魔獣適正ランクの仕様
《ナポリタンゴ》はハリネズミのような外見をしており、体表に生えている針を飛ばすことができる生体をしている。
この針は打ち出す速度と相まって、なかなかに貫通力のあるものだ。
針射出だけでもやっかいな存在といえる。
だが、この魔獣の真に恐ろしいところはそこではない。
小さい体からは考えられないほど素早い動きを見せる。それが問題だ。
小さな虫などを考えて貰いたい。
一見速い動きをしているかと思うが、その実――人の方が早く動ける。初動は遅いかもしれないが……
スズメバチに襲われようが、本気で逃げれば人の方が早い。もちろん、動き始めが遅ければ指されてしまう。
つまり、《ナポリタンゴ》は小柄故の俊敏な動きだけではない。実質の速度もある魔獣なのだ。
そして速いだけではない。多角的な動きもこなすのだ。
木々の枝をバネのように扱い、その都度、加速をする。
普段以上の動きに対応する感覚。
そして最後に、手から伸びる強靱な爪と歯で襲い掛かる。
この動きを捉えられないものは、《ナポリタンゴ》に徐々に削られ最期には命を落とす。
いかに装備が優れていようが、次第に削れていく。やがては破損してしまう。
そうなってしまっては、もはや死を待つばかりである。
彼らの動きを捉えられない者は、いかに装備を使い潰しながら逃げるか、が肝となる。
だが、それも最初の奇襲を耐えたらの話だ。
彼らは高性能な嗅覚を誇り、スキル【気配察知】の範囲外からでも獲物を感知できる。
つまり彼らとの戦いは通常、奇襲を受けるところから始まるのだ。
それ故に彼らのテリトリーである森で戦う場合は、襲撃を受けた後辛抱強く耐えに耐える必要がある。
そしてチャンスが来るまで待ち、カウンター――つまり【反撃】のスキルで倒すのが常套手段なのだ。
《ナポリタンゴ》は本来階級【ダウト】に類する魔獣だ。
前衛の盾と後衛が使う魔法を使って牽制し、最終的に接近して仕留めると言うのが主な討伐方法だが……
それをしてしまうと売却部位である針は、ほとんど駄目になってしまう。
そもそもあまり需要もなく、必要とされていない。住処である森から出てきた時、討伐依頼が出される程度の存在だ。
つまり、森から出てきた時の階級が【ダウト】なのである。そして森で戦うと、その討伐難度は跳ね上がり【パシリ】に相当するものになってしまう。
だが、ギルドはあくまで需要を試みる性質を持っている。必要ないのに、わざわざ敵の有利なところで戦う者もいないため、変えるようなこともしない。
そのため、階級は【ダウト】のままというのが実体であった。
このような扱いをされている魔獣は多々存在している。
そのため魔獣を階級別に考えると痛い目をみる……というどころか、下手すると生きて戻ることはできない場合もあるのだ。
だがギルドにしてみれば、依頼内容の不備で死んだのではなく、不注意で死んだということになるのだ。
討伐依頼における階級は間違って居ないのだから……強さは正しい事なのだから……。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コロナたちは森海に来てから、幾度となく魔獣《ナポリタンゴ》に襲われた。
だが一度経験したコロナは、周囲の様子から【予測】を使い、奇襲をされる以前に木の上に登り【反撃】を使う。
次第にその作業も【予測】を使うまでもなくなった。
【究明】が学習し、奇襲のパターンを全て分析を終えたからだ。
ここまでくるともはや、まさに『袋のネズミ』といった状態だった。
いや、『鴨が葱を背負って来る』と言う方が正確だろう。
もはや入れ食いという他に言いようがなかった。
コロナは森海に入った当初、何もシャーロットが予想した【索敵】を持っていた訳ではない。
【敵意感知】・【気配感知】・【直感】のスキルを使って探索していたのだ。
迷いなく進んでいるように端から見たら感じただろう。
だがそういうことではない。
進んでも平気だろうという【直感】が告げていたので、楽観的に行動したに過ぎない。
そして初めて魔獣《ナポリタンゴ》に奇襲されたときも、感知していたからすぐ行動できたという訳ではないのだ。
彼が使ったのは【緊急脱出】。
【直感】が放った危険信号でも反応することはできなかった。それゆえ、最終手段を使った……という訳だ。
それを使って回避した後に、たまたまシャーロットの方に跳んだだけであった。ならば、ついでにという考えから【予測】使い、を上手く打ち落とす事ができたに過ぎなかった。
――全部行き当たりばったりなのだ。
【緊急脱出】はその名の通り、強引に体を動かしてでも回避するスキルである。なので、体に負担が掛かってしまう。
最悪の場合は脚の骨が折れたりするが、今回の場合【直感】に反応したコロナは予備動作に入りかけていた。そのため大したダメージも負うこと無かったのは幸いだろう。
そのダメージも【治癒力向上】により、戦闘が終わる前には完治していた。
そしてシャーロットが枝の具合を確かめていたと推測した空中戦は、スキルを持っていないことが原因だった。
途中で【難所移動】を取得した、それだけの事だった。
ただそのスキルを獲得したところで、《ナポリタンゴ》以上の動きができるようになったという訳ではない。
【難所移動】があろうと移動速度は変わらないのだから。
ならば何故、彼は追いつけたのかというと――
【疾駆】を使い加速し、【急加速】を使ったのだ。擬似的に《ナポリタンゴ》の動きを真似たことで対応した。
【急加速】は二歩目の動きで最高速度になるというスキルである。
とはいえ、いかに【難所移動】があろうと地上のようには走れない。
