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39.ザ・ラビリンス

 




 あの日、レイニーと別れてからコロナは、旅支度をした。

 理由は一つ。しばらくギルドに近寄りたくもなかったからだ。


 しかし、必要なことがあった。


 ――――それは、【クリエイト(水)】だ。


 これの魔道書を借り受け、その場で読み解く作業が必要だった。



「アーシャ、【クリエイト(水)】を頼む」

「【クリエイト(水)】ですか? ¥200になります」


(¥200って……。いくら何でも他と差がありすぎだろ……)


 これには理由があるが、それはコロナの知るところではない。

 素早く習得し、もはやここには用はないとばかりに立ち去ることにした。


「アーシャ。しばらく俺はダンジョンに籠もる。

 たぶん相当な時間、顔を見せなくなるかもしれないが、心配しないでくれ」


 『心配してくれるかはしらんがな』という言葉は紡がず飲み込んだ。

 受付嬢カーチャンに嫌われているとはいえ、アーシャも嫌っているかは不明だった。

 もし、彼女は特別嫌っていなかった場合は、酷く傷つけてしまう。

 それはコロナの望むところではない。


 そのまま返事も聞かずして、ギルド本部から立ち去った。




 ダンジョンに籠もるとして、身一つで行くわけにもいかない。

 ロープや照明の魔導具はもちろん、食べ物がないと生きてはいけない。

 長期に渡って籠もるならば、それ相応な量が必要となるだろう。


 装備資金として蓄えていたお金。それで収納道具ストレージを買い、食料へと替える。

 勿体ない気持ちはあったが、これは必要なことコロナは新装備を諦めた。


 収納道具ストレージに必需品を詰め込み、住民窓口へと向かう。



「しばらくダンジョンに籠もるから、その手続きを頼みたい。

 おそらく一月くらいだが……場合によっては伸びる。長くても二月は掛からないだろう」

「…………カード


(チッ…。必要最低限しか会話したくないってか?)


「ほらよ」


 猛る気持ちを抑え付け、カードを提出し処理をして貰う。


 これをしておくことで、定期期間、お金を納めなくても強制解約されなくなるのだ。

 もっとも告げた日数の2倍ほどまでなのだが。

 これをしておくことで半額で済むというおまけ付きだ。使わない手はないだろう。


 この点は日本よりも良心的に感じたので、特に含むことはない。

 受付嬢カーチャンは相変わらずの態度であったが……。




 そして全ての準備を整え、一番近くにあるフロンティア民国近郊の未踏破ダンジョンへと潜ったのだ。

 ――近くにあっても、未踏破ダンジョンは国のものではないため、ギルドに従う必要もないのだから……。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





《ガイニース》

 そこは、迷 路ラビリンス型のダンジョンであった。

 石造りの迷路であり、天井まで覆われている。実に単純な作りといえよう。

 人面犬がいたダンジョンよりは、よほどダンジョンという気分になれるだろう。



 - B1F -


(これはマッピングが必要かもしれないな)


 しかし、残念ながらそれは準備していない。

 だが、戻るようなことはもはやできはしない。そう結論づけて先へと進んでいった。



 しばらくすると、前方より何やら気配を感じる。

 【気配感知】では敵なのか、それとも同業者なのかわからない。警戒を怠るわけにはいかない。


 ズッ ズッ ズズッ


 じわりじわりとすり足で、気配の元へと近寄っていくコロナ。

 ある程度進むと、感じられた気配がこちら側へと急に移動し始めた。


(こいつぁ、敵だ!)


