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脱サラ探偵 楠光子郎 ヴァーチャルMMOの謎を解け!

「もう駄目かもしれんな……」


 そう言って事務所のボロソファーに寝転がっているのは、年齢四十歳、元サラリーマンの楠光子郎くすのきこうしろうである。

 三十七歳の時に脱サラをして、小さい頃からのあこがれであった探偵事務所を始めたは良いが、まともな収入を得ることが出来ずに、今や瀕死の状態にまで追い込まれていた。

 

「家賃……どうやって払ったらいいんだろうか……」


 光子郎が事務所を構えているビルは、奥まった路地の先にある一見廃ビルに見えてしまうほどの薄汚れたビルであった。当たり前ではあるが、こんなおんぼろビルでもちゃんと管理人は居て、家賃を払わなければならないのだ。


「いっその事、崩れ落ちてくれればいいのに……」


 光子郎は少しヒビの入りかけている天井を見て、恨めしそうに呟いた。

 そうすれば、むしろ保険金やら何やらで懐が暖かくなるかもしれない、と思ったのだ。

 しかし、崩れ落ちたビルの瓦礫の中で、仁王立ちをして家賃を取り立てに来る大家のババアの姿を想像して、光子郎は軽く身震いをした。

 このビルのオーナーであり大家であるババアは、年の頃八十近いというのに、元気の塊といった存在で、光子郎を見ると『あんたいい年してこんなろくでもない商売してて恥ずかしくないの?』とか『ああ、四十男が独身とか、みっともないみっともない』等と、悪態をつくのが日課のようになっていた。何かしら言い返してやりたいとは思うのだが、光子郎は家賃を滞納している身であるために、言葉を胸の奥に押しとどめるしか無かったのだ。まぁ、実際はババアの迫力に負けて何も言い返せないというのが本当のところなのだが……。

 そんなハッスルババアが、今朝もビルの前をジャージ姿でランニングに出掛けていくのを見にした。


「ふぅ、今日もフルマラソン走りきってやるわい」


 そんな声を聞いたような気がしたが、そんなことあるわけがないと鼻で笑っておいた。

 一時間三十分後、ババアは良い汗をかいたと言いながら帰ってきた。


「まさか、まさかね……」


 もしこれが、本当にフルマラソンを走ってきたのだとすれば、このババアは大幅に世界記録を縮めたことになる。探偵としての好奇心が『それを確かめたい!』と揺れ動いたのだが、家賃の催促をされてはかなわないと、問いただすのをやめておいた。


「はぁ、どこかに殺人事件とか、誘拐事件とか転がってないもんかねぇ」


 なんともぶっ騒極まり無いことを口に出してみる。つまるところ、探偵家業なんて言うものは、事件が起こらないと始まらないものであり、世の中としてみれば事件なんてものが起こらないほうがいいわけである。不幸を食い物にする仕事と言ってしまえばいくら語弊があるかもしれないが、少なからずともそういう一面を持っている職業なのである。

 このままソファーに寝そべったまま眠りに落ちてしまいそうになった刹那、突然光子郎の電話のベルが鳴り響いた。

 ウトウトとしていた目は、瞬時に探偵の鋭い眼差しへと変化すると、『ふぅ〜』と小さく深呼吸を一つしてから、その電話にでるのだった。


「はい、はい……。お子さんが行方不明? わかりました。詳しいことを伺いに一度そちらに参ります」


 手短に要件だけを聞き電話を切ると、光子郎の口元は軽く緩んだ。


「ふふふふふ、仕事だ! これで飯が食える! 家賃が払える!」


 

 ※※※※


「ほぉほぉ……」


 光子郎が訪れた家は、立派な門構えのひと目で上流階級のお家だと分かる作りの家だった。

 玄関なんかにも、熊の剥製やら、虎の剥製やら、鹿の剥製やら、UMAの剥製やら、兎に角金のかかっているであろうと思われる剥製が大量に飾られていた。

 どうやらこの家の主人は剥製マニアらしい。

 

 ――この事件の解決に失敗したら、俺もこの剥製の一つにされたりしてな……。


 そんなことを思いながら、光子郎は頬を引きつらせるのだったが、出迎えてくれた依頼主である女性を目にして、その頬はすぐに緩むことになった。


「よくいらしてくださいました」


 光子郎を出迎えた年の頃三十代前半の女性である。優しげな微笑みがよく似合う、いかにも金持ちで《ザーマス》口調が似合うタイプとは真逆の、おっとりとした美人の女性だった。


