生徒会長との下校 2
「おはよー」
「あ、みっちー。おはよー。昨日の“雷舞TV”観た?」
「観た観た!迫力あってヤバかったよねー」
紫紅美に告白された日の翌朝。
学生恒例のTV話に花が咲いている、教室の入口付近にいる女子達を避けながら、自分の席に向かう。
その隣の席には既に、紫紅美の姿が。
「よう、紫紅美」
声をかけると、ビクッと紫紅美の全身が揺れた。
「お、おはよう雅文くん!!き、今日もいい天気だな!!」
不自然なくらいに大きな声をあげる紫紅美に、俺は短くそうだな、と返す。
天気は曇り空。間違いを逐一指摘するのは、紫紅美に恥をかかせるだけだろう。
「まっさふっみく~ん。ちょーっといいか~い?」
KHK(かなり不愉快な啓)が、朝からウザさ全開で話しかけてくる。
俺は、面倒くささを目一杯アピールするような声色で返した。
「なんだ、啓。お前、小テストは大丈夫なのか?」
「このオレにかかれば、このくらい朝飯前さ~」
「そのウザい喋りはやめろ」
あまりにうっとうしい声の抑揚や間延びをする啓に釘を差すと、啓は気にした様子一つなく、肘で俺をつつくというウザさに拍車をかける暴挙に出始めた。
「で、どうなんだい?」
ウザさを維持しながら問いかける啓に、イライラを抑えつつ答える。
「小テストか?お前のお陰ではないが、お陰様で大丈夫だ」
「ち・が・う・よ。美穂ちゃんとのことさ~」
「……お前に話すようなことはないぞ」
ウィンクしながらウザい喋りのまま語る啓に、抑揚のない声で返す。
頼むからどっか行け。
「あぁ。つまり、昨日の放課後、ここで密度の濃い深い愛を確かめ合っていたんだね」
「一言言うなら、お前のその、妄想にまみれた出来事は起きてない」
「何!?美穂ちゃんをフッたというのか!?」
「どうしてお前の考えはそう極端なんだ!普通に何もなかったわ!」
「昨日のあの美穂ちゃんの様子から、何もなかったはあるまい!さあ、キリキリ吐け!OKしたのか、フッたのか、どっちだ!?」
くっ、何だコイツの思い込み……的外れじゃないのが余計に厄介だ。
クラス中がこちらの動向に注目し始める。そんな時、教室の前方の扉が開いた。
よし、担任の先公か!助けを求め、そっちを見ると、そこにいたのは、赤い髪をツインテールにした、貧相な体つきの女子だった。
その女子は、騒いでいるこちらの方角を見、直後に目を見開いて、脇目もふらずにこっちに来た。
そして、俺の隣の席で、微妙に縮こまっている紫紅美の前に立ち、机をドンと強く叩き、叫んだ。
「姉御!昨日、告白したってホントっすか!?」
その隣からの剣幕に、俺を追及していた啓の手も止まる。
俺にとってはありがたいタイミングで、このよくわからん奴が来たが、紫紅美は違ったようで、
「な、なぜ、それを……」
顔を赤らめ、その女子に尋ね返すのがやっとのようだ。
「族の間でもちきりの話っすよ!ホントなんすか!?」
「……ま、間違ってはいない、な……」
紫紅美、クラスの目もあるからちょっとは隠してくれ!
「そ、そんな……」
よろりらと頭に手をやる女子。仕草が若干古い気がする。
「……どいつっすか。告白した相手ってのは、どこのどいつなんすか……?」
若干目つきが鋭くなる女子。気のせいか、野獣に見える。
「そ、それは……」
チラッと紫紅美が、申し訳なさそうな表情で俺を見た。
その視線に気づいたツインテ女子が、俺をキッと睨みつけ、俺の襟首を持ち上げた。
「てめぇか、ごらぁ!ウチの姉御に色目使ったんは!」
「色目なんて使った覚えはない!」
「じゃあなんだ!?流し目か、渋いイケメンボイスか、それとも甘いマスクで姉御惑わしたんかごらぁ!」
「どれも使っていない!」
「やめんか玲奈!彼はなにもしていない!その……私が、勝手に好きになっただけなんだ……」
『おぉぉ……』
めったに見ない紫紅美のしおらしい雰囲気に、クラス中から声が漏れる。
「か、可愛っ……じゃない。……姉御、本気なんすよね?」
「えっ……?」
「コイツのこと、本気で好きなんすよね?」
紫紅美の顔のすぐ近くまで迫り、親指で俺の方を差しながら、真剣に問いかけるツインテ女子。
「……うむ。好きだ」
『おぉぉ……』
顔を赤くしながらも、はっきりと告げる紫紅美に、クラスから再び声が漏れる。
「……おい、お前」
そんな空気の中、ツインテ女子が俺に呼びかける。
