38.さらばレイニー! ナマポの終わりは別れの味
その建物の中は異世界だった。
まず、い草の匂いを感じるところが違う。
次に椅子やテーブルやベッドといった西洋家具なども存在しない。
部屋の中央に佇むのは南部鉄器もかくやといわんばかりの重厚な鉄瓶。その周囲に散らばっている灰は、まるで雪の中に佇む一匹の狼の如し。
――――まさに純和風。
これを異世界と言わずして何を言う。
そして肌寒さを感じさせない室温は、囲炉裏のおかげ――――
というわけでは当然ない。
何しろ炭や薪をくべてなどいないのだからな!
室内は外とは隔絶されており、当然温度は常に快適だ。
他の建物も暖炉など必要としていない。
ではなぜ囲炉裏があるかといえば、おそらくそれが日本人の心なのだろうな。
パチッ、パチっと音を立てながら燃える薪や炭は、どこか哀愁を感じさせるものがある。
――今は燃えていないけどな!
この家を改装した者には日本とはかけ離れた世界では、どこかそういう物が必要だったのだろう。
他の部屋も見てみたが、風呂場は石で組まれ、壁には富士山らしき絵が描かれている。
うん、正直風呂場は落ち着かないな。これはない。
銭湯でもないのに富士山の絵とかセンス悪すぎる。
そんなことを思いながら部屋を回っていった。
部屋は3室。囲炉裏がある部屋に台所と風呂場。
トイレは洋式で、3DK風呂トイレ別というやつなのだろう。
俺は和式はちょっと遠慮したかったので、こればかりは助かったと思える。
これで日払い家賃は¥5,000。
――――安いとみるべきだろうか……いや、高いはずだ。
明らかに一人暮らしにはオーバースペックだだろう。
これ以下の物件は存在しないのも微妙に感じる。
これは文化の違いなのだろうか? それとも……。
無駄なことは考えても仕方がないだろう。
たとえ、ギルドがピンハネするための仕組みだろうが、俺にはどうすることもできないのだからな。
結局、無駄なに余っている部屋――三室ある内の二室は倉庫と客間にすることに決めた。
自室は一つで十分だしな。
あとは……生活に必要な物だな。
家具や調理器具を調べ、足りない物、今後必要となるものをリストアップし、買い物の計画を立てた。
だが、それよりも先にしなければならないことがある。
そう、レイニーとのお別れだ。
長く世話になったことだし、たださよなら……というわけにもいくまい。
あのとき感じた感情はよくわからないが、決まってしまったことはしょうがない。
ちゃんとした別れは必要だろう。
何かプレゼントでもあげようかな……。
そう思って、俺はぶらりと適当に街を回っていた。が、正直どこに何があるのかちっともわからない。
建物が全て同じ形をしているのが原因だ。個性も何もあったものではない。
流石に建て売りでもこれはねーよ、と思ったね。
で、人の流れでここは何なのかを判断しなければいけないわけだ。
そこで俺ははあることを思いだした。
『何かあったとき相談しろ。可能なら手を貸してやる』
確かライナーのおっさんがそう言っていたな……と。
いまこそおっさんの手を借りるべきだな。
俺はそう決断し、おっさんに接触しよう思った。
しかし、おっさんが今どこにいるかなどわかるわけがない。
そこで俺ははおっさんの家に向かうことにした。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コンコン、コンコン
「は~~い」
なかから柔らかな声が聞こえてくる。
正直なところこれが謎だ。
完全密封されているこの異世界の建物で、どうやって中から声が聞こえてくるのだろうか?
疑問は尽きないが、今は関係ないことだろう。俺はその思考を打ち切る。
そしてなかから現れた女性――タチアナを確認する。
「おひさしぶりです。タチアナさん」
「あら…あなた確か、――コタローさんでしたか?」
「ええ、コタローでした。ですが変わりました。
今は命名儀式を行いコロナ・パディーフィールドと名乗っています。改めてよろしくお願いします」
「そんなかたっ苦しい言葉遣いでなくていいんですよ。
それで、今日はどんな用件? ライナーに用事ですか?」
――――ふむ、突然の訪問に嫌な顔一つしていない。中々できた人だな。
特に迷惑がられている様子は感じられなかったので、迷わず相談をすることにした。
「ライナーに用事と言えば用事なんだけど。
どっちかといったら、これはタチアナさんの方が頼りになるかな?」
「え……?