「驚かれましたか? うちの主人は剥製が大好きで、何でもかんでも飾ってしまうんですのよ」


「はぁはぁ、それでですか、なるほどなるほど」


 女性が開口一番で剥製の話を口にしたのは、この家に訪れた誰もが疑問に思い尋ねることなので、その手間を省くために説明したに違いないだろう。

 こんな剥製まみれの玄関にやってきて、それを思わない奴が居たとしたならば、そいつはきっと人間ではなく別の星の生物に違いない。

 どういう経緯で剥製が好きになったのか聞いて見たがったが、それよりも今は仕事が最優先事項であるので、その知的好奇心は胸に秘めておくことにした。


「わたくし、白式梢はくしきこずえと申します」


「あ、わたくし楠光子郎と申します」


 軽く会釈をして挨拶を交わすと、光子郎は案内されるままに応接間へと通された。

 応接間にはどんな剥製が飾られているのだろうか? と変な期待を膨らませて応接間にやってきた光子郎だったが、部屋を見渡しても何処にも剥製は見当たらなかった。美しい調度品に囲まれた、《THEお金持ち》といったオーソドックスな部屋の作りで、なんというか少しばかり拍子抜けしてしまった。

 しいて変わっているところといえば、部屋の壁がなにかゴワゴワしたようなもので出来ていることで、光子郎は壁を触っては、その何とも言えない不思議な手触りに頭を悩ませた。


「うふふふ、わかっていますわよ。この部屋に剥製がないことに疑問を抱いているのでしょ?」


 梢は光子郎にお茶を出しながら、いたずらっぽく笑ってみせる。


「実は……この部屋自体が、シロナガスクジラの胃袋の剥製なんですのよ」


「は、はぁ……」


 ここは、『そんなことあるかい!』と突っ込みを入れるべきなのかと、光子郎は迷った。しかし、この部屋の壁の謎の材質……もしかすると本当にシロナガスクジラの胃袋なのかもしれない。そう考えると、自分が胃袋の中にいるわけで……溶かされてしまわないかと、ゾクリと肝を冷やすのだった。


「コホン、そんなお話をしている場合ではありませんでしたわ。うちの息子の、霧緒きりおが行方不明になってしまったんです!」


 梢から笑みが消え、一瞬にして悲壮な表情が浮かび上がる。


「お話をお聞かせ下さい」


 光子郎の顔つきも、探偵のそれに瞬時に変わった。


 ※※※※


 話の内容はこうである。

 梢の息子である霧緒は、ある朝部屋から姿を消していたのだ。

 夜中に霧緒が家を出た形跡はまるで無く。霧緒の部屋は三階にあるために、窓から外に出ることは不可能だった。

 だというのに、朝いつもの様に学校に遅れないように梢が起こしに行くと、そこには霧緒の姿は霞のように消えていたのだった。

 部屋には、最近買い与えたヴァーチャルMMOゲーム《ソードアット・オンライン》というゲームが起動したままになっていたということらしい。

 それからすぐに警察に捜索依頼をだしたのだが、まるで捜査は進行せずに、いてもたってもいられなくなった梢は、わらにでもすがる思いで街の探偵事務所に電話をしたのだった。


「なるほど、俺はわらってことか……」


 苦笑を浮かべながら、光子郎はヴァーチャルMMOをプレイするためのヘッドギアのようなものを手に取った。

 ヴァーチャルMMO、それはつい最近ノーストール・コーポレーションが開発した画期的なゲームである。

 機械にそれほど詳しくない光子郎でも、その画期的なゲームは世界的に有名であるために、ニュースでその話を耳にしたことは何度となくある。

 最初に個人情報と、自分の顔写真をインプットすることで、異世界を現実のように感じながらゲームをプレイすることが出来るらしい。全くもって科学の進歩ってのは良くわからない方向に進んでいるようだ。

 そして、光子郎が耳にしているニュースはもう一つあった。

 それはこのゲームをプレイしている小学生が数名行方不明になっているということである。


「この事件の謎は、このゲームにあるのかもしれませんね。よし、《ノーストール・コーポレーション》をあたってみるとするか……」


 どうしてこのゲームに謎があると思ったのか?

 それは色んな名探偵が持ちあわせるという《直感インスピレーション》である。

 こうして、光子郎は《ノーストール・コーポレーション》へ、おのれの直感を信じて向かうのだった。



 ※※※※


「ガーッハッハッハッハ! うちのゲームが、子供の失踪事件と関係が? そんなことあるわけ無いでしょうに!」


 光子郎は驚くほどすんなりとノーストール・コーポレーションの社長と面会することが出来た。

 この会社、このゲームが開発されるまでは小さな会社だったらしく、セキュリティとかそんなたぐいのものがザルなのである。

 光子郎は社長の顔を見てなぜこの会社の名前が『ノーストール・コーポレーション』なのかわかった。

 この社長……鼻が高いのである。

 確実に一般的な日本人レベルを超越し、フランス人など鼻の高そうな国籍の人間レベルも超越している、これと対抗できそうなのは天狗くらいなものだろう。

 しかもこの社長、名前を『鼻高権三郎はなたかこんざぶろう』と言う。

 名は体を表すとはよく言ったものだと、光子郎は感心してしまうのだった。


「あれですよ? うちのゲームは国内で一千万本の売上を記録しているんですよ? その中で五、六人の失踪者が出たとして、うちとの関連を考えるのはどうかと思いますよ」


 確かに、権三郎の言うことはもっともだった。もし行方不明者の全員がスマホをもっていたとしたら、スマホ会社を疑うのか? といえば、答えはノーである。

 百万分の一の確率なんてものは、起こったとしても偶然としか捉えられないのだ。

 

