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まずい

 



「・・・・・・ほう。つまり、その条件を飲めば・・・・・・我の願いを聞き届けてくれる・・・・・・そうゆう事じゃな」



 笑っている。間違いなく笑っている。顔を見なくてもわかる。これは・・・・・・。又二郎の全身から噴き出す汗。噛んで含めるような物言いに噴き出した汗が肌を伝うより早く、又二郎が懸命の制止をかける。



「いや・・・・・・! 某は」



「利和!! 出てまいれ」



 被せるように発せられる藩主の声。藩主の後方5歩の距離にある立派な屏風。人の背丈を優に超える大きさの見事な屏風だ。その後ろの闇から初老の男、神田利和が姿を現せた。ぎょっとした表情で又二郎が見返すと、したり顔を貼り付けながらゆっくりと歩み寄ってくる。



「ち、義父上ちちうえ・・・・・・」



「殿に土下座させるとは、出世したではないか又二郎」



 玉のような汗が額から頬を伝い流れ落ちる。気配の欠片もなかった利和から嫌な威圧感が漂ってくる。



(しまった! 嵌められた!)



「利和よ。貴公の息子せがれはこう申しておるが、神田家の元当主としてどう思う?」



 下げた頭を一度も上げず、これ見よがしに頭を下げ続ける自国の殿。それに、にやりと唇を歪めながら神妙に答える。



「私は家督を譲った隠居の身、当主の判断に任せます」



 と利和。



「なるほど。つまり、父としても前当主としても反対せぬと?」



 用意されていたような言葉を白々しく発する藩主。



「当然です」



 家系を揺るがす結構な話だというのに、利和は欠片も澱みなく答える。まるで又二郎をけん制するように呼吸を合わせて。



 とんとん拍子に話が進んでゆく。あわあわとうろたえながら首を振るも、二人の会話は止まらない。いつの間にか上体を起こして話している藩主がこう言った。



「これで問題は片付いたな」



「息子がお役に立てて光栄です。良かったなー又二郎」



「お、お待ちください! そんなもう決まったかのように!」



 話を切り上げようとする二人に慌てて食い下がる。



「ほう? 異な事を申すなー」



「全く。条件を出したのは自分だと言うのに。情けないのー」



 同時に振り返られ、粘りつくように見つめられる。



まずい。拙すぎる)



 このままでは、2匹の狸に丸め込まれてしまう! どうにかせねば・・・・・・。頭を高速回転しながら、なんとか反論をしぼり出す。



「・・・・・・! そうです! 碌の話はどうなりましょうか!? 流石に御家老衆が――」



「佐吉、もうよいぞ」



 先ほど利和が出てきた場所から佐吉――藤堂佐吉が姿を現す。結構な身分の二人が物取りの真似事か! と怒鳴りたいのを堪え、極小の希望と極大の不安をもって一応・・尋ねる。



「ご、御家老!? そのようなところで何を」



「観念いたせ又二郎。年貢の納め時とゆうものだ。俺を見ろ」



 その目には二匹の狸とは違い憐憫が浮かんでいる。佐吉は遠い目を近くの狸に落とす。悪戯が成功した子供のように笑う藩主に盛大なため息を落とした。



(そういえばこの男(・・・)も殿に人生を狂わされた1人だったな)



 この・・・の遠い目を見るといつも思い出す。互いに名も知らなかった頃、殿と知らずに斬りかかり、片手で軽くあしらわれ、腹を切ると喚き散らした事件『次期家老御乱心事件』を若き藩主の武芸の冴えと共に回想するのであった。


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