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青春って、難しい……

「おはよー」



「はよーっす」



クラスメート達が口々に朝の挨拶を交わす教室。なんてことない普通の朝。



紫紅美に告白されてから、一週間と少しが過ぎた。騒ぐに騒いでいたクラスメート達も今は落ち着き、通常通りの日常に戻りつつある。



「なぁ~、キスした~?答えろよ、雅文~」



ASK(朝からシバきたくなる啓)を除いて。この一週間、毎朝登校するたびに似たような質問を繰り返すコイツに、いい加減殺意が沸いてくる。



「……何度でも、何百回でも言うが、俺らはまだ付き合ってない。よって、キスしていない」



「ちぇっ、つまんねぇの」



聞き慣れた答えに、不服そうな啓。……この殺意を紫紅美に話したら、代わりに殺ってくれたりしないだろうか。なんて他人任せな考えが頭をふと過ぎる。



「じゃ、デートは?もう一週間も経つんだし、何回かはしたんだろ?」



「出かけたかどうかってことか?……一週間前に、一度」



「お前それ、バイクで気を失ったってやつだろ。さすがにそれはノーカンだわ」



やれやれ、と肩をすくめる啓。



あまりにも的確な正論に、何も言い返せない。実際、俺もあれはノーカンだと思う。



「お前、美穂ちゃんのこと、ちゃんと見るんだろ?そんなんでいいのか?」



「……啓、お前頭打ったか?病院行くか?」



「残念ながら、僕の完璧な頭脳には傷一つついていない、パーフェクトで優秀なままさ~。悔しいかい、雅文くん?」



「いや。むしろ通常運転で安心したわ」



啓がぎゃーぎゃー騒ぐのを尻目に、俺は窓に目を向け、青空を見上げながら思いを巡らせた。



……確かに啓の言う通り、今のままじゃ紫紅美の事をよく知れないな。帰りもあの時以外は別々が多いし……。よし、俺から声をかけてみるか。



「雅文くん、おはよう。今日もいい朝だな」



タイミング良く、いつもの挨拶をかけながら、紫紅美が登校してきた。



「おう、紫紅美。おはよう。……ちょっと、いいか?」



「うむ?なんだ?」



手で合図を出しながら、紫紅美を廊下へと連れ出す。啓がニヤニヤしている気がしたが、無視した。



廊下は人通りが多かったが、私語も負けないくらい多く、喧騒に包まれていた。ここならクラスメート達には聞こえないだろう。



「どうしたんだ、雅文くん?こんなところに連れ出して」



「あー、いや、その」



純真に尋ねる紫紅美の問いかけに、歯切れ悪くなる。……何気に女の同級生を誘うって勇気がいるな。



「……良かったら、なんだが。今日……放課後に、どこか行かないか?」



俺の突然の提案に目をパチクリさせる紫紅美。が、それもわずかの間の事で、俺の言葉の意味を理解した頃には、頬が朱へと染まっていた。



「ま、まま、雅文くん?それって……!」



「まあ、互いの交流を深めるためにも遊ぼうって話だ。お前が今日、集会とか用事がないならなんだがーー」



「もしもし、私だ。今日の集会は中止だ。それじゃ」



素早く、恐らく族の誰かに電話をかけ、そして素早く要件を伝えて切った紫紅美。



「……大丈夫なのか?」



「大丈夫だ。問題ない」



「……まあ、お前が大丈夫というならいいんだが」



「ち、ちなみにどこへ行くんだ?服装は?」



テンパっているのか、矢継ぎ早に質問をする紫紅美。とりあえず落ち着かせて、質問に答える。



「場所はまあ、追って考えるよ。服装は別に制服でいいんじゃないか?放課後だからあんまり時間ないし」



「つ、つまり制服デートということか!?」



「デートに該当するかはわからんが……まあ、そうじゃないか?」



「制服デート……へへへ……」



「顔、だらけきってんぞ……ん?」



だらけきった表情を浮かべる紫紅美の後ろ、教室から見える氷姫もとい錦田がこっちの方を向いていた。が、俺と視線が合うと、視線を逸らすように、視線を机の上の本に落とした。



