116話 白旗
ちょい長です
ゴブリン戦車兵は右肩に銃弾を受けて握っていた拳銃を落とした。
銃声をした方を見るとそれは操縦手席だった。
操縦手席の視察口が大きく開いており、そこから拳銃を握った手が伸びている。
エミリーだ。
エミリーが護身用で身に着けていた拳銃を握っている。
いつも魔法で止めを刺すエミリーが拳銃を撃ったのだ。
かなりレアな光景だ。
よく見れば拳銃を持つ手が震えている。
「エミリー!」
俺が声を掛けると、視察口から伸びた手が一旦引込められたと思ったら再び現れる。
その手は握られ親指だけが立てられていた。
車内では「エミリーさんが撃ったの?」とか「エミリーさんって拳銃持ってたの?」とかちょっとした騒ぎになっているんだが。
エミリーが護身用に持っている拳銃は『チャリ・ガン』と呼ばれる9㎜口径の小型リボルバー拳銃だ。
はっきり言って威力はない。
元々は街中を子供や女性が自転車で走ってる時などに、近づいた野犬などを追っ払う為に作られた小型護身拳銃だ。
相手を仕留める為に開発されたものではなく、追っ払うことが目的だ。
ましてや野犬程度の標的を追っ払う目的の拳銃であって、ゴブリンを相手に自分の命を預けるとなるとちょっと心許無い。
それでも瀕死のゴブリンには十分な威力だったようだ。
改めてゴブリン戦車兵を見ると瀕死な状態のくせに俺を見て笑ってやがった。
俺はスポンジ戦車から飛び降りて拳銃を両手で握り、いつでも撃てる体制でゴブリン戦車兵に近づいた。
だが、ゴブリン戦車兵は笑ったままピクリとも動かない。
ちょっと変に思ってそっと拳銃の先で突いてみる。
反応はない。
どうやら笑ったまま事切れていたようだ。
くそ、なんか嫌な気分だ。
俺も死ぬときは笑いながら舌をベロンと出して死んでやろう。
その頃にはブレタン戦車のエンジンから出火していた炎が放って置けないほどになっていた。
やばいな、この分だと爆発するな。
俺は急いでゴブリン戦車兵から勲章らしきものを剥ぎ取ると、胸元に何かが光るのが見えた。
よく見れば認識表のようだ。
ゴブリン正規兵の一部は認識票を首から掛けている。
個人を識別する札のようなものだ。
しかしそれはあくまでも“一部”であって、すべてのゴブリン正規兵が持っているわけではない。
どういう基準で配ってるのかは不明だが、これがあると賞金首だった場合の判別が容易いのだ。
これはラッキー、とその認識票も貰っておく。
俺が車体に飛び乗った途端にスポンジ戦車が動き出す。
慌てて砲塔のハッチから車内へと滑り込む。
戦車長席に座ると「よしっ」とつぶやいて自らの頬を両手で叩き、気合を入れ直す。
まだ戦闘は終わってないからな。
ゴブリンの野砲陣地がまだ残ってるのを忘れちゃいけない。
スポンジ戦車の後方では、先ほどのブレタン戦車が誘爆する音が戦車内部にまで聞こえてきた。
俺達が野砲陣地へ近づくと、相変わらずバッタが群がっているのが見える。
ただ、先ほどとは様子が違う。
バッタは完全に一か所に集まっている。
魔獣であるバッタのすべてが一か所の小屋に群がっているのだ。
ゴブリン兵はというと、バッタが自分たちの邪魔をしなくなった訳だから、無論その矛先は俺達へと向かう。
しかし戦車さえ殲滅すればこっちのモノ。
あとは雑魚が残るのみ。
よさげな丘が見えてきた。
あそこからなら敵の野砲の正確な位置がわかりそうだな。
それで砲弾をぶち込んで終了だな。
「エミリー、11時方向に見えるちょっとした丘が見えるか。あそこに上って停車してくれ。75㎜砲は榴弾、37㎜砲は散弾を装填。ソーヤ、装填したら砲手も頼む」
戦闘は終盤戦、ポーションを使ったといえども安いポーションなんでまだミウの傷は完治はしていない。
なのでミウはもう少し休ませるつもりだ。
オアシスの少し高くなった丘のような場所へスポンジ戦車が乗り上げて停車する。
予想通りその場所からはゴブリンの野砲陣地が丸見えだった。
だが、その場所で停止したのはまずかった。
30mほど先にこちらに砲口を向けたゴブリン野砲が鎮座していたのだ。
「エミリー、全速前進!!」
後退するか一瞬迷ったのだが、後退するよりも前進した方が車体の反応は早いと俺は判断した。
激しく回転するキャタピラが砂を巻き込んで車体後方に巻き上がる。
一気に丘を駆け降りると、丘の頂上付近に野砲が着弾して爆炎を上げる。
危ねえ!
さて、こっちの番だ。
「エミリー、そのまま踏み潰せっ」
「よろこんでっ!」
スポンジ戦車が30mほどの距離を爆走する。
「タク、砲塔機銃で掃除しろ」
「任せて下さい、やってやりますよ」
タクも良いところを見せようと張り切っている。
よし、野砲まであと少しだ。
どうやらあの野砲が次弾装填するよりも早く踏み潰せそう――何!
