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キャラ設定を間違えてる奴について、誰か語ろうか

なんだかんだあった一学期が今日、終わりを迎えた。



校長やら生活指導の先公やらが夏休みをいかに過ごすべきか、終業式でイヤという程に語るが、それら全てを実行に移す気などさらさらない。



どこの世界に、夜9時に寝て朝6時に起きる、を夏休みの間中ずっと守る奴がいるだろうか、と本気で問いたい。まあ、それはともかくとして。



「えー、期末が赤点だったやつらは補習なー。オレの貴重な休みを減らした分、ビシバシいくからなー」



「やめてー!私の、私の夏休みがー!!」



「一夜漬けすら出来なかった末路よ。諦めなさい」



「フッ。この暑い中、スパルタ補習とは……実に面白い」



「補習のバカやろぉぉっっ!!」



担任の一言で阿鼻叫喚が巻き起こる教室内。このクソ暑い中も変わらず騒げるコイツらは、ある意味称賛に値するかもしれない。



「やあやあ、雅文くんではあぁりませぇんかぁ。遂に夏休みならぬ、恋のアバンチュールの始まりだねー。何か予定は立ててるのかい?」



語るのもめんどいが、これでコイツと顔を合わすのも最後だ。少しは話に付き合ってやるか。



「あー……紫紅美と何回かは出かける約束はしてるが。……俺、ツッコまないといけないか。その変顔に」



目を丸くして、某海賊漫画の雷能力持ったやつなみのリアクションする啓にそう言うと、啓はスッと素に戻り、返事をする。



「構わないよ、放っておいて。……にしても驚いたね。あのものぐさな雅文が出かける約束をしているとは。何か心境の変化でもあったのかね?」



「……別に。ただ互いを知るために会う回数を増やすだけさ」



「ふぅん……」



「な、なんだよ」



「ふぅん。なるほどなるほど。ふぅん」



一人で勝手になにかに納得して離れていく啓。……放っとこう。奴の奇行を気にしてたらキリがない。



ともあれ下校時間だ。速やかに帰ろう。……補習で嘆いてる奴等にはすまないが。



「紫紅美、帰ろうぜ」



「うむ。あ、待ってくれ。寒菜も一緒に帰りたいと言っていたんだ」



寒菜に声をかけに行く紫紅美。ややあって、紫紅美が戻ってきた。



「雅文くん。図書室に寄らないか?寒菜が本を借りたいそうだ」



「図書室か。別にいいぞ」



「僕も行くよっ」



「帰れ。地獄に」



「……雅文。男からの罵声なんて、ちっとも喜べないんだよ」



「知るか」



乱入してきた啓に暴言を吐いたら吐いたでシクシクと泣き真似を始めた。本格的にうっとうしい。



結局引っ付いてきた啓も連れ、4人で図書室へ。



「ちなみに寒菜、何借りたいんだ?」



「…………!!」



必死に何かを伝えようとジェスチャーする寒菜。……そういえばここ、まだ校内だったな。すまない。



「2983という本らしいな」



「よく伝わったな。相も変わらず凄い伝達力で」



「2983ってアレだよね。今話題のベストセラー小説っ!口座の暗証番号から始まる物語で、その4桁の番号が、後に恋や争いを生み出していくっていうーー!」



「貴様に話す権利は与えていない」



相変わらず厳しいな、紫紅美……。ってか、なんだその本。内容気になるな。



紫紅美からの罵声でテンション上がった啓は放置して、図書室の扉を開ける。



「……こんにちは」



出入り口のすぐ近くにあるカウンター内に、恐らく図書委員であろう人がいた。



短い茶髪が、手入れされていないのか無造作だが、雰囲気や佇まいが物静かな印象を与え、どこかのお嬢様に見える。そして、この後起こるバカの行動要因となった重要事項が一つ。かなりの美人だ。



