153話 勝利の雄たけび
俺は陸軍戦車学校の校長の目の前でやらかしちまったようだ。
校長の階級は少将だ。
絶対に敵に回したらアカンクラスの階級で、しかも俺が今いる戦車学校の最高責任者でもある。
普通の学校と違い“退学”ではすまないレベル。
学校とはいえ、ここは軍隊だ。
戦時中ということもあり、銃殺もありえる。
すっかり観念した俺は校長の前へと行き、ゆっくりと土下座の姿勢をとると、そこからは一気に顔を地面にこすりつけながら言った。
「すいませんっ。本気出せと言われてつい調子ぶっコキましたっ」
すると校長
「なにを謝っておるんじゃ。正々堂々と勝負しての勝利じゃろ。ちゃんと立ち上がって勝ち名乗りくらい上げたらどうじゃ」
マジか!
なんと、教官をぶちのめした新兵にも手厚い処遇。
俺は土で汚れた顔を持ち上げて、まんべんの笑みを返す。
よく見れば校長は70歳を軽く超えてそうな歳ではなかろうか。
軍服を着てなければそこらを徘徊するおじいちゃんにしか見えない。
軍帽からは白髪が見え、腰もかなり曲がっているんだが大丈夫なのか?
少なくても戦えるようには見えないぞ。
まてよ、だから前線勤務じゃなくて戦車学校の校長なのか。
「勝ち名乗りですか……」
俺がぼそっと口にすると、校長は後ろに両手を組んだまま黙って頷く。
俺はゆっくりと立ち上がって周囲を見わたすと、他の中隊の教官や新兵たちも訓練を止めて、俺と校長の動向に視線が集めている。
しゃーなしだな。
こうなったらどうなってもしらん。
俺は木銃を頭上に高く上げて叫ぶ。
「ッシャーァァアア!」
すると周りの訓練生から大歓声が上がった。
気が付けば校舎の窓からも訓練生が、落ちるんじゃないかというほど乗り出していやがる。
あっという間に訓練生に取り囲まれて、頭や背中をバンバン叩かれて大絶賛の嵐。
「あの教官、いけ好かなかったんだよ」
「すっきりしたぜっ」
「小っちゃいくせに、おまえ見直したぜ!」
揉みクシャになりながらも色々と声が聞こえてくる。
全部俺に対しての賛辞だと思う。
校長も笑顔で拍手してるし。
ただし、教官達は微動だにせずに険しい視線を俺に浴びせている。
その後、別の教官が来て銃剣術の訓練を再開するのだが、最後までずっと校長が見学していて非常にやりづらかった。
教官はもっとやりづらかったんだと思う。
そして訓練が終わったのを見計らって、校長が俺に名前を聞いてきた。
「はい、ケン・モリス訓練生であります」
ちなみに在学中は士官候補生が准尉という階級が与えられるのに対して、平民の新兵には階級は与えられない。
だから階級を言うことが出来ない。
それで『○○訓練生』となる。
敢えて言おうとしたら3等兵になるか。
校長は俺の名を聞くと「そうか、そうか」と言って立ち去ってしまった。
何だったんでしょうか。
それより懲罰はないらしい。
俺にとってはそっちの方が重要で、命拾いした気がする。
それ以来、銃剣術の授業では何故か俺は、教官と一緒に訓練生に教える側に立つことになった。
もちろん拒否権などない。
そして拳銃射撃訓練でも何故か担当の教官は、俺の方を何度もチラ見しながら授業を進める。
拳銃射撃はそこまで腕が良いわけでもないんだがな。
そんなに警戒しないでくださいよ。
そして待望の戦車を使った実地訓練。
担当の教官から「モリス訓練生、車長をやれ」と乗る前から命令された。
拒否権のない俺は「了解しました」と返事をするだけだ。
訓練用の戦車はモデル2軽戦車、通称“ロックアイ軽戦車”と言い、主砲に37㎜砲を搭載している4人乗り戦車だ。
操縦手、無線手兼前方機関銃手、装填手、砲手兼車長の4人だ。
本来は機関銃5丁装備できる戦車なのだが、練習用とあって主砲同軸と車体の前方機関銃の合計2丁のみの搭載となっている。
俺は車長なので砲手も兼任しなくてはいけない。
といってもそれはハンター時代に散々やってきたことだ。
同乗した操縦手が元4等級ハンターだったので戦車の操縦経験があった。
他の2人は全くの素人。
