115話 決着
スポンジ戦車の側面に激震が走る。
敵戦車砲が命中した。
着弾と同時に破片が車内へと飛び散る。
「みゃっ……」
誰かの悲鳴?
車内へ薄っすらと外の日差しが入る。
側面装甲に孔が空いたのだ。
しかしスポンジ戦車はまだ走り続けている。
大丈夫だ、まだやれる。
まだ負けていない!
75㎜砲の装填手のソーヤが声を荒げる。
「ミウがやられた! 血が、血が止まらない!」
俺が車内へと潜り込んでミウの様子を見るが、ポーションがあれば大丈夫だろう。
そもそもまだ戦闘中であり、治療するからと言って戦車を止める事もできない。
全員の命が掛かっている。
治療の為に戦車を止めればそれこそ恰好の的となるのだ。
俺は厳しい言葉を投げかけるしかない。
「ソーヤ、救急箱に治癒ポーションが入ってる。治療は任せる。他のものは自分の今の役割に専念しろ。今は戦闘中だ、忘れるな」
俺が声を掛けるがケイとタクはまだ心ここにあらずといった感じで、オロオロ感が酷い。
俺は2人の背中を足で突いて言った。
「タク、ケイ、しっかりしろ! 徹甲弾装填、距離250、目標、敵ブレタン戦車!」
俺の怒鳴り声に我に返った2人がやっと動き出す。
俺は再びみんなに被害状況を確認するが、ミウの負傷以外に大きな被害はないようだ。
「エミリー、側面を見せると喰われる。なるべく正面装甲を向ける様にしてくれ」
「お兄ちゃん、吶喊していい?」
こんな状況でもエミリーだけは落ち着いていることにちょっとだけ感心させられる。
だけど考えてる内容が怖いんだが。
「ダメだろ、良いよって言う訳がないだろ」
エミリーは残念そうに「ちぇえっ」とつぶやいた。
一瞬ミウの負傷でスイッチが入るかと心配したが、まだ大丈夫なようだ。
「装填OK」
「タク、自分のタイミングで撃っていいぞ」
「了解……」
タクが37㎜砲を照準器を覗いているとミウが意識を取り戻したらしい。
「ケンさん……魔法の効力がまだ、残ってます。撃てます……」
俺は少しだけ考えて返答する。
「わかった、1発だけ撃ったら休んでくれ。ソーヤ、ミウを見ててやってくれ」
「了解です」
「ケンさん、ありがとうございます。1発で仕留めます」
チラッとタクを見ると悔しそうに下唇を噛んでいる。
だがみんなの命が掛かっているのだ。
ミウが照準器を覗き込んだ瞬間にスポンジ戦車の車体が止まる。
エミリーが気を利かして停止させたのだ。
だが、その停止時間はほんの僅かであった。
ミウがその僅かな時間で敵ブレタン戦車を照準器内へと収めて75㎜砲を発射する。
そしてすぐにスポンジ戦車は走り出す。
75㎜砲弾はほぼ直進に近い弾道で敵ブレタン戦車に命中した。
命中した箇所は側面装甲だった。
進入角度は浅いがブレタン戦車の側面装甲くらいなら、75㎜砲の威力で貫徹できるだろうと思ったんだが、実際はそうはならなかった。
着弾した途端に爆発したのだ。
榴弾じゃねえか!
てっきり徹甲弾かと思ったら榴弾を装填してたのかよ。
なに間違えてんだよ、ソーヤめ。
いや――まてよ。
もしかしてタクに撃破を譲るつもりで弾種を変えやがったのか?
あの2人め!