「麗しきお嬢さん。厳粛な雰囲気で君の輝きを磨き続けるのも素晴らしいと思うが、僕と一緒に、白銀の世界に踊り出してみないかい?君はもっと、強く輝ける。僕の隣なら」



「…………」



啓のスカウトのような誘い文句に微塵も興味を示さず、手元の本を読み続ける彼女。



「あれ、俊華じゃないか。図書委員だったのか」



「美穂様。ええ、その通りでございます。……そちらの男性方は、ご友人でしょうか?」



「ああ。雅文くんだ」



「……。僕はっ!?」



「貴様は知らん」



「なるほど。これが放置プレイっていうやつだね。燃えてくるよ、美穂ちゃん」



「……雅文くん、どうしよう。果てしなくキモいんだが」



「そろそろ通報するか」



「……!」



ダメーッ!と言わんばかりに首を横に振る寒菜。いや、放っとくとマジで被害者出すからな、この変態。



「……個性的な方々ですね。雅文くんという方は、もしかして美穂様の想い人ですか……?」



「……うむ。その通りだ」



毅然と答える紫紅美。しかし哀しいかな。耳が真っ赤で照れてるのが丸分かりだ。



「……そうですか。お初にお目にかかります。わたくし、東堂 俊華と申します。……美穂様とは師弟の関係にあたります。よろしければ以後、お見知りおきを」



「あ、はあ。どうも」



紫紅美にこんなお淑やかな知り合いいたのか。結構まともそうじゃないか。あのツインテと違って。



「滅相もございません。わたくし、自分でも妙だと思う点が多々ございます」



「……ん?」



え、今……心読まれた?



「あー、雅文くん。俊華は読心術を会得しているんだ。大抵の考え事は俊華には伝わってしまうぞ」



「先に言ってほしかった。ちょっとビビった」



「……美穂様。何か本をお探しですか?」



「ああ。いや、私ではなく寒菜がな。確か……2983だったか?今流行っているらしい本を探してるんだが……」



突如、この空間に合わない盛大に吹き出した音が聞こえた。その主は、目の前にいるお嬢様。



「し、失礼しましたっ。2983ですね。少々お待ちを」



「いや、私たちで探すから大丈夫だぞ。俊華は他の生徒の対応に勤しんでくれ」



「は、はい。分かりました……」



どこか不自然さを感じつつも、その場を離れ、寒菜の読む本を探し始めた。



寒菜の本はあっという間に見つかった。さすがベストセラーというだけあるか、目立つ所に並べられていた。



せっかく来たし、という事で、各々夏休み中に読む本を借りる事に。そういえば、本読んで小論文書け、とか国語の先公が言ってたな。……メンドくせ。



「雅文くんは偉人ものが好きなのだな」



何冊か本を抱える紫紅美と遭遇し、第一声にそう言われる。……言われれば確かに偉人ものが多いな。



「なんか適当に選んでたらそうなったな。ま、小論文もあるし、いい題材になるだろ。そういう紫紅美は……ジャンルごっちゃか。強いて言うなら有名どころが多いか?」



ちゃっかり2983も借りてるし。



「今どきの女子高生として、流行りは押さえておかねばな!」



「自分で今どきのって言うのはどうなんだろうか……」



「寒菜から聞くところによると、この2983というのは恋愛ものらしいからな。是非読んで恋の何たるかを学ばねば!」



「その道は険しいと思うぞー。多分」



「雅文くんをイチコロにするには、それぐらいせねばなっ!」



ウィンクしてくる紫紅美。……やっぱ急に可愛いときあるよな、紫紅美って。



「っ!?」



「どうしたのだ、雅文くん?」



「いや……なんか、急に悪寒が」



「風邪なのか!?今すぐ帰るか!?」



「い、いや。収まったから大丈夫だ……」



何だったんだ……?なんか視線も感じた気がするが、周りを見回しても他に誰もいないし……気のせいか?



それからは啓や寒菜と合流し、それぞれ本を借りる。啓だけは何も借りなかったが……お前、本当に着いてきただけか。



「……そういえば美穂様。先程、生徒会の方が美穂様を探しておられましたよ」



「むぅ?何かあっただろうか」



「何やら急用のようでしたが……」



「確認してきたらどうだ紫紅美?教室で待っとくから」



「…………」



「ふむ。寒菜ちゃんは申し訳ないと思いつつも、用があるから帰りたいようだね。差し支えなければ、僕が送っていこう」



「寒菜が、このゴミに汚されつつあるのだー……!」



「そんな寒菜の考えが伝わっただけで」



本当に伝わってるのかどうかは知らんが。



寒菜を送って帰るという啓と、生徒会室に向かう紫紅美と別れ、教室で待機することに。



「明日から夏休みか……。今までより濃い夏休みになりそうだ」



教室の自分の机の上に座りながら、明日から訪れる夏休みに思いを巡らせていると、



「……失礼します」



唐突に、さっきの美麗な図書委員が来た。俺しかいない、この教室に何の用だ?紫紅美でも探しに来たか?



