114話 強敵戦車現る
ちょい長めです。
俺達はスポンジ戦車まで戻ると、ミウとエミリーがスポンジ戦車の上で座ってくつろいでいやがった。
いつのまに用意したのかスポンジケーキといい香りのするハーブティーだ。
スポンジ戦車の上でスポンジケーキとは、突っ込みどころ満載じゃねえか。
ちょっとイラっとした口調で俺は2人に言葉を掛ける。
「エミリー、ミウ、出撃するから急いで!」
俺の言葉にちょっとムッとした表情をするエミリー。
おい、おい、おい!
おかしいだろ!
俺達はお前らがくつろいでいる間に命がけで敵陣偵察してきたんだぞ?
俺は間髪入れずに次の言葉を2人に投げかけた。
「はいはい、ケーキはまたあとでね~」
軽く手を叩きながら笑顔はキープしたことを付け加えておこう。
俺に出来る反抗は、これが精一杯だった……
エンジンは直ぐにかかり、早速敵陣へと走り出す。
エミリーとミウには戦車内で、車内無線を使って敵の状況とバッタに関して説明をする。
すると予想通りエミリーがバッタに拒絶反応を示した。
「お兄ちゃん、私絶対に戦車から出ないからね!」
エミリーは操縦手なんで車内に留まるのは問題ない。
エミリーやケイとは反対にミウはバッタなど全然平気のようだ。
逆に「バッタのどこが気持ち悪いんです?」と2人に質問するほどだ。
さすが獣人というところか。
スポンジ戦車が前進していくと直ぐにバッタの群れが見えてくる。
ゴブリン兵がしきりに銃やシャベルを振り回してバッタを撃退しようとしている。
だが腐っても魔獣。
その攻撃を躱すバッタもいるようだ。
だが、相変わらず攻撃しないのは不思議である。
ゴブリンの攻撃を躱す(かわ)す個体はいても、ゴブリンに対して攻撃をしている様子は見られない。
いや、もしかして噛みつき攻撃をしているのだが、その攻撃が弱すぎて感づいていないだけなのかもしれない。
それは意外とあり得る話かもしれない。
魔獣ではあるが普通の昆虫に近い魔獣で、大した攻撃力もないのかも。
さて、ここからが気合の入れ時だな。
「ブレタン戦車が2時方向に隠れている。左側から回り込んで側面に出る。ゴブリン共はまだ混乱中だ。その隙にゴブリンの戦車と野砲を押さえる。バッタは気にするな、無視しろ。いいな」
まともに返事が返ってきたのは3人だけで、エミリーとケイからは言葉にならない唸り声のような返事が返ってきた。
まあ、なんとかなるだろ。
スポンジ戦車はゴブリン野砲陣地を回り込むようにオアシスの左端を行く。
それほど広い場所ではないので、直ぐにバッタの群れが集まる敵野砲陣地の端にたどり着いた。
だがバッタの群れは収束して徐々に一か所に集まり出している。
戦車を止めて砲塔ハッチから顔を出し双眼鏡で観察する。
少しだけその一部が見えた。
「なんか掘っ建て小屋にバッタが集まってるみたいだな。倉庫みたいだな」
バッタは小さな倉庫小屋らしき場所に群がっているのが確認できた。
倉庫内の何かに引き寄せられているのか?
その時、視界の隅に発砲炎が見えた。
続いて正面装甲に火花を散らして着弾する砲弾。
物凄い着弾の衝撃音を響かせて砲弾は上空へと弾かれた。
正面からまともに食らったようで、その着弾衝撃が車内の空気を激しく揺らす。
乗員からは「うっ」、「ひゃっ」、「にゃっ」といった小さな悲鳴が上がる。
どうやら車体前面の装甲にヒビが入ったらしく、車内に薄っすら日差しが入る。
速射砲か!
