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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

LEMON DROPS

作者: 小林 小鳩

『完全に帰るタイミングを逃したね』

 ベランダに並んでしゃがみこんで、息を潜めてる。

 こぶしひとつ分ほどの距離にいるのに、わざわざ携帯電話に文字を打ち込んで会話しなきゃいけないのは、何もかもあいつらのせいだ。

 同じクラスの香山と松岡。サッカー部で絵に描いたようなさわやかさで人気がある香山と、容姿は十人並みとしか言いようがない松岡。動物園のコアラやサルの親子の映像にそっくりだ、とクラスの女子に陰口を叩かれてたほど、いつでも松岡は香山にぴったりとくっついて離れようとしない。なのに香山は迷惑そうな顔一つせずにいて、友達や他の女子にも同じように優しく接するから、香山への好感に反比例して松岡への反感が強まっている。

 誰が誰と付き合おうが、俺には津島がいるから関係ない。対岸の火事のはずだった。

 その二人が、教室の中で直視できないほどのキスをしているので、俺と津島は今、物凄く迷惑をこうむっている。


 雨の日やテスト前で陸上部の練習が休みになると、津島は嬉しそうだ。嬉しそうっていうのもほんの少しはにかんだりするくらいで、この些細な表情の変化を、きっと他の人たちはわからないだろう。月水金の部活のある日は、俺の部活を教室から見てるのを、知ってる。なのに部活がないのを喜ぶ。そういうちょっとよくわからない、得体の知れないようなとこが何となく気になって目が離せない。

 今日は期末テストの前で部活もないから教室に残って一緒に勉強しよう、なんていうのは結局建前で。ちゃんと勉強したのは最初の一時間で、あとは購買で買ったフルーツ・オレを回し飲みしたり。もうすぐ夏だね雨降りそうだね、テスト終わったらどこ行こうかなんてとりとめのない話をしながら、ベランダに出て高架を走る電車をぼんやり眺めてた。

 そんなところに、あの二人が教室へ戻ってきたのだ。

 薄曇りだけど少し蒸し暑い。机の上に俺らの鞄が残ってんだから気づけよ。帰るに帰れない。早く終わってくれ。

『言っちゃ悪いけどさ、獣が獲物にかぶりついてるみたい』

『だな。大胆すぎるだろ』

『誰か来たらどうするんだろ。もうここにいるけど』

『むしろ見せつけたいんだよ』

 前にも首にくっきりとキスの痕が付いているのを見たことがある。あんなことして逆にひく、と陰で言われてるけど。俺には彼女の気持ちがちょっとだけわかる。

 そうやって牽制したいんだろ、自分のものだって証拠を残して。そうしてないと不安なんだろ。誰かに横取りされそうで。

 隣にいる恋人は、まだ完全には初恋の相手への思いを捨ててない。俺との仲も本当に進展させるつもりがあるのかわからない。元々、俺が一方的に好きだったのにほだされたようなもんだったから、自信がないんだ。先に惚れた方が弱いっていうかさ。不安で不安で、しばらく消えないような痛々しい痣くらい作ってやりたくなる。


 腕と腕が触れて、ごめん、と声にならないようなボリュームで謝ると、『気にしなくていい、本当に』とメッセージが送信されてきた。そして『別に怒ってないから』と続けて送られてきた。

 半月前、俺の家に遊びに来た時のことで、まだなんとなくわだかまりが残ってる。

 ベッドの上で二人でくつろいで、流れでキスをしたり首の柔らかいとこや腕を甘く噛んだりしてた。そういうこと何度もやってるから、問題ないと思ってた。今日はいけるかも、そう思って津島が穿いているものを脱がしはじめたところで。

「……やだ」

 いつもはわりと強気の津島が、こんなに弱々しく言葉を発するのを見たことがなかった。上に乗ったまま、どうしたらいいのかわからなくておろおろと戸惑っていたら。とりあえずどいて、といつものはっきりした口調で言われた。

「ずっとしないつもりはないよ。でも、もう少し待って欲しい……」

 服を直しながら、俺の目を見ずに言った。

 そんなこと言われたらさ、こっちとしてはただひたすら待つしかないじゃん。

 フライングしたっていうのはわかる。でも、どこまでがセーフでどこまでがアウトなのかわからない。正直キスをするのも、抱きしめるのでさえも怖い。また嫌だって拒否されそうで。