「さっきの。どうした?言っとくが紫紅美なら居ないぞ」



「雅文様……とおっしゃいましたね」



「様はつけなくていいよ。呼び捨てで」



「いいえ。そういう訳には行きません。わたくし、お慕いしている方と」



懐から何かを取り出す美麗お嬢様。手にしたのは木刀。……は?



「これから始末する方には、最大限の敬意を込めるので」



「ちょっ」



咄嗟の判断で右に避けると、さっきまで俺がいた場所に勢いよく振り下ろされた木刀が。



「……避けられましたか。ならば次は当てるまで」



「ま、待てって!」



俺の制止を聞くことなく、俺目掛けて木刀を振り回すお嬢様。



数分ほど経った頃、避け続けた俺に対し、お嬢様が口を開く。



「意外でしたね。まさかここまでわたくしの攻撃を避けられる方がいらっしゃったとは。……あなた、ただ者ではありませんね?」



「親父にちょっと鍛えられただけのフツーの高校生だよ!ってか待てって!急に襲いかかられても意味分かんねーんだよ!俺、アンタに何かしたか!?」



「したのですよ。耐え難い程の苦痛を、あなたはわたくしに与えたのです!」



強烈な一撃が襲いかかり、咄嗟に右手で庇うと強い痛みが右手を襲った。……ビリッと来てんな。これ、しばらくは右手、使い物にならないな。



「っ!……何だってんだよ。話さねーと分かんねぇだろが!」



「……冥土の土産に教えて差し上げましょう。時間もないので、手短に」



木刀を静かに下ろし、狂気の瞳を隠すことなく俺に向けながら、語り始めた。



「……美穂様とお会いしたのは中学の頃でした。当時気の弱かったわたくしは、イジメを受けていたのです。毎日が地獄……そんな日々を変え、わたくしを救ってくださったのが、美穂様だったのです。その時からわたくしは、美穂様をお慕い、敬ってきました。……そんな美穂様を、あなたはわたくしから奪った!これは許されざる事なのです!」



………………えぇー。



怒りの余り手を震わせる目の前の奴に、ため息を混じえながら答える。



「いや、確かにあんたの過去は幸せとは言いがたいだろうし、同情もする。ただ、一つ言うぞ。俺は紫紅美をお前から奪ってなんか」



「同情するなら美穂様くれぇぇ!!」



「どういうことだよ!?」



泣きながら木刀を振り回して向かってくるお嬢様を避ける。



「あっ……!」



勢い余って、俺の居た場所を突き抜けるお嬢様。その先は、開かれた窓。



「っ!」



悪い癖がまた出た。余計なお世話だろうに、反射的にお嬢様の手を掴んで引っ張った。窓まで距離がある。相当うっかりしていない限りは落ちないだろうに。



「はあ。……むやみやたらにそーいうの振り回すな。落ちるぞ、窓から」



「なっ、何をバカな事を……!いいからどいて下さい!」



「分かってるよ」



抱き寄せる形になっていたので離れる。……今の場面だけ紫紅美に見られてたら誤解もんだったな。



「分かりました!アナタはそうやって恩を売りつけ、数多の女子を口説いてるのですね!この女たらし!」



「違うとだけ言わせてもらおう」



興奮すると饒舌になるのな、コイツ。



そこへ小走りの足音が廊下から響き、この教室に新たな人が来た。



「俊華っ!どうも怪しいと思ったら……生徒会の集まりなどないではないか!」



「美穂様っ!……これは、あなたを想っての行動だったのです。嘘をついてしまったことも、行き過ぎた行動も、咎められるのは承知の上です。でも、お陰ではっきりと分かりました。……彼は、とんでもない女ったらしです!」