 瞬時に判断すると、素早く【ブースト】を唱える。

 同時にポケットより石を取り出し握りしめる。そして【魔刃】を発動する。


 《刺突剣》を抜くという判断もあった。

 しかし、まだ距離は遠い。ならば牽制とはいえ、少しでも威力の高い物をという判断だった。



 そして迫り来る気配の主。それはコロナが思った以上に大きい影だった。


(だが、遅い)


 気配では大きさまでは感知できない。冷静に敵の情報を集めていく。

 そしてついに、その正体がはっきりとわかる位置までそれはやってきた。


 生命を感じさせない。

 冷たい無機物で作られたその肉体。

 そしてその歩みはとても遅いが、重みを感じさせる。


 ドスン、ドスン


 ゆっくり、ゆっくりとこちらへと進んでくる。


 ドスン、ドスン、ドスン、ドスン


 やがて、コロナの間合いへとやってきたそれ・・は縦にも横にも大きい。

 ――いや、平べったいというべきであろう。

 それは土でできた壁に手足が付いたゴーレムとでもいうべきか。

 某妖怪のぬ○かべを思い浮かべてくれれば話は早い。


 コロナが感知したのは――

 薄壁型ゴーレム《ギアヌーブ》と呼ばれる魔物が気配の正体だった。



 名前など知りはしないコロナは、これを難敵だと思っていた。

 何しろコロナの武器は《刺突剣》である。いくら突いたところ無駄だろう。

 ゴーレムタイプには破壊力が必要だと直感的に感じていた。

 その事に意識を向けたことで、折角の【魔刃】を使った石を投げる機を失ってしまう。


 そしてふと嫌な予感を感じ、後ろへと飛び去る。


 ドゴーーン!


 間一髪といったところだろう。

 先ほどまでコロナがいた場所に、《ギアヌーブ》はその巨体でコロナを押しつぶそうと身体を倒してきた。


(宙に…浮くだと……)


 予想だにしない行動で、コロナは少し惚けてしまった。

 押しつぶしは考えられるが、空に浮くなど考えられるわけがない。


 確かに、そのようなことは本来はできないだろう。

 しかし、この世界にはスキルがある。当然魔物もスキルを使えるのだ。

 コロナはその事をうっかりと忘れていた。

 ――そもそも【狂犬】にしても病気としか捉えていなかったのだから。


 魔物スキル【スタンプ】

 これは身体を浮かべ、相手を潰す事のみに特化したスキルだ。


 どのような態勢でも身体を浮かべることができるため、《ギアヌーブ》には実に適したスキルといえるだろう。

 その事から、手足が付いているのは徘徊するためだけということがわかる。




 だがコロナは先読みし、既に射程外へと退避していた。


 ――そして相手を観察する。


(土の身体では【フレアバースト】でも【ウィンドカッター】でも無理だ。ならば【投擲】か【盾術】しかない)


 そう感じると、すぐさま倒れたままの《ギアヌーブ》に石を投げつける。


 それは【魔刃】の込められた石。


 その威力の前に《ギアヌーブ》の身体は耐えきれずに貫通する。

 だが、それは所詮氷山の一角に過ぎない。つまり、穴が開いただけ。

 確かに血の通う生物なら有効打かもしれない。

 つまり無機物の身体では大した効果はないということだ。


 コロナもそれは承知の上だった。

 彼が知りたかったのは、魔物の身体の――強度。

 それがわかった以上、もはや躊躇う事はなにもなかった。


 身体を起こす瞬間を狙って【盾術】で盾撃バッシュを狙うつもりだった。


 ――そしてその時が来た。


 浮かび上がる魔物に近寄り、盾撃バッシュを放つ。

 魔物の身体はそれを受け、一部が砕け散っていく。


 だが、痛みを感じない。土だから、無機物生命体だから――


 全身の力を込めて放つ盾撃バッシュはどうしても隙ができてしまう。

 効果は抜群だったかもしれないが、それが魔物にとっての攻撃の機会を与えることになってしまった。

 せめて直撃は避けようと、コロナは必死でスペースのある左側へと飛び退る。


「ぐぁっ!」


 【スタンプ】による攻撃はコロナの右肩へと当たってしまう。

 その衝撃で態勢は崩されたものの、潰されるようなことはなかった。

 そして進化したスキル【物理緩和】の前には対したダメージにもならない。


(くっ……。痛いとは言ってもこの程度か!?