「……ま、いいか」



あまり深く気にすることなく、だらけた顔の紫紅美の意識を取り戻してから教室に入った。もう間もなく、一時限目が始まる時間だ。






かくして放課後。生徒会の急な話し合いに向かった紫紅美を教室で待つ俺。一応、短時間で終わるらしいので予定通り、デート(になるのか?)だ。



「いや~、初デートですか~。そんな現場に立ち会えるとは。楽しみですな、このこのっ」



DIK(どこかに行ってほしい啓)のウザさに耐えながら。なぜかコイツに今日の予定が漏れていて、ついてくる気らしい。オーマイガッ。



「すまない、雅文くんっ。待たせたな!」



走ってきたんだろう、多少息を弾ませながら紫紅美が来た。後ろには錦田の姿。もしかして、錦田も生徒会の一員なんだろうか?



「否、そんなに待ってないさ、美穂ちゃん。愛の伝道師にとって、この待ち時間は愛の狂騒曲のようなもの……」



「さて、行くか。雅文くん」



啓の戯言を受け流す紫紅美。そんな彼女に、残酷な事実を伝えなければなるまい。



「すまん、紫紅美。コイツも着いて来ることになってしまった」



「…………」



嘘さろ、なあ嘘だと言ってくれ。と訴えんばかりの表情になる紫紅美。すまん、今度なんか奢るから許してくれ。と心の中で思う。



「まっ、よろしくね。美穂ちゃん」



「……やはり、前回で抹殺しておけばよかった……!」



にこやかに言う啓に、物騒にもそう呟く紫紅美。そんな紫紅美の裾を握る姿があった。錦田だ。



「寒菜?お前も行くか?」



紫紅美の問いかけにコクンと頷く錦田。……何気に、錦田が誰かと意思疎通を図っているのを初めて見たかもしれない。



「……雅文くん、寒菜も連れて行っても構わないか?」



「僕ならむしろ大歓迎さ~」



「貴様の意見など初めから聞いていない。……どうだろうか?」



「いいんじゃないか?あくまで遊ぶのがメインだし。俺もバカを連れて行くことになっちまったからな」



「バカとは俺のことか~い?ずいぶんなあつかいじゃないかい、雅文くん~?」



バカの抵抗は無視する事にした。



「……ありがとう、雅文くん。やはり優しいな」



「とりあえず行こうぜ。時間なくなっちまう」



どこかくすぐったくなる紫紅美の発言を流し、遊びに繰り出すために校舎を出た。








「遊ぶ場所でここを選ぶとは。ド定番を地で行く君には頭が下がるよ、雅文くん」



「悪かったな。奇をてらうような場所じゃなくて」



バカにされた発言に、一切の感情も込めずに返す。



乙成遊園地。俺らの学校からほど近く、入場料など比較的リーズナブルなここは、放課後に学生が来る場所として有名だ。



「私は全然いいと思うぞ、雅文くん!ここは大好きだからな!」



「そりゃ良かった。んじゃ、どっから行くか……」



「アレ乗ろう、雅文くん!」



すっかりはしゃいでいる様子の紫紅美が指さすのは、日本一高いと称されるジェットコースター「high sky!」だった。その高さ、最高で100mなり。



「紫紅美、こういうの好きなのな」



「うむ!高いところは気分爽快になるから好きだっ」



「んじゃ乗るか」



「待て、雅文よ」



ガシッと肩が掴まる。NHK(なぜか震えてる啓)の仕業だった。



「何だよ」



「お前、正気か?分かってないようなら教えてやる。このジェットコースター様は最高高度100mを誇られているお方だ。その方に乗ろうなんて、正気の沙汰じゃーー!」