「何バカな事を言っているのだ。雅文くんは立派な人だ!私と誠実に、真正面から向き合ってくれる優しい人だ!」



「先程も、不埒な事に私を抱き寄せました!」



「ちがっ、あれは!」



俺が反論しようとすると、紫紅美が手で制した。



「分かってる、雅文くん。皆まで言うな。……何か思わぬハプニングでもあって、やむなくといった感じではないのか?雅文くんがそんな不義理な事をする筈もなし」



すぐに俺を信じてくれる辺り、紫紅美は本当に俺に信頼を置いてくれてると感じる。ラブコメとかならすぐに誤解ルートまっしぐらだからな、これ。



「……多少、俊華が羨ましいが」



……なんか、スマン。



「美穂様っ、そんなにもこの男の事を……!」



「何度も話したではないか。私は、雅文くんが好きだ。この気持ちが変わることはないぞ」



キッパリと言ってのける紫紅美。……微妙に居心地悪いな。いや、良いのか?分からなくなってきた。



「…………」



キッパリ言われたお嬢様は気を落としたように頭を垂れた。が、数秒後に勢いよく頭をあげ、俺をキッと睨み付けて言った。



「雅文様。わたくしは、アナタを認めたわけではありません。必ず、必ずや美穂様の目を覚まさせてみせます!お覚悟を!」



指を突き付け言い放ったお嬢様は、そのまま慌ただしく教室を出ていった。



「……雅文くん。ウチの者が迷惑かけてすまない」



盛大にため息をつきながら、俺に詫びる紫紅美。



「いやまあ、お前は悪くねぇよ。アイツも悪いかと言ったらそうでもない。なんつーか、こう……色々と重なった結果の出来事だな。ってか紫紅美、ウチの者って?」



「俊華、言ってなかったのか。アイツは私の族のナンバー2を張らせている者だ」



「マジか」



どうりであの身のこなし……納得。



「中学の頃、イジめられていたのを救ってからずっとああでな。……アイツなりに、私の事を守ろうとしてくれてるんだ」



「それは伝わった。禁断の愛に発展しかねない勢いなのが伝わった」



「禁断の愛?」



「あー……いや、忘れてくれ」



紫紅美にこの手の話をしたらダメな気がする。純粋だから、この子。



教室から出て、最近見慣れてきた帰宅路を辿る。紫紅美の家への道だ。



「にしても相当人望が厚いよな、紫紅美って」



「うむ。これでも族長だからな」



「たまに聞かないと忘れそうになるよ。その事実」



「イヤか?」



「全然そんな事はない。だから気を落とすな、紫紅美」



少し悲しそうに言うので慌ててフォローする。……最近、紫紅美の感情の変化に敏感になった気がする。なるほど、これが変化か。



「今のはイヤとかそーいう意味じゃなくてな。単純にお前を普通の可愛い女子として見るようになったって話だ。前は少なからず色眼鏡で見てた節があったけど、今はもう違う……なんで照れてんだよ、紫紅美」



動きをフリーズさせて顔だけが赤くなってる。……タイミング的に照れたな、今の。



「ま、雅文くん……いきなり可愛いとか言うのはズルいのだ……まだあまり言われ慣れていないフリーズなのだから」



「お、おう。すまん」



少しからかってみたくなるが、それで万が一紫紅美に叫ばれようものなら、ほぼ間違いなく変質者コースだな。やめておこう。



うぅ~、と声を漏らす紫紅美から視線を外し、少し先の道の方を何気なく見ると、そこにいるはニヤニヤにやけた知人。もとい啓。



「…………」



「…………」



数秒間、互いに見合い(あっちは終始ニヤニヤしていたが)、啓はちゃお、と言いたげな手のサインを送って、その場を離れた。



アイツのニヤニヤを、この時の俺は理解できなかった。が、どことなく面倒な事になりそうな予感はしていた。



その予感は後々に的中する事になるのだが、まあそれはともかくとして。



「ほら、帰るぞ。紫紅美」



今は、顔がすっかり真っ赤になってしまった紫紅美を送っていこう。

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