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35.汚いコロちゃん





 人面犬 はスキル 【狂犬】 を使った。

 コロナ はスキル 【狂犬】 を受け、異常状態に陥った。

 コロナはパッシブスキル 【恐怖耐性】 により効果を減少させた。

 コロナは攻撃をした。

 人面犬 を倒した。



 余裕がないので、このような簡潔な描写を許して欲しい。

 いや…まぁ……、攻撃を受けた後、『エペ』で串刺しにしただけなんだが――


 【狂犬】状態に陥り、本格的に発狂する前にはなんとかボロぞうきんの少年を担いで地上に出ることができた。

 少年を途中で捨て置き、ギルド本部へ立ち寄り、アーシャに伝言を頼みそのまま、急いで宿舎の自室へと駆け込んだんだ……。

 そしてしっかりと鍵を掛け、布団に入り込み、そして――――吠えた。



「ひぃぃぃぃぃいいいいいい」


 【狂犬】が本格的に発動した。ついには【恐怖耐性】でも効果が及ばなくなった。


 【恐怖耐性】。これが無ければおそらく……部屋に戻るまで持たなかっただろう。

 日々夜中に見かける、まるで幽霊のようなレイニーちゃんにビクっとしてた経験は無駄ではなかった。そのおかげでこのスキルを手に入れられたのだから……。

 かかってみて初めてわかる。


 ――――これは水そのものも怖いが、体液も怖いのだ!


 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。


 血液の流れ出さえも俺を狂わせる。

 それはあたかも、虫風呂に入っているとでも表現するべきだろうか?

 いくらゲテモノ好きでも耐えられるものなどいないだろう。

 その虫が現在進行で俺の皮膚を食べていっている――そんな感じなのだ。

 ましてや、実在のものではなく幻覚なのだからたちが悪い。殺すこともできないのだから!



 怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い。



 詳しくは知らないが、地球の狂犬病もこれほど恐怖は抱かないはずだ。


 ――死に至らない分の反動なのだろうか?


 あのゾンビ化してた者たちも、これほどの恐怖を味わっていたのかと思うと頭が下がる。


 水怖いなんて言ってる余裕なんかねーよ!!


 這いずり回っていた連中は相当余裕あったってことなんだろう。

 俺は動くこともできないんだから!



 そう思うとあいつらは、かなり強いメンタルをしているのではないかと思ってしまう。

 だが、そんなことを考えられるようになったのは快調してからだ。


 あの状態との時はただ、ただ怖いとしか思えなかった。

 これなら『プギャー』と馬鹿にされたところで、相手が何をしているかなどわかりっこない。


 何せ目を開けていると、涙で滲んでいるのがわかってしまう。それすらも怖いのだ。だから目を開けていることなどできない。

 普段、涙や唾液など気にもしない。血液にしたってそうだ。

 そんなものを一々全部把握して、気に掛けていたら発狂してしまうだろう。

 

 耳にしても、水が落ちる音が幻聴として聞こえてくるので、思わず塞いでしまう。

 塞いだところで幻聴なのだから、そんなことをしても無駄なのだが――まともな判断など到底不可能だ。


 いや、もしかしたら感覚が鋭敏化している可能性もある。

 ――不必要と切り捨てられた感覚だろうが……。



 そして気絶することも許されず、ただ心が摩耗していくばかり。

 死にたいと願っても、身体が動いてくれない。


 ――――あと少しでも続いていたら精神が壊れていただろう。


 これに比べればレイニーちゃんのおしおき・・・・などまだまだだ。いや、あれはあれで怖かったが……。美人って怒るともの凄く怖くみえるし。





 毛布にくるまり、亀の如く身を縮め、恐怖に耐えること二日。


 その時は不意にやって来た。


 ――――音が消えた?


 それは静寂は安らぎに満ちた世界とでも言ったらいいだろうか?

 地獄の責め苦から解放された俺は、その抱擁にひたり微睡んでいた。


 ――――あぁ、幸せだ……。


 これほど安らかに、何もかも解放された気分で眠れることなど、今後あり得ないだろう。


 やがて俺は、抵抗することなくその睡魔を受け入れるのだった。





 その後、ギルドに顔を出したときのことだが……。

 俺が【狂犬】を食らったことが知れ渡っていた。どうしてバレた!?


