83.破滅した男
「おはよう、アーシャ」
「おはようございます」
いつものように朝の挨拶から始める。
今日もアーシャの笑顔は爽やかだ。今日も一日頑張ろうという気持ちにさせる。
しかし、それは罠だ。アーシャには罪はないが、これもギルドのマニュアルなのである。
もしかすると、自発的に素敵な笑顔を見せている受付嬢もいるかもしれない。
だからといって、油断はいけない。可愛い顔をして無理難題を押しつけてくる可能性があるのだから。
こんな穿った考え方をしてしまうのも、ニート故に世を斜めに見てしまうことが原因だろうか……
(彼女たちに罪はない……あるとすれば、その美貌こそが罪だろう!)
そう、可愛いということは自体が罪なのだ。それだけで男を惑わせる。
だからそれを利用しようとする者は出てくる。
日本に及ばず、この世界にしてもそうだ。
――その象徴が受付嬢
けれど、彼女たちは美人局のような役割を与えられているに過ぎない。
そんな彼女たちを恨むのは筋違いだろう。少なくともコロナに敵対処置をとらなかったアーシャをそのような目で見るわけにはいかない。
(目が合うたびに、ニコッと微笑んでくれるアーシャが腹黒い……なんて考えたくもない)
他の受付嬢にしても、既に敵対はしていない――一名を除いて。
プリンによる買収は功を奏していた。それ故、どちらかというと好意的だ。
この世界のプリンは袖の下よりも、もしかすると効果的かもしれない。
今も、定期的に彼女たちに捧げている。――もちろん普通の材料でだが。
万が一を考えてのことだ。保険とも言えるだろう。運良ければ、コロナに対する策謀をリークしてくれるかもしれない。そんな考えのもとだ。
汚い手段の様に思えるが、誰も損をしていないのでWINーWINの関係といえるだろう。
しかし、恩に着ず、搾取されているだけの可能性も――
頭を振って、今浮かび上がった疑問を打ち消した。
コロナは余計なことを考えている暇はないのだから……
依頼板の元へ向かうと、コロナはまず、魔力充填の依頼がないかと探す。
それがない場合は、仕方なく特産施設見回りの依頼……といったルーチンが決まりつつある。
こちらの依頼は常に余っており、何処を回るかは受付で指定される。
彼は依頼書を手に取り、総合窓口に向かうわけだが……
最近かなりの頻度で、アーシャがそこに詰めているような気がした。これも以前はなかったことだ。
おそらく出世したのだろう。心の中でコロナは祝福する。
口に出さないのは、違ったときに恥をかくからだ。
現在の精神状態でそんなことになってしまえば、自分がどうなってしまうかコロナにはわからない。
つまり保身に走ったのだ。小心者と笑いたければ笑え、そんなやさぐれた心情だった。
もちろん、アーシャがいつもそこにいるというわけではない。
その時は大体は夜勤――朝上がりでお休みだ。
いくらブラック企業とはいえ、それは探索者や傭兵に限定されているのだろう。
なので、内勤の者にはちゃんとしたケアがなされているのだろう。
(まあ、そもそも俺らは何時休んでもいいんだけどな……)
「あれ? 今日は見回りじゃないんですね」
依頼を選んだコロナはそれを手に取り、アーシャの待つ窓口へと戻った。
「あぁ、魔力充填の依頼があったからな。
そっちの方が早く終わるし、未だ周辺地理を把握できていないからなぁ。
それで問題にもなってしまったし……」
「あ、あは、あははは……」
つい前日の出来事だ。当時、そこにアーシャいなかった。
けれど、噂は伝わる物だ。その時のいざこざを伝え聞いたのであろう。
(それでなくとも、女の子は噂話が好きだからな)
アーシャはそのことを聞くと、苦笑いしかできない。
笑い話――には到底なり得ない。ドロドロとした結末を迎えてしまったからだ。
あの依頼主のペナルティはそう大したことではなかった。契約不備に対する違約金だけだ。
違約金とはいっても、損害を被ったコロナに払うわけではない。当然の如くギルドの手元にはいるわけだが……それに文句はない。
今のコロナにとっては、「同情するならポイントをくれ!」なのだから。
だがそれだけで終わらなかったのが問題だった。
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そもそも特産施設は個人のものではない。国から委託され、管理しているだけに過ぎない。
時に、長く管理人を勤めていると、ついつい自分の物のように感じてしまうことがある。
けれど、それは勘違いなのだ。欲に駆られたものは壮絶な最期が待っていることだろう……
そして、管理人というのは職業であり、国に選ばれた人物が勤めることになる。
適したスキルの有無も関係があるが、主に縁故採用されることが基本だ。
前任者は現職の親ということは良くある話だ。
そもそも、採用試験をするのは親なのだから、当たり前といえば当たり前の結果なのだろう。
そんなわけで、本来は謙虚にしていなければならない立場の存在である。
