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11.恋する度に傷つきやすく

 

 

 

 

 振り返ると、そこには女神が降臨していた。

 彼女――いたずらっ子の指の持ち主であろう人物はもはや、自分とは同じ人間には見えなかった。



 円らで大きく、レッドダイアのような瞳の色が蠱惑的で目を離せない。

 少しつり上がりがちなところが意思の強さを感じさせる。

 腰まで伸ばした長く細い銀色の髪がさらさらと靡いている。風もないのに靡いているのは、神の演出だろうか……。

 それはまるで――綿菓子ができる瞬間のようで甘く切なく、かき集めたくなる。

 細く緩やかに一筆書きしたような柔らかな鼻のラインは、他の造形は考えられないと見るものを思わせる。

 普通より赤みがかっているぷっくりと膨れた小さな唇は、正直貪り食いたい。


 少し目線を下げると、和服の襟元からのぞく肌は不健康なほど白い。それは心配で、監禁……いや看病しなきゃいけない気分にさせる。

 やがて見えてくるコーナー……じゃない、胸元には大きな果実が実っている。実に食べ頃である。

 

(こういう人を傾国の美女と言うんだろうね。甲斐性がある人なら性格とかは二の次だろうし……。殺してでも奪い取るって思えるね。うん、個人的には、お尻がちょっとちっちゃいのが残念だ)



 そしてその顔が浮かべる表情は、実に楽しそうである。

 ――無理もない。

 人をからかって面白くないはずがない。


 おちゃめなその態度もまたそそる・・・

 その笑顔に見惚れ、苦情を訴える事も忘れていた狐太郎に対し――


「何か他に反応はないのですか? つまらないです……」


 と少し不満げな顔に変わる。

 頬を膨らました膨れ面にも、ときめいていると……。


「そのひよこちゃん・・・・・・を持っているという事は……、何か用があったのですね。

 ところで、どうして顔に近づけていたんですか?」


 彼女のその言葉から、どうやら……わりと始めから見ていたようである。


「か、顔に近づけないと、ふ、笛は吹けないじゃないか?」

「笛? ひよこちゃんのことですか? それは笛じゃありませんよ」

「笛じゃなかったらどうやって吹けばいいんだ?」


 と返す狐太郎。あまりの美に緊張してどうしたらいいのかわからなかった。

 どうにか彼女――管理人らしき人物の美貌から目をそらす事に成功する。それでやっと反応を返す事ができるようになる。


「え? ふけ・・ばいいんですよ?

 顔に近づける必要はないんですよ。こうやって、っと」


 彼女はそういって、笛の置いてあった所に置き、こすりつける・・・・・・


 カッコー カッコー カッコッコー……


 ・

 ・

 ・



「………………」


 ・

 ・

 ・


「ね?」


 首を傾げ、こちらに媚びを売るようにして彼女は言った。


 なぜひよこなのにカッコウなのだろうか。

 だがツッコミをいれるところはそこ・・ではない。


「ね? じゃねーよ、ふけ・・って拭け・・かよっ!!」

「(どやっ)」

「『どやっ』じゃねーよ。楽しいか? 楽しいのか!?」

「うん! すっごい楽しい。その反応もすっごい嬉しい」


 すごく満面の笑顔で答える。

 詐欺である。こんなにも儚い外見なのに――


 ――こんなにも綺麗なのに。


 やはりこの世に神は居なかった。


 彼女は女神ではない。むしろ悪魔だ。

 ――小悪魔というには生ぬるい、悪意の化身だったのだ。


 狐太郎は無念を覚えたのだった。


 しかし、文字が意識に訴えるという推測は間違っていたのか?


(いや……違うな。相手に伝える気のない、相手に敢えて誤解させるようにすることもできるのか?)


 狐太郎は深く考えこもうとする。しかしそれは今でなくとも問題ない。

 無駄な考えに嵌まる前に、用を済ませる事を優先した。


「楽しんで貰えて嬉しいが、こちらは余り愉快ではないからな。できれば止めて欲しい。」

「ヤダっ!!」


 速攻である。

 160cmくらいはあるから、子供っていうことはないのだろう。

 だがやってることは子供だ。



「……まぁ、いい。それよりこれをみてくれ、こいつをどう思う?」


 分からない卑猥なネタで仕返ししてみた。


(ふふふ、わかるまい。ゲヘゲヘヘ)