 また馬鹿にされるのかと思って身構えていたのだが、どうやらそうではないらしい。

 【狂犬】に掛かっても救助を成功させ、そのまま自力で脱出してきた猛者とみられているようなのだ。


 どのようにして戻ってきたかは正直覚えていない。ただ少年を連れ帰ることだけ考えていたはずだ。もしかしたらそれを誰かに見られたのかもしれないな。

 確かにあの状態で動き回れるような根性――という言葉ではとても語りきれない何かを持っていれば、猛者扱いされても納得できる。


 近くで口ピアスの男が、「アイツのせいで俺は禿げたんだぞ! 引きずられたんだぞ!」と騒いでいるが、お前も自力脱出してこいよみたいなノリで弄られている。


 ――――確か……あの男は……。


 俺は見覚えのある男を思い出し、確かに救助した男だと把握した。

 だが、アイツは【狂犬】に掛かる前に救助をした男のはずだ。確か近くに弓が落ちてたような……。

 まぁ、どうでもいい。口ピアスを助けたときも【狂犬】状態だったと勘違いされているが、訂正する必要もないな。

 下手に訂正して、慰謝料寄越せといわれるのも馬鹿らしい。



 この出来事によって俺は探検家スペランカーと呼ばれるようなことはなくなった。

 これによって、俺は探索者サーチャーとして活動していく事となるだろう。

 ようやくスタートラインに立てたというわけだ。




 余談だが、恐怖で髪が抜けるとか、白くなるなんて事はなかった。

 円形脱毛症にもならなくてほっとしたものだぜ……。


 全て世は事もなし――。





 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆





 いきなりコロちゃんが、走りながら部屋に駆け込んでいきました。

 普段はどんなに疲れていても、私の所に挨拶に来るのに……一体どうしたのかしら。


 部屋の扉をノックして様子を伺ったのだけど反応はありません。何やらぶつぶつ言っているのが聞こえてきます。


 何かあったのか心配になった私は、懐から神秘を暴く秘宝マスターキーを取り出し、鍵穴にそっと差し込む。

 そしてゆっくりと扉を開き、音も立てずに室内へと侵入・・していく。


「――い怖い怖い怖い怖い怖い怖い」


 ――――うん、……これはあれですね。


 どうやらコロちゃんは【狂犬】を受けてしまったらしいのです。

 ぷるぷる震えるその所作はとても可愛らしい。

 そんな様子をしばらく見つめていると、ふと様子がおかしいことに気が付きました。


 【狂犬】にしても、あれほど怖がるかしら?


 そうです。いくら【狂犬】に掛かったとしても、怖がりすぎなのです。

 きっと何かしらの要因があるはず――


 私はそう思って、ギルドの資料室へと足を運びました。



 この資料室は、ギルド職員でもそれなりの地位にいるものでないと、立ち入りが許可されていない区画に存在しています。

 私は本部に勤めているわけではないが、数少ない例外・・として許可されているので問題ありません。


 そして今までに確認されてきた、【スキル】などを詳細を纏めた本棚に行き着くと、状態異常・魔物と書かれた本を取り出しました。


 ……

 …………

 ……………………


 ――――ありました、これです。



 【狂犬】とは――

 人面犬および小型犬種が使うとされるスキルである。また、異常状態としての名前でもある。では――――

 ――――以上のことからして、下手に【恐怖耐性】があると逆効果になる場合があるのだ。

 群れる種類の小型犬種と戦う場合は、他の【恐怖緩和】か、複合化で習得できる特殊スキルの【異常状態耐性】を推奨とする。次に――



 ふむふむ、なるほどなるほど。


 どうやら【狂犬】は二日間の継続効果のあるスキル。

 スキルを解除して元を絶たずに【恐怖耐性】などで防いだ場合、少しずつその威力をあげ最終的に耐久を越えてしまう……。

 ということらしいですね。


 つまりコロちゃんは、【恐怖耐性】をそこそこ――最大値まで上げていたら二日は耐えられた――あげていた可能性がありますね。……一体何処で習得したのでしょうか。


 それにしても困りました。魔法【ノーマ】以外は治す方法がないようです。

 残念ながら私には扱えませんし、救護室に行かず自室に引きこもったということは、衆目に晒したくないのでしょう。



 ――――とりあえず、原因が分かっただけでもよしとしましょう。


 今回コロちゃんの役に立てなかった分の埋め合わせ――というわけではないけれど、

 お詫びという気持ちで、あまり使われていないけれど、有用だと分かるスキルについて調べておくことにしました。







 ドアをノックし、合図を待たずに部屋に入ります。

 そしてお弁当を置いて、一応声を掛けます。まぁ返事なんか来るわけがないのですが――


 だって――


「怖いよぉもうやだよぉ、おかーちゃん助けてよぉ」


 などと言っているのですから。


 ――それにしても受付嬢カーチャンに助けを求めてどうするつもりなのでしょうか?


 できれば、「レイニーちゃん助けてぇ」と言ってほしいものはありますが、これはこれで可愛らしいですね。

 この丸まったもの・・を、「えいっ!」と転がしてしまいたい。いえ……もう転がしてしまいました。


 ――――なんて素直な私。


 その後、つんつんしたり、ころころしたりしましたが、一向に気付く様子もみせることはありませんでした。

 いくら【狂犬】とはいえ、相当酷い効果が現れていますね……。


 何もできないレイニーを許してね、コロちゃん。





 それから――


 コロちゃんの部屋から何やら音が聞こえてきました。ごろごろ音は定期的に聞こえてきてましたが、音のテンポが変わったようです。


 どうやら【狂犬】が解けたようですね。


 私はある・・一言を告げるために、コロちゃんが行くであろう場所へと先回りすることにしました。




「あ、おはようレイニーちゃん。御飯ありがとうね。

 食べられなかったけど、昨日の分はさっきいただいたよ」

「いいえ、構いません」

「ごめん、情けない姿を見せちゃったね」

「問題ありません。コロちゃんは情けないものと決まっていますので」

「えっ? き、決まっているのか?」

「ええ、決まっています。今更ってやつですね。それはそうと――」


 そこで私はためを作り、右手を鼻へと持って行きました。


「ん? 何かな」

「臭いです。とても臭いんです!

 使い終わったあとちゃんと処理・・しておいてくださいね」



 そう言ってにっこりと微笑む。


 ここはお風呂場までの通り道。


 そう、ここ二日ほどお風呂やトイレ・・・・・・・に入っていなかったコロちゃん。

 彼を虐めるためにここへと来たのです。

 臭いのは嫌なのですが、やっぱり泣きそうになったコロちゃんは秀逸ですからね。



「流石に、それは言わないでよ…………」



 涙目をしていて、とても可愛らしかったです。

 

 

 

 

 

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