「姉御の彼氏になったからって、調子ノってんじゃねぇぞ。もし、お前が姉御を泣かせたら、族全員でお前をシメに行く。それだけの覚悟は決めろよ」
「……重大な勘違いをしているから言わせてもらう。確かに昨日、紫紅美に告白された。だが、付き合うことになったわけじゃない」
『……は?』
クラス中、そしてツインテ女子が間の抜けた声を出す。
真面目な表情から一転、間抜けな顔になったツインテ女子は、顔を引き締めたかと思うと同時に、俺の学ランの襟首に込めていた力を強め、声に再び凄みを利かせて言った。
「じゃあ何か?すでにお前は姉御をフッた挙句、泣かせた、と。そうかそうか。……じゃ、東京湾行くか」
「待て待て待てって!!完全にフッたわけでもいねぇし、泣かせても……いない!」
「今の不自然な間は何だぁ!屋上こい、お前の罪の深さを思い知らせてやる!」
「玲奈、落ち着いて話を聞け!実はーー!」
かくかくしかじかと、昨日のことを包み隠さずに話す紫紅美。
後半の紫紅美が泣いてしまった部分では、ツインテが再び牙をむいたが、紫紅美のフォローもあり、損害は受けなかった。
話を聞き終えたツインテ女子は、少し呆れの混じったような声色で、ため息交じりにこう言った。
「つまり、アレっすか。脈ありになるかどうかは、コイツにかかってるっつーことっすか」
「より正確に言うならば、私の人となりを知り、私も彼の人となりを知ってから、ということになるな」
「はぁ……。おい、アンタ。とりあえず付き合うつーのはナシなんすか?こう言っちゃなんすけど、姉御美人っすから彼女としては鼻が高いっすよ?」
「悪いが、あまりそういう不誠実なことはしたくないんだ。人となりも知らずに顔だけで付き合うなんて俺にとっては論外なんだよ。第一、そんな軽い気持ちで付き合ったら、俺は東京湾の底に沈むことになるだろ」
「その通りっすよ」
「俺の生死に関わることをそんな軽く答えるな」
俺のセリフを聞き流し、ツインテ女子は俺に宣言した。
「いいっすか。万が一、姉御に対して不誠実なことしたら、族全員で八つ裂きにして、鳥のえさになってもらうっすから、そのつもりでいるっすよ」
「元々するつもりはねぇよ。きちんと向き合うさ。紫紅美にも。自分にも」
「キザなことを……。いいっす。あと、ウチは認めたわけじゃないっすから!そこんとこ間違わないようにっすよ!」
嵐のように騒がしかったツインテ女子は、無駄な念押しをして去って行った。
その後、俺と紫紅美の席付近に、人波が押し寄せた。もともと近くにいた啓を吹き飛ばして。ざまぁ。
「美穂ちゃん、ついに告ったんだね~!よく頑張ったね!」
「うぅ……、嬉しくて涙が」
「紫紅美ちゃん。ちゃんと私たちがフォローして、その想い叶えさせるからっ。タイタニック号に乗ったつもりでね!」
「沈むじゃない、それ……」
女子たちが次々に紫紅美を労う。
一方、俺のとこに集まった男子たちはというと。
「てめ、雅文!どんな身分で美穂ちゃんの告白断ってんだおらぁ!」
「あの美少女相手に断るとは……。実に面白い」
「貴様の罪を数えろぉ!!」
雨のように罵詈雑言を浴びせかけてきた。
断ってはいないっつーのに……。なんでこうも男女間で扱いに差が出るかね。
不意に肩がたたかれる。ここ最近多い気がするな。
肩を叩く奴に見当をつけながら振り返ると、案の定、SNK(そろそろ殴りたい啓)だった。
「ちっ、無事だったか」
「あの程度でやられる僕じゃないさぁ」
ありったけの憎たらしい笑みを浮かべつつ、奴は言葉を続ける。
「いやぁ。にしてもフるとは予想外でしたなぁ。美少女をフるなんて、よほどの理由があったんだろうねぇ」
「フってねぇっつってんだろ。何でお前含め、クラスメートたちは勘違いしてるかね」
「にょははは。まあ、結果的にはOKしてねぇんだから男子からしたら大差ねぇって」
「あー、そうかい。もう言い返す気力も起きんわ」
溜め息をつきながら、頬杖をつき、まだ何も書いてない黒板に無意識に目をやる。
クラス中を巻き込んだ喧騒。氷姫こと錦田も少し興味を示したのか、こちら側をチラチラ見ていた。机の上に置かれた本はしおりが挟まったまま、その休み時間中に開かれることはなかった。
「あー、疲れた」
授業の合間、イヤというぐらいにクラスメートに絡まれた。普段話さないような奴にまで。やっぱ、紫紅美って人気あったんだな。というのを思い知らされる。気のせいか、普段より倍以上疲れた。