 この程度のダメージなら――直撃してもごり押しで倒せる!)


 そう判断を下し、《ギアヌーブ》へと取り付く。


 盾撃バッシュ盾撃バッシュ盾撃バッシュ盾撃バッシュ


 【連撃】まで使い、ドッグファイトを演じる。

 攻撃の頻度は圧倒的にコロナ方が多い。しかも一撃を受けるごとにその身体は削れていく。

 それによって【スタンプ】の威力は減っていき、『ダメージを受けない』という状況になる。

 そして――



 『煉瓦』 を手に入れた。



 迷わずそれをカードに収納すると再び、索敵する。


(近くに敵は……よし、いないな。何時までも油断してる俺じゃないぜ!)


 反応は感じられない。そこでようやく一息つき、先ほどの戦いを反芻した。


(この辺りの魔物は、もしかすると攻撃力含め、大したことがないのかもしれない。

 様子をみて行けると思ったら……一気に行ってしまう方が正解かもしれないな)





 しばらく進むと再び気配を感じた。それは再び《ギアヌーブ》。

 既に攻略法を見つけたコロナは、サクっと片付けそのまま突き進む。


 だが、遭う敵遭う敵、その全てが《ギアヌーブ》。


(この階層ではこれしか出ないのか?)


 流石にコロナも訝しむ。


 そしてそれはその通りである。

 この階層だけではない。B10Fまでは単一種しか、このダンジョン《ローヌギア》では出現しない。


 そんなことを知り得ないコロナは、それでも注意深く索敵し、そして倒しながら進んでいく。

 下の階層へと続く階段が見つかる頃には、《ギアヌーブ》の弱点もわかり既に雑魚となっていた。


(まさかあんなに脆いとは思わなかったな……)


 ある場所を盾撃バッシュで攻撃したら一撃だった。

 ――コアらしき物があった。ただそれだけのこと。


 そうとわかってしまえば、コアを破壊するだけで事足りる。

 そしていつの間にか、《刺突剣》でそれをひと突きするだけでも《ギアヌーブ》を倒せるようになっていた。



 ダンジョンの現在地も何故か把握できていた。

 どの道を進めばいいのか悩んでいる内に、何となくそこは通った道だとわかったのだ。

 そうしたら、頭の中に地図が表示されるようになっていた。


 考えられる理由は2つだけ。

 《天職》発掘調査と固有能力ユニークスキルの【???】くらいだろう。


(考えても仕方ないな……。わかるものはわかるんだし、悩んでても意味ねぇし)


 そして深くその理由を考えることもなく、見つけた階段を下りていったのだった。




 - B2F -

 下に降りても造りに違いはない。

 何か変わったことはないかと、ゆっくり進みながら観察をする。

 やがて、【気配感知】が反応した。


(近くに何か居る!)


 盾を構え、半身に構えつつ、ゆっくりと進む。

 だが、その足取りは迷いが一切ない。


(【直感】が訴えている。こいつも対した敵ではないと……)



 【直感】

 その名の通り、直感が働くようになるスキル。


 このスキルはB1Fで取得していた。

 同時に存在強度も上がっていたために早速ver3.0にしていた。



 その判断に従い、歩みを早くする。だが決して油断しているわけではない。

 そしてある位置で立ち止まると、

 

「『炎よ、踊れ。紅蓮に染め上げ塗りつぶせ』 ――――【フレアバースト】」


 曲がり角に向かい魔法を放つ。

 それは接敵する前にタイミングよく倒してしまうという手段だ。

 まさに先制攻撃。たとえ効果が薄くとも、多少なりとはダメージを与えることができる。

 だが、これで充分だと思っていた。これで倒せると。


 そして目論見は見事に成功し、敵――芋虫型の魔物《キャッピター》を焼き尽くすことに成功する。

 そのまま燃え尽きてしまった。



(2階層と言っても、こんなものなのか……)


