65.せっかくだからこの赤い宝箱を開けるぜ
からかわれたことに気付き、レイリアはコロナを叩いた。
叩いたとはいっても、優しくふんわりとしたものではあったが――
見る者が見たら、『いちゃついたカップル』にしかみえなかったことだろう。
そんな彼らはいくつもの罠をかいくぐっていた。
――時には解除し、時には力業で。
(これなら行ける!)
そう判断したコロナは、罠に向かって突っ込んだ。
――漢解除だ。
罠に嵌まって解除するという漢解除だ。
大丈夫そうだと、【直感】および【分 析】が判断した物は常にそうした。
当然それを見たレイリアはコロナの正気を疑う。
最初は、当然心配した。しかしコロナはそれを何度も続けた。
心配から呆れに変わるまでは、そう時間は掛からなかった。
彼女がコロナを見つめる瞳には『何この人? 人間なの?』という意味が込められていた。
しかし、テンションが上がっていたコロナは、それに気付く様子もない。
コロナのテンションの高さには理由がある。
これはスキル獲得になにか影響があるのではないか……という考えもあったからだ。
そう、考えもなのだ。
本当は別の理由がある。むしろそちらの方が強い。
一度はやってみたい。罠に嵌まってみたい。そんな被虐思考に捕らわれてしまったのだ。
安全な罠はアトラクションに過ぎない。
――――『絶対に押さないでください』と書かれた赤いボタン――――
これを押してしまうようなものとでも、言うべきだろうか……。
その誘惑はとても強く、コロナにはそれに抵抗することなどできなかったのだ。
端から見れば単なる馬鹿であり、罠があるところに自ら飛び込む者――
そんな者は自滅願望があると、判断されても仕方がないことである。
最初はそれを心配してたレイリアであったが、次第に『あぁ、この人はこういう人なんだな……』とあきらめの境地に達してしまっていた。
だが見ている方は心臓によくない。
あまりにも罠に突っ込んでいくコロナに、苦情をいうようになるまではそう時間は掛からなかった。
それでもコロナは罠に突っ込んでいく。テンションとは一種の暴走を招くもの。
再び彼女は言い含め、思わず拳が唸ってしまったが、その成果はあり、ようやくコロナは自ら嵌まりにいくことを辞めるようになった。
もちろんそれ相応の結果はあった。
【罠ダメージ耐性】という優秀なスキルを手に入れた。
しかし、レイリアから尊敬のまなざしで見られることがなくなったことを考えると……正直元が取れたのかは怪しいところだろう。
それからしばらくして、レイリアが声をあげた。
「ん? どうしたレイリア」
「そのぅ~スキルを覚えたみたいです……」
「迷宮探索系?」
「はい。【地図作成】です」
「そうか! ついに揃ったな!」
「はいっ!」
これまでレイリアは【罠探知】と【迷宮の心得】を習得していた。
【迷宮の心得】は自然と手にはいったが、【罠探知】はもちろん――コロナの特攻を見ている内にいつの間にか覚えた。
それは彼女にとっては不本意なものであったが、使えるスキルに文句もないし、罪もない。
そして今【地図作成】を手に入れたわけだ。
これでレイリアは、【地図作成】・【罠探知】・【迷宮の心得】を揃えることになる。
これは天職《探索》を得るための条件でもある。
コロナは既にそれを得ていたからこそ、スキル習得を重視したといってもよかった。
「それじゃ、そろそろ大丈夫だな」
「何が大丈夫なんですか?」
「もちろん――攻略のスピードさっ」
『フッ』とコロナは笑い、そう告げた。
――格好をつけたかったのである。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
彼は頃合いとみて、探索速度をあげることにした。
コロナには抑え気味だとしても、レイリアとしては十分な探索速度であった。
それゆえに最初はついて行けず、何度か休憩することにもなった。
しかし、次第にレイリアが慣れてきた……というより探索の全てをコロナに任せることで、着いていくことができるようになった。
――コロナがペース配分を覚えたということもあるが。
その速度は当初の優に10倍ほど。
これはハイスピードで移動、罠感知をしたということではない。
以前がちんたらしすぎて、探索が進んでいなかっただけだった。
それでも迷宮初心者ならば充分な速度であったが……。
だが、今は慣れた人――ベテランの2倍以上のスピードで探索している。
それだけでコロナの固有能力に纏わるものが尋常ではないことがわかる。
そしてそれは、コロナが求めて止まなかったものとの会合を意味していた。
そう――――――宝箱。
ダンジョンは時折宝箱を生み出す。
バラバラに配置されることもあれば、一つの部屋にまとめて現れることもあった。
どのような理由があってそうなるのかはわからない。
ただ――誰も損をしないため、深く追求するものなどいない……ということだ。
コロナたちは一つの部屋へと侵入した。
そしてそこで見つけた。
部屋の中央にぽつんと1つだけのものを。
