色い塗料は中佐の顔面にかかったってことだから、戦車の砲塔にも掛かっているよな、きっと。
上手くいけば撃破か、笑えるな。
そしてゴールが見えてきた。
あと200mほどだ。
時計を見ると結構ギリギリだ。
残り時間はあと3分。
ゴールまでは平坦な直線路、そして最後に川に架かる橋さえ渡ればすぐゴールだ。
これはいけるでしょ。
――と少し油断していた。
「後方100m、戦車出現、いや装甲車です。撃ってきます」
脇道から入って来たのをナミが発見したのだ。
幸いな事に砲弾は明後日の方向へと飛んでいく。
かなりの速度で走っているのだ。
そう簡単に照準は合わせられまい。
俺が双眼鏡を使って確認すると、上半身が裸の老人が砲塔のハッチから乗り出しているのが見えた。
その装甲車はモクモクと砂塵を舞い上げて猛スピードで追尾してきている。
装甲車は徐々に速度を上げて追い上げてくる。
グレイハンドという6輪装甲車のようだ。
だけど、ハッチからか上半身を出す、あの裸の変態老人に見覚えがある。
「あれ、あのじいちゃんってゴップ中佐じゃねえか」
俺がポロっと言うと、ナミも同意する。
「確かにそうですね。私も中佐は見たことありますが、あの変態そうな顔は間違いなくゴップ中佐ですね」
という事は黄色い塗料はどうしたんだ?
「ふべっ」とか「ぺっぺっ」とか言ってたじゃん。
間違いなく塗料を被ったはずだろ。
するとエミリー。
「黄色い塗料は魔法水で落ちるから隠し持ってたんじゃないの?」
魔法水で洗い落したのか。
だいたい、上半身が裸って塗料が着いたから脱いだんだろ。
そこまでするか、普通?
まあ、良い。
このままゴールすれば俺達の勝ちだ。
あの中佐に付き合う筋合いはない。
「エミリー、飛ばせ。あの橋を越えればゴールだ」
エミリーが限界まで速度を上げる。
しかし、引き離すどころかさらに距離が縮まっていく。
そんな中、突如無線が入った。
『モリス訓練生、お前だけは卒業させぬ、こうしてやるっ』
と言った次の瞬間。
ゴール手前にあった橋が突如爆発、そして崩れ落ちた。
「お兄ちゃん、橋が、橋が無くなったよ。どうする、どうするの。回り道する?」
エミリーが慌てている。
このまま行けば川に落ちてしまう。
普通であれば迂回するか渡河すれば良いのだが、俺達にはもうその時間さえなかった。
俺は時計を見た。
残り時間はあと1分を切っている。
対岸までの距離は約10mといったところ、イチかバチかだな。
「エミリーっ、飛び越えろ~~~!」
「ええええええええええええええ!」
「みんな掴まれぇ」
次の瞬間、Ⅲ突Gが空を飛んだ。
あと少しで戦車学校編は終わります。
それが終わったら戦場編へと物語は進む予定です。
ケイ、ソーヤ、タクの3人もそろそろ顔を出しそうです。
という事で、次回もどうぞよろしくお願い致します。




