122話 夜襲
ちょい長めです。
こちらが退避するよりも早く、ブレタン戦車の47㎜砲弾がスポンジ戦車の前面に命中した。
車内に轟音が響き渡り埃が舞う。
エミリーの座る操縦席付近は特にひどい。
操縦席付近に命中したのかもしれない。
距離にして50mくらいと超至近距離でだ。
だが、こんな至近距離からの射撃でもスポンジ戦車の前面装甲は耐えたようだ。
それは恐らく敵戦車がスポンジ戦車よりもかなり低い位置から射撃したからだろう。
元々スポンジ戦車の前面装甲は傾斜しているのだが、敵戦車がさらに下方から射撃したために、さらに射角が大きくなってこちらの装甲に有利に働いたのだろう。
ただ、無傷ではなかった。
エミリーの座る操縦席前の装甲にヒビが入ってしまっていた。
側面にも貫通孔があるというのに、さらに前面装甲にまでひびが入ってしまった。
すでに車体のあちこちがボコボコ状態だったのがもっと酷くなってしまった。
元々からポンコツ戦車だったのに、さらにボロボロになっていく。
「タクっ、ミウっ、応射しろ!!」
俺があらん限りの大声で叫んだのだが、どうやら標的が下方過ぎて砲身の下限射界範囲を超えているようで、照準が通らないと2人が言ってきた。
俯角が足りないのだ。
こうなったら下がるしかない。
急がないと敵戦車が次弾装填を終わらせてしまう。
敵ブレタン戦車はその場から動く気はないらしい。
砲口をこちらに向けたままピクリとも動かない。
敵戦車内では死に物狂いで次弾装填に全力を注いでいるんだろう。
射界に入らないなら一旦ここは下がるしかない。
「エミリー、どうしたっ。早く後退……エミリーさん?」
俺の位置からはエミリーの表情など見えないのだが、エミリーの顔を見たらしいソーヤが無言で後ずさった。
それを見て俺は覚悟を決めて叫んだ。
「みんな、暴れるぞ。掴まれ!」
その途端、エミリーがエンジンを極限まで全開にしてギアを一気に繋いだ。
激しくキャタピラが空回転して砂を巻き上げる。
ウイリーするんじゃないかと思うくらい車体を跳ね上げて、スポンジ戦車は急加速して砂丘を駆け降りる。
エミリーが何やら叫ぶのだが、それは人間の声ではなく魔獣の咆哮そのものだった。
『シャーッ!!』
シャーってなんだよ!
それにわざわざ「シャーッ」の為に車内無線を使うなよ!
スポンジ戦車の加速の勢いに身体を支え切れなかったケイが後方へ吹っ飛ぶ。
「おうふっ! ケ、ケイ、そ、そこはダメなところだ……」
吹っ飛んだケイの後頭部が俺の37㎜徹甲榴弾に激突したのだ。
そんなことなどお構いなしにスポンジ戦車は横転していた敵戦車を跳ね飛ばし、その後方でこちらに砲身を向けているブレタン戦車へと猛撃した。
激しい金属の激突音が砂漠に鳴り響くのと一緒に、再び「シャーッ」という叫び声が車内を埋め尽くす。
もちろん車内無線は使ってる。
スポンジ戦車の重量は26t近くある。
その重量が勢いをつけてわずか15tほどの重さのブレタン戦車にぶち当たるのだ。
ブレタン戦車はたまったものではない。
ブレタン戦車の正面からスポンジ戦車が激突した。
激突した瞬間、ブレタン戦車の47㎜砲が発射された。
しかし激突の衝撃でブレタン戦車の47㎜砲身はわずかに上方へ向いてしまい、発射された砲弾はスポンジ戦車の37㎜砲塔の上部を滑るようにして上空へと弾かれていった。
渾身の一撃を外されたブレタン戦車は、激突により衝撃で90度ほど車体を回転させて側面を見せる。
そこへさらにスポンジ戦車は押し切るように突撃。
勢いのままブレタン戦車に乗り上げると、そのまま反対側へと乗り越えた。
戦車が戦車を踏み潰した、つまり蹂躙したのである。
蹂躙されたブレタン戦車は、側転で270度ほど転がされた後、横倒しの状態で止まった
そしてスポンジ戦車は急激なターンをして、もう一度突撃しそうな状態で一旦停車する。
その状態でエンジンを何度も空吹かしして、少しでも動こうものなら吶喊してやるぞという雰囲気を醸し出す、
これ以上は非常にまずい。
エミリーを止めるなら今しかないな。
「エミリー、落ち着け。敵戦車はもう動けないから気を静めろ。ほ~ら、キャンディーだぞ。甘~い飴ちゃんあげるぞ」
俺はエミリーに近づきながらポケットから出した飴をゆっくりと見せる。
飴は暑さでとろけてしまっていて、包み紙がなければ形さえも成していないと思われるほど酷い形なのだが、今はそれどころではない。
今はエミリーを落ち着かせる事が重要なのだ。
するとエミリー。
「あ、飴? な、何味?」
やった!