「2時方向、敵火砲! 下がれ、後退、後退だ!」
回り込んだはずなんだが気が付かれていたのか、さっき確認したブレタン戦車なのか。
いや、もしかして側面にも速射砲か別の戦車を配置していたのかもしれない。
エミリーが物凄い速さの反応で勢いよく戦車を後退させる。
まるで俺が後退を指示するのがわかっていたような反応速度である。
エミリーは時々変な魔法を使うのだが、俺は魔法に詳しくないからエミリーがどんな魔法を使えるのかまでは全部は把握していない。
もしかしたら魔法を使っているのかもしれないな。
でもそんな魔法あるのか?
「怪我は大丈夫か、それと被害はあるか?」
俺の言葉に皆が自分たちの身体や周囲を確認しているが、特に問題はなさそうだ。
よし、大丈夫そうだ。
お返しをしなくちゃな。
「砲塔2時方向に向けろ。37㎜砲で応射する。距離300、榴弾装填」
75㎜砲は敵が装甲目標だった場合の事を考えて、砲弾の装填はしないで様子を見る。
射界も結構ギリギリだし。
再び発砲炎が見える。
「撃ってきたぞ!」
敵砲弾が火花を散らして右側面の装甲を掠りながら跳弾する。
あっぶねえ。
しかし連続で当てて来やがったな。
くそ、こっちの番だ!
装填の完了を確認して37㎜砲発射の指示を出す。
「撃てっ」
こっちは移動しながらの射撃なので照準なんてあってないようなものだ。
案の定、37㎜砲弾は命中せずに、発砲炎よりもかなり手前に着弾。
「近い、外したぞ。再装填――まて、戦車、ブレタン戦車だ。徹甲弾装填!」
速射砲かと思ったらブレタン戦車だった。
さっき見たブレタン戦車っぽい。
俺達が迂回するのを発見して移動を始めたのだ。
そうだとしたらゴブリンにしては腕が良い戦車乗りなのかもしれない。
移動する戦車に2発連続で命中させた上に、状況判断も今まで戦ったゴブリンとは違う。
「タク、装填完了次第自分のタイミングで撃っていいぞ。連続発射だ」
37㎜砲はタクが砲手でケイは装填手だ。
まだまだ腕前は高くはないが、小さいころから家の仕事の関係からか武器をいじることが多かったらしく、操作は手慣れた感じで素人ではない。
あとは照準の腕前を上げることだ。
ケイは腕の力と運動神経を鍛えることか……
ブレタン戦車は陣地から抜け出して追ってくる。
その間にも砲弾を連続で発射してくるが、両方とも移動しているのでさすがに命中はない。
砲弾が次々に消費されていく。
逃げ回っていたらとうとうオアシスの外の砂漠地帯にまで来てしまった。
「エミリー、3時方向に丘陵があるだろ。あの向こう側へ移動してくれ」
これだけ接近戦となってくると車体固定の75㎜砲は出番がなくなる。
照準できればミウの魔法照準で仕留められるんだが、現状だと照準する事すらできない。
75㎜砲は砲塔にある37㎜砲よりもだいぶ低い位置に装備されている。
その為、37㎜砲が装備されている砲塔から敵戦車を視認できても、低い位置にある75㎜砲からは視認できないこともよくある。
ミウの魔法射撃は敵を照準できなければ意味がないのだ。
砂漠に退避したスポンジ戦車は、丘陵の後ろに車体を隠すようにして停止した。
しかし車高が高いスポンジ戦車は車体前部を隠すことが出来ず、砲塔部分だけが砂丘の頂上部分から顔を覗かせるようにひょっこりとはみ出す。
そこへ敵戦車からの砲弾が砂丘に着弾して砂塵を舞い上げる。
やっぱり照準が今までのゴブリンのレベルとは違う。
砂丘の後ろに隠れていなければ命中していた。
だけど今度は状況がさっきまでとは違うからな。
こっちは遮蔽物の後ろにいながら停止射撃ができるのだ。
