17.たぬき
「うわぁぁぁああ」
目の前に突如現れる。
それに驚き尻餅をついてしまう。
現れたものは顔に這い付いて離れない。そのことも狐太郎に混乱をもたらす一因であった。
「くすくす。どうやらできたみたいね。
いきなりで出て驚いたでしょ? 始めて自己能力を出した人は大抵驚くのですよ」
「これが自己能力……。
って! 書いてあるじゃん」
「うん、書いてあるから、冷静になって見ると別段驚く必要はないのですよ。
それより、魔力操作。できましたね。おめでとうございます」
「あ、ありがとう」
素直に祝福を受け、赤面する。
――――やはり美しい。
慣れたつもりだが、ふと浮かべる笑顔に魅了されてしまう。
――――ずっと見ていたい。
そんな欲望に狩られるが、生きるかどうかの瀬戸際にいる現状、それを打破するためにも自己能力を注視する。
色々とある。
あの職員やレイニーが言っていた《パラメータ》というのもある。
だが、それらを気にする以上につっこみたいところがまずあった。
「なんでコローやねん!!」
思わずエセ関西弁になるのも仕方がないと思う。
(コロー……)
――――一体何故? と。
田貫狐太郎が旧となっているのは何故か?
それが何故、コローとなっているのか。
またそれすら暫定ってことは名前すら決まっていないのか、と。
だが、なんとなくコローとなっている理由は分かる。
安直だ。
子供がやる暗号文そのものだ。
その暗号とは――
適当な文章を考え、それの間に適当に『た』を入れて整列する。
そして最後にタヌキの絵を描いて完成。
これが解るかな?とか書かれているケースもある。
余計なお世話だ、と狐太郎は言いたい。
解る、解らない以前にタヌキの絵がタヌキに見えないことが多い。
『た』が異常に多い事からタヌキだな……と推測するケースの方が遙かに多い。
そんな『た』抜き暗号として狐太郎の名前は使われているのだ。
『たぬきこたろう』→『コタロウ・タヌキ』→>『コタロー・タヌキ』
そして
『コタロー』から『タ』を抜き→『コロー』
――となる。
―――― ふ ざ け ん な ――――
狐太郎は当然憤慨した。
――――人の名前をなんだって思っている。
色々弄られたりしたが、これでも愛着がある。
異世界に来ても弄られるとはまさか思ってもみなかった!
憤慨し、それを共感して貰う為レイニーに話しかける。
だが、自己能力表示は本人にしか見えない。
それを見せているつもりの狐太郎の言いたい事は、レイニーには伝わらなかった。
それが伝わっていないと理解するなり、どういう現象が起きたのか。またどういう暗号なのかを説明する。
それを聞くなり、レイニーは吹き出しそうになる。
だが、人の名前を笑うのは流石に良くないと思っていた。なので、なんとか我慢をする。
しかし、無理に耐えているので狐太郎には丸わかりで、レイニーの身体はぷるぷると震えている。
それを狐太郎が追求してしまったことで、決壊してしまう。
彼女に似合わない大口を開け、それに相応するかのような大きな声で笑い出す。床を叩いてすらいる。
――笑うなどと生やさしいものではない。爆笑。もはやそれは爆笑としか言いようがなかった。
当然それに抗議するように、狐太郎は叫び出す。
だが、爆笑している彼女の耳には届くことはなかった。
激高する狐太郎と腹筋が痛いレイニー。
結果、二人とも体力を消費してしまった。
落ち着くためにも、体力を回復するためにも食事の続きをすることにした。
「もぐもぐ、それで暫定というのはどういうことだ?」
「もぐもぐ、ごっくん。それはですね……世界に認識されていないということですよ。
自己能力は世界の影響を表示するものですからね」
「どういう影響が、むぐむぐ、あるんだ?」
「ズズッ、ごっくん。特に影響はありませんよ。
気になるのでしたら、神殿で神に奏上すればいいと思いますよ。
暫定なので名前を変更する事もできると思います。もぐもぐ」
「神殿?」
「ええ、神殿です。ですが、神官という職は既に途絶えてしまったので、教会にいる牧師にお願いする必要がありますね。
神官の代わりに神殿で祝詞を唱えて貰えば大丈夫です」
「え? わざわざ教会の人に頼むの? それなら教会でやればいいじゃない?」
「あぁ、そうでしたこの世界では、常識なので知っているつもりになって言ってしまいました。
神殿とはこの世界の神を祭る施設で、教会とは過去の偉人を祭っている施設もとい団体です」
「神様祭る人が途絶えてるのって平気なの?
むしろ偉人なんかよりもそっちを優先するべきじゃないの?」
「神はこの世界そのものとも言えるでしょう。故に神殿でなくても感謝の気持ちを伝えられます。
しかし偉人――聖人は所詮人です。故に教会を通してでしか祈ることはできません。
あと、神殿でしか神はその力を直接行使しません。だから、神殿に行く必要があるんですよ
ちなみに牧師が祝詞を唱える理由は、あくまで教会の上に神殿があるという建前で布教してるからですね。
神の方が偉人に劣る――なんていったら総スカンに遭いますし」
いつの間にか食べ終わっていたのだろう。
長々と説明してくれた。
この世界のシステムの一部に神殿が関係しているのは間違いなさそうだ。
「それで――名前を変えて貰うにはお布施とかって必要なのか?