「なに、お前怖いの?」



「…………」



ジェットコースターを擬人法で例えだす啓に核心を突くと、途端に無言になった。



「その無言は肯定と受け取った。はぁ、仕方ないな……」



「さすが親友。友のために享楽を捨てるとは……!」



「いや、乗るぞ?お前を置いていけばいい話だからな」



「……」



無言になり、俺に救いを求める眼差しを送る啓。いや、もう救いの手は差し延べ終わっているんだが……。



「紫紅美、あと錦田。啓はジェットコースターが苦手だそうだから、コイツ置いて乗ろう」



「鬼ー、鬼畜、悪魔ー!」



不思議だな。ちっとも罪悪感が湧かない。



「…………」



ジッと啓を見つめる錦田。なんだ、啓の奇声は今に始まったことじゃないはずだが。



「……あ、しまった。寒菜、ジェットコースター苦手だったか」



「ん、そうなのか?」



「…………」



錦田は俺の問いかけには答えずに、紫紅美をまっすぐ見て、何かを訴える。



「え、いいのか?」



「…………」



「わかった。ありがとうな。雅文くん、私たちで乗って来ていいそうだ」



「待て。今の会話(?)でなぜわかった」



あまりに成立していない会話に疑問を呈すと、紫紅美が苦笑を浮かべつつ答えた。



「ああ。寒菜とは幼馴染でな。この通り、目と目で大体の会話はできるんだ」



「はー……なんつーか、すごいな」



「そうか?」



「ま、いいや。とりあえず乗ろう。啓、錦田と待ってろ。ああ、一つ言っとく。……余計な事すんなよ?」



「恋はいつ、いかなる時に起こるのか。それを解き明かしたものは、全人類史においてはっきり解明できたものはいないらしいぜ?」



「お前と錦田の間に恋なんて、天地がひっくり返ってもあり得ねえよ。いや、違うな。お前と全世界の女子の間に恋は発生しないと言うべきか。すまない。間違えた」



「ならば天地をひっくり返してみせよう。楽しみにしてろよ、雅文?」



鼻歌を歌いながら積極的に錦田に話しかけ始める啓。まあどうせ、いつものように何の収穫もなく終わるだろうから、放っておこうか。錦田には啓の相手をさせて申し訳ないが。



「んじゃ、紫紅美。乗るか」



「うむ!楽しみだ」



ご機嫌な紫紅美とともに乗り口へと向かった。









「割と、しっかりしてるな」



安全のためにバーを首付近に下げるのはわかる。むしろ、しないと危ない。だが、足と頭までロックはあまり見ないな。



「聞くところによると、設計者がずいぶん用心深い性格らしく、万が一にでも死亡事故を起こさないための処置らしい……と、友人から聞いたような記憶がある」



「その精神は殊勝だが……限度ってあるだろ」



『ただいまより発車いたします。ご乗車なされる方は、今一度、安全確認をーー』



「ホントに徹底してるよな」



アナウンスも事故のないように、これでもかと安全確認をしてくる。おまけに、近くにいる係員まで。……まあ、これだけやってもらえば、安全面の不安はないな。



「ときに雅文くん。君は絶叫系は好きなのか?」



「まあ……普通だな。自分から乗ることは少ない。誘われれば乗る程度だ。そういう紫紅美は好きなのか?」



「うむっ。この高さから湧き上がる高揚感と、高低差によるスリリングな体験はそうそうできないからなっ」



アナウンスが終わり、コースターが動き出す。いよいよか。



「……やっぱ高ぇな、アレ」



コースターがゆっくり進んでいくにつれ、見えてくるは最初の高所部分。