これは作戦成功じゃねえかっっっ!!!
こうなった時のことを考えて飴ちゃんを忍ばせておいたのだ。
ただ溶けるということは想定外だったけどね。
エミリーの表情が徐々に穏やかになっていく。
「えっと、黄色っぽいからレモン味じゃないかな……」
俺がレモン味と答えるとエミリーの表情がまた険しくなり始める。
やばい、やばい、他の味の飴か!
新しくポケットから別の飴を取り出した。
「そ、それなら、ほ~ら、今度は赤い色の飴でイチゴ味だぞ~。とおっても美味しいんだぞ~」
「イチゴ! イチゴ味の飴ちゃんっ!」
飴をのせた手の平をエミリーの目の前に差し出すと、そのイチゴの飴を奪うようにとり、包み紙の中から飴を取り出そうと夢中になるエミリー。
しかし、溶けてしまった飴は包み紙と一体化してしまっていて、とても引きはがせるものではない。
するとエミリーは包み紙ごと口の中へと放り込んだ。
そして一言。
「お兄ちゃん、この飴ちゃん美味しいよっ」
「そ、そうか。それはよかった……」
包み紙の事はともかく、どうやらいつものエミリーに戻ったらしい。
「よし、ブレタン戦車はどうなってる?」
タクもエミリーのこの状況にも大分慣れてきたようだ。
全く動揺したそぶりも見せずにタクが答える。
「横転したまま動きません。脱出もないから乗員はまだ車内にいるものと思われまひゅ……ます……」
すっげえ動揺してんじゃねえかっ。
「そ、そうか。なら俺とソーヤで敵戦車内を確認するから、タクは砲塔機銃で掩護頼む」
ソーヤと俺の2人でブレタン戦車を調べることにした。
1両目を調べると、迫撃砲弾の罠に掛かったゴブリンの戦車乗員は、4匹ともが焼けこげていて見るも無残な状態だ。
火災が発生みたいだな。
逃げられなかったみたいだ。
そして今さっき蹂躙してやったブレタン戦車を見ると、4匹のゴブリンは生きていた。
気を失っている者や骨折をして動けない者など、全く抵抗できない状態のまま車内にいた。
とりあえずそいつらは縛って逃げられない様にしてスポンジ戦車の後部に載せる。
「エミリー、ナミ達の所へ戻るぞ。ここから見る限りゴブリン歩兵とは膠着状態みたいで動きはないようだな」
するとタク。
「敵の戦車部隊は全滅させたんですから、あとは怖い物なんてないですひゅよ……ですよ」
「そ、それもそうなんだけどな、歩兵は厄介だぞ。散らばって攻めてきたら人数の少ない俺達が不利だぞ。とにかく急いで戻って防御を固めないとダメだな。エミリー、発進だ」
エミリーは完全に戻ったようで、普通にスポンジ戦車を発進させた。
ただ幼子の様に何度も口の中に指を突っ込んでは、包み紙の破片を取り出しているようだが俺は知らん。
ナミ達の所に戻ると敵歩兵は進行してくる気配がない。
戦車部隊が全滅したのがやはり大きいのだろう。
さて、やつらはこの後どう出るかだな。
攻めてくるのか、このまま撤退するのか。
あるいは応援を呼んでくるっていう最悪のパターンもあるんだよな。
しかし、敵ゴブリン歩兵部隊は何もしてこないまま、陽が沈もうとしている。
そのまま何事もなく一夜を過ごし、そろそろ夜が明けるという時間帯。
ゴブリン共に動きがあった。
ちょうど俺が見張りに立っている時だった。
ゴブリンの兵が敵陣営とは反対側のオアシスから侵入した。
俺達の後ろからだ。
ケイが見張りに立っている側からすり抜けてきたらしい。
