82.破滅を呼ぶ男
レイニーが辞去した後、しばらくしてからコロナは帰ってきた。
普段疲れた様子を見せない彼だが、どこか目が荒んでいた。
死んだ魚のような目をしていないだけマシ……といったところだろう。
その様子は、いかにも余裕がないといった様子である。下手に近づくと火傷するような雰囲気すら漂わせていた。
「おかえりなさい。何かあったの?」
レイリアはまるで、亭主を出迎えるようにコロナをもてなす。
「あぁ、依頼主と揉めた」
彼はそう淡々と、不穏な言葉を紡ぎ出す。
いくらレイリアでも、その発言を聞き流すわけにはいかない。
「揉めたって……どういうこと?」
「なんでも、『来るのが遅くて、帰る時間が遅くなった』と文句を付けてきた。
終わらなければ帰れない。それは当たり前のことなのにな!」
「確かにそうね」
「時間指定もしていない癖に、五月蠅いんだよ。くどくどと文句を言ってきてさ……
だから、依頼書のコピーを見せつけて、条件が書いてないことを指摘してやったら、キレやがった」
コロナは以前の事があったために、常にコピーを貰うようにしていた。
――備えあれば憂いなし
その考えもとに、生活を始めてからは特に問題が生じていない。
コロナが正論をぶつけ、揚げ足を取ると依頼主は怒り狂ったのだ。
頼んだ相手――コロナが遅刻する。
その負い目があったからこそ、文句を言うだけは許してやる気分だった。けれど、噛みつかれたのだ。
「流石に温厚な俺でも、当然怒るのも無理はないことだろ?」
温厚かどうかは、人それぞれの意見があるだろうが、レイリアはその言葉を黙殺した。
コロナとしても、依頼書に書いてもいないことで怒られる。それだけならば面白くはないが、許しただろう。
けれども、契約外のことを要求してくる。そんな相手にほとほとあきれ果ててしまったのである。
「それでどうしたの?」
「捕まえて、ギルドまで引っ張っていった。ごねるから少し遅くなった……って感じだ」
利用できるものは利用する。それがコロナだ。
たとえギルドに不審を抱いていても、それが利用できるものなら迷いなく使ったのだ。
もちろん、日本なら遅刻はマナー違反という者が出てくるだろう。
しかし、ここは異世界。マナーも常識も日本とは全く違うものなのだ。
そもそも、遅刻と言ったところで他の人に比べ、鐘一つ分も遅れた訳ではないだろう。それならば、遅れたとはいえ、遅刻ではないという考え方もできる。
とはいえ、これは契約書にあった場合の話だ。
待ち合わせ時間を決めずして、当人より遅れてきたからといって、それが遅刻など口が裂けてもいえないことだろう。
そしてコロナは、受付嬢に頼んで発注書を持ってきて貰った。それをしょっ引いてきた依頼主に見せつけた。
そこには依頼主が主張していたような記載は一切なく、コロナに契約外のことを理不尽にも要求した、という結論に至った。
それに対しギルドは規約に基づき、ペナルティを依頼主に課すことになった。
規約違反について、常に重く受け止めるギルドならではこそだろう。
普通ならば、このようなことは注意ですませる問題だ。けれど断行した。つまりそういうことだろう。
どのようなペナルティなのかは、コロナは聞かなかった。もはや既に終わったことだからだ。
自分は悪くないということを、周りにアピールしつつ帰宅した。
周囲を敵にするのは賢い選択ではない。これまでの経験からそれがわかっていたからこその、過度のアピールだった。
今までのことも有り、周囲を敵にするのは賢くない判断だとわかっていたからだ。
そして今に至るという訳だ。
そのことをレイリアに語っていると、彼女はため息をついた。
「適度に聞いて、適当に受け流して、謝って済ませれば早く帰れたのではないですか?」
確かに、以前のコロナであるならばそうした可能性もあっただろう。
しかし、今のコロナには余裕など無い。
そう言われたところで、ニートという彼だけが感じる圧力により心のゆとりはない。そのため、どうあっても同じ結果に行き着いたことだろう。
コロナはいつもとは違うレイリアを不振に感じた。
いつもはそんなことは言わない。今日に限って「もっと早く帰ってこられなかったの?」などと言い出したのだ。
「今日になってどうしたんだ? 寂しくなった……というわけでもなさそうだけど」
揶揄ような感じで問うコロナに対し、少し憤慨しながらもレイリアは答えた。
「もう! 茶化さないでください。今日はレイニーちゃんが来てたから、早く帰ってきて欲しかっただけですよ」
「レイニーさ……ちゃんが? ――確かにそれは、悪いことをしたかもなぁ」
コロナは最近仕事に鎌を掛けて、彼女の事を忘れてしまっていたことにようやく気が付いた。
レイニーとはしばらく会っていない。
(確か……引っ越したときに、手紙を出すということを言ったような覚えがあるな!?)