「話は変わりますけれど、お宅のこのヴァーチャルMMOでしたっけ? このシステムを開発するまでは、マスクを会社をしていたと伺いましたが?」


 そうなのだ。この会社、ヴァーチャルMMOのシステムを作る前は、『鼻が大きい人でもちゃんとマスクが出来る!』等というわけのわからないキャッチフレーズのマスクを作っている会社だったのだ。

 それが何を思ったか、ゲーム業界へと職種を変えて、あれよあれよというまに国内どころか世界的にトップクラスの会社へと成長を遂げてしまったのだ。


「ガーッハッハッハッハ! 私の天才的経営能力の賜物ですかねぇ」


 権三郎は高い鼻を更に高くさせて胸を張った。

 

「プログラマーは一体何処から連れてきたんですか?」


 その問に、権三郎の表情が一変したのを、光子郎は見逃さなかった。


「ガーッハッハッハッハ! それは部外者には教えられませんなぁ! 社外秘というやつでしてな! おっと、もうこんな時間だ! わたしも忙しい身でしてな! それでは……」


「いや、まだお聞きしたいことが!」


 権三郎に詰め寄ろうとしたその刹那、何処からともなくあらわれた警備員に肩を掴まれて、光子郎は強引に社長室から連れだされてしまった。

 

「何かあの社長隠しているな……」


 

 ※※※※


 ヴァーチャルMMOのシステム開発に携わったプログラマーにこの事件の謎があると、《直感的》に判断した光子郎は、聞きこみに駆けずり回った。

 

「プログラマーですか? どうも社長が独自のルートで連れてきたって聞きましたけど」


「ボクもこの会社で長年働いていますけどね、そのプログラマーの顔を見たことどころか、声を聞いたことすらないですよ」


「噂じゃ、インドあたりから少年天才プログラマーを見つけ出して日本に連れてきたとかなんとか……」


「天狗じゃ! 天狗の仕業じゃ!」



 などなど、様々な情報を得ることが出来た。

 この情報を元にして、光子郎の探偵的直感がもたらした答えはとは……。



 ※※※※


 結論を最初に言ってしまおう。


 犯人は天狗だった!!


 鼻高権三郎が見つけ出した天才プログラマーとは、天狗の事だったのだ。

 天才的プログラム能力と妖力をもって、ヴァーチャルMMOを開発した天狗は、その見返りとして、ショタ美少年をさらってきていたのだ。

 美少年である牛若丸を育て上げたのは、鞍馬天狗であるように、天狗というものは美少年が大好きな一族だったのだ。

 こうして考えてみれば、空をとぶことの出来る天狗ならば、三階の霧緒の部屋から釣れ出すことも可能なのである。

 

「すみません……。つい出来心で……」


 天狗は高い鼻をうなだらせながら頭を下げた。


「ところで、誘拐した少年たちは何処に……」


「はい……」


 こうして案内された館の中に、行方不明者になった少年たちが居た。

 それも全員元気ハツラツな笑顔で……。


「おい天狗、アイス買ってきたか?」


「ハーゲンダッツじゃねえと駄目だからな!」


「天狗! 肩揉めよ!!」


「天狗! カレーパン買ってこいよ! 十秒で行ってこいよ!!」


 ワガママ三昧を謳歌していたのだった……。


「うわああああん、美少年は三次元よりも、二次元に限るわああああああああああ」


 天狗は力なくその場に膝をつくと、止めどなく涙をながすのだった。



 ※※※※

 

 こうして事件は無事解決。

 光子郎は依頼料をもらってホクホクの笑顔でビルに戻ってきた。

 『天狗が犯人!』これはさすがの日本の警察もその考えには至らなかったようで、見事に光子郎は警察を出しぬいての犯人確保である。

 依頼料の入った封筒を眺めてビールで乾杯。

 と、ビールをとりに冷蔵庫に向かおうとした時、背中に殺気を感じた。


「ヒィィィ! お化けええええ」


 思わず光子郎は垂直に一メートルほど飛び上がってしまう。


「お化けとは酷い言い草だね。あたしゃまだ生きてるよ」


 光子郎の背後に突如として現れたのは、大家のババアだった。


「何かお金が入ったみたいじゃないかい、それじゃこれ家賃としていただていくからね」


 どこからお金の臭いを嗅ぎつけたのか、ババアはお金の入った封筒を手に取ると、何事もなかったかのように事務所を後にしようとした。


「え、あの、その……」


 封筒を取り戻そうと光子郎は声をかけるのだが、鬼すら怯むような鋭いババアの眼光に、言葉を続けることができなくなってしまう。

 結局のところ、妖怪なんかよりも人間が一番恐ろしいのだ。

 こうしてババアが去った後、光子郎はソファーにぐたぁ〜っと横になると


「もう駄目かもしれんな……」


 と、またしても呟くのだった。

 

 



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