37.ギルドの報復
ギルドに不利益な要因を作ったヒルダ・エコーミックは責任を取らされ、受付嬢を解雇された。
だが何もギルド――開拓共同体から追い出されたというわけではない。
再雇用という形で部署が変わっただけだ。
彼女はその才能――スキル【秘書】はもとより、それを進化させて最上級スキル【運営】を取得していた。
このスキルは、自分が事務系のスキルをパッシブ化されているだけではなく、人を扱うことに優れたスキルなのだ。
普段できないようなことでも、このスキルを持つ者が指示してやればできてしまうこともある。
――少し有能な者をたくさん抱えるよりも、このスキルを持っている者が一人いた方が能率がよかったりする。もっとも少し優秀な者が普通に優秀な者にも変わるのだが……。
そんな有用な彼女を遊ばせておくなど冗談ではない、人材とは宝なのだ。というのがギルドの考えであった。
だがその一方、現場にでる人材――探索者や傭兵については一切気にしない性質をギルドは持っていた。
此度の反感を抑えるためにも、多少の規約の見直しは必要だが、飴を与えすぎる選択などありはしない。
現場とは内務が扱き使うものであり、カモなのだ。
そして窓口も一種の現場。
故にそれから解放されたヒルダ・エコーミックは恨みなどもあって、特に生活保護などを見直すことにしたのだ。
――無駄が多いというのが大きな理由だが。
まずは訓練所の無料についてだが、本来ならばなくしたい。
――教官たちの給料も無料ではないのだから。
しかし、訓練自体をなくすと、探索者の死亡率が増えすぎてしまう。流石にそれは問題だ。
ならばと、妥協策を採って3つの魔法を卒業の証とするところを2つに減らした。
さらにこれは先行投資でもあることから、ちゃんと回収しなければ意味がない。
そこで訓練を受ける者にギルド貢献ポイントのマイナスを付加して、奉仕に近い期間を増やす事にした。いわゆる拘束期間というやつだ。
【チキン】達の雑用。これがギルドの確実な財源となっている。
――民都プロンティアでは牧場の虫退治¥10,000、水族館の解体¥30,000からのマージン。
当然他の支部でも、それと相応のものがある。
探索者や傭兵に憧れる若者は多く、全人口の9割。必ず一度はギルドの門を叩く。
途中で諦めた者が、他の道に進むことになる。いわゆるドロップアウト。
だからといって、馬鹿にされるようなことはない。それがこの世界の常識なのだ。
そのため、これらの依頼のマージンは確実に約束されている財源であり、期間を長くすればするほど懐は潤うことになる。
故にヒルダは、【チキン】でいる期間を増やせばいいと考えた。
訓練を受ける者にマイナスポイントを付加し、いままで1,000ポイントで上がれるところを5,000ポイントにしたのだ。
そもそも親元を離れずに、ある程度階級を上げる者が多い為、この程度の金額でも十分やっていける。
訓練所を利用する者は、親がいない者、現役ではないもの。そういった者たちがほとんどだ。
こうした違いはあるものの、成人前からギルドに所属して訓練をしていく。
訓練が終わる頃には【サル】になっており、この頃になれば探検家と呼ばれることはなくなる。
ここからは彼らがどうなっていくかは、ギルドにもわからない。
――辞めていく者、死んでいく者、そして成長していく者様々だ。
逆にいえば、ここまでは絶対に人を管理でき、そして全員が同じ量しかポイントは稼げない。
つまりマイナスポイントを付加すればするだけ、この期間は延び、ギルドの収益も増えるのは確実なのだ。
見直される事となった、救助費用を考えればこのくらいのことはしなければならない。
ギルドにとって救助など世間体を考えた建前である。
下手に救出してしまっては、心身ともに回復までは生活の面倒をみなければいけない。
そんなことをしていてはいずれ経営は成り立たなくなる。
――――できれば救助など送りたくない。むしろ役立たずなど死んで貰った方がいい……。
それが口には出せない、ギルドの基本方針であった。
