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72.華となり蝶となる

 

 

 

 


「う、うぅ~ん」


 それまで身じろぎ一つせず、静かに眠り続けていたレイリアに反応があった。

 瞼を指で擦りながら、ついにはその身体をゆっくりと起こしていく。

 「寝ぼけていますよ」といわんばかりに、ぼーっとしてコクリこくりと船を扱きながら何度も目をこすっていく。

 その仕草は、いかにも子供らしさが抜けておらず、実に可愛らしいものだった。


「おはよう」


 コロナはうなされることなく眠り続けていたことにほっとしていた。

 泣き疲れて眠ってしまったため、悪夢にうなされる可能性を心配していたからだ。


 それがないのを確認すると、タイミングを見計らって寝起きのレイリアに挨拶をした。

 もし、悪夢を見ていたならば違った対処法も考えてはいた。

 ――対処法とはいってもセクハラだが……。




 まだはっきりとした意識がなかったレイリアは、コロナの掛けた声でようやくと目を覚ました。


「おはよう? ございます」


 いつの間にか眠ってしまっていたレイリアは、ようやくその事に気が付く。


(えっ? 朝?)


 普段と違う状況に少し混乱してしまう。


(寝過ごしてしまってたかな)


 それでコロナが起こしに来たのかと思った時だった。


 ――昨夜の記憶がフラッシュバックしたのだ。


 それにより眠気など一気に吹き飛んでしまった。

 眠ってしまう前のことを思い出し、顔に熱が籠もっていくのを感じた。


(やだ、恥ずかしい…どうしよう……コロナさんの顔、見られない)


 コロナの胸に抱きつき、泣け叫び、縋ってしまったのだ。

 その記憶は新しく、まるで昨日様に……いや昨日だったのだ。覚えているのも当然である。

 自分で何を考えているのかわからないくらいに、レイリアは思考を制御できなかった。


 何度も何度も昨日の事を反芻してしまう。


 ――その胸板は暖かく、抱きしめてくれた腕は実に力強かった。


 「俺に任せろ。何も心配することないんだ」とレイリアを優しく包み込むかいなは――まるで自分だけに誂えたかのようだった。


(この腕は私を抱きしめるためにある……)


 そう錯覚してしまった。


 そしてその事はレイリアの硬く閉じていた蕾みが花開く様に、淡く儚くかった気持ちが開花したを意味していた。



 コロナは意図せずして、基本にして究極のテクニックを使っていた。


 ――――下げて上げるという。


 これにより一人の幼気な少女を籠絡してしまったことになる。

 罪深いとはこの事だろうか……。


 だがそのことに彼は気付いていない。だからといって天然のたらしというわけでもない。

 女性を口説くということを経験した事がない彼にとって、それが常套手段ということは知らない。

 効率を考えた上での偶然の出来事だった。

 そもそもレイリアが泣き崩れるということすら想定外だったのだから。



 レイリアは恥ずかしさと気持ちの高ぶりから、顔を上げることができない。

 一方、コロナはたレイリアが醸し出す雰囲気に圧倒されていた。


(ゴクッ)


 今までは感じることができなかった色気。それが今は……。


(いったい、いつの間に……)


 先ほどまでは子供の様だと思っていたのに、一瞬にして女を感じてしまった。

 思いは違えど、二人は声を出す事もできなかった。

 それにより生じた沈黙は、決して不快なものではない。

 だけど何時までもこうしているわけにもいかない。

 ならば年長である自分が――と思いコロナはようやくにして声を出した。


「それで……落ち着いたかい?」


 語尾がいつもとは違うことからもわかるように、普段のコロナとは明らかに違う。

 少し気障っぽい言葉を思わず掛けてしまった。

 経験のない彼は思わず雰囲気に飲まれてしまっていた。というのもあるが、女として見てしまった事に彼の中の男が自己主張をしてしまったというのもある。


 だが、レイリアも経験がなく普段とは違うコロナの様子に、思わずドキドキと胸を高鳴らせてしまう。


「は、はい…おかげさまで落ち着くことができました」


 レイリアも声を出すことができたが、未だコロナの顔を見ることができない。

 見てしまえば気持ちが暴走してしまい、自分でなくなってしまいそうな気がしたからだ。

 彼女もねんねではない。だからこそこれがだということはわかってしまった。


(だけど、コロナさんはレイニーちゃんが好きなはず……)


 そう思うと、先ほどまで感じていた、華やいでいた世界が少し陰りを見せる。

 そこでようやく彼の顔を直視する。


(ダメ…もう誤魔化せない)


 たで食う虫も好き好きとはよく言ったものだ。

 美形とは言いがたいコロナの顔が、レイリアにはとても格好良く見えてしまう。

 諦めるつもりでコロナを見たのに、もはや無理だということが理解できてしまった。


(でも、もしかしたら私にだって――)