「お疲れですなー、雅文くん」
NBK(能天気なバカ啓)が気楽そうに声をかける。
……お疲れの原因に自分が入ってることを理解してるか、コイツ。
「ああ、疲れたよ。お前らのせいで。普段話さないような奴にまで絡まれる始末だし」
「なるなる。では、ドライブでもしてきたらどうだね?今から下校時間なわけだし」
「運転できる年齢じゃねぇよ」
「バイクがあるではないか。二人乗りで楽しんできたまへよ」
「あのなぁ、バイク持ってないし、そもそも二人って誰と……あ」
ここまで誘導されて気づいた。啓が、俺と紫紅美を見てニヤニヤしていることに。
「楽しんできたまへよっ!!」
さっきのセリフを、語気を強くしてリピートする啓。
ウィンクしながら親指を立てる啓に、未だかつてないほどのイライラが募った。
「……ま、雅文くん。どうだろうか?」
恐らくグルだったんだろう、紫紅美も俺を誘ってくる。
『…………』
断る訳ないよな、という無言の圧力をかますクラスメート。
帰ってゆっくり休みたいと思う俺の逃げ道は、どこにもなかった。
「いい眺めだな、雅文くん」
右から夕陽の光が差し込む。
紫紅美の髪が、後ろにたなびく。
学校を出た俺は、そのまま紫紅美と一緒にバイクに乗り込んだ。免許は持ってないから、紫紅美の運転で。
始めこそ、暴走族である紫紅美の運転に少なからず恐怖を感じてはいたが、実際はそんなに無茶な運転ではなく、むしろ対照的にルールに則った運転だった。
「……確かにいい眺めだな。にしても、紫紅美ってちゃんと丁寧に運転するんだな。予想してなかったよ」
「さすがに人を……大切な人を乗せているんだ。無謀な運転など、出来るはずもないさ」
「……そうか」
大切な人、か……。なんか、くすぐったいな。
視線を紫紅美の後ろ姿から右に逸らす。壮大な海の景色が広がっていた。
「すまないな、雅文くん。半ば無理やりに連れ出してしまって」
「ま、いいさ。紫紅美の人となりを知っていくなら、二人きりで出かけるのも悪くないさ」
「そうだな。…………二人きり!?」
「うぉうっ!!?」
バイクが一瞬の間、急加速した。そして首からグキッと嫌な音。
「し。紫紅美……。安全、だいいち。オーケー……?」
「すっ、すまない!二人っきりなのに、気づいていなくてだな……!」
後ろからなので表情は分からないが、明らかに動揺している様子の紫紅美。
「紫紅美って、意外とウブなのな」
「う、うぶなどではない!ただ……そう!恋愛事に慣れていなくてだな……!」
「ウブじゃん」
そんな会話をしていると、
「ヒャッハァ――ッ!見せつけてくれるね、お二人さんー!ごっ機嫌いかがー!?」
『いかがー!?』
なんか、こう……見るからにバカっぽい奴らが、派手に飾り付けしたバイクで現れた。
「あっれー?そんくらいのスピードしか出さないのー?あ、違った。出せないんだ。ごめん遊ばせー!」
『ごめん遊ばせー!』
「ノロノロな、ノロけたお二人さん置いて。行くぜ、おめーら!」
『あいあいさー!』
言いたいだけ言って、バカ丸出しの奴らはバイクで走り去って行った。
「……何だったんだ、あいつら?」
「……利亜銃爆発支路隊。イチャイチャしてるカップルたちをからかう事に生き甲斐を感じてる奴らだ」
「はあー。……てことは、俺らカップルと間違われたって事か。にしてもくだらない挑発を。あんなのに対抗心燃やす奴もいないだろうに。な、紫紅美」
「……そうだな。ところで雅文くん、一つ聞いてもいいだろうか?」
バイクを止め、俺を振り返る紫紅美。その表情は見とれるほどに笑顔。ただ、目だけが笑っていなかった。
「……時速180km以内なら、構わないよな。雅文くん?」
「は?」
ドゥルンドゥルンと重厚感のある音が、バイクのマフラーから発せられる。
同時に頭を掠る嫌な予感。
「ま、待て。待つんだ、紫紅美。分かってるか?一般道路には、道路交通法というものがあって――っ!!?」
俺の必死の抵抗ゼリフは、疾走するバイクに立ち向かう風にかき消された。
「――にしても、さっきのバイクだっせぇよな?」
「わかるわかる。俺らにビビって追いかけようともしないとか――」
ビュンッッ!!
「……今、なんか通ったか?」
『さ、さあ……?』
およそ一時間後。我に返った紫紅美の後ろで、俺が泡吹いていたそうな。