128話 ウサギと金庫
主に宿泊代とゴブリンの保管代金が無くて車両や捕虜の一部をお金に変えたのに、いざお金を都合できたことに安心してしまい、肝心の宿と保管場所の確保を忘れてしまったのだ。
戦車の整備代は通常後払いなのでお金が無くても大丈夫。
支払いの段階で金が無いと戦車を返してもらえなくなるだけだからだ。
しょうがなく、トラックの荷台でお泊りだ。
その夜はよく眠れずに寝不足のまま朝を迎えた。
まあ、それはいいとして、今日はやることがいっぱいあるのだ。
まずはゴブリン捕虜、いや今は奴隷なんだが敢えてこう呼ぼう。
『ゴブリン戦闘士』と!
ゴブリン達は隷属の首輪をしているのだが、これは主に指定された者に逆らえなくなる魔道具である。
さて、16匹いるゴブリン戦闘士なんだが、俺から見たらどれも同じ顔に見えてしまい、とても区別ができない。
そこでやはり呼び名を付けることになる。
しかし同じ顔に名前を付けても結局区別がつかないので、そこでやむを得ず大きめのネームプレートを作成して首から下げることにした。
まずは指揮官のゴブリンリーダーだが、『リーダー中尉』という呼び名にした。
単純が一番わかりやすい!
よくよく聞いてみたら副官だったらしく、指揮官が戦死したので繰り上げで指揮官をやっていたそうだ。
特に何が優秀という特技はないのだが、“威圧”という魔法が唯一使えるらしい。
確かに珍しい魔法なんだが使い道がないような気もする。
試しに魔法が使えるエミリーに判断してもらおうと、“威圧”魔法をエミリー自身に掛けさせてみたところ、「くすぐった~い」と身体をよじれさせただけなのだが、隣にいたタクとソーヤは恐怖に身体をこわばらせた。
うん、エミリーに威圧が聞くわけなかったよな。
はい次。
それからゴブリンシャーマンが1匹いる。
ゴブリンの魔法使いのことだ。
呼び名は『シャーマン少尉』にした。
ゴブリンのシャーマンとは人族でいう魔法使いみたいなもので、軍に認められたゴブリンだけが『シャーマン』の称号を得られるという。
それで何が出来るかというと、主に土系の魔法が使えるらしく、中でも得意なのがゴーレム作成だそうだ。
軍が認めたほどのゴーレムか、いったいどんなのが飛び出すんだか。
これは期待できると思ってやらしてみたら、身長が20㎝ほどの可愛いゴーレムが現れて、俺の足元でピョコピョコと動いているではないか。
他のゴブリン戦闘士からは感嘆ともとれる言葉と共に拍手まで聞こえる。
俺は我慢できずにシャーマン少尉の頭をパチーンと引っぱたいた後、全体重を掛けてゴーレムを踏み潰し、土に戻してやった。
ポカーンと口を開けたまま静まり返るゴブリン達。
はい次!
他には下士官が数匹。
あの強かった精鋭戦車部隊の副隊長が生き残っていて『タンク曹長』とし、野砲部隊にいた下士官を『ヤホー軍曹』、整備隊は『シュウリ伍長』とした。
それ以外は急激に面倒臭く――思いつかなくなって『タンク一等兵』のように、所属と階級だけ記入して保留だ……すまん。
そして一番大切な仕事を終わらせないといけない。
ハマンの街へ来た目的、手提げ金庫を指定した場所へ持っていく仕事だ。
金庫の中身はもちろんホクブ兵器産業の欠陥武器販売や、それに関するもみ消し等の内部資料である。
早速俺はその手提げ金庫を届けに指定された場所へと赴く。
今回はエミリーではなく、交渉が得意なケイを連れて行った。
ホクブ兵器産業のご令嬢が持って行けば、その資料の真実味が増すだろうという思惑もある。
指定された場所は4階建ての小さなビルの最上階の部屋である。
ビルの内部へと入り最上階への階段を上がって行くのだが、薄汚れた壁に掃除という言葉とは無縁そうな階段通路が、上階へ上がるなと訴えているようだ。
4階へと来ると、通路が1本伸びており、突き当りはやはり薄汚れた扉が1つあるだけである。
何かの企業なのかと思ったのだが、入り口扉には何の表示も無い。
なんか悪者のアジトっぽい雰囲気をかもし出している。
「なあケイ。なんか怪しい気がするんだけど、どう思う?」
