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第3話

 ラプンツェラのほうでもまた、すっかりエドワール王子の虜になっていました。空色の瞳に柔らかい金の髪、整った輪郭線の中の、凛々しいお顔立ち……ラプンツェラはきのうの夜、王子の唇が触れた自分の肌が熱くなるのを感じ、思わずほうと溜息を洩らしました。昨夜、エドワール王子は非常に激しくラプンツェラのことを繰り返しお求めになりましたので、ラプンツェラの体の中で彼の唇が触れなかったところはどこにもないほどだったのでした。

 今朝方、ラプンツェラが眠い目をこすりながら朝の食事の用意をしていると、マルテが包丁と鴨の肉を彼女の手からとり上げ、二階の奥の部屋へと閉じこめてしまったのです。ラプンツェラがまだ小さかった頃、ミッシェルはラプンツェラが悪いことをすると物置に閉じこめましたので、てっきり彼女は自分が何か悪いことでもしたに違いないと思いこんだのでしたが――次から次へと娼婦たちが部屋へ入ってきては、喜んだり泣いたりしてさかんにラプンツェラのことを抱きしめるので、ラプンツェラにはさらに訳がわからなくなるばかりでした。

 マルテはお昼頃、食事の席でラプンツェラがさる高貴な方に買われることになったという話をみんなにしたので、どこかまだ気怠そうにしていた娼婦たちはその途端に大騒ぎになったほどでした。でも結局はラプンツェラがお金持ちの貴族の愛人として、おそらくは末長く愛されるであろうと想像して――みんな、ラプンツェラの幸福を喜ぶことにしたのでした。中にはハンカチで涙をふいている娼婦さえいましたが、彼女たちは自分たちの唯一の汚れない清らかな乙女、心の支えがとり去られてしまうことを予感して、涙を流していたに違いありませんでした。

 エドワール王子はそれからも度々ラプンツェラの元を訪れては愛欲のかぎりを尽くして彼女の体を抱き、別れ際には彼女のためにいかに自分が今着々と準備を進めているかについて語ってからお帰りになられるのでした。マルテは抜け目のないやり手婆でしたから、当然その間も王子さまからお金をせしめましたし、そのお金でインマゼールの館を改築したり増築したりしたのでした。

 エドワール王子は王城の裏手にある広大な森の一角に、石造りの塔を建築すると、そこに贅を尽くした家具や調度品の数々を城下町の職人たちに作らせ、また運ばせました。いわばここはエドワール王子にとっては第二の家、あるいは本当にくつろげる家庭の場のようなものでしたから、王子はお金に糸目をつけずに、内装を豪華なものにしたかったのでした。

 塔は五階建てで、中に調理室や小間使いのための部屋、食堂や番兵が休むための部屋などがありましたが、ラプンツェラがいる五階へは秘密の隠し扉を通っていかなくてはなりません。そして螺旋階段を上りきった最上階の一室に、ラプンツェラは王子の手によって閉じこめられることになったのでした。

 ラプンツェラはいつも、窓扉の外のバルコニーへ顔をだしては、エドワール王子が早くこられないかとそのことばかりを考えて日々を暮らしておりました。毎日、城下町のほうからラプンツェラに手話を教えるために先生がやってきましたが、ラプンツェラは勉強が大嫌いでしたので、彼がいる時に王子がやってきた時にはすぐ、エドワール王子の後ろに隠れてしまうくらいでした。

 王子は、なんとかしてラプンツェラと言葉を介してお話をしたく思っていましたので、自らも先生について手話を習っては、ラプンツェラに丁寧に優しく教えてあげたのですが……ラプンツェラが少しずつ手話を覚え、また石板に何度も何度も繰り返し字を書いて片言を覚えるようになった頃――その悲劇は起こりました。