現場である受付嬢はそのような裏事情はしらない。が、ヒルダ位の管理する地位にいるものならば、誰でも知っていることであった。
そこで、救助する可能性が低い、または一緒にお亡くなりになって欲しい。そんな人物を派遣するのが伝統であった。
それでギルドの面目は保たれるのだから……。
今回の場合では周囲に嫌われていたコロナを派遣した。これもいつも通りであった。
『コロナが英雄的行動を取ったが、あえなく死亡』という美談に仕立て上げるのがヒルダの台本であった。
しかし、コロナは生きて返ってきてしまった。それだけならまだいい。
三人とも救助してしまった。それもまだいい。多少の損害はでるだろうが、これまでも稀に起こったことだからだ。
だが、建て前を看破されてしまった。これが問題だった。
あの様な状況でバラされてしまっては、もはや手を尽くしても手遅れだった。
何としてでも、イメージの回復に努めなければならない。
故に噂が下火になるまでは、きちんと救助隊を編成し、また依頼料も払わなければならないだろう。
これが新たな財源を作り出さなければいけない原因だった。
こうして辣腕を奮って、財源の確保、捻出した彼女は次にコロナの処遇を考えた。
報復として暗殺や無理な依頼をすれば、まずギルドが周囲に疑われる状況だ。
(これはできないわね……)
買取価格を特例で下げることも無理だ。
――買取は魔導具で設定されているから固定されている。
もちろんアイテム化されていれば、難癖を付ける指示はできるが、大体の取引は証からのやりとりだ。
嫌がらせとして支給品の水準を下げたり、弁当の質も落とした。しかし、これは上から却下され、元に戻されてしまった。
弁当をまずくした二日後に、料理長が解雇されてしまうというおまけ付きだ。
指示をされて、それに従った料理長は悪くはない。悪くはないが、結果解雇されてしまった。
――これには予想外だった。(料理長の)不運だったとしか言いようがない。だからといって、ヒルダは料理長を庇う気もない。
(他に手段はないかしら……)
ヒルダは考えを巡らせ規約を再び見直した。すると――――
"――以上の理由より、生活保護は生活が成り立たないであうろう【イモ】以下まで、開拓共同体は彼らを導く必要がある。"
という一文を見ることができた。
(『【イモ】以下』……ね。確かあの男は――)
これに巧妙をみたヒルダはある作業にかかる。
そう、強制依頼の報酬として強制階級アップの手続きを。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「コロナさん、総合窓口より呼び出しが掛かってますよ」
「ほう……」
コロナはあれからしばらくレイニーと戯れていた。
――働きにも出ないで1週間ほども。
ギルドに喧嘩を吹っかけてしまったコロナは、冷静になるとレイニーに相談した。
その結果、とりあえずは反応を見るために、本部施設に立ち寄らないようにしていた。
宿舎も本部施設かという気もするが、ここは生活保護者の為の施設であり管轄が違う。
――その割に大きな建物なのにかかわらず入居者が1人という状況なのだが……。
この世界の建物は内装はともかくとして、外装は劣化するものではない。
だから管理する者が少なくて済む。それ故に、あの一帯全てはレイニーの管轄だったのだ。
そしてその報告は、ついにギルドからの魔の手――通達が来たのだと確信した。
「やっぱり強制退会かな?」
「それはないと思います。
ただでさえ生活保護にお金を掛けた人材を、ただで手放すようなことはしないでしょうね」
コロナは解雇もあると考えていたが、レイニーはそれを否定した。
「それもそうか。上層部はかなりがめつく、悪辣だからな。
――なら、無報酬依頼でも押しつけられるとか?」
「今の流れでそれをやったら、コロナさんの発言を認めてしまうことになってしまうでしょう。なので、それもまたありえないですよ。
考えられるとしたら――」
「考えられるとしたら?