「距離300、徹甲弾」
装填手のケイは言われる前にすでに37㎜徹甲弾を装填している最中だ。
敵ブレタン戦車は俺達の後ろに回り込もうと大きく迂回を始める。
「照準OKです」
「よし、回り込ませるな。連続発射、タイミングは任せる。偏差射撃に気を付けろ」
タクが37㎜砲を発射した。
ブレタン戦車は俺達からして真横に移動中だ。
射撃するならば敵戦車の移動を見越して少し前方に照準をしないといけない。
解かってはいると思ったが、一応タクに念を押して「偏差射撃」と忠告したに過ぎない。
タクの腕前は実戦ではまだまだだからね。
1射目はブレタン戦車の前方手前に着弾。
「外れ。敵戦車前方、距離も10mほど足りない!」
車内無線なんで別に怒鳴らなくてもいいのだが、つい力が入ってしまう。
もちろんタクの背中に軽く蹴りを入れるのを忘れない。
2射目は敵戦車の前方数メートルに着弾、距離はドンピシャだ。
「おっしい! タク、お前が考えているほど敵戦車の速度は出てないぞ。落ち着いて仕留めろ」
タクが俺の言葉を聞くと一呼吸おいて深く深呼吸する。
そして再び照準器を覗き込む。
そしてタクは小さくつぶやいて37㎜砲を発射した。
「これでどうだっ」
37㎜砲弾は今度こそ敵ブレタン戦車に命中するかに見えた。
いや、確かに命中したのが確認できた。
しかし、命中した箇所が悪かった。
一番装甲の厚いと思われる砲塔の前面に命中。
それも入射角度がいけなかったのか、派手に弾き返された。
命中は命中なのだが、掠った程度か。
「命中!――あ、弾き返された……」
一瞬だが満面の笑顔を見せるタク。
だが直ぐにそれは落ち込んだ表情へと移り変わる。
運が悪い奴だな。
ちょっと可哀そうになってきたぞ。
だけどそれも仕方ない。
皆の命が掛かっているからタク、勘弁してくれよ。
「エミリー、出るぞ。ミウ、敵戦車が射界に入ったらすぐに魔法射撃だ」
待ってましたとばかりにスポンジ戦車のエンジンが唸りを上げ、キャタピラが砂塵を巻き上げて急発進する。
急発進したため車体の後方が沈み込む。
これにも最近みんな慣れてきたようで、急発進する前には誰もが揺れ対策で近くの何かに掴まっている。
チラッとタクを覗き見るとかなり悔しそうだ。
しかしこれも試練のひとつ。
俺も子供の頃はそうやって親父に育てられたのだ。
エンジン音を響かせて一気に斜面を乗り越える。
敵ブレタン戦車はそれに気が付いたらしく、直ぐに車体の向きをこちらに変える。
やっぱりあのゴブリン戦車はただ者じゃない気がする。
反応が良すぎるな。
ゴブリンの精鋭か?
ゴブリンリーダー搭乗車両?
ゴブリンチャンピオンか?
ゴブリンシャーマンが搭乗して魔法を行使してるのかもしれない。
ただわかっていることは、今まで出会ったゴブリン戦車の中でも一番強敵ということだ。
「エミリー、75㎜砲は撃つからうまく射界に入るように移動頼む」
俺は危険だが、砲塔ハッチから顔を出して敵戦車を直接視認する。
その時、敵戦車の47㎜砲弾がスポンジ戦車の側面に着弾したのだった。
強敵が現れました。
それもゴブリンのブレタン戦車です。
以前この場で紹介もしたブレタン戦車ですが、WW2時のイタリアの戦車『カルロ・アルマート』です。
何種類かタイプがあるのですがM13/40か、M14/41の辺りです。
それほど大きな性能差はありません。
速度も火力でもブレタン戦車が主人公の戦車に劣りますが、それはそれ。
搭乗する者によってその力は跳ね上がります。
次回、その強敵ブレタン戦車との闘いの後半となります。
次回もどうぞよろしくお願いします。