「……そういえば知っているか、雅文くん?」



「何をだ?」



ゆっくりと高所部分へ向けて上り始めるコースター。その方向に紫紅美は視線をやることなく、動かしづらいだろうに頭を俺に向ける。



「このコースターはな……男女で乗ると、恋人同士になれるそうだ」



「……は?」



俺の口から間の抜けたような声が出たと同時に、頂上まで登り切ったコースターが重力の法則に従い、一気に急降下した。



「----っっ!!」



「きゃーーーーっ!!」



嬉しそうな悲鳴が隣からこだまする。その紫紅美の横顔は、普段の冷静な表情とは違い、とても可愛らしかった。






「----ふぅっ、楽しかった!」



「紫紅美。俺はお前を尊敬する……。ぶっちゃけよう。気分悪くなった」



あんなにぐるんぐるんと回るなんて夢にも思わなかった。今なら、洗濯機に回された洗濯物たちの気持ちがわかる。お前ら、毎日あんな思いしてたんだな……。



「なっ、だ、大丈夫か雅文くん!?」



「大丈夫。少し休めばよくなるさ……」



ジェットコースターの出口から出て、先ほど啓たちがいたベンチに戻ってきたのだが。



「むっ。二人がいないぞ」



二人とも姿が見えない。どこかほかの場所でも見て回っているのだろうか。



「他のところへ行っているのだろうか……。とりあえず雅文くん、休もうか」



「ああ、そうさせてもらうわ……」



二人並んでベンチに座る。あー、気分悪い。



「……よ、良かったらなのだが。その……膝枕でも、しようか……?」



紫紅美から突然の申し出。その表情、というか顔色は完全に真っ赤だ。



「こ、こう見えても膝枕には自信があってな!私に膝枕された者はあっという間に夢の世界に行くんだ!」



普段なら俺は断っていただろうに、今回は気分が悪いのも手伝ってか、俺の答えは普段と真逆だった。



「サンキュ。じゃ、そうさせてもらうわ……」



ありがたく申し出を受け、紫紅美の膝……というか太腿にお邪魔する。



「ーーっっ!!??」



「あー、確かに気持ちいいわ。なんつーか、こう……落ち着くな」



「あ、あわ、あわや、ま、雅文くんんんん!!??」



膝枕されてる状態で見上げると、てんやわんやしている紫紅美の姿。



……遠慮がなかったな。まだ若干気分悪いながらもそう気づけた俺は、頭を上にあげた。



「すまん、どこう」



「あ……」



紫紅美に並ぶ形でベンチに座り直す。ひどかった時に比べたらだいぶマシだな。



「悪かったな、紫紅美。もうだいぶ楽になったから大丈夫だ」



「……そ、そうか。うむ。ならよかったのだ」



どこか心ここにあらずな紫紅美。どうしたお前、さっきからどうした。



「いやはや。なんともまあ……青春してますなぁ。そこの若いお二方」



「お前、誰だ」



キザに髪を整えながら、KHK(髪が禿げてほしい啓)が現れた。その後ろには錦田の姿も。



「誰とは心外だなぁ。みんなのアイドル、啓さっ」



「ああ。気軽に会ってぶん殴れるみんなのアイドルか」



「どんなキャッチコピー、それ?」



「それはともかく。啓お前、余計なことはしていないだろうな?」



「恋とはまるで、海に漂うメッセージ入りのボトルのよう。届きそうで、届かない」



「何もしていないようで安心したよ。大丈夫か、錦田?」



「…………」



テッテッテと紫紅美のもとに駆け寄る錦田。……悲しさが募るのは何故なんだ?



