111話 オアシスへ蹂躙
スポンジ戦車が物凄いエンジン音を響かせて砂漠を疾走する。
「ど、どうしたんですか。エンジン故障ですか?!」
「なんか焦げ臭くないですかね、まさかエンジン焼けてませんよね?!」
慌てる皆を俺がなだめる。
「みんな、落ち着け。意識をしっかり持つんだ。大丈夫だ。慌てたら負けだぞ。いつでも攻撃できるように準備しておけ。エンジンはたぶん大丈夫だ。それからたぶん、敵陣へ突っ込むぞ」
すると俺の言葉にケイが突っ込んでくる。
「たぶんってなに、たぶんって!」
俺が神妙な表情を作って無言でエミリーの方向を指さす。
ケイは一旦エミリーに視線を移すのだが、見てはいけない者を見たような様子で目をそらし、ゆっくりとした口調で言った。
「たぶん、了解しました……」
そこからのみんなの動きは早かった。
次弾装填の準備に予備の機関銃の弾薬の用意に、白兵戦用の拳銃まで準備に余念がない。
「突っ込むぞ、掴まれ!」
激しい縦揺れが乗員を襲う。
一瞬、無重力になったように身体がふわっと浮くのだが、すぐに落下して激しい揺れが襲ってくる。
転ばない様に身体を支えるだけでも一苦労だ。
その直ぐ後、エミリーの奇声と共に車体前方の固定機関銃が火を噴いた。
「おらおらおら、出てこんかいっ」
車体前方に固定された連装機関銃は、操縦手が扱うという珍しい仕様だ。
固定されたものなので、もちろんまともな照準なんてできやしない。
元々は曳光弾という光を発する弾丸を数発ごとに仕込んで置き、それを目安にだいたいの狙いを定めて、敵の歩兵陣地に突っ込むという設計構想だったらしいのだが、それもいつのまにかに廃止されてしまい、この固定機関銃を装備していない車体が多数存在するという。
早い話、設計の失敗ってことかと思うんだが、エミリーの前では絶対に言ってはいけない。
そのエミリーが放った連装機関銃の弾丸は、オアシスの一角に吸い込まれていった。
何もいないところに弾丸が多数撃ち込まれたのを見て、最初はエミリーのミスファイヤーかと思ったのだが、すぐにその考えが間違っていたことを目の当たりにした。
弾丸が撃ち込まれた何もないはずだったところから、いきなり戦車が躍り出てきたからだ。
偽装網をつかってゴブリン戦車が隠蔽されていたのだ。
くそ、戦車がいたのか。
75㎜砲も37㎜砲も榴弾を装填したまんまだ。
戦車相手には不利な弾種である。
しかし装填しなおすのも面倒臭い。
「正面にブレタン戦車っ、75㎜砲、37㎜砲、榴弾のままでいいから狙え。距離700」
ここは停止射撃で出来るだけ確実に命中させたいところだが、恐らく今のエミリーに停車という行動は通じない。
その時、敵ブレタン戦車が急停止して発砲。
「撃ってきたぞ!」
外れてくれ!