管理に携わる内容ではないことに、口を出す権利もない。
それに管理といっても、誰が使用したか、何時誰が入ったか、といったものを記述するだけの職務だ。
【書記】を持っているのが望ましいが、【記述】でも十分に役割を果たせる。
彼らが書いた書類は、上――国で政務をしている者が清書するのだから……
給料も当然国から支給されている。
つまりは税金から捻出されていることになるのだ。だから公務員とも言えるだろう。
今回問題となった男は、典型的に縁故採用で管理人になっていた。
その前は何をしていたかというと、ギルドに所属していた。
大多数が所属しているのだから、それは特に威張れるようなことでもない。
さらに彼は自慢できない理由があった。親が退職するまでは【ニート】で居続けたのだ。
つまり、ろくでなしの部類なのだ。
もともと親の仕事を次ぐまでの間に合わせとして、ギルドで仕事をしていたようなものだった。当然向上心などありはしない。
コロナのように理由あって遅刻する訳ではないが、彼も遅刻の常習犯であった。
当時はそれで、苦情を言われるようなことはなかったが、相手にどう思われていたかは理解していた。
そんな彼は遅刻したコロナが昔の自分とかぶって見えた。
それでイライラしてしまう。ついついコロナにあたってしまったのもろくでなしが故だろう。
だが、それが間違いの始まりだった。
時々このようにして憂さ晴らしをしていたこともあって、今回も問題なかろうという気持ちがあった。
強気で掛かれば、大体このことは上手くいく。そのことがあって味を占めていたともいえる。
しかしコロナはそのような泣き寝入りをするタイプではない。
ギルドにすら反抗するほどの反骨精神の持ち主なのだ。
けれど、彼は既にギルドとかかわりがない。それ故そのようなことを知るよしもなく、いつものようにやってしまった。
――その結果が契約違反である。
契約外のことを強制するということがギルドに咎められ、契約違反の罰金となってしまった。
もちろん、注意しただけで強制した訳ではない。コロナがそう主張し、こっそり【扇動】を使っていたのだ。その結果がこれである。
大人げない行為であるが、彼に精神的余裕はない。追い詰められた手負いの獣なのだ。
ついうっかり手を出して、反撃にあっても仕方が無いことだろう。
男も、ここで真摯に受け止めていれば破滅には繋がらなかっただろう。
しかし、彼は独身であり、宵越しの銭は持たない性質であった。
なので、当然違約金など払える額を持っていなかった。
仮に持っていたとしても、払う気などなかっただろう。
そもそも、その依頼は国――フロンティア民国がすべき物なのである。
母体であるギルド、その代理で手続きしたものであって、彼の懐から報酬を出しているわけではない。
だから身に降りかかることなどないと思い、契約書や規約といったものを軽視していた。
"契約違反だろうがなんだろうが、払うのは俺じゃない。国が払うんだ"
これが彼の考えであった。
しかし、そんなことはない。
管理は代理であるが、契約書は管理人の責任だ。署名した書類は彼の名前が記載されているのだから。
そのことに気付かなかった彼は、この罰金のことを堂々と無視をした。
「俺は代理人だしギルドが払うべきだ」と。
だが、ギルドにしてみれば冗談ではないだろう。
この男のミスが契約違反に繋がったのだ。それはギルドの信頼を損なう行為だ。許せるわけがない。
なんとしてでも払わせようと、何度も男に告知した。しかし、それは裏切られた。
よって、ギルドは決意した。
再三にわたる通達を無視した男に対し、強制的な徴収を行った。
それは給料カットという手段で、だが……
全額カットでは流石に生きてはいけない、という仏心などでは当然ない。
消費などによる税の差し引きもギルドの資金源の一つだ。
返済まで全額カットなどしていたら、最終的に入る金銭が減ってしまう。
これらの理由により給料カットという手段にしたのだ。
当然男は苦情を言う。だが、この世界に労働組合などはない。いくら言ったところでたらい回しにされて、終わってしまうのだ。
あげくに職務放棄というレッテルまで貼られてしまった。
この先、返済が終わった後には免職という結末が待っているだけだった。
コロナを怨んだ男であったが、どうすることもできない。
無職かつ、スキル封印処置を受けたために仕事をすることもできない。
そして誰も助けてはくれない。ギルドに反抗して、【ニート】であった彼に優しさなど向けられないのだ。
加えて、親も他界していた。そうなっては仕事のない彼は飢えるしかない……
この後、男は孤独死を迎えることになる。
それはまだ先のこと――
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アーシャはその時のことを思い出し、しみじみと呟いた。
「コロナさんも大変ですね」
次々と災難に襲われるコロナに、本心から同情し、そう声をかけたのであった。