「フられたところ申し訳ないが、言わせてもらう。……ざまぁ」



今、この瞬間ほど、手元に武器がないのを呪ったことはない。それほどにまで殺意が溢れた。



「ふっ。さて、雅文が盛大にフられてぇ、気分がいいのでぇ、ナンパでもしてくるとしよう。ああ、雅文。ハンカチは美穂ちゃんにでも貰うといいよ。ふーはっは!」



言うだけ言って啓は、近くを歩いていた女性グループのところに向かった。……今度、紫紅美がアイツをあの世に送ろうとするなら、止めずに応援しよう。そう心に決めた。



「……む。すまない、雅文くん。少しお手洗いに行ってくる」



啓の見殺しを決意したタイミングで、紫紅美がその場から離れた。残されるは俺と錦田。



「……」



「…………」



なんとも気まずい雰囲気が流れる。当然か、錦田とは一度もコミュニケーションが取れていないのだから。



クラスメートたちの度重なる問いかけにも反応しなかった錦田を見て、俺は声をかけようと思わずに自分の世界に旅立っていた。まあ、生来、自分から人に話しかけることはあまりしないのだが。



だが今回はさすがに空気が気まずい。さすがに口を開こう。



「なんか、悪いな。いつも啓が迷惑かけてて。あまりにうっとうしかったら黙って離れれば、多少はおとなしくなると思うからさ」



「……」



間を保とうと長セリフを話すも、無言。まあ、仕方ないか。学校でコイツの声なんて聞いたことないし。多分、人と話すのが苦手か、話すのがイヤといったところだろう。



「……うっとうしくないよ」



「へっ?」



あまりに間抜けな声が口から出る。いや、今はそれよりも。



「錦田。今……しゃべった?」



「……」



無言で、首をコクンと縦に振る錦田。



「……へん?」



「い、いや、全然変じゃない。その……驚いた。錦田がしゃべったのが。コミュニケーションするとは思わなくて。苦手だと思ってたから」



錦田が空気を震わせて発する声は、今までに聞いたどの声よりも透き通っていた。



「少し……苦手。でも……美穂の好きな人なら……大丈夫かなって」



「大丈夫って?」



「……小学生の時、声からかわれた……変な声って。だから……怖くて。またからかわれるのが。……今まで話さなくて、ごめんね……?」



「いや、お前が謝ることじゃないだろ。謝るとしたなら、そのからかったやつらがお前に、だ」



「……」



錦田が、驚いたような表情を浮かべる。



「それと、だな。お前の声、全然変じゃないぞ。その……すっごい可愛らしい。啓とかなら、天使って形容するかもな」



「……」



錦田が俯く。マズい、なんか変なこと言ったか?



