107話 砂漠を超えろ
誤字脱字報告ありがとうございます。
でもすげえ話だぞ。
今じゃ『黒い襲撃者』なんて呼ばれているけどさ、かつては『タンク・クイーン』と呼ばれてハンター達の憧れの的だった。その伝説のミカエさんと俺は親戚だったなんて言ったらハンター仲間がビックリするだろうな。
ああ~自慢してえ~。
あ、でも今じゃ人気も落ちてきたから自慢にもならんか。
ミカエさんお尋ね者だしな。
そんなことを考えているとミカエさんがいきなり真剣な表情に変わり、声のトーンを少し落として話を切り替えてきた。
「話は変わるんだけどね、実はあなた達にある仕事をお願いしたいのよ。もちろんただとは言わないわよ。ちゃんとした契約として依頼したいの。どう、受けてくれるかしら」
いきなりかよ。
でも俺達はそれで生活してるからな。
報酬と依頼内容による。
「返事はその依頼内容と報酬を聞いてからでもいいですか」
噛まずにちゃんと言ったった。
「ええ、もちろんよ。依頼内容はあなた達が見つけた手提げ金庫の書類をハマンの街へ届けてほしいのよ。報酬はそうね……戦車1両でどうかしら。戦車がないとこの依頼も受けられないでしょう」
確かにそうだ。
今の俺達は戦車が無いから輸送途中に魔物に襲われたらアウトだからな。
しかしまじか、戦車が貰えるのかよ!
いや、落ち着け俺。
戦車だってピンからキリまであるんだぞ。
「そ、その貰える戦車の種類を聞いていいですか」
するとミカエさんは窓を指さして答える。
「その窓から下に見える戦車から選んでいいわよ」
俺は猛ダッシュで窓へ駆け寄る。
「ふげっ」
猛ダッシュで窓へ近づいたのは俺だけじゃなかったらしい。
エミリー、タク、ソーヤ、ケイの4人が俺を押しつぶさん勢いで駆け寄ったからたまらない。
「お、お前ら、どけ。苦しいじゃねえかっ……ほげええっっっ!」
最後に取り残されたミウが慌ててみんなに追随したようだ。
エミリーが真っ先に指さして「あれがいい!」といった戦車は『モデル3戦車』、通称“スリー戦車”だ。
この戦車は車体前方に固定機関銃が2丁ついているのだが、これが操縦士が操作する機関銃なのだ。
それを知ったエミリーがずっと前から欲しがっていた戦車だ。
車体右側に射界が限定される75㎜砲を装備している上に、しっかり37㎜砲装備の砲塔まである。
その砲塔の上には車長用の銃塔まであり、前方への集中砲火はすさまじい威力だろう。
だが!
車高が5.5m以上ある為、非常に目立つ。
つまり恰好の的なのだ。
装甲もそれほど厚くはないから的にされたらたまったもんじゃない。
却下!
俺の推しはスリー戦車の横に停車している『ヘッター軽駆逐戦車』だ。
砲塔を持たない車高の低い戦車だ。
小型なのに威力のある75㎜砲を搭載しているという、まるでホーンラビットではないか!
それ以外に置いてある戦車というと、コボルト製の95号式軽戦車と97号式中戦車だった。
さすがにそれが良いという奴はいないだろうと思ったんだが、我々の中にアホが1人いた。
「私はあのハチマキしてるみたいな戦車が恰好いいし、見るからに強そうでいいと思います」
そんなことをほざいたのはミウだ。
97号式戦車、通称“チハタン式”をキラキラする瞳で見てやがる。
そんなミウに俺は、“本当は口に出してはいけない心の叫び”を伝えてやった。
「あのな、ミウよ。戦車は精神力だけじゃ勝てないんだぞ」
ミウがハッとした様子で俺の顔を見る。
そして
「そ、それでは諦めます……チハたん……」
ミウが何か言いたそうではあるがそれは放って置いて、これでヘッターとモデル3、通称スリー戦車の2択になった。
「なあ、エミリー。スリー戦車とヘッター戦車で撃ち合ったらどっちが勝つと思う?」
被弾距離や命中角度にもよるのだが、ヘッターの前面装甲ならばスリー戦車の75㎜砲を弾き返すことが出来るのだ。
その逆にヘッターの75㎜砲をスリー戦車は弾き返すことが出来ない。
付け加えるならなば、そもそもヘッターの正面からの視認面積は極端に狭い。
早い話、車高の高いスリー戦車に比べて見つかる確率も、砲弾の被弾する確率もすごく低いということなのだ。
撃ち合うよりも前に先に発見される確率が低い。
対戦車戦闘と考えると75㎜戦車砲の性能自体もヘッターの方が上だしな。
なんだ、圧倒的ではないか。
しかしエミリーは。
「スリー戦車の方が可愛いからスリー戦車が勝つもん!」
エミリーよ、まだ言うか!