コロナは見るからに『しまった』という表情をしている。
それを見たレイリアは思わず、口を尖らせて批難をする。
「コロナさんが知らせなかったみたいなので、私がお知らせしたんですよ、もう!
それで今日来てくれたということは……手紙を見て、すぐ来てくれたはずなんです」
「…………」
「随分寂しそうにしていましたよ。
これからは何時訪ねて来てくれてもいいように、なるべく早く帰ってきてくださいね」
そう言われてしまえば、コロナは頷くことしかできない。
だからといって、無い袖は振れない。
できないものを、できると言うことはたやすい。けれどそれを守れなかった時はどうなるものか……
コロナは施設の位置など詳しくは知らない。それゆえどうしても、各地の特産施設の見回りは時間が掛かってしまう。
(どうしたものか……)
「コロナさんの《天職》による脳内マップ、というのは役に立たないのですか?」
「あぁ、あれはダンジョン限定という事と、一度通った場所じゃないと意味をなさない。
そこは【地図作成】と同じって事だな」
コロナを見るレイリアの瞳には、『役に立たないですね』という意志が込められているように思えた。
しかし、そんなことはない。それはコロナの被害妄想が生み出した物に過ぎない。
それから二人は、ああでもない、こうでもない、と言い争った。
レイリアがコロナに恋心を抱いて以来、このように言い争うのは初めてのことだった。
もしかすると……いや、もしかしなくとも、それ以前からこのようなことをするのは初めての事だった。
普段はコロナが折れて、謝って終わるという状態だった。けれど、今のコロナは普段とは違う。
今回のは場合は『脱ニート』に力を注いでいるのだ。簡単には頷けない。
結局の所、この日の内に結論が出ることは無かった……
レイリアにしても、レイニーを優先して仕事を休む、とコロナが言い出さないことにほっとしていた。
それは仕事よりも彼女の方が大事だ、と言われるような気分になってしまう。それは面白くない。そうあっては釈然としない気持ちになる事は間違いないだろう。
そうしてコロナの大事な事――仕事=固定パーティ=私という三段論法で自分を誤魔化したのだった。
コロナの朝は早い。
かつては起こされるまで起きなかった。そんな人物とは思えないほどだった。
ではなぜ、本来寝ぼすけであるコロナがそのような時間から起きているかというと……
――朝食をつくるためだった。
何もしないと、いつの間にかレイリアが朝食を作り、夕食も作ってしまう。
仕事がある昼食はそれぞれに食べる事になるが、時々弁当を朝の内からこしらえている場合すらあるのだ。
(まったく、レイリアには頭の下がる想いだ……)
だが、『このままではいけない!』と一念発起した。
自分が朝食および弁当を作るべきでは……と考えた事で、いつの間にか習慣に変わっていたのだ。
このことはレイリアにも好評だった。コロナの【料理】はレイリア以上だ。
美味しい御飯が食べられる、と嬉しそうに語ってすらいた。
もちろん弁当も用意してあり、収納道具に仕舞う事で、暖かいまま昼食で食べる事ができるのだから……
だが、コロナはレイリアを甘く見ていた。
食事を作るのは、レイリアの負担を軽くしようというものだった。故に、レイリアよりも早く起き、作ることになる。
けれど、いつの間にかレイリアは起きてきて、一緒に作り始めるのだ。
もちろん、時間を変えた日は一人で作ることができる。
しかし、数日も経てば、いつの間にかレイリアが調理に参加し、共同作業になってしまうのだ。
コロナはレイリアに楽をさせるため、さらに早く起きて事を進める。
そしてレイリアもまた早く起きるようになる。
まさにいたちごっこ。こうなってしまっては、逆にレイリアを疲れさせる原因になってしまう。
コロナは眩暈に襲われた。
やること為すことが上手くいかない。
(これもニートだからか!?)
もちろん、そんなことはない。けれど弱くなった心では悪い方悪い方にと考え、何かのせいにしてしまうものである。
結果、コロナは妥協することになる。
二人は話し合い、レイリアは二日おきに手伝ってもいいことに決まった。
当然、作業時間は元に戻した。
とはいっても、途中から参加するという形だ。
コロナが下ごしらえを終えたところでレイリアは加わる。少しでも彼女を休ませるためには、これは妥協できないところであった。
そして彼女が参加しない日は何もさせない……というわけではない。
一緒に皿や弁当箱に盛りつけたりする。この作業は毎日一緒にやっている。
こればかりはどうしてもといって譲らなかったのだ。
妥協させた手前、レイリアの意図を拒絶するという訳にはいかなかった。
(真面目というか、頑固というか……)
――献身
コロナの頭にはその二文字が浮かび上がった。
一方、レイリア。彼女からしたら、そんなつもりなど微塵もなかった。
少しでもコロナと触れあえる、その作業をみすみす逃したくないという想いがあった。加えて、何気ない一時が楽しかったというのもある。
普段より早くに起きるのはつらい物はあったが、充実した日々であった。
その後食事をとり、二人はそれぞれの仕事に向かうのだった。