「エミリー、ストップっ。停止、停止。攻撃止め、射撃やめぇぇぇ!!」
エミリーが叫ぶ。
「無理、無理、無理ぃだぁかぁらぁ~~~っっ――むぎゅ」
エミリーは文句を言いながらも急ブレーキを掛ける。
スポンジ戦車が急制動を掛けたことにより車体が一気に前に沈み込む。
すると中の乗員は当然のごとく前に倒れ込む。
「ふぎゅうっ」
「もぎゅうっ」
「ひにゃあっ」
「あぎゃ……あ、ケイすまん」
「ふぎゃっ――ってこのエロガキ、どこ触っとんじゃい!」
「ごっふぉっっ、ううう……いだいでごぜえます」
全員が押しつぶされました。
中でも不可抗力なのに俺の被害が一番大きかったのが納得できん!
俺は激しい痛みを感じる身体を起こすと、すぐにエミリーが文句を言ってきた。
まあ当然だよな。
「お兄ちゃんっ、なんであのタイミングで止めるのよ。あとちょっとで蹂躙できたんだよ」
「エミリー、外をよく見ろ。ゴブリンをだよ、ゴブリン」
エミリーも体制を整えると操縦手用の視察口を覗いて外を見る。
よく見えないのか、その視察口を大きく開放するとエミリーは目を見開いた。
「お兄ちゃん、何あれ。何してんの」
エミリーが視察口を開放したのを見たソーヤが、自分も気になったのか右側面にある乗降用ハッチを開いて外に顔を出してつぶいやた。
「ゴブリンが降伏してる?」
それを聞いたケイが今度は左側の側面ハッチから身体を乗り出して言った。
「なんでゴブリンが白旗なんか上げてんのよ。本当にゴブリンなのよね?」
ゴブリンは逃げることはあっても降伏するというのは非常に珍しい。
全くない訳じゃないが、俺も見るのは初めてだ。
人間同士だと捕虜に関する条約があるんだが、ゴブリン相手にそんな条約などない。
そもそも話し合いなどできないからだ。
いや、話し合いにならないと言った方がいいだろうか。
過去に何回か話し合いの場を作った人間のお偉いさんがいたらしい。
そのお偉いさんはすべてこの世にはいない。
話し合いの場すべてにおいて待ち伏せ攻撃に合ったからだ。
一応ゴブリンは敵性亜人という扱いなのだが、一部の学者などからは魔獣の亜種だと指摘する者もいる。
それからゴブリン種族は例外なく、完全に討伐対象となっている。
その反面、捕虜を取らなくてもいいので、ゴブリンが生きたまま捕獲された場合は、隷従の首輪をつけられて奴隷となって、死ぬまで重労働をさせられるのだ。
逆に人間がゴブリンに捕獲された場合はなぶり殺しにされるか、やはり奴隷にさせられると言われている。
ただし、それはあくまでも噂であって本当なのかは誰も知らない。
というのも過去にゴブリンに捕まって帰還できた者がいないからだ。
ここにいる俺達のメンバーだとゴブリンは降参しない種族という認識らしいな。
そうだな、狼の群れに襲われても白旗なんか狼には通じないのと同じ感覚といったらいいかな。
そんなゴブリンが白旗を揚げているのだ。
そりゃあみんなは驚くよな。
「みんな、むやみに撃つなよ。俺が外に出る。タク、砲塔機銃の準備。エミリー、エンジンは切るなよ。いつでもこいつらを踏み潰せるようにな。そうだ、ミウ。一度だけ言うが、お前はじっとしてろ……」
ミウが頷いていいのか悩んでいるのをソーヤが「怪我人は動くな」と念を押している。
だ、大丈夫だよな。
ミウに『やるな』と念を押すと『やれ』と勘違いする癖がある。
空気読もうと必死なのはわかるんだがいつも空気読めない方へいっちゃう。
俺は戦車の前に拳銃を構えて立つ。
ゴブリンの代表らしき兵士が1匹白旗を揚げてこちらに向かってくる。
過去にゴブリンの降伏というのがあったと聞いたことがあるが、騙し討ちというのはその何倍も聞いたことがある。
油断だけはしちゃいけない。
よし、ゴブリンの野砲の砲口はこっちを向いていないな。
少しでも野砲が動けば攻撃開始だ。
ゆっくりとゴブリンが近づいてくる。
しかし、やけに歩く速度が遅い。
ん、なんか顔の色が変じゃね?
普通ゴブリンは緑色の肌なんだが、どういう訳か赤と緑の斑模様になってる気が……
「あああああああああああ!」
思わず叫んでしまった。
俺は大急ぎで戦車によじ登るとさらに叫ぶ。
「離れろ、エミリー。直ぐにここから離れるんだ。下がれ~」
「え、何。お兄ちゃん?」
エミリーはもとより、誰も現状を把握していない。
俺は今一度後退を指示する。
「まずはここから離れるぞ。そうだな、水場まで撤収する」
するとエミリーが不満そうに言ってくる。
「お兄ちゃん、ちゃんと説明してよね」
「あの白旗のゴブリンの顔が見えないのかよ」
「えっと、ちょっと顔色が悪かったかなって? でもゴブリンだし」
「バッタの模様と同じじゃなかったか」
すると今度はタクが答える。
「あ、つまりあのバッタの攻撃は噛みつきとかじゃなくて、毒か病気をまき散らす攻撃だったんですね」
「ああ、恐らくそんなところだと思うな。だけど厄介だな」
そう、病気や毒だったとしたら俺達もバッタと接触している。
特にケイはかなり接触している
みんなの表情が暗く沈んでいくのだった。
小説中に出てくるエミリーが持つ「チャリガン」ですが、元ネタはスミス&ウェッソン社の「.32セフティー・ハンマーレス・バイセクル・モデル」です。
中折れ式のリボルバー拳銃です。
用途はやはり野犬用でした。
ハンマーレスの5連発拳銃です。
ということで次回もどうぞよろしくお願いします。




