10.HI・YO・KO~円らな瞳は憎めない~
ギルド――正式名称は開拓共同体だが、面倒なので狐太郎も通用で呼ぶことにしたようだ。
ギルドの建物を出て、案内板にしたがって宿舎に向かう。
実は案内板があったのだ。これは日本語ではなくこの世界特有の文字で書かれている。
実は冷やし中華が気になっては居たのだが、一文無しはお呼びではなかった。
(ふむ、ここをぐるっと回って少し先にいったところか……)
案内に従って進んでいると、石造りの建物とは明らかに違った木造建築の屋敷――洋館が見えてきた。
おそらく、あれが宿舎なのだろう。だがしかし、これまで見かけてきたもととは趣が違いすぎる。
ギルドの建物も大きさが異常であったが、石造りのものであり、周囲に溶け込む要素はあった。
しかしこの建物は他の建造物と比べ、明らかに一線を越えている。
木造建築。建物の大きさはギルドに比べれば随分と小さいが、それでも他の建物よりは大きい。
そして近づくと見えてきた金属製の門塀や木の塀。塀など他の建物にはなかった。共通項が見受けられないのだ。
(まだまだ、この世界を把握しきれていないな)
と考えている内に門までたどり着いた。
狐太郎は周囲を隈なく見回す。
(――呼び鈴はなさそうだな)
そう判断すると、門を開け潜り中へ入り込む。
中には庭があった。菜園では野菜? らしきものを栽培されている。花も咲いている。そのことから管理している人は、食い意地の張っている人とは限らないようだ。
広い庭があるのに、庭園としては作られている様子はない。むしろ、そういった文化がないように感じる。
しばらく歩くと、玄関がみえてきた。
ここもあの謎な出入り口ではないようだ。
ドアのすぐ側に 『ご用の方はご自由にお入りください。ただし鍵が開いている時のみ。』と謎文字――異世界文字で書かれた立て看板が掛かっていた。
それに従い、ドアを開け建物の中に入る。
そこは――純和風の造りをした内装をしていた。
まず目に付くのは木製の下駄箱。蓋まで丁寧な作りをしている。
躊躇していても仕方がないので、靴を脱ぎ上がってみることにした。
木造廊下を少し進んだあと、角を曲がるとロビーらしき所が見えてきた。
見た感じは日本の旅館のようだ。
この時点で外観を裏切っている。
(推理モノの最後では炎上しそうな見た目なのに純和風とか……)
この世界に来て一度でも予想通りなことなどあったことだろうか。
きっと管理人とやらは、ひよこのエプロンをした未亡人とかは期待できそうもない。
『ひょっひょっひょひょ』
とかいう口癖の婆さんの可能性が高い。
いや、そもそも女性ではない可能性もある。
あの『塾長が自己紹介しかしない漢のバイブル』の寮長がでてくるかもしれない。
『お前の為を思って』
とか言いつつゲテモノ料理を出してくる……とかは流石に勘弁願いたい。
そんなことを考えていると、窓口らしきものを見つけた。
管理人を探してみるが、どうやら誰も居ないようだ。
来客がいつあるのか分からないのに、常時待機している人など……そうとう暇な閑職か、常客があるような繁盛しているところだけだろう。
宿舎というからには、用事があるのは部屋を借りている人か業者、または新規で入る人くらいだ。普段は別の仕事をしているのだろう。
何か呼び鈴のようなものがないか探してみる。すると、ふとあるものが目が引かれた。
そう、それは――
――――ひよこの形をした笛――――
であった。
(こ、こんな、ところで、ひよこネタを持ってくるとは……やはり油断できないな!)
ご丁寧に『ご用の方はセンスの限りを尽くし、ふいてください』と書かれている。
ただ吹くだけでは駄目なのだろうか……。
(まさか、こんなところでセンスを問われることになろうとは――)
笛を馬鹿にする事なかれ。
人によってはこれだけで感動をもたらす事ができる……かもしれない楽器なのである。
下手な者が吹くと力が抜けるような気分になるし、力強く吹くとなんだか従わなくてはいけない気分にさせる。
きっとこれは体育教師や交通機関職員の調教によるものなのもしれない。
狐太郎はいつの間にか、ただ吹くだけではいけないような気分になっていたのだ。
これは管理人からの挑戦であり、ただ吹くだけでは逃げ――つまりは敗北者になるように思えたのだ。
(いいだろう……。俺はこの『管理人召喚具』を使いこなしてみせる!)
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
ここで狐太郎の過去を一つ語ってみたいと思う。
彼はかつて名前が原因で弄られていた。イジメでないところが重要だ。
小学生の時の事だった。
仲間内でサッカーが流行、ポジションで揉めることはよくあるだろう。
――中学生ともなると、クラブやら部活でならした者がそれとなく誘導するだろうが、所詮小学生である。
当然、普段ハブられがちな者が……キーパーを押しつけられる。
だが、彼の場合は違った。そう違ったのだ。
彼に与えられたのは笛。つまり審判をヤレと毎回言われるのだ。
――何故だ? 何故なんだ?
彼はついに我慢できなくて聞いたのだ。
「キーパーでいいから、俺にもピッチに出させてくれよ」
ピッチとか専門用語使いたがる年頃なのだ。
そして友達(?)は答えた。その理由は――
「だってこたろうくん、てぬきするだろ? てぬきこたろうだし~(笑)」
と、余りにも理不尽な理由である。もはやタヌキですらない。
――子供とは残酷なのだ。
やがて少年・狐太郎はその友達(?)とつるむのを止めた。彼らは友達ではなかったのだ。狐太郎はそういうことにした。
そして彼は一人、砂遊びをするようになった。
これが切っ掛けで発掘関係に興味をもった――かどうかは不明であるが。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
そのときの経験を生かし、躊躇いなくホイッスルを掴む。
そして口に咥え、力強くその旋律を紡ごうとする――
ぽん ぽん
――時のことだった。ふと右肩を叩かれたので、思わず振り返る。
しかし……誰もいない。
彼は気を取り直して笛をもう一度咥える。
ぽん ぽん
もう一度振り返る。
――しかし今度は左側を振り返る。狐太郎は素直ではないのだ!
だが、完全に振り向く前に何かが頬にあたる。
――指だ。
これは馬鹿にされているのだろうか。
『やーいやーい』
と脳内で馬鹿にされる声が聞こえるようだった。
そのいたずらっ子な指を捕まえようと手を動かす……が、指は既にそこにない。
「甘いです」
声が後ろから聞こえた。
今度こそ振り返り、その声の正体を確認する。
――そして狐太郎は恋に堕ちたのだった。