138話 狂犬戦の決着
3号式チヌーが動き出した瞬間、俺は“車外無線”に向かって叫ぶ。
「てっ」
すると、3号式チヌーのずっと後方で発砲炎が見えた。
そして直ぐに3号式チヌーの砲塔後面辺りに何かの衝撃が走り、勢いよく走り出したばかりの車体がガクンと急激に速度が落とし、しまいにはヨロヨロと停車してしまった。
その停車した3号式チヌーの砲塔後部からはドス黒い煙が吐き出され始める。
次の瞬間、勢いよくハッチが開いて次々に搭乗員が車外へと逃げ出していき、開け放たれたハッチからも煙が噴出する。
俺は思わず顔がほころんでしまい、悪人がするような笑みを浮かべながらつぶやく。
「命中、さすが元紅蓮隊だな」
さすがに前面50㎜装甲で75㎜砲をもつ戦車なんかと、真っ向から正々堂々と決闘なんてするわけないだろ。
75㎜砲を喰らったらやられちゃうかもしれないんだぞ。
せっかく見方のブレタン戦車が3両も反対側にいるんだし、照準に捉えたってんなら撃破を譲ってもいいかなってさ。
だいたい、こっちの戦車はエンジン不調だしな。
だけど何故かタクとソーヤが俺を汚い物でも見るような目を向けるんだが。
ミウはタクとソーヤの2人と俺を交互に見て、何が起きてるのか解っていないようだ。
ここは戦場だ。
騎士道精神?
侍スピリット?
何それ、美味しいの?
戦場では勝つことに意味がある。
勝てるチャンスが目の前にあるのに、わざわざそれを騎士道精神とかで振り出しにもどしてどうするよ。
向こうが先に汚い手を使ってきやがったんだぞ?
タクにソーヤ、なんだその目はっ!
それに妹のエミリーへの仕返しがまだ終わってない。
これで残るは97号式チハタン1両のみだ。
ぶっ殺す!
さて、取り囲んで榴弾の集中砲撃でもしてやるか、などと考えているとケイから無線が入る。
『ケンちゃん、捕虜確保したよ。ビックリ、エミリーさんが捕まえたんだよ』
捕虜ってなんだよ、ここは闘技場だぞ?
「こちら切り株、意味が解りません。ケイもう一度頼む、どうぞ」
『もう、すぐわかってよね……ええと、近くをウロウロしてた狂犬チームらしいコボルトを1匹エミリーさんが捕まえたのよ。黒焦げだけど。それと闘技場警備員もぼちぼち駆けつけ始めたかな。なんか警備員が仕事適当だし面倒臭そうなんだけど、なんかうざーい』
黒焦げって。
エミリーめ、ファイヤーボールを使ったな。
それより“狂犬チームらしい”ってなんだよ。
“らしい”で黒焦げとか怖すぎんだろ。
まあ、有料の観戦席をうろつくコボルトなんて、間違いなく狂犬チームの手先だろうとは思うけどさ。
でも、違ったら事だな。
「よし、捕虜は隠せ。絶対に見つけられるなよ。狂犬の手先なら、あとですべて吐かせて交渉のテーブルに立たせてやる。これより97号式チハタンを取り囲んで攻撃する。繰り返す、弱い物いじめを全力で実行する。全車両に伝えてくれ。以上」
さあて、ここからが今日の俺達の本番だな。
「タク、97号式チハタンの隠れている場所は解るか?」
「えっと……」
「11時方向、大岩の後ろの窪地。操縦席からでも見えるだろ。いつも周りを気にしとけよ」
周囲を気にする癖をつけさせとかないとね。
これも教育だ。
「あ、見えました。了解です、後方へ回り込みます」
「よし、頼むぞ。榴弾装填、通常射撃の準備」
俺達がチハタンの後方に回り込もうと動きだすと、それに合わせてブレタン戦車の3両が牽制射撃しながらも、取り囲むようにして移動していく。
うんうん、中々うまい連携を取ってくれるじゃないの。
優秀、優秀。
さて、これで完全に袋のネズミ状態だ。
よし、集中射撃を始めるかと言ったところで無線が入る。
『闘技事務所より、全車両へ。狂犬チームがギブアップしたため試合終了です。繰り返します。試合終了、試合終了』
待て!
これから面白くなるんだぞ?
