7.寂しいおっさん
「ガハハハ、悪かったなコタロー。
こいつらは俺の家族だ。妻のタチアナに息子のアシモッフだ」
謝るライナー。
どうでもいいがそろそろ解いて欲しい。狐太郎はそう思った。
布は羽織って居れば裸は見せなくて済む。そもそもあの荒れ地を抜ければ普通に歩けたのだ。
「妻のタチアナ・トルストルイです。アシモッフ、自己紹介しなさい」
「はーい、アシモッフ・トルストルイ12歳でーす。父親、この人誰?」
「俺は、コタロウ・タヌキだ」
狐太郎は地面に転がされたままの紹介だった。それは、なかなかにシュールな光景だ。
(それにしてもこの歳から親を父親呼ばわりか……)
アシモッフは茶色の短髪で、黒い瞳のところはライナーの遺伝だろう。
細身の身体と150cmくらいしかないのは成長していないのか、タチアナに似たかのどちらかだろう。
「アシモッフ。こいつは虚空の向こう側からやって来たウチュウジンってやつらしい。
訳あって持ち物がすべてなくなったらしくてな……裸じゃ可哀想だと思ってこうやって運んできたんだ」
「へー、虚空の向こう側って開拓しなくてもいけたんだね」
「アシモッフ、こいつが例外なだけだから行こうとするなよ?
そもそもこいつも無理がたたって……今じゃこのザマだしな(笑)」
そういって狐太郎を持ち上げるライナー。ロープを掴んでる出るだけで雑な扱いだ。
そして家に入っていく。
玄関をくぐった先には結構大きな空間があり、どう見ても建物の構造以上の広さがあった。
(これが異世界クオリティだな。どう考えても魔法的要素が影響しているに違いない)
家具をみても、現代日本のそれと大差ない。
そもそも電気製品と収納設計を除けば随分進歩がないのが家具だ。
行き着くところは結局同じなのだろうと結論をだす。
この展開なら、竈には魔導具とか使っている可能性もあると考えられる。
「それじゃ俺はこいつを部屋につれて服を見繕ってくるから、身体拭く為の湯と手ぬぐいを用意しておいてくれ」
「すぐに用意するわ」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
室内には部屋を区切るドアがちゃんとあったのを告げておく。
コンコン ……ガチャ
「あなた、お湯を持ってきたわ。ここに置いておくわね」
タチアナはそう告げると、お湯――桶を置いて部屋を出て行った。
きっと夕食の準備に戻ったのだろう。
アポのない急な客人が来ると狐太郎はイラッとする。その事を考えると悪いことをしたような気分になる。
「拭くものはこいつだ。服はこいつを着てくれ。
それじゃ俺も出てるから、着替えおわたら食事にするからな。食堂――さっき案内したところまで来てくれ」
「りょーかい」
ロープを解き、そう告げるとライナーは出て行った。
「やれやれ、やっと着替えられる。」
長い間拘束されて身体に違和感がないか腕や腰を回し確かめる。
ちなみに全裸である。ぷらぷらである。
一通りやって満足――いや問題がないのか確認できたのか、身体を拭き始める。
流石に荒野を進んできただけあって、身体はかなり汚れているようだ。
お湯は適温であり、タチアナの優しさに感謝を覚えた。
この世界の人体も、元の世界のそれと差はないとこの時把握した。
「ふぅ、さっぱりした」
人間気持ちよくなると、ついつい独り言を言ってしまうものである。狐太郎もそれに漏れずについつい独り言をしてしまう。
身体を拭き、満足した彼は着替えようと服をとる。
「ん、よかった。下着を着けるという文化はあるんだな」
下着の歴史は古いが、まっとうな下着を着るようになったのは割と新しいことである。
故に下着がない可能性も考慮していたが……それは杞憂に終わる。狐太郎はそのことに安堵する。
素早く着替え、桶を持ち、部屋を出て食堂の方に向かう。
そしてトルストルイ一家を見つけると一言かけた。
「お湯ありがとうございました。服は少し大きかったですけど(笑)」
「俺のだからな。流石にちょうどいい服なんてないからな。適当に捲ってなんとかしてくれ。
――それよりそのしゃべり方は気持ち悪いな」
狐太郎が丁寧な言葉遣いをしていた。それは、タチアナに対してである。ライナーに丁寧なしゃべりをするつもりなどない。
第一印象が肝心なのである。だが、ライナーには既にタメ語を使っていた。
今更、他の人に丁寧語で話したところで……ばらされたらそこまでだ。
「いきなり砕けた言葉遣いなのもどうかと思ってな。問題ないならこの調子で話すことにするよ。
それより、良い匂いがするけど、――奥さんは料理上手なのか?(小声」
「ああ、俺は胃袋をやられて所帯を持ったようなものだ。
さっきも話したが、街にいるやつらが一人前じゃないっていうのは――料理の上手い伴侶を見つけられないって意味もある。
自分で料理を作れるなら、独り身でも家を建てても問題ないんだがな。料理を自分でできないやつは、街の飯処で食いつなぐしかないからな!」
「なるほど」
と狐太郎は深く思う。
そう、この世界でもお一人様の地位は低いのだと。
趣味で生きているとか色々ある。本人としては問題ないのだろうが、世間の目は未だ厳しい。
そもそも料理できないならば、コンビニやら外食や保存食を買うなりしないと生きていけない。
しかしこの世界には恐らくそういったモノは存在しないだろう。
保存食は干した肉や果物。そういうものしかないんだろう……と狐太郎は思い、料理は必須技能に感じた。
「できましたよ~」
やがてその声とともに、タチアナは食事を持ってきた。
鍋からゆげが立ち上り、匂いを醸し出すスープらしきもの。香ばしい匂いが漂う肉らしきもの。あと丸い物体はパンだろうか?
