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もう一人の少女

 少女は完全に固まってしまった。

 目の前にいきなり現れた異様な生物に関してもそうであるが、一体、黒いコートの男はどのようにしてこんなことをやってみせたのか。


「どう? 信じてもらえた?


 そう言ってエリックはパタンと持っていた本を閉じた。

 その瞬間、巨大なトカゲも、まるで幻影のように消え失せてしまった。


「……で、どうするね?」


 エリックは得意げにそう尋ねてくる。

 少女はゴクリと生唾を飲み込んだ。


「……むしろ、私が聞きたいです。どうすれば、いいのですか?」

「え? ああ。だからさ。この小瓶の中身を飲んでくれればいいよ。それだけ」


 エリックが軽い調子でそういうと、少女は何も言わずただその小瓶を見ていた。

 しばらくしてから、少女はいきなりエリックに背を向ける。


「え、ちょ、ちょっと! 行っちゃうの?」

「……付いてきてくれませんか?


 少女のいきなりの申し出に、エリックは戸惑った。

 エリックとしては、後は少女が小瓶の中身を飲んで自分の役割は果たされると確信していたからだ

 かといって、ここまでやってしまった以上、ついていかなければ少女は自分の思い通りになってくれなそうであると、エリックは考えた。


「……わかったよ。あんまり長くは付き合えないからね」


 エリックと少女はそれから何も言葉を交えることなくしばらく歩いた。そして、少女は足をとめる。


「ここが、私の家です」


 少女が足をとめた場所。そこは広大な敷地の屋敷の前だった。


「へぇ。ずいぶんと大きいねぇ」

「ええ。ここに一人で住んでいます」

「え? 一人で?」


 エリックが尋ねても少女は何も返事をせず、家の門を通って中へはいって行った。

 それと同じようにしてエリックも中へと入ってくる

 家の中はいわゆるお屋敷のような場所であった。

 庭園のような池があり、木が植えられている。

 無論、エリックにとってはその美しさがどういったものであるのか理解はできなかったが。


「こちらです」


 少女に言われるままにエリックがついていくと、そこにあったのは大きな倉庫のようであった。


「ここが、君の家?」

「いえ。ここは、道場です」

「ドージョー?」


 エリックが混乱していると、少女は中に入ってしまった。エリックもそれに続く。

 道場の中は伽藍としていた。いわゆる剣道場なのだが、暗く湿っぽい感じがする。


「で、ここで何をするの?」

「……剣道ですよ」

「ケンドー? 何それ?」


 エリックがそう尋ねてきて、ようやく少女は気づいたようだった。


「ああ。ごめんなさい。見た目からして貴方は外国の方ですよね」

「え? 外国……まぁ、まぁね」


 曖昧に返事をすると、少女はそのまま先へ進んでいく。

 道場の奥の方には、一本の刀が置かれている場所があった。

 少女はその刀を持ってじっと見つめる。


「あ! それカタナでしょ?」

「え? ええ。よくご存じですね」

「知ってるよ。知り合いがそれと同じようなの持っていたからね」


 エリックがそういうと、少女は悲しそうな目で刀をもう一度見る。


「そうですか……でも、この刀は特別なものなんです」

「え? そうなの?」

「はい……これは、私の師匠の形見なんです」


 少女のその言葉に、エリックは何も言えなくなってしまっていた。

 というよりもどう反応すればよいかわからなかったのである。


「あー……そ、そうか」

「ええ。ああ、すいません。関係ない話をしてしまって」

「あ、いや、いいんだけどさ……」


 少女は、刀を元の場所に戻すと、立ち上がる。


「……この道場も私には関係ない場所です」

「え? 君の家の中にあるのに?」

「ええ。私は、もう剣道をできませんから……」


 少女は悲しそうな顔でそう言った。

 これまで様々な人間というものを見てきたエリックは、なんとなく少女がわけありだということが段々とわかってきた。


「なるほど。君が人生退屈そうな理由は、それか」


 少女は何も言わなかったが、それが肯定の意味を持っているということはエリックにも十分理解できた。


「だったら、それこそ、この小瓶の中を飲むべきなんじゃないか?」


 エリックはそう言って小瓶を少女に見せる。少女はただその妖しげな赤い液体を見つめていた。


「……ええ。そうですね」


 少女はそういうと、小瓶を手に取った。そして、エリックを見る。


「……本当に、これを飲めば、日常から脱却できるのおですか?」

「え? あー、まぁ、そうね」


 あまり詳しいことを言いたくないエリックは適当な感じでそう言った。

 しかし、少女はエリックに対し、優しくほほ笑んだ。

 その笑顔に、思わずエリックは戸惑ってしまう。


「な、何? 笑う要素、あった?」

「いえ……ふふっ。なんでしょうね。私、貴方が危険な存在だってわかっているのに、この液体を飲もうとしています」

「えっと……まぁ……そうね。危険じゃないっていえば、嘘になるかなぁ」

「ええ。でも、私、この液体を飲みます。だから、約束してください」

「え? 約束?」


 少女はそういってじっとエリックのことを見た。


「私を、必ず日常から救い出して見せる、と」


 そういって少女は小瓶の蓋を開け、そんままわずかに残った液体を飲み込んだのだった。

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