『ケイチャンネルから切り株へ。試合終了みたいね』
突然97号式チハタンの砲塔ハッチがパカッと開き、そこから白旗がするすると伸びたかと思うと、それを大きく振り始めやがった。
なに、そんなもんまで用意してやがるんだよ。
汚い事やっておいて、自分たちが危なくなったら急にそれかよ。
「我慢ならねえっ」
こうなったらもう闘技試合とか関係ない!
97号式チハタンの目の前まで戦車を走らせ、俺は車外へと勢いよく飛び降りる。
そしてゆっくりと、そして力強く地面を踏みしめながらさらにチハタンに歩み寄る。
その時の俺の顔は怒りに満ちて鬼の形相だったことだろう。
するとチハタンの砲塔ハッチから伸びていた白旗が放り投げられて、車内からコボルトが1匹出て来た。
片耳が千切れていて黒い眼帯のコボルト。
狂犬チームのリーダーだ。
続いて3匹のコボルト乗員も外に現れる。
狂犬リーダーが俺と視線を合わせると、鋭い牙を見せながら赤い舌をぺろりとする。
そして狂犬リーダーは腰のリボルバー拳銃を抜き、銃口を下に向ける。
他の乗員のコボルトが手を叩いて囃し立てる。
ふん、俺に小火器を使っての近接戦闘を挑むだと?
「おい、片耳の糞犬。いい度胸だ、勝負を受けてやる。おい、そこの捨て犬、コインを投げろ」
そう言って俺も腰の拳銃を抜いて銃口は地面に向けたまま立ちつくす。
糞犬は俺の言葉が通じたようで部下に目配せして、コインを投げる様に指示する。
「糞坊主、コインの着地の瞬間が貴様の死だ」
人族語がしゃべれるのか。
観戦席がなんか異様に盛り上がり始めた。
大喝采だ。
戦車の中にいたから気が付かなかったが、観客の声はここまで聞こえるんだな。
闘技審判員が止めないところをみると、このままこいつをぶちのめしても大丈夫そうだな。
よおし、ここは俺の強いところを観客にアピールしちゃおうかな。
「野良犬が勝手にほざけ。時間の無駄だから早くコインを投げろ」
俺が手をヒラヒラとオーバーリアクション気味にアピールしたのが気に食わなかったのか、奴がブチ切れた。
「舐め腐ってんじゃねえぞ、このクソガキがあぁぁ、ウォ~ン」
部下のコボルトが慌ててコインを空高く投げ上げる。
なんだよ、高く投げすぎだよなどと考えていると、俺の視界の隅っこから物凄い勢いで飛んでくる炎の塊に気が付いた。
どうやら奴もそれに気が付いたようで、その炎をチラ見した。
そして2度見して驚愕の表情で固まってしまった。
というのも、その煮え滾るような炎の塊は奴に向かって飛んで来ていたからだ。
直径にして30㎝ほどの普通よりも大きめの火球が、奴の「嘘だろ?」とでも言いたそうな表情をする顔面へと直撃した。
直撃した瞬間、それは派手に爆散して周囲はその煙で視界が遮られる。
俺は直ぐに悟った。
あれはエミリーのファイヤーボールだと。
先ほどまで大騒ぎだった観戦席は、シーンと静まり返っている。
そよ風が吹いてその煙をピュ~とかき消した瞬間、首から上が真っ黒に焦げたコボルトがそこに立ち尽くしていた。
「お、おい。だ、大丈夫か。大丈夫なはずないよな。いやあ、これはアクシデントなんだよ。俺は正々堂々と決闘を――」
そこまで言いかけたところで黒焦げのコボルトの頭の上にコインが落ちてきた。
それを待っていたかのように黒焦げの狂犬リーダーは、糸が切れた操り人形の如くその場に崩れ落ちるように倒れた。
すると静まり返っていた観客から再び大歓声が沸きだした。
そこで初めて、闘技終了のサイレンが響いたのだった。
あれ、なんか俺が汚い手を使う奴になってね?
今川焼というのは大判焼き、自慢焼き、回転焼きなど各種の呼び名が日本全国にあります。
多くの人がしっているお菓子ですね。
たい焼きの形が変わったお菓子みたいなあれです。
小説内では敢えて「今川焼」という名称を使ったのは、特に意味がありませんw
気分です!
ということで次回もよろしくお願いします。