だいたい可愛いから勝つって意味が解らんからな。
その前に可愛いの線引きは何?
「エミリー、ここは俺達の生死にかかわるところだからしっかりと考えようね。これから重要書類をハマンの街まで届けるんだぞ。あの広大な砂漠を超えてだな……砂漠を超える?!」
やばい、ハマンの街へ行くには砂漠を超えなくちゃいけないんだった。
しかしここから見る限り、ヘッターは砂漠仕様の改造はされていないようだ。
そもそもヘッターのような形状の戦車は砂漠戦には向かない。
スリー戦車を見ると砂塵巻き込み防止用のフェンダーが装着されていたり、車体後部に大きな予備燃料タンクが増設されていたりと、明らかに砂漠戦仕様の改造が見られる。
車高が高い事も砂漠戦では遠くまで視認できて逆に有利となるし。
さらにすぐ近くに『モデル3/グラン』仕様の鋳造砲塔が置いてあったりと、オプションパーツも沢山積んであるじゃねえか。
改造し放題かよぉおおお!
おおおお、ヘッター欲しかったのにぃぃぃっ!!!
「お兄ちゃん、何一人で悶えてんの?」
「エミリー、お前の勝ちだ。涙を飲んでヘッターは諦めるよ」
「へ? やったー。やっぱりスリー戦車の方が強かったんだぁ」
いや、それだけは違うぞ。
もう今更どっちでもよくなってきたが。
一応他の皆にも説明しないとな。
「俺達はハマンの街を目指すということは砂漠を超えることになる。となると砂漠戦に有利なスリー戦車を後ろ髪をひかれながらも、本当にほんと~に泣く泣く選ぶことになる。みんなも涙を忍んで納得してくれ」
さすがにここで反対するアホはいない――いやアホは1人いた。
ミウが95号式戦車を指さして「ハごう、ハごう」とうるさいが、それは放って置いてよいだろう。
しかし砂漠を超えるとなると問題がある。
補給の問題だ。
燃料と水と食料を持って行かないといけない。
しかしスリー戦車の乗員は7人、いや、鋳造砲塔に載せ替えれば乗員は6人か。
俺達の人数は6人でぴったりだが、これだと輸送車を扱う者がいない。
あと2人か、3人手伝いが欲しい。
「ミカエさん、この依頼を受けてもいいんだけど、燃料と水と食料の輸送車をそっちで出してほしいんですけどダメですかね」
ミカエさんは少し考える様子を見せたが直ぐに返答が返ってくる。
「それは構わないけど、人間を回せるほど余裕が私達にもないのよ。だからコボルトになるけどよくて?」
「はい、それで構わないです」
「コボルトなら何匹でも連れてっていいわよ。その代わり暑さに弱いから気を付けてね。すごい量の水を消費することになるから」
コボルトは毛皮に覆われているもんな、そりゃ暑さに弱い訳だな。
人間の言葉がわかる個体で、1~2匹にしておこう。
こうして俺達はモデル3戦車を手に入れた。
設定資料:
ブレタン戦車:ゴブリン製の中戦車
武装:47㎜砲、機関銃×3
装甲:14~40㎜
速度:32㎞
乗員:4匹
数値的に見ると中級ランクのハンターでも十分使える性能に見える。
しかし、実際は懸架装置が劣悪で乗り心地が悪く、車内は人間にとっては少し狭い。
ゴブリン製の戦車すべてに言えることだが、あらゆる面で信頼性は非常に低い。
被弾すると直ぐに炎上すると言われ、比較的安く売られているのだが、少しでも金に余裕があればこの戦車は選ばない。
そうではあるが安い戦車を欲しがるハンターはどこにでもいるため、人間の市場でもそこそこ出回っている戦車である。
次回もどうぞよろしくお願いします。




