12.う~ら~め~し~や~
「――ここが『匠鏃の間』です。それでは私は業務に戻ります」
「ここがそうなのか、案内ありがとう」
ガチャ
ドアノブをひねり押し開き、中へと進入する。
――そこは、暗闇で覆われていた。
誰も住んでいなかったので、カーテンが閉じられているのだろう……。
そして足を躓かせないよう、ゆっくりと入っていく。
埃の臭いはしない。
どうやら掃除はしてあるようだ。
レイニーではなく――掃除業者の人はちゃんと仕事をしているようだ。
そんな事を思っていると、カーテンが少し揺れ光が室内に入ってきた。
(ん?)
何か、そう、何かが見えたような気がした。
バタンッ! ガチャ
突如、音がした。
おそらく開けたままにしてたドアが自然と閉まったのか、レイニーが閉めたののどちらかであろう。
気を取り直し、カーテンを開けようと奥へと進む。
チカッ パチッ
――何故か急に明かりが付いた。
明かりと言っても薄い明かり――蝋燭か?
ギギギィギギィイイイ
何かがこすれる音がする。
なんだ、ここは? 前の住人の趣味なのか?
辺りを見渡すと、物が乱雑に置かれている。
明かり元を探すべく、さらに見渡すと――
壁に、西洋風の鎧があった。
それはあたかも、鎧を着た者がそこに潜んでいたかのようだ。
たが、問題はそこではない……。
――――剣で貫かれて、貼り付けられていたのだ!!
流れ、したたれ落ちたかのような広がりをみせる赤い液体は……おそらく血だろうか。
その様子に驚き、身を竦めていると――
ゲコォ ゲコォ…
今度はカエルの鳴き声が鳴り響く。
怖い。
怖い…………。
本能には逆らえない。
彼は危険を回避するために、自分の意思とは違う身体による反射で振り返ってしまった。
すると、そこには――
――――――幽霊が居た。
「ひ、ひいいぃぃぃぃいいいいぃぃぃいぃい!!!」
そうして狐太郎は気を失った。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
私は、レイニー・クラニーチャール。
ギルドが運営する宿舎――特別宿泊施設<<魂の休暇>>を管理する拠点管理官です。
主な業務は、ギルドが認めた者の出入りを管理することですかね。
いつも暇をしていた。そもそも、ここに来る者は少ないのだから。
両親がともに亡くなるような事は少ない。親戚が居ればそちらの世話になるのが普通ですから。
生活保護を申し出るような人はほとんどいないし、居たとしてもすぐ追い出されてしまいます。
入り口はギルドが発行する証がなければ開く事もないのです。
ここに定期的に来るのは備品などを搬送する業者。そしてギルド内部で働く職員くらいなものですね。
だから暇だったので看板を作ってみました。
『ご用の方はご自由にお入りください。ただし鍵が開いている時のみ。』
開いている時もなにも、用がないと開かないのだから、とんちが聞いていると思います。
――我ながらいい仕事をしたと思う。
次に考えたのはひよこちゃん。
この愛らしい外見とは裏腹をよそに擦りつけないといけないのです。何という悲劇。いえ、喜劇でしょうか。
『ご用の方はセンスの限りを尽くし、ふいてください。』
――嘘は言っていない。
拭いてを吹いてと単純に思って行動する様。
音もならないものに、必死になる姿を見るのは――とても面白くて笑えます。
そんな日々を送っていました。
そんなとき、一人の青年がここを訪れるとの知らせが届いたのです。
――生活保護を受けるなんて、プライドがないのかな? 怖くない人だといいのだけど……。
その人となりを想像して、その時を待つのみ。
『コタロウ・タヌキ』と書類には書かれていました。
――言い難いですね……。
備考にもコタローと呼んで良いと書かれてあります。さらに『いじわるだから気をつけて!』と注意書きまでありますね。
――これを書いたのはアーシャかな?
持ってきたのは違う人だけど、この丸っこい字の特徴はアーシャに違いないでしょう。
彼女は大人ぶっているけど、まだまだ子供らしさが抜けていないから……からかわれたのでしょう。
私もたまにアーシャをからかってますけど、中々に反応がよくてついつい泣かせてしまいます。
まあ、それは蛇足ですかね。今は関係ないことでしょう。
乱暴者とか怖いと書かれていなかった事に安心する。それ同時に、アーシャをからかうということは……ノリがいいのかな。
だから私は、色々と用意をしました。負けられませんからね!
この私が提案し採用した制服では、相手に心構えを持たせてしまう。
だから普段着に着替え相手を油断させる。
私の容姿がいいのは、長い経験上わかっています。
この格好をしていればある程度失礼があっても問題ない。神秘性があって、相手を不快にさせることはまずない……らしい。誰もがそう保証してくれる。望んで得たものではないのだけど…。使える武器は使うべきだと思います。
ゆえに、この武器を使い、精一杯楽しむのです。
準備を済ませ、配置につくとコタローさん――獲物がやってきた。
彼は挙動不審だ。
きょろきょろと周りを見回したり、頭を傾げたりして何かつぶやいている。
窓口までたどり着くと、私をおそらく探しているのだろう……。再びきょろきょろと見回している。
そしてついに『ひよこちゃん』を手に取った。
――――どんな反応をするのかな?