「……ふふっ」



小さく、笑い声が漏れた。その声の主ーー錦田は、ゆっくりと顔を上げた。普段無表情な錦田からは想像もできない、初めて見る、顔いっぱいの笑顔だった。



「……言われた。啓に……天使みたいって……変じゃないって、言ってくれた……」



「啓のやつとも話したのか?あんな危険人物と?」



「ぷっ!」



ちょっとツボに入ったようで、お腹を抱える錦田。笑わせたつもりではないんだが……。



落ち着きを取り戻した錦田は、コクンと頷いたあと、いまだに少し聞きなれない声で言葉を紡ぐ。



「啓も……からかった人たちが悪いって、言ってた……。啓と雅文、おんなじ……」



「それは激しくイヤだな」



「----っっ!!」



再びツボに入ったらしい。それも深く。今度も大声を出さないようにか、お腹を抱える。



「……雅文、面白い人っ……美穂が好きになったの……わかるっ……!」



「反応に困るんだが」



「……ふふっ」



笑いは収まったようだが、今度は落ち着いた笑顔を浮かべた。啓が見れば歓喜するかもしれんな。



「錦田、その」



「……寒菜」



「えっ?」



「……寒菜って呼んで……ね?」



「……わかった。あのな、寒菜。そういった可愛らしい姿、啓に見せないほうがいいぞ?アイツ、雑食だから」



「啓、いい人だよ……?無口なわたしに、何度も話しかけてくれた……」



「まあ、うん。変なところでいいやつなのは否定はしないが」



「わたしに……結婚したいって言ってくれたの……啓が初めて……」



ポッと顔を赤らめる錦……寒菜。え、ちょっと待て。



「寒菜。お前、まさか……」



「やあやあ!恋の伝道師、ただいまカムバックしてきたよ!」



HKK(激しく空気を読まない啓)が会話に乱入してきた。



「啓……お前の間の悪さは天下一品だな」



「ふっ。ほめないでくれたまえ」



「けなしてんだよ」



「すまない、待たせたな」



啓と馬鹿なやり取りをしていると、紫紅美も戻ってきた。と、同時に寒菜が紫紅美に抱き着く。



「むっ、ど、どうした?桐生に何かされたか?」



「美穂ちゃん。啓って呼んでくれても、構わないんだぜ?」



「まずは否定しろ。でないと、疑いが濃くなるぞ」



半目でバカ(啓)にツッコむ。



一方、紫紅美に心配されていた寒菜はというと、紫紅美の問いに対し首を横に振り、幸せそうな笑顔でこう答えた。



「……美穂。美穂が、雅文好きになったの……わかった気がする……」



「か、寒菜。お前、喋っ……って、ええ!?か、寒菜!お前も雅文くんを好きになってしまったのか!?だ、ダメだぞ!雅文くんは、私が好きなのだー!」



唐突な告白が紫紅美から発せられ、行き交う人々が数人、足を止める。



あら、往来の場で告白?若いっていいわねえ。みたいなひそひそ話が漏れ聞こえる。



「いやー、雅文羨ましいですなぁ。こんな公衆の面前で愛してるのサインですか。こりゃ、きちんと応えてやらないとなぁ」



そんな状況下で、ねちっこい声色で耳打ちしてくる啓。そんな啓の言葉を完全無視し、一切感情を込めていない声で、俺はみんなに提案する。



「ハヤク、ツギイコウ」



なお、紫紅美の誤解が解けるのに時間がかかったことをここに記しておく。




「いやー、楽しかったな!」



夕暮れ時。背伸びをしながら、後ろを歩く俺らに語り掛ける紫紅美。



「ああ。イタイ勘違いがあったが、それを除けばまあ楽しかったな」



「むぅー、悪かったのだ。そんなに怒らないでくれ」



「ん、ああ悪い。別に怒ってるわけじゃないんだ。なんつーか、こう……思わず思い出してな」



奇しくも、公衆の面前で告白された場所に戻ってきていた。



いやまあ、入り口付近だし、今から帰るから必然と通ることになる訳なんだが。



「恋愛というものは、必然と人を恥ずからしめるものさ。女性の恥ずらいは非常に眼福ものだが……ふぅ」



俺を見て肩をすくめる啓。男が恥ずらって悪かったな、この野郎。



「寒菜も楽しかったか?」



紫紅美の問いに、学校ではまず見かけない、先ほども披露していた笑顔で、寒菜は応える。



「うん……!雅文も、啓も……とっても良い人……!」



「そうか。だが寒菜、気を付けろ。雅文くんは確かに良い人で、完全に無害だ。だがアイツは、お前の目にどう映ったのかは知らないが、特A級の危険人物だからな?」



後ろ指で啓を指さす紫紅美。



「ふぅ……。美穂ちゃん。僕、猛獣じゃないよ?」



「ケダモノだろうが」