 拍子抜けするコロナだったが、実際はスキル【糸巻き】で奇襲され、束縛されてしまう。

 束縛された侵入者たちはしばらく好き放題タックルをされて、脱出するまでに並ならぬダメージを負うことになる。

 しかし、コロナには優秀なスキルがあった。


 【気配察知】と【直感】だ。


 ともに固有能力ユニークスキル好奇心旺盛みようみまね】効果で簡単に手に入れたスキルだが、これによる索敵能力によるところが大きい。

 特に【直感】は長年探索者サーチャー傭兵ソルジャーとして最前線で活躍する者が、その経験を元に発現するスキルなのだ。

 『それをギルドでアイツ強そうだな……』と観察してるだけで、取得可能になる素養を手に入れてしまったのはチートと言わざるを得ない。

 ――コロナが観察した【直感】の持ち主は、一線で働く者ではないのだが、今は語るべき事ではないだろう。



 ここで重要なのは【好奇心旺盛みようみまね】だろう。

 スキル表記では――


 【好奇心旺盛みようみまね

 好奇心旺盛なあなたに捧げる。

 人真似をしてそのスキルの習得が早くなる。興味があればあるほどその習得は早くなる。なおこのスキルは成長限界に達している。

 マイナス効果として周囲に『飽きっぽいやつ』だと思われやすくなる。


 となっているが、どのように覚えるかとは明記されていない。


 興味深ければ早くなるとは書かれている。

 ――スキルを見たらなどは何処にも書かれていないのだ。

 人真似。つまり『あの人強そう。俺も、ああなりてぇな』と感じたら、その強そうな人が持っているスキルに対して素養が生まれ、取得可能状態となってしまうのだ。

 それでも、種族的に不可能なスキルはいくら素養が生まれても取得などできはしないのだが……。



 チートで【直感】を手に入れたコロナは、既に純粋な強さで負けない限りは、不意などつく魔物など問題としなくなっていたのだ。



 【直感】と【気配感知】を頼りに先へと進むこと暫く――

 ようやくして下へと続く階段がみえてきた。

 蹴散らした数は《ギアヌーブ》より多かったのだが、《キャッピター》はあまりアイテムを落とすことはなかった。

 おそらくドロップ率が低いのだろう。


(『煉瓦』に比べ、こいつらが落とす『シルク』――絹糸らしきものが糸巻き状態となった物――はたしかに価値がありそうだし……)


 いくら高くても、稼ぐなら少しでもドロップ率が高いモノの方がいいのだろう。

 もちろんドロップ率が良くても安すぎるものは論外だが、ここは適正狩り場ではない。


 そう判断すると、迷わず下へ続く階段へと向かっていった。

 しかし、そこで冷静になって少し考えた。


(ここらで休むのもいいかもしれないな)


 身体の疲れを考え、階段で休憩を取ることにした。



 収納道具ストレージからパンと干し肉を取り出し、それを噛みしめる。

 飯盒はんごうなどもっていれば、干し肉を出汁としたスープでも作れたのだが、今回はそこまで準備する資金などなかった。

 ――あったとしても、まっとうな味になったかはわからないが。


 よく噛み、満腹中枢を刺激しながらゆっくりと食していく。食料は有限だ。少しでも節約すべきだろう。

 そして最後に木製のコップを取りだし、来るときに覚えた魔法を使う。


「『砂塵に没し、末期に求めたる其の一滴』 ――――【クリエイト(水)】」


 なんとか潜っている内に、存在強度を上げられた。

 それでver2.0にすることができたので、綺麗な水を生み出せることができた。

 もし存在強度が上がらなかったら、汚い水を飲むしかなかった。


 そう考えると行き当たりばったりな今回の行動は、理に適ったものとはとてもいえなかった。

 だが、美味しい食事以外は何とかなりそうだと実感もしていた。



(このまま20階層までいけるんじゃね)




 平たく言うとコロナは既に調子に乗り始めていた。

 

 

 

 

 

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