 レイニーとコロナが上手くいくとは限らないのだ。

 諦めるのはまだ早いと、いつの間にか考えがすり替わっていた。


「終わってしまったことは仕方がありません。これから頑張れば済むことです!」


 そう――

 既に振ってしまったrefinePointなど関係ない。これからのコロナとのことを頑張ればいいのだと。


 だがその言葉は、コロナに勘違いをさせた。

 ――これから存在強度を上げればいいのだから気にしない。前向きになったのだと。


(なるほど……な。妥協することを覚えたから急に大人にみえたのか……)


 妥協=大人という夢も希望もない思想だったのだが、あながち間違いともいえない意見である。



 コロナは先を見据えることができるようになったレイリアのために、一つ薫陶をしてやろうと思った。

 もちろん、大人になった少女を教え導くという展開に酔っていたのである。


「さて……レイリアには悪いことだったかもしれないけど、その自然成長限界の『35』で強くなることは確かだ。

 だが、これによってわかることもあるんだ。

 それが一つの壁だとすれば、きっと他にも強くなる境があるはずだが――

 ……ん? 大丈夫か? まだ眠い?」


 レイリアは教師を気取ったコロナに見とれてしまっていた。もはや彼女に付ける薬などないだろう。

 コロナが何を言っていたかなど、まったく聞いてなどいなかった。


「まだ本調子ではないかもしれません。ぼーっとしちゃってたみたいです」


 誤魔化しだが、嘘は言っていないだろう。

 まだ気持ちに対処できず本調子でないのは確かなのだから。


「それで……コロナさんが何を言っていたか聞いてませんでした。ごめんなさい」

「いや、良いんだ。今聞かせるような話じゃなかったな」


 そしてコロナは『よしよし』と頭を撫でた。


 先ほどは大人の女性に感じたが、泣き疲れて怠い様子が色っぽくみえたのだろう。

 コロナはそう考えて納得し、『やっぱり子供だなぁ』と思ったが故の行動だった。

 だが撫でるにつれて彼女は赤面していく。


(流石に子供扱いしすぎたか)


 そう考えて反省したのだった。





 レイリアが落ち着きを取り戻すと、コロナは先ほどの話の続きにかかった。

 既に先ほどのような気持ちはない。ただ途中で止めるのは据わりが悪かったというだけだ。

 しかし、そのことをレイリアは既に知っていた。


「35の次は確か……120という噂があります。

 そもそも35で既に一人前なのですから……達人と呼ばれるものは、そこからさらに研鑽を積まねばなりませんし」

「120か……試してみる必要があるかな」

「試すって? どういうことですか?

 コロナさんはrefinePoint貯めているんですよね? もしかして、それを使えば120に届くのですか?」

「あぁ。だが、何を強化するかしないかそれが問題だ」


 シェークスピアを気取るコロナ。

 なんとなくシェークスピアが格好いいと思える年頃であった。知っているのはその言葉だけなのだが……。

 スキルにより高められているが、人間の質は全然高まっていないことが明らかである。


「スキルを全体的に強化するには《魔力》を強化するのが良いのだろうが、《操作》ありきのパラメータでもある」

「確かにそうですね。強い《魔力》は、高い《操作》が必要になりますね」

「あぁ、バランスが肝心だろう。

 俺は《操作》が重要だと思ったから『35』になった瞬間、ある程度強化をしておいた。むしろ《魔力》の方が低い状態だ」

「確かにコロナさんの魔法制御は凄いと思っていましたけど……それが理由ですか」


 レイリアはコロナが使う【魔法剣】の魔法の凝縮を見ていたので、それが理由かと納得する。


「あと……これも教えておいた方がいいかな。いや、教える前に要なことがあるな、うん――」

「どうしました?」

「いや、教えるには条件があるかなって。俺の秘密でもあるからね」


 そう前置きをして、


「前にも言ったが、確かな返事を貰ってなかったからもう一度言うよ。

 俺と正式に固定パーティチームを組んでくれないか?」


 そうレイリアに告げた。


 その言葉にレイリアは返事をしていなかったことを思い出す。

 そのことを忘れていたわけではないの。

 既に固定パーティチームは組むものだと、自己完結してしまっていたのだ。

 レイリアからすると何を今更という感じだが、確かに返事はしていない。


「はい。こちらこそ末永く・・・お願いしますね」


 コロナは何やら不穏な言葉を聞いたが、この世界では固定パーティチームは一生にかかわるもの――結婚に類似するだろうと類推する。

 【直感】が余計なことは言うなと激しく主張していたので、そういうことにした。突っ込んではいけない事なのだ。



「それでコロナさんの秘密って何ですか?」


 愛しい人の秘密――それはパンドラの箱。

 禁断の行為と知りながらも、抗うことができない存在。

 これが愛の告白・・・・ならまだしも、固定パーティチームの承諾などという規定事項・・・・は、その禁断の果実の前には何の意味もなさない。


「その前に一言言っておく」

「?」


 勿体ぶるコロナに、早く、早くと思いつつも、それを表に出すような事はしない。

 そして――


「改めてこれからよろしくな。レイリア、承諾してくれてありがとう」


 微笑みながらコロナはレイリアに語りかけた。

 それによって再び撃ち抜かれたレイリアはまた調子・・を崩すのであった。

 

 

 

 

 

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