 と最低な妄想に耽る狐太郎。

 そして見せた者はアーシャに貰ったカード――ナマポ証明書であった。実に格好悪い。


「あー、はい。(チラッ)はいはい。落伍者の方でしたか。

 人生にゆとりがないからギャグをさらっと流せなかったのですね。

 これは済みませんでした」


 ピキピキ


 こめかみから音がしたのを狐太郎は気付いた。

 加えて口も悪い。まさにこれは千年の恋も冷めるってやつだ。


「私はここを管理しているレイニー・クラニーチャールです。コタロー・タヌキさんよろしくお願いしますね。」

「こちらこそよろしく頼む」

「じゃあ、案内するので着いて来てください」

「ああ、頼む」


 そういうなり、すたすたと歩き出す悪魔。

 だが、ふと何かに気付いたかのように振り向いた。


「そういえばコタロー・タヌキってよわっちー名前ですね。これなら落伍するのも頷けますね。

 これから訓練して人並みくらいには頑張ってください」

「あぁ……(ピキピキ)」


 レイニーは実に楽しげである。新しいおもちゃを得た子供のようである。

 いや、まさに狐太郎はレイニーの新しいおもちゃなのだ。

 彼女は狐太郎がここに来るのを知っていたのである。

 アーシャが受け取った書類は、既に宿舎へと回されていたのだから……。







 宿舎は3階建てだ。

 階段を上り2階にたどり着く。だが、3階には上らず廊下へと進む。

 しばらく進むと、『憤怒の間』というところで止まった。


「ここがコタローさんの部屋です。どうぞお入りください」


 レイニーに案内されたところは和風の横開きではなく、内開きのドアだった。

 勧められるがまま中に入るとそこは――



 トイレ



 ――だった。



「…………」

「(にやにや)」


 二人の反応は対照的だった。

 これは冗談なのか本気で言っているのか判断に悩む狐太郎。

 それに対し、どんな反応をしているか楽しみにしているレイニー。


 なぜ狐太郎が判断に悩んだのかというと――


「落伍者にはココで十分よ」


 と言われたような気になったからだ。

 とりあえず先ほどまでの態度から、冗談だろうと決めつける。


「エッチ」


 便座――洋式トイレだった――に座り、頬を染めレイニーを見上げる狐太郎。

 その姿はレイニーに羞恥を与え、思わず――


「ご、ごめんなさいっ!」


 と言わせ、出て行かせるほどの威力だった。


「ふっ、勝った」


 狐太郎は勝ち誇り、ついでとばかりズボンを脱いで用を足す。

 ゆっくりと時間をかけた後、手を洗いそして備え付けのタオルで手をぬぐう。





「おまたせしました(キリッ」

「ええ、またされました」


 彼女は少し悔しそうにしている。

 思った反応とは違った。しかし、なかなかのリアクションにレイニーは少しテンションがあがっていた。

 ――これならば期待できる、と密かに企む。



「冗談はここまでにして、の部屋に案内しますね」

「あぁ冗談・・はここまでにしてほしいものだな」


 はたして次に案内されたのは風呂場だった。

 そこは――『達人の間』と書かれていた。

 当然まともに案内されるはずがないと狐太郎は思っていた。冷静に対処し、二つの部屋の由来を聞いてみた。


「風呂場だな……ここもそうだが、さきほどの部屋の由来は一体どういうものなんだ?」

「そうです、風呂場です。地べたを転がり廻った人生のコタローさんでも綺麗になれますよ。

 鴉の間は風呂→ふろ→プロ→達人という感じですね。

 トイレはなかから「ふんぬーふんぬー」と聞こえたことからつけました」


 やはり犯人はレイニーだったようだ。悪意しか感じられない銘々だ。


「さて、コタローさんにかまっている時間もあまり・・・ありませんし、次はちゃんと・・・・案内しますよ」

「そうか、それは助かるけど、何か仕事があったのか?」

「失礼な人ですね。ここを管理する以上細々とした作業があるんですよ。

 食事はギルドの食堂で取って貰いますが。掃除だって外から業者の人に頼んでいますが。備品の整理とかお茶を飲むとか色々忙しいのです」

「備品って買い出し?」

「備品は搬送してもらいます。こんなか弱い手で重い物なんて運べませんよ」

「…………」


 ずいぶんと楽な仕事であるらしい。


「まぁこの後忙しいのは確かですよ。誰かさんがやって来たので色々と手続きが必要ですからね」

「それは……手数をかけるな」

「ええ、そうですよまったく……(ぶつぶつ)」


 不満たらたらである。

 この調子なら本当に作業があるのだろう。

 トイレと風呂場を案内してくれたのは、おそらく普通に案内するのは面白くない、ということで冗談を入れたのだろう。

 素直じゃないな……と好意的に判断をする狐太郎。




「さて、つきましたよ。ここが『匠鏃しょうぞくの間』――」

 

 

 

 

 

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