奏者の調べ
コロナがシャーウッドを見る目は尋常ではない。
そんな彼にシャーロットは思わず、「良かったら食べます?」と言ってしまった。
それを聞いたコロナは反射的に何度も頷いた。そして、『ちょーだい』と子供がするように手のひらを上にして、シャーロットの前に差し出した。
その仕草に苦笑しながらも、快くコロナの手にシャーウッドを乗せた。
……
…………
……………………
「ふふふ、焦らなくても取ったりしませんわよ」
そう声を掛けてしまうのも無理もない。
彼の食欲は凄まじく、収納道具から出すもの出すもの全て、彼の胃に収まっていく。
コロナも最初は一つだけのつもりだった。
受け取ったシャーウッドを味わって、ゆっくりと噛みしめながら食べていた。
しかし、完食してしまうと、まるでこの世の終わりのような表情を浮かべてしまった。
それをみたシャーロットは、「これもどうぞ」 と、シャーウッドが入っている容器ごとコロナに差し出してしまったのだ。
それを見て、コロナはパッと花開いたような笑みを浮かべる。
「マジか!? もう返せって言っても返さねーぞ」
と奪い取るようにそれを受け取り、もしゃもしゃと食べ始めてしまったのだ。
一つだけとわかっているなら、じっくり味わって食べるものだ。しかし、こうもたくさんあると……ついつい箍が外れてしまう。
そしてその様子を温かく見守りながら、シャーウッドを追加していくシャーロットの様子も気付きもしない。
コロナがショーユ味を堪能しているさなか、シャーロットも不思議な感情に苛まれていた。
餌付けしているような気分でいて、それとはやはり違うような……そんな気分だった。
たとえるなら――そう、子供の面倒を見ている感覚だ。
彼女たち妖精族は寿命が長い。
とはいえ、成長が遅いというわけではない。精神的成熟も人のそれと大差ないことだ。
だが、人族が結婚するのは20台に対し、妖精族は100歳を超えてから。
彼女たち妖精族は、まず自分のしたいことをする。
そして自らを高め、自分に相応しい伴侶を探す。
生まれがどのように高貴だとしても、本人の資質が伴わないと見向きもされない。
やがて個人でできることの限界を迎えると、生涯のパートナーを探すことになる。
それが人族の20歳くらいに相当する100歳というわけだ。
それゆえ、私は何ができて何ができない、こういう相手を探しています。
といった具合にお見合いのような形式になることが多い。
だからといって愛情がない訳ではない。
恋愛による結婚とは違うものの、妖精族は自分にはないものを愛する性質がある。
自分にはできないものをできる。それだけで尊敬に値するのだ。
彼らにとっての伴侶の愛情というのは、尊敬の度合いが誰よりも高いことを指す。
常に一緒に居て、お互いを守り、信頼していく。
それは誰よりも尊敬し、尊重を意味する。
つまり少しずつ、愛を深め合うと言う形になるのだ。
人族のように、一瞬で燃え上がり、そして燃え尽きるような恋はしない。
長く生き、精神的にも成長を終えた後に結婚をする。そんな種族ゆえの恋愛観という訳だ。
また、長く生きる彼らにとっては、できないことの方が少ない。
だからこそ、人族とは違って自分にはできないことは、素直にできないと認められる。
嫉妬するという感情を余り持ち得ないのだ。
そして中には、その性質ゆえに青田買いの様なものをする者もいる。
若く、これからの成長が期待できそうな存在を見つけ出す。そして自らの手で育てていくことに生き甲斐を持つ、という性癖を持つ者たちだ。
彼らの様なタイプは既に形が完成されて、後はそれを伸ばしていくだけのものよりも、自分の好みに成長させることに意義を感じる。
それはあたかも光源氏計画のようなものだ。
長い寿命をもつ彼らだからこそできることなのだろう。
勿論一人でできることの限界が見えなくて、伴侶を探さないものもいる。
そういう者は生涯を通して独身で過ごすことになる。
だが、そんな者は例外中の例外であり、大体の者は限界がわかっていないだけ。限界と感じ取れないだけなのだ。
――つまり、二流以下の存在にすぎない。
シャーロット・ベルリアン。
彼女は既に結婚適齢期の110歳。大体200歳までには結婚はするつもりでいた。
未だ実家に戻ってはいないため、お見合いを勧められるようなことはなかった。
だけど自分の弟や妹はまだだが、兄や姉は既に相手を見つけている者もいる。
後継者である長男に至っては既に子供もいる。
既に自分と同じくらいの身長になっている姪っ子ではあったが……
姪っ子の親である長男とは100歳近く年齢が離れているのでさもありなん。
その事から自分に子供ができていたらこんな感じだろうかと、そんなことを漠然と考えてしまった。
子供と同じようにこの子――コロナを育ててみたい。そんな気持ちに駆られた。
彼女は伴侶を自分で育てたいという性癖を持ち合わせていなかった。けれど、コロナを見て目覚めてしまった。
「ねぇ、コロナ?」
「ブホォッ」
突如猫なで声を出すシャーロットに、コロナは口に入れていた物を吹き出してしまった。
そもそも彼女は『コロナさん』とよそよそしく接していた。それがいきなり呼び捨てである。
もちろん、ただの呼び捨てだったら聞き流していた可能性はあった。シャーウッドに夢中だったのだ。適当に流してしまいかねない状態だった。