いや――――その奥に、もう一つのあった。
つまり部屋の中には2つの宝箱が鎮座していたということになる。
手前の宝箱の方が大きいだろうか――
遠近の差で大きく感じるだけ……ということもなく、実際に手前にある宝箱の方が確かに大きい。
「レイリア……間違いないな?」
「はいっ! 宝箱です!」
「ついに見つけたぞぉおおおお!!」
念願のものを見つけ、興奮状態になったコロナは叫ばずにはいられなくなった。
それを見てレイリアは苦笑するものの、彼女も少し興奮していた。
迷宮にある宝箱は、他のダンジョンにあるものよりも質がいい。
何かいいものが手にはいる期待は充分にあった。
「さっそく開けましょう」
コロナの興奮に促され、逆にレイリアの方が耐えきれなくなってしまった。
だが、コロナはそんなレイリアの手を掴み、それを阻んだ。
「待てレイリア」
「?」
「宝箱には……罠がある可能性が残っている。
うかつに触るんじゃない」
「っ!?」
レイリアはそのことを失念していた。いや、考えなかったといったほうがいいだろう。
彼女がいままで入ってきたダンジョンはそのようなものは一切なかった。
踏破済みで、なおかつ1階層だけしか入ったことはなかった。
当然その程度のダンジョンでは、宝箱に罠が仕込まれているなどということはありえない。
コロナに言われて、そういう可能性もあるということにようやくながら気が付いたのだった。
「少し待ってろ」
コロナはまず手前の宝箱を確認し、罠の有無を調べた――……が特に何も感じない。
高度な罠があるのか、それとも何もないかのどちらかだろう。
「よし、大丈夫だ。問題ない」
――――宝箱には罠などなかった。
だからといって、それが無駄なことは言い切れない。
確かに罠があるものある。たまたまなかっただけなのだ。
そして奥の物も調べたが、やはり反応はない。
そのことを確認し、レイリアと相談することにした。
「2つあることだから、片方ずつ開けないか?」
コロナは一つの提案をした。
これには特に理由があるというわけではない。
「分ける意味あるのですか? 始めに折半と決めてましたけど……」
「いや、単に自分で開けた方が――ドキドキ感が楽しめるじゃないかっ!」
そのことを追求したレイリアであったが、コロナのその一言に心が揺さぶられてしまう。
「――そういわれれば…………そうです…ね。確かにそうです!
わかりました、片方ずつ開けることにしましょう」
「あぁ、そうするべきだ! 幸い二つとも罠を感じることはなかったしな」
だが、そこで一つの問題があった。それは――
「それで、どうしましょうか?」
そう、どちらが、どちらの宝箱を開けるか――という問題だ。
「ん………先に決めて良いぜ」
「いえ、コロナさんの方が楽しみしていたので、先に決めてください」
紳士(になったつもり)のコロナは、当然レイリアに先を譲る。
しかし、子供の様にはしゃぎ、楽しみにしていたコロナに先を譲ってきた。
そのレイリアの発言に、コロナは熟考する。
開けられればどちらでもよかった。どちらでもワクワク感は感じられるのだから……。
それと紳士っぽく女性に譲るということを演じてみたかったのもある。
しかし、残り物を選ぶよりもどちらを開けるかと、悩むことも楽しみだったのは確かだ。
その様子をみたレイリアは、何故それほど悩むのか理解ができなかった。
『そんなに迷うなら私が……』とコロナに声を掛けようとしたときだった。
「せっかくだから、この奥にある宝箱を開けるぜ!!」
何がせっかくなのだろうか……。意味がわからない。だが、理由があった。
――この言葉を紡ぎたかっただけなのだ。
実はもったいぶっていたのは、『デスなクリムゾンの迷言』を放つ為の溜を作っていたに過ぎなかったのだ。
コロナには、一度は言ってみたいセリフというものが30ほどある。
これはその内の一つだ。
現代の日本ではとても言うことはできなかった。
もし言ってしまえば、中二病やオタクといったレッテルを貼られてしまうものだ。
しかし、ここは異世界。だれも元ネタなどは知っているわけがない。
――――責める者がいないのだ!
だから今までも、少しずつ使ってきたわけだが……。
ここで一つ消化できるとは思わず、笑みを浮かべてしまう。
(赤くなかったのが残念だが……。宝箱のイメージ的に赤だと思い込んでいたぜ)
確かに、いままでコロナが開けてきた宝箱は赤だった。
しかし、色自体に意味はない。ダンジョンで色が違うだけなのだから。
そんなことを思っているコロナとは裏腹に、レイリアは彼が選ばなかった宝箱をサクサクっと開けてしまった。
彼女も楽しみにしていたはずだが、既にその気持ちは収まっているのだろう。
それとも女性だからだろうか……。開けることよりも、中身のことを気にしている節はある。現実的と言っていい。
既にレイリアは中身を確認している。
いつまでもこうしているわけにはいかない。
そう思い、ゆっくりと宝箱に近づいていく。
――何故か得意げな顔をして。
そして――――