どれも仮定だが見ただけなので同じものかは不明だ。これが……もし推測したものと同じなら、食事による苦労はなさそうだ。
「席について食べるか。
――あぁ、コタローはそこに座ってくれ。……アシモッフ! 飯だ! 早く来い!」
遠くからアシモッフがやって来た。食事があるというのにバタバタと足音を立て駆けてくる。
(落ち着きのないガキだなぁ)
旭人はアシモッフの所業に思わず眉を顰める。
そして男3人席に着くと、タチアナはスープを取り分けた。
――やはり男上位社会なのだろうか?
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「さあ食べましょう。めしあがれ」
「今日も食事をありがとう、タチアナ」
「いただきます」
と狐太郎。
「もぐもぐ、がつがつ」
と意地汚いアシモッフ。
狐太郎は、口に入れる前にこれが何なのかを尋ねる。やはり正体不明なものを食べるには勇気がいる。
スープは、塩と胡椒で簡単に味付けしたポトフ。ハーブと肉は聞いたことがないものだったから、この世界特有の物なのだろう。
魔獸の肉と言う可能性もあるが、臭くはないし問題なく食べられた。
肉料理はやはり、聞いたこともないがこれもまた美味しかった。
焼き具合は最適で料理上手というのは伊達ではないのだろう。
あと丸い物はパンだった。
創作物の異世界特有の硬いパンなんてことはなく、柔らかかった。柔らかいといってもソフトフランスパンのように、しっかりとスープを受け止める力強さがあった。
それにパン自体が美味すぎる。小麦ではなくこれも地球にないものに違いない。
超高級素材を地球で食べたことはないが、味の質自体が違うのだから間違いないだろう。
噛みしめなが味を楽しんでいると、なにやらアシモッフが騒いでいた。
(おかわりがしたいのだろうか?)
狐太郎はそう思ったが、微妙に野菜を残している。おそらく好き嫌いをして二人に怒られているのだろう。
好き嫌いをできるということは裕福な証だ。
やはり日本人としてこの世界で生活することに、心配はほとんどなくなったと行っても良い。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
一悶着あったが、アシモッフは涙目で完食したようだ。
そして食事中の俺に話しかけてきた。だが俺は適当にあしらってやった。こんなに美味しい食事を邪魔されたくはないからな。
どうやらライナーがアシモッフに《船》などの話を聞かせてしまったようだ。それで興味を持ったらしい。
だがそれでも騒いだので、食事の後に話してやることにした。そうでもしないと、延々と騒いでただろうから仕方のないことだ。
いくら美味い物でも冷めたら味は落ちるのだ。クソガキの相手をしてる余裕なのどないのだ!
「ごちそうさま、どれも素晴らしい味でした。これならライナーの気持ちもわかりますね」
「どういたしまして」
笑顔で答えるタチアナ。おそまつさまという謙遜の文化はないようだ。
謙遜でも粗末な物というのは正直どうかと思うから、これはこれでいい。
どういたしましてというのも自信を持って提供しましたって感じでいい。
「助けられてなんだが、ライナーはあんなところで何をしていたんだ?」
「あぁ、言ってなかったな。おれは探索者という仕事をしていてな。
ダンジョンに潜ったり、特産施設で生まれる魔物を始末している。
お前を助けたのはソロ狩りでダンジョンを潜った帰りだ」
俺は耳を疑った。
(いま、ぼっちとか言わなかったか!?)
「あなた、いい加減一人でダンジョンに行くのは止めてください」
「いいや、俺はソロ狩りとしてほこりをもってやっているんだ
今更止められねぇ。そいつは強制依頼の時か、引退するときよ」
「何かあったとき、私たちはどうしたらいいの?」
「大丈夫さ、無理はしていねぇ。そもそもこの家を建ててから、中層メインから上層に移したからな」
確かに、一人なら分け前など発生せず総取りになるだろう。
だが、ぼっちに誇りを持っているとか、随分頑なだな。
結婚している癖に、友達付き合いに心配をしているのだろうか……。
まったく――コミュ章の割によく口説けたものだ。だが、やるときはヤル男なのだと感心する。
「さすがにぼっちなのを誇りにしていいのかは謎だが、無理をしていないならいいのではないのか?」
「ソロ狩りを誇りにして何が悪い。まぁあれよ、アシモッフが一人前になるまでは、俺はこのままやっていくぜ」
「意思は硬いようだな……(退職後の老後は寂しいのか、いずれ脱ぼっちの気概はあるようだな)」
「本当にその誇りを諦めて、安全にやってくれないとこっちは心配で心配で。」
「無理もない。ぼっちとはある種の呪いだからな。止めたくてもやめられないのだろう」
「うむ、ソロ狩りこそ男の生き様よ」
「――どうしようもない呪いにとりつかれているようだな……。
――タチアナさん……。彼が家にいるときあなたがケアしてあげれば大丈夫ですよ」
最後にそう言って微笑した。生暖かい笑顔というやつである。
彼はもう駄目なのだろう。
ぼっちとは業である。外野がいくら言ったところでどうにもならないものなのだ。
「そうですね……。私が|魔法で癒やしすれば少しは違うでしょうね」
話がかみ合っていないということに、誰も気付かないまま終了した。
(おっさん……あんた。廚二病じゃなくて――ぼっちだったんだな)
俺はおっさんを悲しみの目でみることしかできなかった。