……そこで止められちゃうと気になってしまうよ」
レイニーは自分の考えを否定した。
それはコロナにとっては大した問題ではないが、レイニーにとっては問題だった。
口に出してしまえば、現実になってしまいそうな予感に襲われていた。
「いえ、きっと勘違いでしょう。
まぁ、制裁という形はあると思いますが、直接的に何かしてくることはないですよ」
「そんな風に断定されてもなぁ……。
ギルドの規約は何か色々とあやふやだから、レイニーちゃんの言葉もちょっと信じられないなぁ……」
「ですがギルドに不利益のあるところでは誤魔化すのが常套手段です。誤魔化せない所はしませんよ」
「そうならいいが……。
そういえば今更だけど、レイニーちゃんはギルド職員なのに、思いっきり否定しちゃってもよかったのか?」
コロナはレイニーがギルドに不利益を働いているのではと不意に思った。
庇ってくれるのはいいが、それによってレイニーがクビになるようなことは流石に避けたい。
「私は管轄と立場が違うので問題ありませんよ。
むしろ、この職場を辞めさせられるものならば、してみろ!って感じですね」
「――なんでそんなに強気なのか分からないけど、大丈夫ならいいんだ。
巻き込んでしまうのかと思って少し、不安になってな」
「お気遣いありがとうございます。コロちゃんデレ期、到来?」
「いや、デレてはいねーよ」
呼び出し内容の推測と対策を立て、食事を取り終えた。
そしてギルドへ向かうことになった。
――蛇足だが、食事は外に出るのを控えていたコロナの代わりに、レイニーが取りに行っていた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
「は? 階級アップ?」
「はい、こちらの! 不手際がありましたので!
またそれに準ずる働きであったと! 上から指示を出されましたので!」
突如言われたことは、レイニーと考えた内容とは的外れなものであった。
それはとても制裁とは思えないものだ。
気になるところはコロナに対する受付嬢の接し方がキツいところだろうか……。
(アーシャに近い年齢か? この少女に何かした……って覚えはないんだけどなぁ。
知らない内に、この受付嬢を傷つけてしまったかな?)
そう考えていたが、どうやら違う感じがする。
この少女だけではなく、周りにいる受付嬢からも圧力を感じるのだ。
(もしかして、この前の件が尾を引いてるのか?)
八つ当たり気味に受付嬢に当たり散らした。
――――それで受付嬢全体を敵に回した?
だが、そればかりが理由という訳でもないだろう。
そんな状態ならば、彼女たちのファンの荒くれ者どもがコロナをシメに来る。
それがない時点で、違う理由もあるはずなのだから。
「それと、――おめでとうございます!
これで晴れて、生活保護者ではなくなりますね!
や~~~~っと、悪いイメージはなくなりますよ」
すごく嬉しそうに、語りかけてくる。
(生活保護がなくなるのかぁ……)
その言葉にやはり肩すかしを感じていた。
最悪の場合は退会処置を考えていたので、どうもしっくりこない。
それも次の言葉を聞くまでだった。
あまりに予想外の言葉で、思わず自分の耳を疑ってしまったのだから……。
「ですので、本日中に宿舎から出て行って貰う必要があります。
貸家の手続きは住民向けの施設で、住居専門窓口の方でお願いします」
「は? 宿舎って金を払えば泊まれるんじゃねーの?」
「いいえ、あそこは生活保護者の為だけの施設です。住民が少なかったのを不思議と思いませんでしたか?」
『この子、馬鹿ね』というような目つきで返され、黙るしかないコロナ。
(確かに――誰もいないのは不自然だった……)
それはレイニーと離れなければいけない――ということを意味していた。
――忌避感と哀愁。
自分でもわからない感情に、コロナは襲われていた。
哀愁はいいだろう。別れはつらい。あの可愛くもお茶目な美しい人と別れるのは残念以外の何物でもない。
しかし、何故忌避感なのだろうか……。
(俺は……レイニーさんと別れることに本能的に恐れている?)