ちなみに俺は敵陣営の正面で見張っていた。
何となく後方に目をやったら何かが動くのが焚火に照らされて見えたのだ。
「くそ、敵襲っ! ゴブリンが来たぞっ」
大声を上げてみんなを起こしながらライフル銃を構える。
仮眠をとっていた他のメンバーも眠い目をこすりながら銃を手に取る。
俺はライフル銃を置き、愛用のショットガンに持ち代えて、ガサゴソと動く茂みの方向へと移動する。
「ケイ、下がれ。敵の偵察部隊みたいだ。後は俺に任せろ」
俺の発した敵襲の言葉に反応して、姿勢を低くしてじっとしていたケイなのだが、俺の下がれという言葉を聞くや否やすっくと立ち上がり、猛ダッシュで後退して来た。
その猛ダッシュのケイを狙って敵ゴブリンが集中射撃を始める。
なんだ、ケイめ、命がけでポイントマンをしてくるとはな。
ま、これで敵の位置が判明したよ。
サンキュー。
俺はショットガンに銃剣を装着して一番近くのゴブリンへと静かに走り寄る。
目の前の茂みに飛び込むと、目を見開いて驚くゴブリンと視線が交差する。
しかしそのゴブリンが一言も発しないうちに、俺はショットガンの銃剣でゴブリン兵の首のあたりを真横に振る。
それで終わりだ、
確かな手ごたえを感じた俺は、息絶えたであろうゴブリンの確認もせずに次の獲物に走り寄る。
2匹目のゴブリン兵を発見した。
しかし銃剣で倒すにはちょっと距離がある。
ショットガンの銃口をそのゴブリン兵に向ける。
薄暗いので狙いが付けにくい。
それで一瞬だけ懐中電灯を点けて直ぐに消した。
それで十分だった。
一瞬だけ照らされた間抜け面のゴブリン兵がライトに反応する。
「遅いんだよ」
俺はぼそりとつぶやきながら、ゴブリン兵がいたであろう場所へショットガンをぶっ放す。
小動物用の散弾だが小さなゴブリン相手にはちょうどいい。
1㎜ほどの丸い金属が無数散らばって標的であるゴブリンへと飛んでいく。
発射の閃光でゴブリン兵の顔面に着弾するのが一瞬見える。
「次、3匹目!」
俺は薄暗いオアシスの中を獣のように静かに走る。
銃を使った近接戦闘は俺の一番の得意分野だ。
“銃を持った”というところが重要なのだけどね。
何故か武器を持たない格闘だと全くダメなんだが、銃を使った近接戦闘なら誰にも負けない自信があるのだ。
特に相手がゴブリンならば無双できそうな気さえする。
ただ時々それを過信して死にそうになるのだが。
後ろに気配がする。
振り向きざまにショットガンを2発連続で発射すると、出合頭に茂みから出て来た2匹のゴブリンが穴だらけになった。
これで4匹。
続いて犬の声と共に機関銃が発射された。
ナミかポトが攻撃に加わったようだ。
さらにエミリーの風刃の魔法が飛び交い始める。
するとゴブリンの声がオアシスに響く。
何かの合図のようだ。
するとあちこちから走る音が聞こえて、それが徐々に遠ざかって行く。
撤退してくれたみたいだ。
敵陣営に向かって味方が銃撃を加えている。
やめて、射線上に俺がいるんだから。
同士討ちだろ。
特にケイ、お前は完全に俺を狙ってないか?
こうしてゴブリンの夜襲は撃退したのだった。
戦闘シーンの方が筆が進みますな。
ということで、続けて戦闘シーンとなっております。
その方が書いてて楽しいですし。
さらに次話も戦闘シーンが続いたりします。
アクション小説ってことで勘弁してください。
といことで次回もよろしくお願いします。




