少女の訪れ
部屋のベッドに横になり、俺は天井を見上げる。
そもそも、異世界ってなんだよ……それで、俺がこの世界の人間じゃなかったって?
それじゃあ、俺の今までの十六年の人生ってなんだったんだ?
全部作られた記憶によるものだった、ってことなのか?
「……くそっ。ふざけんなよ」
一人で思わずそうつぶやいてしまう。
「ふっ……安心しろ。それはすべて魔女の戯言だ。耳を貸す必要はない」
「ああ、そうだよな。とんだ戯言……へ?」
声が、聞こえてきた。俺以外の声だ。
聞き覚えのある声だ。それも、最近聞いたことのある声。
「あ、あれ……もしかして……」
俺が体だけ起こして周囲を見回しても、誰もいない。
「ここだ。ラインハルト」
「へ? うわっ」
見ると、ベッドの下から人が顔を出していた。
俺は思わず目を丸くしてしまった。ベッドの下から顔を出した少女は、そのままはい出してきたかと思うと、たちあがって俺を見た。
「無事だったか。心配したぞ」
「あ……君は……」
俺の前に現れたのは先ほどのナイフ少女だった。
少女は俺に向かって、得意げな笑みを浮かべている。
「ああ。わかっている。大方、あの魔女のせいで記憶に障害が起きているのだろう。私のことはかつてと同じようにフランドールでいいぞ」
「え? だ、だって、君……千佳じゃないの?」
すると、面喰らったように少女は俺を見た。
「何? どうして私の真名を知っている?」
「え、だって……アリシアが言ってたし……」
「何? 魔女が? おかしいな……ヤツが私の真名をラインハルトに明かすとは……まぁ、いい。知っているならそれでいいんだ」
「ああ。土岐宮千佳、でいいんでしょ?」
少女は不思議そうな顔をしていたが、それからしばらくして小さくうなずいた。
ナイフ少女土岐宮千佳は、どうにもアリシアからも詳しい話は聞けなかった。というか、アリシア自身が千佳のことを隠したがっているようだった。
しかし、もし俺が異世界からアリシアに連れてこられた存在なら、やはりこの子も同じようにアリシアにつれて来られた存在なのだろうか。
「ラインハルト。そういうことなら、私のことは千佳と呼んでいい。お前にならその呼び方を許そう」
「あ、あのさぁ……俺、ラインハルトじゃないんだよね。その……俺の名前は狩谷慎治なんだよ。だからその……慎治って呼んでくれないかな?」
俺がそういうと再びナイフ少女はキョトンとした顔で俺を見た。そして、次の瞬間にはなぜかぱぁっと顔を輝かせて俺に近寄ってくる。
「そうか! お前、真名も思い出してくれたのか!」
「はぁ? あのさ……君、何歳?」
「私か? 今年でこの世界に生まれおちてから十六年目だ」
「あ、なんだ。俺と同い年か……あのねぇ。その……中二病っていうのかな? それ。恥ずかしいからやめたほうがいいと思うよ」
「中二病? なんだそれは。何かの病か?」
「あー……まぁ……とにかく。俺は普通の人間なの。だから、君みたいなのとはあんまり関わりたくないわけね」
「何を言っているんだ。慎治。君は私とともに魔を打ち払うことを宿命づけられた存在なのだ。そんなことは冗談でも言ってほしくないな」
千佳は、なぜか俺を責めるような目つきで見た。どうやら、この土岐宮千佳という少女、相当重症のようである。
こうなってしまっては、やはり話をあわせるのが賢明のようである。
「……わかったよ。で、君はいつもどうしているのさ」
「何? どうしているとは?」
「だから、いつもあんな風に公園でナイフを振り回しているの?」
俺がそういうと、千佳はフッと小さく笑った。
「振り回しているのではない。あれは、魔女の使い魔を倒しているのだ」
「は? 使い魔?」
「ああ。奴め、いつもいつも下等な使い魔を私によこしてくる。そいつらを倒すのが、私の日課だ」
使い魔……あの黒い犬は使い魔だったのか?
先ほどのアリシアの魔法という言葉が思い起こされる。じゃあ、あの犬って魔法でアリシアが出した……
「とにかく、ここに長居するのは危険だ。さっさと脱出するぞ」
「え? ちょ……」
千佳はそういうと、そのまま俺の手を握って歩き出した。女の子に手を握られたことなんかなかった俺は、思わず戸惑ってしまった。
そして、そのまま抵抗することもできず、そもそも、外に連れ出してくれるならそれでいいと思ったので、俺はそのまま千佳に連れられるままにしたのだった。