しかし、反応しない訳にはいかない理由があった。
甘えた声。今までシャーロットが発した事のなかった声色だ。
それはコロナの相棒たる【直感】をもってしても、対処できる反応ではなかった。
「ゴホッゴホォ」
「はい、どうぞ」
すかさずシャーロットは水をコロナに差し出す。
それを受け取りゴクッ、ゴクと飲み始めたのを見ると、次に手ぬぐいを用意した。
タイミングを見計らってそれ差し出す。その様子はまるで、長年連れ添った伴侶の介護をしているようだった。
コロナは受け取った布で、拭いた後、汚れたこれはどうしようかと悩んだ。
それを感じたのか、シャーロットは告げた。
「洗わなくて結構ですわ。そのままお返しください」
有無を言わせぬ口調でそれを奪い取る。
見た目とは裏腹なその強い意志に、コロナはたじたじとなってしまう。
「それで、もう満足しましたか?」
「あ、うん……でもこれ……貰ったら駄目か?」
コロナは意地汚いとは思ったが、未練が残るのだ。そのため、そう答えてしまう。
それだけ目の前にあった物が、コロナにとっては価値のある物だったのだ。
少なくともショーユを手に入れるまでは。
「ええ、どうぞ。まだありますので遠慮などする必要ありませんわよ」
「――そうか、ありがとうっ!」
言質を取ると、直ぐさま収納道具にしまい込んだ。
既に少し冷めてしまってはいるが、もう一度軽く炙れば、それはそれで美味しくなる。
そして一通りのことをして落ち着きを取り戻す。先ほどの醜態の原因となった猫なで声を問うことにした。
「ところで……さっき、いきなり俺を呼び捨てにしたけど、どんな心境の変化があったんだ?」
直球である。
婉曲的に聞くことが美とされる民族出身とは思えない。
だが、既にコロナの心はこの世界の住人となっていた。ゆえに問題などあろうはずもない。
言葉遊びなどできない、と開き直っていたということもあったが……
「ふふふっ、知りたい? 知りたいんですの?」
――まただ。
また甘えたような声を出す。
幼いが意見に似合わず、どことなく妖艶な仕草だ。
やはり年齢と、外見がかみ合っていないのだなとコロナは思う。
同時に、自分ではシャーロットには叶わないと判断し、素直に負けを認めた。
「あぁ、知りたい……かな?」
思わず語尾が疑問符になってしまったのは、知りたくない――という怖さも感じたからだろう。
聞いてしまっては後戻りはできない。
そんな怖さが確かにあった。そして、それは正にその通りだった。
「それは……ね、こういうことよ」
言葉を紡ぐと同時にコロナに近づく。
そしてそのまま接近すると――
――――――唇を奪った。
シャーロットの腕は、コロナの頭が動かないようにと固定されている。
柔らかい。
コロナはそう思った。
初めて口と口が触れ合う感触に、それ以外は思い浮かばない。
見た目ではそれほどあるとは思えなかった唇の厚さ。意外にもぷっくりとしていて、それでいて柔らかい。
思わず咥えて、その触感を堪能したくなってしまう。
鼻を通して感じられるのは、彼女の髪の匂いだ。自分が使っているシャンプーなどの匂いとは違う香り。
(別の何かだろうか)
彼女の体臭と相まって、それはコロナの性欲を刺激する。
(いけない、俺はロリじゃないんだ!)
これまで水を与えられて育ってきていたロリの芽が、嘘を吐くなよ、と語りかけてくる。
これは悪魔の声だ。
コロナは強く抵抗した。
「んふっ♪ ん~~~あむっ♪」
だが、そんな抵抗などお見通しとばかり、更なる追撃が迫る。
シャーロットの唇がコロナのそれを嬲り始めたのだ。
彼女の匂いによって思考力の奪われた彼は、【直感】・【究明】といった己が頼りとするスキルを使いこなせない。
逃げ場はない。まさにそんな状態だった。
彼女の口撃は無防備な体を蹂躙する。
上へ下へと弱点を探るように、少しずつ、少しずつ……
そして遂には防御を破り、中へと侵入を果たした。
クチュ、クチュ
やがて、抵抗を止め、コロナは彼女を受け入れた。
辺りに響くは彼らが奏でる一つの調べ。
聴衆はいない。そして彼らの邪魔をするものもまたいない。
誰のためでもない、自分等のためにただ一心不乱に奏でる旋律。
強く、
…強く、
……弱く、
…………だんだん強く。
指揮者の居ない演奏は彼らの赴くまま自由気まま。
曲は最高潮を迎え、遂には終幕を迎える。
ハァ、ハァ…… ハァ、ハァ、ハァ……
奏者たちの荒い息が、その演奏の激しさを象徴している。
呼吸すら惜しみ、情熱をぶつけただけ――
未熟な二人はテクニックなどありはしない。
だが、その情熱こそが、この楽曲の一番大切なもの。
二人にそれ以外の要素は何も要らなかった。
「ハァ、ハァ、ハァ……」
「ハァ、ハァ、それ、で……
わかり、ました、か?」
息を荒くして、コロナに問いかけるシャーロット。
息を乱し、興奮したその表情は実に艶めかしい。
それに見惚れながら呼吸を整え、コロナは答える。
「ハァ、ハァ、――ふぅ、わかるも何もこれって……」
混乱して働かない頭で、必死に考え、そして答える。
だが、それは答えになっていない。
シャーロットは自分との接吻に夢中になっていたコロナに、クスリと笑みを返しす。
「こ・た・え は、――――貴方のことが好きだからですわ」
先ほどの顔とは真逆の無邪気なほほえみ。それを武器にコロナへと、その思いを告げたのだった。
醤油味だったそうです。何がとはいいませんが。