ブレタン戦車の主砲は47㎜。
この距離ならばこのスポンジ戦車の正面装甲でも弾き返せるはずだが、当たらないに越したことはない。
しかし残念ながら敵砲弾は、スポンジ戦車の正面装甲を激しく叩いて上方へと弾けた。
胸を撫でおろしたいところだが、それどころではない。
今度はこっちからのお返しがある。
「75㎜砲、撃て」
75㎜砲発射の後、少しだけ時間をおいてから37㎜砲を発射する。
「次弾、徹甲弾装填。目標は同じ!」
命中確認よりも先に次弾装填の指示を出し、それから着弾を確認する。
「外した、着弾遠し」
激しく揺れる移動射撃ではなかなか当たらない。
すると今度は大岩付近に陣取っている敵野砲の砲弾がかなり至近距離で着弾する。
「くそ、敵野砲もまだ健在だぞ。次の射撃でブレタンを仕留めるぞ。距離600。ミウ、魔法射撃用意!」
「――照準よしです!」
「撃てっ」
75㎜砲弾が砂塵を巻き上げながらほぼ直進弾道でブレタン戦車へと吸い込まれた。
車体下部に命中したようだがまだ動きが見える。
まだあの戦車は死んでない。
俺は足でタクの背中を軽く蹴りながら言う。
「よし、命中。タク、止めは任せるぞ。ゆっくりでいい。引き付けてから37㎜を撃て」
俺の言葉のプレッシャーにタクが一瞬緊張して背筋を伸ばすのがわかった。
しかし、しっかりとした口調で返答してくる。
「ケン隊長、やってみます」
「自分のタイミングで撃って構わないぞ、任せる」
タクは戦車の揺れが収まるのを待っているのか、しばらく照準器を覗いたまま動かない。
少しして、わずかに砲塔が回転して砲身の向きを修正する。
その時、ブレタン戦車の47㎜砲が再び発射される。
ゴブリン砲手の腕がいいのか再びスポンジ戦車の正面装甲に47㎜砲弾が命中した。。
しかし今度も貫通はしないが、その衝撃で車内で何かが勢いよく飛び跳ねた。
「にゃっ」
ミウが小さい悲鳴を上げる。
その悲鳴が合図のように遂にタクが37㎜砲の発射レバーを引いた。
確実に命中させたかったのか、ギリギリまで接近してからの発射だった。
そこまで接近されたブレタン戦車のゴブリン兵は、ハッチを開けて次々に脱出を試みる。
戦車長らしきゴブリンが砲塔ハッチから脱出している時、タクの放った37㎜徹甲弾が着弾した。
命中したのはゴブリンの戦車長の頭部だった。
一瞬で頭が消し飛んでしまったのだが、戦車長ゴブリンは首がないまま脱出を完了したところでこと切れた。
「タク、芸が細かいな」
俺の言葉にタクは口ごもるだけで何も言い返さない。
そういえばさっきの悲鳴はミウのだよな。
「ミウ、怪我でもしたか?」
「大丈夫です。衝撃でリベットが弾けて掠めただけです」
着弾の衝撃で戦車のビスが外れて車内で暴れたらしい。
でも大丈夫、どうやら軽傷のようだ。
そしてスポンジ戦車は遂にオアシスに乗り込んだ。
真っ先に大岩の側に陣取っている野砲に急接近する。
「見えたぞ、ゴブリンの野砲。前方50m。75㎜砲は榴弾、37㎜砲は散弾装填」
37㎜砲の弾種にキャニスター弾、いわゆる対人用の散弾があり、珍しいことにその砲弾もこの戦車は積んでいる。
折角だから使おうかと。
敵野砲は75㎜クラスらしいが、ゴブリン砲兵は逃走に入ったらしく、何の抵抗もない。
逆にこちらからは37㎜砲の同軸機関銃とエミリーの操作する連装機関銃で、野砲の周囲に弾丸を撃ち込んでいく。
すると逃げ遅れたゴブリン兵が次々に倒されていくのが確認できる。
それをよくよく見れば、ほとんどが曳光弾の射線上のゴブリンだ。
つまりエミリーの撃っている機関銃弾ということだ。
「タク、砲塔機関銃当たってないよっ」
俺はそう言いながらタクの背中を蹴飛ばした。
エミリーの方は照準器なんかついてないんだぞ。
上から見下ろせるし、狙って撃てるタクの砲塔機関銃の方がなんで当てられないんだよ。
擲弾筒を持たせたら超一流なのにな。
まあ、金持ち、イケメンで射撃まで一流だと俺の立場がなくなるんだがな。
そんなことを考えていたらタクが嬉しそうにしゃべり出す。
「ああ、こういうことか。なんかコツをつかみましたよ」
タクがコツを掴んだらしく次々にゴブリンを砲塔機関銃でなぎ倒していく。
「爆せろっ!」
「ケン隊長? 何か言いましたか?」
「タク君、ちょっとだけキャタピラの前に寝てみてもらえるかな?」
「ケン隊長、こんな時に冗談きついっすよ……」
いや、冗談じゃないんだけどな。
当初の目標だったブックマ100はなんとか突破しました。
皆さま有難うございます。
次の目標はブックマ1000!
それでは、今後ともよろしくお願いします。