深く考え込みそうになるのを感じていた。
しかし、ここでそうするわけにはいかない。
「――これも決まりなんだな?」
「はい、決まりです」
にっこりと微笑みながら返す受付嬢。
コロナの様子を見て、実に嬉しそうにしている。
(やはり、嫌われているな……。俺の不幸を楽しんでいる感じがするぜ)
彼女たち受付嬢がコロナの不幸を喜ぶのは事情がある。
何故これほどまでにキツく接するのは、解雇されたヒルダに原因があった。
彼女たちにとってヒルダは姉に等しき存在だった。
嫌な上司の愚痴を黙って聞いてくれたり、仕事も教えて貰っていた。
恋愛相談にも乗って貰い、彼氏とも上手くいくようにして貰った。
――まさに彼女たちの精神的主柱の存在だった。
それをコロナが理不尽にも、難癖を付けて解雇させた。
――というのが受付嬢たちの中では定説になっていたのだ。
これが理由で受付嬢たちから嫌われてしまった。
もはや交渉することもできなく、詳しい理由や説明もされずに、すげない態度で追い払われてしまった。
コロナは訳がわからないまま、行けと言われた住居専門窓口にいくしかなかった。
だが、そこの受付嬢たちも、無情にもヒルダの手先だったのである。
彼女たちに嫌われたため、コロナにろくな物件を紹介して貰うことができなかった。
外装こそ変わりないものの、内装が奇抜すぎて誰も借りないものであったり、ぼろぼろなものであったりした。
中には鍵――認証確認の呪文を認証する魔導具――が壊れているものもあり、とてもまともな神経をしているものは住むところではなかった。
「もう少し金を出すから他にはないのか?」
「あなたに紹介できるのは今はこれだけです。
嫌でしたら――どうぞお引き取りを」
と一点張りで、どうすることもできなかった。
(仕方ない。――鍵なしは論外だから奇抜な物で我慢するか……)
奇抜なといっても色々とあった。
だが、住めないという訳でもない。
家具が動物の骨でできてたり、風呂場の蛇口が髑髏であったりする程度だ。
室内に大木を植えているものもあったが……これは日本でもあり得る光景だ。
(ちょwwwwこれw柔道場じゃんwww家じゃねーよ)
色々ツッコミ処満載であり、このカタログ――この世界にも存在している――を見ているだけでも一日つぶせそうではあった。
――――しかし、正直今はそれどころでない。
コロナはその気持ちをグッと堪え、真剣に物色していると――
ふとあるものに目が引かれた。
見るからに畳み張りの純和風。
暖炉ではなく囲炉裏、そして掛け軸には『幼女最高』と達筆で書かれた漢字があった。
(これは日本人のロリコンが住んでいた家だな……)
それに確信すると、この家を借りることにした。
(日本人が住んでいたなら、悪いことにはなるまい)
「この家を頼む」
「――あ、決まりましたか? (……チッ)
証を提示してください」
(舌打ち聞こえてんぞ、ゴルァ)
一発殴りつけてやろうという気持ちを抑え付け、言われるままに証を提出する。
「はい、これで登録が済みました。
また家を変える時にはいらしてください」
シッシと手を払うようにコロナを追い出そうとする。
その態度から早く目の前から消えろという事だろう。
コロナとしても、苛立つ相手と同じ空間にいるのもストレスが溜まるだけ。
もはやこの受付嬢には用事はないとばかりに、自分の住処となる家の方へと向かっていった。
この世界の賃貸は日替わりで変えられるために、現物を見て決めるのではなくカタログだけで決めなければいけない。
嫌なら次の日変えればいいのだから、わざわざ案内をする必要もない。
住民以上に家が用意されているからこそできることだろう。
しかし、ギルド内務職員だけはは現物をみて決めることもできる。
――人が既に住んでいたとしても。
つまり予約だ。開いた瞬間にその情報が当人に教えられる。
入居するかしないかは、その時の気分で変えられる。
今回も、まっとうな部屋は既に受付嬢たちによって押さえてしまっていた。
――入るつもりもない、キャンセル前提の予約のにかかわらず。
それを知らないコロナは、怨むこともできないのだった。