 サッシの陰から中をのぞき見すると、二人はもう帰ったようだった。

「もう行ったみたい。やっと帰れるよ」

 と立ち上がると、しゃがんだままの津島が手を伸ばすので引っ張ってやる。かわいい、かわいいけど。こういうの、無自覚でやってんのかな。なんだか俺ばっかり好きで一人でドキドキしてるみたいだ。

 わかってたけど、勉強進まなかったな。机の上に出しっぱなしにされたノートを片付けていると、少し甘い匂いがする。

「何か食べてんの?」

「レモンの飴。泉田も食べる?」

「うん、頂戴」

「目つぶって、口あーんて開けて」

 言われるがままに目を閉じて口を開けて飴が放り込まれるのを待ち構えていると、予想外の味が飛び込んできた。

 頭と肩を強く掴まれて、飴と一緒に舌が絡みついてきた。甘酸っぱい味の唾液が口の端からこぼれて、顎を伝う。息が出来ない。離したいけど離れない。苦しいけどこのまま離したくない。獣が獲物を捕らえるみたいな、キス。

 長いキスから解放されて、思わず大きく深呼吸をする。津島は平然とした顔で、自分の口元と俺の顎から垂れる唾液を手でぬぐうと、俺のシャツの裾で拭いた。

 思いも寄らない出来事に身体がぎゅーっと激しく反応して、椅子に座り込んでしまった。前傾姿勢になって立ち上がれなくなった俺の状況を察した津島は、少しあきれるように笑った。

「前にも言ったけどさ、泉田としたくないなんて思ってないよ。たださ、もうちょっと先でもよくない? だめ? 我慢できない?」

「……頑張ります」

「なにそれ。馬鹿か」

 机の上に乗せた手の上に、津島は手を重ねてきた。半月前までやっていたのと同じように。俺が互いの関係に不安になるといつも、絶妙なタイミングでこんな風に甘えたりするから、離れがたい。もっと突き放すようなことしてくれたら、考えを変えられるかもしれないのに。手の甲をさする指の感触に、負けてしまう。

 ふいに廊下から足音がして、手を離した。

「まだ残ってたのか、早く帰れよ」

 そう言いながら担任の支倉先生が教室を覗き込んできた。

「テスト勉強してました。家だと集中できないから」

「そう言って本当に勉強してたやつ、先生見たことないよ。特に泉田は頑張らないと」

 なあ? と先生はさわやかに笑いながら俺の方を見る。見回りが来るにしても、他の先生なら良かったのに。よりによって津島の初恋の相手が担任なんて、分が悪い。先生の顔を見たら、なんだかさっきまで昂ぶっていた気持ちがすっかり冷めてしまった。

「先生、飴あげる」

 津島はポケットから小さな黄色い飴の包みを取り出して、先生が差し出した手のひらに乗せる。その何気ない一連の動作さえも、俺を焦らせる。

 何にも知らない先生は、また明日って見回りに戻っていった。

 俺が帰り支度をしている間も、津島は先生が去った教室のドアの方を、ぼんやり眺めてた。

「……俺さ、津島のこと待っててもいいって思えるほど、好きだよ」

「わかってる。だからごめん」

 津島の謝まる意味は、どういう意味なんだろう。待たせることなのか、まだ前の人に未練があることなのか、それともまた別のことへの謝罪なのか。三択の内のどれが正解なんだ。わからないままのほうが幸せなのかな。

 早く俺だけのものにしたいけど、そうやって急かせたら簡単に俺の手の中から離れていってしまいそうで。だけど、そういうとこがなんだかすごく好きなんだ。

 先生は津島にとって忘れられない初恋だろうけど、俺にとっての津島が正にそうなんだ。

 甘酸っぱいレモンの味に染まった唾液を呑み込む。もっとぎゅっと涙が出そうなほどに酸っぱくてもいいのに、甘い。どれだけ舌の上で転がしても甘い。

「あんまり待たせないよう、頑張るからさ。待ってて」

 すぐ顔赤くなるね、と柔らかい声で笑いながら、俺の頬を耳を撫でる。そういうところだよ。

「これ、甘いね……」

「そう? 泉田は辛いの好きだもんな。ハードミントとか。今度なんかそういうの見つけたら買っとく」

 そうじゃなくてさ。言いかけて、甘酸っぱい唾液と一緒に飲み込んだ。

「あのさ、レモンミントがあったらさ、それがいいな」

 不思議そうな顔をして、津島はレモンの飴をまた口に放り込む。もう帰ろうぜって俺のシャツの裾を引っ張る手が、このまま離れなければいいと思う。


 例えば、例えばの話で。津島が首筋に目立つキスの痕を付けて登校したら、先生はどんな反応するんだろう。

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