とわくわくしていると、何やら深く考え込みはじめた。
なかなか『ひよこちゃん』を吹かないので、思い切って直接手段に出ることにします。
彼を一通りからかった後、建物を案内することにした。
普通にトイレと風呂を案内するの面白くない。からかいも足りないし、彼の部屋だと偽って紹介する。
彼の反応は期待したほどではありませんでした。しかし、トイレの時はこちらが思いもしない事をされてしまいました。
「エッチ……」
とか呟かれ、思わず赤面してしまう。
あのあと、すぐにからかわれたのだと気付く。すこし悔しい……。
私に一本取った彼だが――
部屋の由来がなにやら気になるらしく、それを聞いてきました。
私のセンスあふれるネーミングに、彼もぐぅの音もでないのでしょうね。
……何やら頷いているし。
そんな感じに、久しぶりの人とのふれ合いに楽しんでいた。
彼も色々な表情を見せてくれるし退屈はしない。
やはり感情が動くというのは――どんな感情だとしてもいいことだと思う。
彼の部屋に案内する前に、もう一回だけからかってみようかな。
これはちょっと恥ずかしいので――気に入った人にしかしないことだけど……。
どんな反応をしてくれるのか楽しみですね。
少ししてから彼の後を追い、着替え始めた――――
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
目を覚ますと、美しい顔をした幽霊の顔が見えた。
「ひ、ひぃいいいい」
思わず悲鳴をあげ、硬直してると――
「だいじょうぶですか? コタローさん、何かありましたか?」
と心地よい声が聞こえる。
(この声は……? ――レイニーだ……。レイニーの声だ!)
それに気付いてから狐太郎は、羞恥の余り顔を赤らめた。
女性の顔みて悲鳴を上げる――失礼な事だ。特に綺麗な顔を見て悲鳴など言語道断である。
落ち着くのに少しばかりかかった。
その途中で膝枕をされていた事に気がつく。そして彼は羞恥とは違う感情で赤面した。
それを耐えるために、彼は天使――風俗嬢との想い出を反芻する。
あの経験がなければ、思わず押し倒してしまっただろう――
それはともかくとして、悲鳴を上げて気絶する前のことを思い出す。
あのとき見た幽霊はレイニーだったのだろう。
彼女が今着ている服がまさにそれだ。
白い三角の布―――天冠と、白い和服――死装束
どうみても幽霊としか思えない。
「――その服装はなんですか?」
とつい怨みがちな顔で尋ねるのも無理はない。
「これですか? 可愛いですよね。私が提案した制服なんですよ」
と微笑みながら返す。
悪意のかけらも含んでいないその微笑みは見せかけである。悪意の塊――邪悪の化身なのはもはや疑いようもない。
こんな女性にときめいたのは、錯覚だったのだろう……と想いを封じ込める。
――――だが、こんなに可愛いのだ!
その封印は脆く、持続時間も短く、いつ何時壊れるか予想も付かない。
「もう大丈夫だありがとう」
そう答え狐太郎は起き上がった。
姑息にもここまでずっと膝枕を堪能していたのだ。
(実に柔らかくて、気持ちがよかった)
「それでここはどこなんだ?」
「ここは衣装を置いてある部屋ですよ」
「衣装?」
「そうですよ、ここで、この制服に着替えたんですよ」
「『匠鏃の間』じゃないのか? ここまで運ぶとか重かっただろう」
「いいえ、『匠鏃の間』ですよ。『匠鏃の間』というのは衣装室のことなんですよ」
「ん? 俺の部屋に案内したんじゃなかったのか?」
と尋ねると、笑みを濃くしこう答えた。
「いいえ? 私は忙しいので業務に戻るとしか……。ここがコタローさんの部屋だとは一言も言ってません。それに入ってくださいとも言っていませんよ?」
(やられた!)
狐太郎は自分の短慮さを嘆いた。
確かにそんなことは一言も言ってない。
自分も『今度こそ、ここが俺の部屋か?』と確認していなかったのだ。
一杯食わされた形になってしまった。
だが、よく考えると狐太郎がビクビクしている後ろでレイニーは着替えていたのだ!
タイミングさえ遭えば、現場を目撃していたかもしれないのだ!!
そこを突いて少しは反撃をしてみる。
「――後ろで着替えてたんだろ? 恥ずかしくなかったのか?」
「恥ずかしかったですけど、振り向く可能性はほぼないと確信していましたし」
そう言われるとぐぅの音もでなかった。
自分はこの美しい女性に敗北したのだ。
「はぁ~、もう良いですよ。それより俺の部屋に案内してください」
「そうですね、随分楽しみましたし。――人となりも分かりましたし(ボソ)」
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
狐太郎はホテルの洋間の個室に似ている部屋に、ようやく案内して貰うことができた。
そして他の部屋を説明して貰った後、訓練所に向かう事にした。
他の住人とか気になる事は気になるが、自分の事を優先した。
そして玄関まで戻ると、
「そうそう、表玄関は外来専用なので今後は裏口から入ってくださいね。
裏口からすぐ出てそこが食堂の――つまりギルド建物への近道ですので、こちらを使う人は居ません」
これまでのことがあったから、騙されたつもりで向かった。
靴を持って、裏口に回って外にでたら……庭園を抜けた先にはギルドへと続く道があったのだ。
(なんであんな分かりづらい案内板があったのやら……謎だ……)
――――蛇足だが、あの案内板はレイニーが設置したものだとここに告げておく。