紫紅美に冷たい視線を送られる啓。まあ、日ごろの行いが悪いとしか言いようがないな。



「……啓、良い人、だよ……?」



「目を覚ませ、寒菜。いいか、ああいう奴には極力関わらないように生活するんだ。でないと、一生を棒に振ってしまうことになるんだぞ」



「女性は素晴らしい。だが、一生を捧げて、愛し愛されることのできる人は一人だけ。あゝ、なんと無情なり、この世界」



「お前は少し黙れ」



雑談をしながらも、着々と帰り道を歩む俺たち。すでに遊園地ははるか後方だ。



分かれ道に差し掛かると、寒菜が口を開く。



「……わたし、こっちだから……またね」



「こんな暗い道を、レディーに一人で歩かせるわけにはいかないね。付き合うよ、寒菜ちゃん」



「……ありがとう、啓」



「待て、啓。俺から一つ言いたい」



「私からも言おう。おそらく雅文くんと考えていることは同じだ」



俺たちは互いに顔を合わせ、声を揃えて言った。



「「何もするなよ」」



「ふっ、信用ないなぁ。オレは仮にも紳士だよ?そんあマネする訳ないじゃないか」



「お前が紳士という名の変態だから言ってるんだよ」



「安心したまへ。君の親友は、女性が傷つくことをしない男さっ」



「参ったな。俺、お前を親友として見ていないんだが」



「まっ、ここはオレに任せて、君は美穂ちゃんと語らいたまへ。愛を深めちゃったりしてもいいんだよ?」



「深めるとしたら親睦だな」



「では、アデュー!」



「……ばいばーい。また、明日ー……」



啓と寒菜が手を振り、別れを告げて分かれ道を歩き出す。



「……本当に、大丈夫なのだろうか」



「まあ、なんだかんだでアイツ、ウブだから。女性と手を繋ぐだけでキョドる、なんちゃってナンパ野郎だから大丈夫だろ」



「奴の日ごろの行いからは想像もできないが……雅文くんが言うのなら、大丈夫だろうな。……では、私たちも帰るとしようか」



どちらからともなく、再び歩き始める。



騒がしいバカがいないからか、大分静かだが、この静けさも悪くない。



「……雅文くんは」



静寂に耐えきれなくなったのか、はたまた話したかったのか、紫紅美が口を開く。



「雅文くんは、その……今日は楽しかったか?」



「楽しかったぞ。さっきも言わなかったっけか?」



「ああ、いや、気を悪くしたのならすまない。ただ……本当に、心の底からそう思ってくれているのか、と思ってしまってな」



悲しげに笑みを浮かべる紫紅美。



「私は普段、こんな風に遊ぶことは少ない。基本的には集会、そうでなくとも生徒会の集まり。空いたとしても、今度は気軽に遊ぶような友人がいないのだ」



「前の……舎弟みたいなやつとか、寒菜は?」



「玲奈か……。アイツは私を立てよう立てようとしてしまうから、気軽に、しかもともに遊んでいるような気がしなくてな。その点、寒菜とは旧知の仲だが、前にからかわれたのがよほどイヤだったのだろう。あまり人がいるところに行きたがらない。一見、人に囲まれているように見える私だが、気軽に遊べる人となるとな……」



紫紅美……。



「だから、不安に思ってしまったのだ。私と遊んで、本当に楽しかったのだろうか、と。友人として楽しんでくれたのだろうかと……」



徐々に顔を曇らせていく紫紅美。



「……紫紅美。はっきり言う」



「う、うむ……」



「重く考えすぎだ、バカヤロウ」



「あいたっ」



紫紅美に軽くチョップする。……今更だが、人に見られてないだろうな。見られてたら一大事なんだが。



「すごく楽しかったぞ。俺も、そんなに親しい友人はいないが、放課後は家に帰って寝て、みたいな生活なんだ。だから、なんつーかその……久々に青春ってやつを送ってる気がする。このキッカケをくれたのは紫紅美だ。そんなお前が、あんまり落ち込むな。笑おうぜ、な?」



「……ふぇ」



若干、小っ恥ずかしいセリフを並べ立てると、紫紅美の眦に涙が溜まりだしていた。普段クールだけど、意外と紫紅美は涙脆いよなー……考えてる場合じゃないけどな!



「し、紫紅美。落ち着け。落ち着いて、その溢れ出しそうな涙を引っ込めるんだ。な?」



「ま、雅文くん。や、やひゃり、ひっく、き、君は優しい。ひっく。そ、そんな温かい言葉を……!」



「頼む!俺の話聞いて!」



完全に泣き崩れる紫紅美。



大泣きしている紫紅美の声につられて人垣ができ始める。



……うん、俺の青春、ここまでかな。





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