俺、当然のごとく金とかもってねーぜ」
「命名の儀式に金銭は必要としませんよ。
戸籍登録も兼ねています。戸籍管理は教会の権利ですので、むしろやらなくてはいけません。
ですので命名は義務なんです」
「ふむ。それじゃ予約とか必要なのか?」
「いえ、牧師が空いている時間にサクサクっとやってくれますよ。あの人達暇ですし」
さっきから牧師"様"と言わない時点であまり良い印象はないのだろう。
もしかしたら牧師の地位って足した事ないのかもしれない。
それを尋ねると、人からは感謝される立場にあり、人からは牧師様と呼ばれている場合の方が多いとか。
単に"様"を付けていないのは、所詮役職にすぎないかららしい。
それ以外にも何やら含みがありそうだが――ここはスルーするに限る。
(怖いしね)
「それじゃ自己能力の項目確認の前に、命名をして貰ってくるよ」
「項目等については、訓練所の方に聞くと良いと思いますよ。そのまま訓練官を紹介して貰えますし。
結局の所、そこからが始まりなわけですから」
「そういえば、そうなんだよな……
色々あって訓練が終わった気になってたよ」
「まぁ、い・ろ・い・ろ ありましたからね(笑)」
「ぐっ」
ぐうの音はでた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――インリーホーセト教会フロンティア民国民都プロンティア支部
そこは石造りの街の他の建物と比較してもなんの変哲もない所だ。
唯一違うところは教会のシンボルマークである《盾を貫いた槍》が飾られている事だろうか。
だが、内装は明らかに違う。
荘厳な作りをしていて、正面に対し長いすが綺麗に配置されいる。
正面に槍を持った聖人らしき像がある。
《レイア・リア・デューン・トリキア》という名前で最古の偉人であり、人族の国トリキア王国を建国した人物。
その左に弓を持った像、右に盾を持った像も配置されている。
恐らく彼らは《レイア・リア・デューン・トリキア》の仲間だったのだろう。
また長いすを囲むように様々な武器をもった像が並んでいる。
見るからに威圧されて長くここに止まりたい……という気分にはとても慣れない。
――――正直趣味が悪い造りだ。
(用件を済ませさっさと帰るか)
と決心する狐太郎、いやコロー。
奥にドアがある事から、ここに関わる仕事に就くもの――牧師やら修道女は住んでいる可能性が高い。
それはさておき、聖人像の下に講壇 (こうだん)――神父・牧師などが説教をするところ――があり、そこに目当ての牧師らしき人がいた。
「こんにちは。教会にご用かな?」
(用が無ければ来るわけないだろうに……)
「ええ、牧師様。命名の儀式をお願いしたい」
「ほぅ、命名の儀式ですか」
「自己能力をみたら名前が暫定になっていたんだ。
それで聞くところによると、牧師様に頼めばいい――と言われたんでな」
「確かに、私どもが命名の儀式を執り行い神に奏上させていただいております」
「それでさっそくだが執り行って貰いたいけど、大丈夫か?」
「――ええ、今の時間なら大丈夫みたいです。
では、神殿へと向かいましょう」
予定を確認するなり動き出す牧師。
――予定表みたいなのを持っていたことから、もしかすると忙しい人なのかもしれない。
動き出した彼の後に続くようにコローは歩き出し、神殿へと向かうのであった。
(それにしても聖人はリアル描写なのか婆さんの像とか誰得だよ。思わず叫びそうだったぜ)
――――俺の理性も捨てたモノじゃないな。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
――神殿
そこは石造りの建物ではあったが、他とは明らかに違う外観だった。
キラキラ ピカピカ
――と、光り輝く建物だった。
金箔に包まれた金閣など生ぬるいという叫ぶように、純金製で、飾りとして宝石らしき物がちりばめられていた。
おそらくその質感的に金箔などではないだろう……。
(趣味が悪すぎる。成金主義かよ!)
それでいて内装は、石舞台と銅鏡のみという。
「神殿って誰が作ったかわかる?」
「神殿は、この世界が生まれた時からここに存在し、また不変であり不滅の存在ですよ」
「ここにあったってことは、逆にここにしかないってこと?」
「いいえ、神殿は開拓され、新たな土地が作られると、神の力により中央に建立されます。
何時建てられたかなど、誰もみたことがありません。おそらく土地とセットで誕生するのでしょう」
「神の力……」
――――趣味が悪いのは神だった。
あまりにも酷いセンスの神。
もう何といっていいのかと悩み、
(いや――神が実在する世界で、悪口など言うわけにはいかないな)
と思い直し、口を噤む。
そうしている間にも、牧師は準備を完了していた。
「それではそこに伏し、顔を上げないで居てください。
命名と私が唱えたら、『暫定を返上し、私は○○という名前になります』と言ってください。
○○の所は好きな名前で結構ですよ……とは言っても暫定に使われている文字は、使わないといけませんけどね」
「わかりました。それではお願いします」
(コローを使わないといけないのか……)
そのことに少し落ち込みながら、色々と考えていると、牧師は早くも祝詞を唱え始めていた。
「世界を造りし偉大なる大神《■■■■■》、ここに僕たる司祭に代わり、加護を賜りし聖人を祭る牧師が願い奉る。
ある名も無き愚民あり。その者、哀れにも真の名を欲する業を持ちてそれを欲するなり。
この愚民を偉大なる神の力を持って救い、導きを賜らんと欲す」
そこで牧師はチラっとこちらを見て、目で合図する。
――――それにしても愚民とか哀れとか色々酷い祝詞だ。
このような文言を要求するとは、そうとう性格もねじ曲がった神だな。
神の名前がよく聞き取れなかったが、『今はまだ知るときではない(キリッ』というやつなのだろうか。
そんなことを考えていると、牧師の祝詞は終盤へと差し迫っていた。
「――命名」