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第5話

 ラプンツェラの身のまわりの世話はルネというラプンツェラと同じ唖の娘がしていたのですが、彼女は器量が悪い上にやぶ睨みで、生まれてから一度としてにこりともしたことのないような顔つきをした娘でした。

 ラプンツェラにはルネが自分と同じ聾唖者だということがわかりませんでしたし、またルネにもラプンツェラが自分と同じように口が聞けないのだということが随分長いことわかっていませんでした。それでもルネは美しいラプンツェラのことが好きでしたし、彼女がこれまで自分が仕えたことのある女主人のように何かとガミガミ叱ったり棒で叩いたりしてこないのは何故だろうと不思議にさえ思っていたのでした。

 ある時、塔の五階に侵入したハエをルネが追いかけていると、ラプンツェラも手に持っていた本で彼女と同じくハエを窓の外に追いだそうとやっきになりました。ふたりはあんまり必死にハエを追いかけましたので、最後には息も髪も乱れて顔が林檎のように真っ赤になっていました。

 ラプンツェラとルネはお互いに顔を見合わせて明るく笑うと、ラプンツェラは手で何かを話そうとし――それが彼女に通じないことに気づくと、今度は石板に字を書きはじめました。

『おかしいわね』

 ところがルネは両手をXに組んで首を振るばかりです。ラプンツェラは彼女には文字が理解できないのだとすぐにわかりましたが、今度は石板にハエの絵を描いてその下に「ハエ」と文字を記しました。そしてさらにルジェール先生がくださった『昆虫の本』、そのハエが描かれたページを開くと、ルネに見せました。

 ルネはその本を大層面白いと感じましたし、チョウやトンボやカエルなど、身近にいる生物の絵をラプンツェラと一緒に熱心に見入りました。その本を見終わると、ラプンツェラは今度は別の、革表紙に金箔を捺した、非常に高価そうな本を開いて見せました。それは挿し絵として版画をふんだんに使った、イエス・キリストの生涯についての物語で、ルネはその本を大変興味深く、慎み深い気持ちで、一枚一枚丁寧にページを繰ってゆきました。そして彼女もまたラプンツェラと同じく――その本の内容について何が書かれているのか知りたいという、熱狂的な何かにとり憑かれてしまったのでした。

 こうしてルネはラプンツェラに文字を教わるようになり、この同い年のふたりの娘は主従の関係をこえて次第に仲睦まじくなってゆきました。ラプンツェラにはルネがいれば幸せでしたし、ルネもラプンツェラのそば近くで仕えることが何より、人生で幸せなことだったのでした。

 暫くの間、ふたりのまわりは平穏そのものでしたし、ラプンツェラの塔を護衛している番兵AとBがいつの間にか番兵CとDに入れ替わっていても、ふたりにはまるで何も関係のないことでした。実はこの番兵AとBはあることが原因で口論となり、Aは槍でBの心臓を、Bは剣でAの喉元を突き刺して互いに互いを殺してしまったのです。何故そのようなことが起きてしまったかと申しますと――ある時、番兵Bが小用を足しに塔の裏側のほうへまわりましたところ、そこの窓からラプンツェラが入浴しているところが見えてしまったのです。幸い、ラプンツェラの湯浴みを手伝っていたルネが、すぐに窓の外の男の気配に気づきましたので、彼女から水をかけられた番兵Bはそそくさと持ち場へ戻ったわけですが――鼻血を流している番兵Bに親友の番兵Aはこう聞いたのです。

「どうしたんだ、おまえ。頭が水で濡れてるぞ。その上、鼻血まで垂らしてるとは何ごとだ?」

「ああ、ちょっとな。でもまあ、それだけの値打ちはあったっていうか……へへへ」

「なんだよ、俺たち親友じゃないか。何があったのか話せよ」

「いいや、話せない。おまえが羨ましさのあまり卒倒するといけないから」

「そんなふうに言われるとますます気になるな。さてはまさかおまえ……」

「へへへ。実はちょっと覗いちまったよ。ラプンツェラさんが風呂に入ってるとこ」

 番兵Aはすかさず番兵Bに殴りかかり、最後にはふたりとも――親友同士であるにも関わらず、殺しあいを演じるところまで感情が昂ぶってしまったのでした。といってもラプンツェラもルネも耳が聞こえませんから、ふたりが大乱闘を繰り広げていることには少しも気づかず、ゆっくり湯浴みを楽しんでいたのですが。

 枢機卿のリュミエールは番兵AとBが互いを槍と剣で刺して殺しあったらしいとの報告を受けると、その原因がなんであるかはおおよそ見当がつきましたので、特に調査もさせずにすぐ番兵CとDをラプンツェラの塔に配置しました。彼らは特に王家に忠実な者でしたし、給金のほうも二倍以上支払っていますから、これでもう何も問題が起きることはないだろうと、リュミエールはそう考えました。

(それにしても、あの娘のお陰で一体何人の男が命を落とすのだろうな。エドワール王子に教師のリシャール、それに番兵AとB……おそらくは王子と知りあう以前にも、そうした男が何人かいたに違いない。おお、やっぱり女という生きものはおそろしいのう。くわばら、くわばら)

 枢機卿リュミエールはラプンツェラのことをそんなふうに思っていましたが、大の女嫌いで堅物の彼だって――もし彼女と出会った時に一匹の蝿が部屋に侵入していなかったら、どうなっていたかはわかりません。もしかしたら悲しみに沈んだラプンツェラのことを慰めているうちに彼女の虜となり、毎日のように彼女のいる塔へ通っていたかも知れません。そうしたらエスカルド王国の歴史は少し変わっていたかもしれませんが――なんにせよ外交手腕に優れた彼はその後もエスカルド王国の宰相として、エドガー王子の即位後もその地位に留まり続けたのでした。



 >>続く……。



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