それでもハンター経験者が全く乗車していない戦車も結構あって、俺達の戦車はラッキーな方だ。
操縦手が実戦経験あるだけで全然戦闘力に差が出るからだ。
障害物があるコースを走り抜ける練習があり、その途中には何ヵ所か標的が作られていて、標的を破壊できれば先に進めるというルールだ。
そのコースではタイム競技も行われており、中隊内では俺達がトップであった。
そういえば、薄々は気が付いていたんだけど俺、教官達に嫌われています。
微妙にタイマーのスタートを遅らせるような事をされたりしたんだよね。
それと計測後にタイマーを覗き込みながら教官が舌打ちしたのを見てしまったし。
まあ、それでも直接は手を出してこないだけいいか。
ここまで聞くとなんだか俺はすげ~成績優秀じゃんと勘違いしてしまうのだが、座学がまるっきしダメだった。
元々字がまともに読めないのは決定的で、テストは悲惨な結果に終わった。
計算もあんまり得意ではなく、「2000m離れた標的に命中させるには照準器内での修正はどのくらいか」とか言われてもねえ。
「だいたいこんなもん」と勘で誤差修正して撃つんだけどなあ。
だけど実際にそれで砲弾が標的に命中したとしても、答えとしては不正解なんだと。
実戦では感覚がモノをいうってことを知らないらしいな、ここの教官達はね。
現場でのベテランハンターのほとんどは、理屈じゃなくて長年の勘のお陰で命を繋いで来たんだが、それを知らないから困る。
まいったね。
理論とかよりも実技そのものは楽しいんだけどなあ。
その楽しい実技に関して俺は時間を忘れるほど没頭した。
そして学校生活に慣れてきた頃、模擬演習という一大イベントが始まった。
紅白に分かれての大隊レベルでの演習だそうだ。
戦時下だと言うのに呑気なもんだなと俺は思ってしまうのだが、意外と団体行動は必要な事らしい。
演習には各方面の将校達も招待されて見学するようで、訓練生の活躍によっては卒業後の進路も引っ張りだこだそうだ。
教官達に嫌われている上に座学が壊滅的な俺には関係のない世界だがな。
卒業後は真っ先に過酷な最前線行きだろうな。
生き延びる方法を考えておかないと。
そして模擬演習が近づくにつれて、授業も演習に関連する内容へと変わっていった。
そして模擬演習の当日を迎えた。
俺達の第3小隊は4両のロックアイ戦車が配備されている。
1号車は小隊長車で教官が戦車長兼小隊長として乗車している。
俺は4号車に車長として乗車中だ。
一通りのポジションは全員がやらされるのだが、何故か俺だけは車長というこのポジション固定だった。
「パンツァー、フォー!」
小隊長の無線からの掛け声で俺達第3小隊は演習場へと出発した。
同じ中隊の第1と第2小隊の戦車と行動を共にするようだ。
俺達第3小隊は最後尾で森の中を進んでいく。
下っ端の俺達にはどんな作戦なのか、何を目指しているのかなど全く分からず、ただ小隊長車の後ろについて行き、命令があればそれに従うだけのつまらない行進に過ぎない。
しかも砲弾は模擬弾しか搭載されておらず、命中しても装甲は貫徹することもなく、黄色の塗料が車体にべっとりと塗られるだけだ。
機関銃弾も同様に黄色の塗料を塗りたくるだけの模擬弾だ。
その塗料が付着したら被弾判定となって撃破旗を取り付けて退場となる。
なんか皆は緊張した様子なんだが、俺だけがリラックス状態。
だって実弾積んでないんだもんなあ。
これじゃあお遊びと同じとしか思えなかった。
ハードな実戦経験者からしたら、こんなんで緊張しろってのが無理な話なのだ。
そんな気持ちのまま俺は演習場の敷地内へと入って行くのだった。
教官にも勝利してしまった主人公ですが、その為かなんだか目を付けられたようです。
そして話はさらに展開していきます。
主人公の少年は模擬弾演習へと突入していきます。
さて、どうなるのでしょうか。
乞う御期待ってことで!
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次回もよろしくお願いします。