うん、私でよければ。とりあえず聞くだけは聞いてみましょう。とりあえず中に入って」
「それじゃお邪魔します」
「う~ん、お世話になった女性にお礼の気持ちを込めてねぇ~」
疑わしい目でこちらを見つめるタチアナ。
何かマズイ事でも言っただろうか?
もしかしたら、そんな習慣はなく、怪しまれたのだろうか?
タチアナ様子に、俺は少しビクビクとしながら、出されたお茶を飲んで反応を待った。
「その女性って本当は好きな娘でしょ?」
ブホォォ
俺は口からお茶を吹き出した。
「ゴバァッ、ゴホッゴホ」
そんな俺にタチアナは布巾を手渡してきた。
――――ありがたい。
吹く物など持っていない俺は、有り難くそれを受け取り、口の周りを拭いた後、汚れてしまったところを拭き取った。
「まぁ、そういう気持ちも無きにしも非ず。ということもあるけど……実際、すごくお世話になった人なんだ。
で、正直なところ、何を買って渡したらいいのかもわからないのもあるが――
とにかく店が分からないんだ。どれも同じ外観だしな」
「確かにそうね。見た目ではわかりづらいわね」
わかりづらいという問題だろうか、あれは?
「そういうのはギルドが発行してくれる地図に書いてあるのだけど……貰ってない?」
うん、当然貰ってなどいない。
店の配置は、きっと秘匿情報の一つなのだろう。
ちょっと昔まで地図は軍事情報とまで言われていたし、仕方のないことかもしれないな。
「ギルドは階級によっては地図の店情報も秘匿しているんだよ。
Dクラスでは紹介された店以外は載っていないな」
「うーん。……私はライナーから貰った地図しか知らないわ。
まさか……そういうのがあるとは知らなかったなぁ」
このことを知らない?
もしかしたらタチアナはギルドに所属したことがないのかもしれないな。まぁ、それはどうでもいいことだな。
それより一般市民にすら、街の情報を秘匿しているのか……。
管理される者に知恵はいらないってか? 最低だな。
俺ははだまり込んで考えて始めた。
そんな時タチアナが立ち上がった。
「ちょっとごめんなさいね」
「ええ、気にせずどうぞ」
お茶を飲んでいたしトイレかもしれないな……。
流石にそれを口にするなどという無粋なマネはしない。
ギルドに対する苛立ちを抑えながら、プレゼントを何にしようか悩んでいるとタチアナが戻ってきた。
「お待たせ」
「おかえり」
戻ってきたタチアナは手に何かを持っていた。
そしてそれを俺に見せてきた。
――――地図じゃないか!?
おそらくこれを取りに行っていたのだろう。
トイレなどと失礼なことを口にしなくて正解だったな。
「写しちゃえば問題ないんじゃない?」
「――悪くない。むしろどうして気付かなかったのか……」
最初から見せて貰えばよかった。
――間違いなくこれは俺が提案するべきことだった。
俺はギルドに憤慨するばかりで単純な事も考えつかなくなっていたのだろうか……。
冷静になれと心がけているのにもかかわらず、この世界に来て以来、ちっとも冷静じゃない。
思わずため息をつく。
俺はタチアナに礼を行っておっさんの家を立ち去る。
既に地図は写してある。これで問題は何もないだろう。
「今度は土産をもって遊びに来ますよ」
「そうね、アシモッフが居るときにでも是非いらっしゃい」
そうして再び民都へと舞い戻ったのだった。
レイニーに何を贈るべきか。それを聞き忘れたことには店に入ってから思い出した。
何が問題はないだ! 全然問題があったじゃないか!?
やはり冷静ではないな……。元から? いや、そんなことはない。
俺は常に後先考えて行動している。その日の夕食を何にするかくらいちゃんと考えているのだから!
しかし、どれにするか一向に決まらない。
どれもこれもよくみえてしまう。
物の配置もあざとく、あれもこれも欲しくなってしまう。これが販売テクニックというやつだろうか……。
悩んだすえに俺はある物を手に取った。
それはあたかもレイニーちゃんにあつらえたかのような簪。
普段和服でいるのにもかかわらず、髪は飾らず自然のままだ。
――――うなじが見えれば最高だ……!