しかし75㎜砲の榴弾といえども爆発力は37㎜砲とは比較にならない。
まともに側面に75㎜榴弾を喰らったブレタン戦車は、弾き飛ばされるようにして90度回転してから動きを止めた。
ちょうどケツをこちらに向けた位置で止まった。
「タク、今がチャンスだぞ。ミウのくれたチャンスを逃すな」
あんうんの呼吸でエミリーが再び戦車を急停止させる。
急制動により一瞬車体が前に沈み込むのだが、その沈み込んだ一瞬の時間で照準器に敵戦車を捕らえたようだ。
タクが37㎜砲を発射した。
このスポンジ戦車の砲塔に搭載する37㎜砲は意外と性能が良い。
高初速で撃ちだす37㎜砲弾は、数値だけ見ればブレタン戦車のどの部分にあたっても貫徹できる性能がある。
後面の薄い装甲など容易く撃ち抜ける。
37㎜砲弾は敵ブレタン戦車の砲塔側面に命中し、鈍い着弾音を砂漠に響かせる。
「命中!」
俺の声にタクが口角を上げる。
しかし動かなくなっていたブレタン戦車がゆっくりと動き出す。
どうやら砲塔が動かないらしく、主砲の向きをこちらに向けようと車体をその場で回転させ始めた。
だがエンジンにダメージが入っているのか、その動きはあまりに遅い。
「次弾装填急げ、まだ生きてるぞ!」
その前にこの状態で脱出しないゴブリンが俺には信じられない。
今まで出会ったゴブリンなら逃走している。
「装填OK」
ケイの装填完了の声を聞いたタクが止めの37㎜砲を発射する。
スポンジ戦車は停止したままの上、さらにほとんど停止状態の戦車に命中させるのは簡単だ。
「命中」
37㎜砲弾は車体後面に命中すると後面装甲を撃ち抜き、エンジンから火が上がった。
そこでやっとエンジンが動かなくなったのか車体の回転が止まり、ブレタン戦車の砲塔ハッチが開く。
その開いたハッチからゴブリンが1匹這い出してきた。
俺も砲塔ハッチから乗り出すと双眼鏡を覗く。
着ている軍服からしてどうやらゴブリンの正規兵のようだ。
しかしその軍服はおびただしい量の血で染まっていた。
俺はそのゴブリン戦車兵に興味を持ちエミリーに伝える。
「エミリー、あのゴブリン兵の顔が見えるところまで近づいてもらってもいいか」
エミリーは「うん、わかった」と言ってスポンジ戦車をゆっくりと前へと進める。
スポンジ戦車はなおもエンジンから火が上がるブレタン戦車の前で停車した。
そして俺はハッチから這い出して砲塔の上に座ると、上から見下ろすようにそのゴブリン戦車兵を眺めながら言った。
「お前みたいなゴブリンは初めてだよ。戦車の扱い、それに最後まであきらめない執念。それにその胸に付けてるのは勲章かな。きっと名のある戦士だったんだろうな。だが俺達ドランキーラビッツの敵ではなかったってことだな。ああ、人間の言葉は解らないか」
ゴブリン戦車兵はヨタヨタと砲塔に寄りかかりながら座り、こっちに視線を移すとゆっくりとした口調で言った。
「ゴブリン、ニンゲン マケナイ。ゴブリン サイキョウ シュゾク……」
なんと、人間の言葉をしゃべりだした。
あまりの衝撃に直ぐに言葉を返せず、ポカーンと口を開けたままになる俺。
するとゴブリン戦車兵は腰のあたりをモゾモゾと探り始めた。
その時、俺は完全に油断していた。
勝ち誇って油断したというよりも、人間の言語を理解しているゴブリンに衝撃を受けたからだ。
ゴブリン戦車兵が腰のホルスターから拳銃を抜いた。
そこでやっと我に返った俺も急いで腰の拳銃に手を伸ばす。
くそ、間に合わないか。
俺は死にかけているゴブリンに完全に後れを取ってしまった。
ゴブリンの抜いた拳銃の銃口が俺に向いた。
やられる!
そう思った瞬間、ゴブリン戦車兵の身体に銃弾が撃ち込まれた。
1対1の戦車戦でした。
カルロ・アルマート対M3中戦車の戦いですかね。
実際、カルロ・アルマートの47㎜戦車砲では至近距離でないとM3中戦車の前面装甲を撃ち抜けませんでした。
カルロ・アルマートの主砲は初速も遅く、対戦車性能としてはあまりが良いとは言えなかったのです。
射距離500mほどで43㎜の貫徹力しかありません。
元々が歩兵砲だったらしいのでこんなもんでしょうか。
ただM3中戦車の側面装甲は前面ほど厚くはない上に、全面装甲が傾斜しているのに対して側面装甲は直角でした。
その為、側面装甲はM3中戦車の弱点と言われていたようです。
側面装甲は38㎜しかないのでカルロ・アルマートの47㎜砲でも、射程距離によってはなんとか撃破できたんではないでしょうか。
また、カルロ・アルマートは主砲の威力以外にも、懸架装置が古臭くて走行性能も低い上にエンジン出力も低く、この走行性能が弱点と言われていたそうです。
ということで、次回もどうぞよろしくお願いします。




