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第8章 姫島家の戦い(1)

 希梨花は白い病室で目を覚ました。いつしか眠ってしまっていたのだ。正面の窓が夕日に赤く染まった街の風景を切り取っていた。

 意識がはっきりしてくると、再び身体全体に痛みが走った。誰もいない静かな空間で、希梨花だけがもがき苦しんでいた。特に喉から胸にかけては、常に水分を欲しがっているような乾きを感じる。腕や足も火照っていて、そのためか額には脂汗が浮かび上がってきた。

 無理もない。あれほどの修羅場から生還したのである。自然と昨夜の出来事が思い出された。台所から出た火はその後どうなったのであろうか。当然鎮火したに違いないが、自宅は丸ごと飲み込まれてしまったのだろうか。そして姫島家のみならず、隣の早矢仕家にはどれほど延焼したのだろうか。

 広い病室には、今は希梨花しかいなかった。弟、敏明の姿もない。そのことに気がつくと、途端に恐怖が湧き上げてきた。敏明は果たして無事だろうか、今すぐ起きて弟の元へ行きたい衝動に駆られる。しかしそれはどうやっても無理な相談だった。少し身体を横にするだけで、声が出るほどに痛むのだ。

 もしや敏明が死んでしまったのではないか。そう思うと涙が溢れて止まらなかった。姉としての責任を感じる。どうしてあの時、早矢仕家に突入する敏明を止めなかったのだろうか。後から後から後悔の念が湧いた。

 ああ、そして公恵はどうなったのだろうか。真っ赤に燃えさかる炎の中で、確かに公恵の姿は確認できた。あの後、彼女はどうなったのだろうか。そんな心配ばかりが疲れた頭を逡巡し、いつまでも気が休まらなかった。

 どれだけ時間が経ったのだろうか。ようやく病室のドアがノックされた。大きな声がまともに出せず困っていると、勝手にドアが開かれた。そこには家族三人が立っていた。

 敏明の姿も確認できた。しっかりと自分の足で立っている。これはまさに奇跡であった。希梨花は肩の荷が下りた気がした。もう自分はこのまま死ぬことになっても構わない、そう思った。

 希梨花は家族と再会できたことが嬉しかった。どうやら重傷を負ったのは自分だけだったが、そんなことはどうでもよかった。家族みんなが無事だったことに、嬉し涙を流した。

 しかし希梨花はしばらくして家族の異変に気がついた。父親も母親もどこか表情に翳りがあるのだ。

 父親が重い口を開いた。

 隣人の早矢仕公恵と雅代の二人が、逃げ遅れて命を落としたというのだ。希梨花は放心した。あろうことか、同級生である拓磨の祖母と母親が、一度に亡くなったというのである。信じられなかった。希梨花は呼吸ができないほど、心臓が押し潰されそうだった。自分が死ぬことぐらいしか、姫島家には詫びる方法がないように思えた。

 希梨花は大粒の涙を流した。

「こんなことなら、私が死ねばよかった」

 そう訴えると、父親は、

「そんなことを言うものじゃない」

と叱りつけた。

 母親は黙って娘の頭を撫でた。

「これから、早矢仕さんに会ってくる」

と父親は切り出した。

「私も行くわ」

 希梨花はすぐに声を上げた。

「お前はここにいなさい。その身体では無理だ」

「そう言えば、拓磨君は?」

 希梨花は突然思い出したように訊いた。

「どうやら、サッカーの遠征で福岡にいるらしいの。連絡は取ってもらったのだけど」

 母親が答えた。

 拓磨は母親と祖母の死をまだ知らないのだろうか。もしそれを知ったら、彼はどう思うだろうか。希梨花は考えただけで恐ろしくなった。怖かった。やはり涙が溢れ出た。

「姫島家として、早矢仕さんに対しては誠意ある対応をしなければならん」

 父親はそう言って、口を真一文字に結んだ。

 母親は泣き崩れた。敏明が直ぐさま彼女の身体を支える。

「安心しなさい。これは私の仕事だ。お前たちは何も心配いらないからな」

 家族三人に向かって、父親は力強く言った。それは家族を励ますと同時に、自分に言い聞かせているようだった。

 家族は希梨花の周りに集まって、結束を強くしたようだった。

 しかし姫島家の本当の戦いは、まだ始まってはいなかったのだ。

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