と欲望の赴くままにそれへと手を伸ばす。
そしてそれは自分の防具の値段と同じ¥200,000であった。
新しい装備まで少し遠くなってしまったな……。
ダサい鎧を脱ぎ捨て、格好いい物を早く装備したいのだが、そうそう上手くはいかないもんだ。
プレゼントにより出費がかさみ貯金は減ってしまった。
だが後悔など一切ない。
それが漢――色欲の化身――なのだから!
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「そうですか……。階級アップでしたか」
「ええ、俺としてはレイニーちゃんとずっとここに住んでいたかったのだが、悪の陰謀によってその道も絶たれてしまった」
「ずっと…というわけにも行きませんが、確かに寂しくなります。
でも、コロちゃんは十分にやっていけますよ。
【サル】は当然として、【ニート】でもやっていける実力は付いていますよ」
「ニートは正直嫌なんだが…………。
まぁ、今はどうでもいい。
それよりこれを俺だと思って大切にして欲しい。感謝の気持ちを込めて色々悩んだが、一番似合いそうなこれを選んでみたんだ」
格好付けてコロちゃんは簪を手渡してくる。
その時直接手を掴み、被せるようにしている。
コロちゃんは相変わらずコロちゃんですね。
私は少しおかしくなり笑ってしまいました。
最後まで懲りずにセクハラを仕掛けてくる。
これは死ぬようなことがあっても治りませんね。
それにしても簪ですか……。
しばらく使ってなかったけど、コロちゃんは髪を飾った方が好みだったのかしら?
そんなことを考えていると、コロちゃんは私の手をさわさわとし始めた。
そろそろ、サービスもいいかと手を払いました。流石に調子に乗りすぎです。
「ありがとうございます。大切に使わせていただきますね」
「あ、……あぁ、また会いに来るよ」
「残念ですけど、それはできませんよ?
手続きをしてここから出たら、コロちゃんは二度とここへは立ち寄れません」
「えっ?」
コロちゃんはあまりの事に硬直している。考えたこともなかったのでしょう。
口を開けて間抜けな顔をしているのは……すごく可愛らしいけど。
――楽しんでいる状況ではありませんね。
「用のない人はここの中に入れないんですよ」
「レイニーちゃんに用があるなら問題ないんじゃないか?」
「言い方が悪かったみたいですね、
この建物に用がないと入れないのですよ。ここはそういう所なんです。
だから例外的な私がここを管理しているのです」
「それじゃ……もう、会えないのか!?」
その一言でこの世の別れみたいに、勘違いしてしまいました。
コロちゃんはやっぱりどこまでいってもコロちゃんですね。
確認を怠って失敗し続きというのに……全く仕方がありませんね。
「話は良く聞く物ですよ。それで失敗もしているでしょう?
ここには入れなくても、私が外に出たときなら会えますよ?
建物の中には入れなくても、敷地内には入れるのですし。
そもそも私だって外に遊びに行ったりするんですよ」
「あ…、そりゃそうだよな……。
いつも帰ったらレイニーちゃんが居たから、いつもここにいるものとばかり……」
「それに、新しい部屋に招待はしてくれないのですか?」
「…………」
少し頬を染めるコロちゃん。
まるで女の子みたいですね……男女の立場が逆です。
そして正気に返るなり住所を教えてくれた。
「レイニーちゃんが来るまでは、別の借家に移らないようにするよ。
――変えるときは遊びに来たときに教えるね」
「毎回違う部屋に招待される……。それはそれで面白いものがありますね」
「それじゃ、あまり遅くまでこうしているわけにもいかないから……そろそろいくね」
「ええ、また会いましょう。行ってらっしゃいコロちゃん」
「あぁ、行ってくる」
表玄関から力強い足取りで出て行こうとするその背中に私は声を掛けました。
「コロちゃん」
「何?」
振り向いたその顔は少し気分によっているのか格好を付けている。
うーん……コロちゃんの味はそういう顔じゃないんですよね。
そこで――――
「今日までは生活保護期間なので、食堂の弁当を受け取ってくださいね」
と、コロちゃんにとっては期待外れなことを告げる。
あっ、ちょっと泣きそうな顔になりましたね
「あ、うんそうだな。ありがとう忘れるところだった……。
じゃあ今度こそ。またね」
そういって今度こそ立ち去るコロちゃんに手を振って見送る。
そしてその姿に今までのことを反芻し、自ずと涙がこぼれてきた。
――あぁ、あぁ寂しい。また一人になっちゃう。
こぼれ落ちる涙はしばらく止むようなことはなかった。