するとケイ。
「とにかく行くしかない」
その一言だけ言うと勝手にズンズンと先へ進んで扉の前まで行ってしまい、俺も慌てて後を追う。
「あっ、まてって!」
俺が声を掛けた時にはもう既に、ケイの手は扉のノブをひねっていた。
「入りまーっすっ」
なんとノックもしないで扉を勢いよく開けてしまったのだ。
バンッと開け放たれた扉の中には、いくつかの机とそれに座って何やら事務仕事をする者達がいる。
ウサギさんだ。
忙しなく電話や無線機を使ってやり取りしていたようだが、いきなり扉を開けた事により一瞬で室内は静まり返り、ウサギさんの視線がケイに集まる。
するとケイが無言のままゆっくりと俺を自分の前へと押しやって、反対にケイは俺の後ろへと下がりやがった。
「えっと、いきなりですまん。べ、別に怪しいもんじゃ……」
俺が言葉を発した途端に、ウサギさん達が机の下に隠し持っていたらしい銃を一斉に取り出して、その銃口をすべて俺に向けて騒ぎ出した。
「銃を捨てろっ」
「何者だっ」
「ここへ何しに来たっ」
「ぶっ殺すぞっ」
「持ってる人参全部だせやっ」
俺はとりあえず無抵抗の意思表示の為に、両手を頭の高さに上げながら必死に弁明しようとする。
「待て、待てっ。撃つな撃つなっ。怪しいもんじゃないから!」
しかし俺の言葉など聞く耳を持たないとばかりに、ウサギさん達の指は今にも引き金を引きそうな勢いだ。
その時だった。
突然、一番奥の机に座っていたウサギさんが言葉を発した。
「おっ、ドランキーラビッツの隊長じゃないか」
その声の主の発言で、銃を向けながら罵声を浴びせていたウサギさんの声がピタリと止んだ。
どうやら偉い方らしいな。
俺の事知ってる人?
声の方へ視線を移すとそこには見覚えのあるウサギ顔がいた。
「あっ、ブッシュマンのロジャー大尉じゃないですか」
するとロジャー大尉は仲間に銃を下げる様に手で合図をしながら言葉を続ける。
「やあ、ケン君と言ったかな。しかし、どうしてここへ?」
ちょっと混乱してきたな。
本当にこの場所でいいんだよな。
「えっと、初めにこれを渡すように言われて来たんですけど、責任者はロジャー大尉でいいんですか」
「ああ、私だが何の話だ?」
俺はその質問には答えずにロジャー大尉の目の前まで歩を進め、懐から1通の封書を取り出した。
そしてその封書をロジャー大尉の目の前に大げさに差し出して言った。
銃を向けられた事への精一杯の抵抗だ。
「これを読んでくださいっ」
ロジャー大尉は若干引き気味に封書を受け取ると、封を切って中身をクンクンと嗅いだ後、中の手紙を読み始めた。
そして手紙を読み終わると、怪訝そうな表情を俺に向けた上でさらに質問してくる。
「ミカエの身内なのか……で、何を持って来たんだ」
俺はバックから手提げ金庫を取り出して、机の上にドンッと勢いよく置いた。
ちょっとびっくりしたのか、俺と金庫を代わる代わる見た後、手紙を見ながら金庫のダイヤルを合わせ始めた。
金庫が開くと中には何枚かの写真や資料が多数入っていて、それらを何度も見返すロジャー大尉。
しばらくしてロジャー大尉は顔を上げて言った。
「これが本当なら、すべてをひっくりかえせるな」
「それらが本当かどうかを確認する方法がありますよ」
俺の言葉に何を言い出すんだという顔をするロジャー大尉。
俺は少しだけ片方の口角を釣り上げつつ畳みかける。
「ここからの話は別室でいいですか?」
ここからの交渉はケイの時間である。
さっき死にかけた責任はここで取ってもらおうと思う。
せいぜい金なのか物なのかを搾り取ってもらおうか。
そういえば言い忘れてと思うんですが、ゴブリンが使うブレタン戦車って元ネタはイタリア軍の「カルロ・アルマート」です。
元ネタがカルロ・アルマートというコメントを過去のあとがきに加える予定。
あくまでも予定。
――と思っていたら、114話のあとがきでコメントしておりました。
すっかり忘れていたようで。
<(_ _)>
ということで次回もよろしくお願いします。