そこでコロナは、一つの枝ごとにスキルを使っては切って、使っては切ってと、連続使用をすることにより急加速することに成功したのだ。
これは【急加速】の上位スキルである【跳躍】を強引に再現したといえるであろう。
攻撃に関しては、シャーロットの予想通り【魔法剣】であった。
この疑似【跳躍】を使いがら、魔法【ウィンドカッター】を唱え、サーブルに魔法を込めていた。
普段使う【フレアバースト】ではなく【ウィンドカッター】を選んだのは、貫通力を重視するならばこちらだからだ。
そして襲い来る《ナポリタンゴ》を始末していたのだ。
けれど、最初の1匹目の経験だけでこのようなカモネギ状態を作り出したのではない。
その理由は、【疾駆】と【急加速】の強化をしたことにある。
これらの状況は、今後も起こりうると【予測】が指摘し、【直感】もまた耳元で囁いたからだ。
ならばと、コロナは中途半端はよくないと思い、SkillPointも余っている事もあり、最大までスキルを強化したのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
コロナたちはポリタン薬草の採取を終え、森海を既に脱出していた。
《ナポリタンゴ》は実にしつこかった。叶わない相手だとわかっても襲い掛かってくる。
おそらく彼らは勝てる勝てないではなく、テリトリーを守るという習性を持っているのだろう。
人間と同じく、守る為に戦っている。
つまり彼らの知能は高いということだろう。
だが彼らは仲間や家族を守っているのではない。
好物であるポリタン薬草を守っているのだ。
大好物を人に取られることは許しがたい行為である。
コロナも好物は後の取っておく性質だ。
それを『食べないから』という理由をつけて強奪するものは、死刑に処すべきだと思っている。
つまり、ポリタン薬草は《ナポリタンゴ》にとってそういうものということだ。
そんな彼らにコロナは親近感を抱く――――わけもなく、美味しく素材を剥ぎ取った。自分本位なのである。
行きも帰りも襲い掛かってくるそれらは、ポリタン薬草の群生地を中心とし一定の距離をテリトリーとしていた。
それを過ぎれば魔獣の猛攻も収まり、遂には現れなくなった。
本来ならばそこで一休憩と行きたいところではあった。しかし、生憎と地面がぬかるんでおり、とても座り込む気になれなかった。
そのため強行軍をして、森を出ることにした。
やがて、森の外にたどり着く。そこで、ようやく休憩を取り食事をすることにしたのだ。
「か、変わった、食べ、物だけど……それは何だい?」
コロナはシャーロットが食べていた、俵型の食べ物に目を惹きつけられていた。
「これ……ですか? これはシャーウッドという料理ですわ」
「シャーウッド? 森?」
「なんで森ですの? たしかにこれはオリアコン森国の基本料理ではありますけど……」
コロナが注視したそれは、彼の食欲を刺激した。
別に意地汚いとか、そういう理由ではない。彼には注視しなければならない理由があったのだ。
それは――
(あ、あれは焼きおにぎり!? しかも醤油ベースの!?)
「そ、その、香ばしい匂いは何だい?」
コロナはその言葉を紡ぐのが精一杯であった。
なぜなら、彼の口からはよだれが際限なく沸きだしていたからである。
「これですか? これはショーユというものですわ。オリアコン森国の特産品の一つですわ」
コロナはそれを聞いてオリアコン森国に移住したくなった。
米が欲しいわけではない。コロナは日本人特有の米信者というわけでないのだから。
ジャガイモやそれに類するものがあったからだ。
だが、ショーユは別だ。
自分で豆を使って作ってみようと思ったこともあった。
しかし、世界には発酵させるための菌が存在しないらしく、失敗に終わってしまった。
魚醤についても、無駄に終わる可能性が高かったので、どうにもならず作ることは既に諦めていた。
だが、希望もあった。石けんもダンジョンの宝箱から手にはいるなら、醤油もいずれ手にはいるという可能性が残っていた。
そして今、ここに、その証拠が存在していた。
「それって、この国には輸出されていないのかな?」
「ショーユはたしか……少量ですがしていると思いますわ」
「なら俺にも、買えるのか!?」
コロナはすかさずそれに飛びついた。
醤油、いやショーユが手に入る可能性があるのだ。ならば詳しい話を聞かないという手はない。
「う~ん、多分無理――だと思いますわ。
ショーユは関税が高いので、高級料理店でのみ使っていると聞いたことがありますわ」
それを聞いてコロナは落ち込んだ。
そしてその様子を見たシャーロットは、思わず声を掛けてしまった。
「ですが……コロナさんは運がいいですわ」
「え?」
「ショーユを生み出す特産施設がある領地は、私の実家ですのよ。
ですので、実家に交渉すれば割高になるとは思いますが、個人輸入という形で手にする事はできるはずですわ」
――個人輸入
これは本来の関税とギルドのマージン。さらに輸送手数料を加え、輸入税と呼ばれるものがその上加算される。
この輸入税といわれるものは、輸入資格と呼ばれるものを持たない者に課される税金なのだ。
だが、シャーロットにしてみれば、新しい取引先が確保できるということではない。
そもそも管理している訳でもない。特産施設の管理人と国とのパイプを、繋げているだけのシャーロットの実家に儲けなどないのだから。
だからそういう意味で声を掛けたわけではない。
そう、彼女もレイニーの提唱する『コロちゃんは情けない顔が一番』という顔にやられてしまっただけなのだ。