 エドワール王子はいわば、王城と裏の森の石の塔とを往復する二重生活を送っていらっしゃったわけですが、王子としての務めを果たしたり、妃であるセシリアさまとの夜のご生活があったりと、多忙を極めておいででした。それでも王子にしてみれば、ラプンツェラと過ごすひとときだけが、魂に安らぎを覚える憩いのひとときであり、その時間を捻出するためであれば、どんなことでも苦にはならないくらいでした。そしてラプンツェラと会って短い時間でも一緒にいると、また次に彼女と一緒に過ごせる時までがんばろうという生きる意欲がわいてくるのでした。

 エドワール王子は小さな頃から星が好きで、王立大学院のほうで天文学をお修めになっておられますし、裏の森の塔についても星を観察するための塔だと、周囲の方々に説明しておられました。けれどもやはりある時から――妃のセシリアさまはエドワール王子の言動を不審に感じられるようになったのでございます。そこで密偵を雇い入れて調べさせたのですが、この密偵はある重大な王家の秘密にいきあたると、それきり口を閉ざしてしまいました。彼はセシリアさまに王子が石の塔にひとりの美しい女性を囲っていることまではお教えしたのですが、そのあと彼女が何者かということを調べておりますうちに、おそろしい真実に気づいてしまったのです。そこでセシリアさまにそのことをお伝えする前にエスカルド王国の頭脳である枢機卿リュミエールに相談したのですが――彼はその二日後、裏の森の湖で水死体となって発見されたのでした。

 エドワール王子が裏の森にある石の塔に囲っている女性は王子の腹違いの妹御である可能性が高い――リュミエールは密偵からそのように説明されますと、その場は「馬鹿な」と言って一笑に付したのですが、側近に調べさせましたところ、ふたりの人間が口を割りました。つまり、王妃づきの高齢の乳母と今は退職して田舎で隠居生活を送っているラプンツェラを西の森に捨てた元侍医です。

 エドワール王子のお父上であるブライエンバッハ王は、最初の妃との間にエドワールさまを、そして次のお妃さまとの間に双子の赤ん坊をもうけられたのですが、ラプンツェラの双子の姉にあたるカミーユ王女は十四歳という若さで夭折しておられます。彼女はそれ以前から美姫として名高く、セシリアさまが雇った密偵はカミーユ王女の肖像画を見てすべてのことを確信したのでした。

 彼はエスカルドの王室には双子が生まれるのを禁忌とする慣わしがあること、また王室の家系図には双子の妹が産後間もなく亡くなったと記されていること、さらに九十歳という高齢ながら、今も城下町で産婆をしている老女に話を聞き、すべての裏付けをとったのでした。

 枢機卿リュミエールは、まずはこのことは一旦自分の胸にだけ収めておこうと考えました。そして娼館『インマゼールの館』のマルテ・インマゼール、仕立屋ウィンスレットの店のレオノール・ウィンスレット、また夫に先立たれて未亡人となったミッシェル・ラッシェラに多額の金を積んで口封じをし、ラプンツェラ・ラッシェラという娘が俗世間に存在した痕跡を消そうとしたのでした。

 ラプンツェラの育ての親であるミッシェルは、その数日前に黒ずくめの男が訪ねてきて娘のことをあれこれ聞くのを不審に思っていました。彼は「ラプンツェラさまはさる高貴な方とお幸せに暮らしておいでです」との言葉を残していったのですが、どうしてもラプンツェラの居所だけは教えてもらえなかったのです。でも、今こうして立派な馬車に乗った執事のように身なりのいい人間が多額の金を置いていったところを見ますと――ミッシェルにはラプンツェラが幸せに暮らしているに違いないと確信できました。未亡人となり、夫の残した借金に苦しんでいたミッシェルにとって、そのお金は本当に何より有難いものだったのです。

 ちなみに、『インマゼールの館』の女主人マルテはさらに大きな屋敷を建てて商売に励み、娼館をやめたあとはインマゼールという名の大きなホテルの経営者となったのですが――ホテル・インマゼールはこのあと数百年が経ち、王制から共和制に移行した今も、世界中の観光客から愛されるホテルとして非常に有名です。



 

 >>続きます……。



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◇オリジナル小説サイト『天使の図書館』
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