内偵調査
森海まで順調な道程でした。
もっとも順調ではない場合など、盗賊の類いが出没するくらいなんですけどね……
それも特になく、予定通り付くことができました。
森に入ると、「ここから先は俺の仕事」と言わんばかりにコロナさんが先頭に立ちました。確かにそうして貰えると助かるので、私は素直に後ろに下がります。
そのとき横目で見た感じは、今までの様子とは変わり、真剣な面持ちになっていました。
――ああいう顔も、できるのですね。
道中、コロナさんには軽い印象しか感じられませんでした。けれど、ただ軽いという訳ではなかったようです。
彼は仕事とそれ以外で、意識を切り替えていただけのようですね。あまり見かけないタイプの人ですが、いないわけではありません。
もっとも……そういう人たちは仕事以外の時に、うっかりと死んでしまう場合が多いのですけど――
まあ、逆に考えると仕事の時は大丈夫ということになりますね。
そもそも、切り替えない人たちが死にやすいのかもしれませんが……
けれど、それは私に取っては都合のいいことでした。
目的の一つ。彼の人となりがわかりやすいということです。それにもう一つ理由があります。
私は身分の都合上、傅かれる事には慣れていますが、余り仰々しいのは好みません。ですから、それはそれで問題はありませんでした。
――頼もしさを感じなかったのも事実ですが……
しかし、どうやら先入観に囚われすぎていたようです。
この様子では、油断――ということはなさそうで少し安心しました。
いくら実家の為とはいえ情報入手のためだけに、命の危機に陥るのは馬鹿げてますからね。
そもそも冷静になって考えれば、未踏破ダンジョンに通い詰める様な人が、簡単にどうなるわけでもないのですけれどね。
……
…………
……………………
どうやら集中しているのではなく、スキルを使っているようですわね。
しばらくコロナさんの様子を窺ってましたが、辺りを警戒するというよりは、むしろ自らの感覚を研ぎ澄ませている様に見えました。
報告通り人族……の様ですが、あの歳で【気配感知】を身につけているのでしょうか?
自らに対する【敵意感知】ならともかく、不特定多数の気配を探れる【気配感知】は身につけるのは難しいとされています。
傭兵ではありますが、私も一応取得しています。これも人族とは違う寿命が為せる技ではありますが……
しかしながら、コロナさんは迷いなく進んでいる。――ということは、【敵意・気配感知】を極めた【索敵】を持っている可能性も考えられますわね。
そんな事を考えていると突如奇襲されてしまった。
――狙撃っ!
そんなっ!? 私の【気配感知】の範囲外から!?
驚く私を尻目に、コロナさんは落ち着いた様子でそれをいなしていく。
さらには私の護衛までする余裕すらありました。
彼が払い落とした物を見ると、どうやら針のようなものがありました。
「これはっ!? どうやらお出ましのようですわね。魔獣《ナポリタンゴ》ですわっ!」
見つけた針は《ナポリタンゴ》が体表から打ち出す毛針。
彼の魔獣が放つ針は、かなり強力な物です。私が着ている防具には意味を為さない物ですが……急所に当たれば、それ相当にダメージを負ってしまいます。
しかし、運がいい‥いえ、コロナさんのおかげでしょうね。
私では奇襲を受けることから始まる。それを前提とした戦いになるでしょうが、どうやらコロナさんは奇襲すらも把握していたようですね。
「上だ! 気を付けろっ!!」
コロナさんが私に注意を促す。
「上ですって?」
話しかけられて、反射的に見上げてしまう。
すると小さな影が、素早く木々の枝を移動していて、そのしなりを利用して加速しているのがわかりました。
これはいけません……!
私は額から汗が流れるのを感じた。
自分の予想以上に《ナポリタンゴ》は強敵のようです。聞いただけと見るのでは全然違いますわね……
私の視覚ではわずかにしか捉えきることができない。その速度で、動き回る魔獣に焦りを感じる。
【エリート】としての自負が【ダウト】階級に相当する魔獣だと、少し舐めていたことを後悔しました。
――魔獣は、木々が密集したところで戦ってはいけない
そう書かれていた一文をようやくにして思い出したのです。正直、舐めすぎていましたね。
枝を利用して多角的に動き、加速しながらも針を打ち出してくる魔獣。
「コロナさん、開けた場所まで走りますわよっ!」
私は攻略法に従った行動を取るために、彼にそう声を掛け、走り出しました。
しかし――
「必要ない。このまま、ここで、倒す!」
こうしている間も、自分と私に迫る針を打ち落としているコロナさん。
――――すごい……
私は正直にそう思いました。
なぜなら、打ち落としている作業は片手間だったからです。余裕があるのでしょう。私の方を向いて――つまり、よそ見をしながらそれを実行しているのです。
「心配なら、防御を固めてろ!」
私は大人しく、その指示に従い防御を固める。
本当ならば開けた場所に移動したいのですが、どうやらそれは叶わないようですからね。
「『内気なるモノ、汝は衣を纏いて真実を隠す』――――【マジックシールド】」
扇 杖を開き、魔力の幕で包み込む。
魔導武器故に、その効果は通常以上の効果を発揮する。
これを展開し、露出した部分を覆い隠したならば、もはや《ナポリタンゴ》ではダメージを与えることはできない。
安全を確保すると、戦闘の様子を窺うことにした。
すると、コロナさんは一瞬にして木の上に登り、《ナポリタンゴ》と同じように木々の上を跳ねていった。
最初はぎこちない動きだった。けれど次第にその動きは鋭くなり、やがて――
《ナポリタンゴ》以上の動きになり、瞬時に追いついた。
ぎこちなく感じたのは、枝の強度を確認していたのでしょうか……
追いついた後は、あっという間に殺してしまった。
その動きは素早く、私の目では捉えることなどできませんでした。
一体何をしたのでしょう。私にはわかりませでしたが、おそらく《刺突剣》で攻撃したことだけは間違いないでしょう。
――急所を一撃? それとも高威力の【魔刃】?
コロナさんが持つ武器はあまり強力な物に見えない。まして《刺突剣》では、急所を突くにしても刃が通らないように感じる。
なら、【魔刃】で急所突きをしたのが一番可能性は高いのかしら?
――でも、もしかすると……【魔法剣】という可能性もありそうですわね。
いままでコロナさんを見てきた上で考えると、十分にありそうな答え。
どちらにしても《ナポリタンゴ》を一撃で仕留められる――ということだけは事実ですわ。
私は【マジックシールド】を解除し、コロナさんを待っていると、向こう側――コロナさんがいる方から呼びかけられました。
「――ィ、ォーィ、オーイッ!、こっちに来てくれよ」
依頼主と雇用者という関係上、態度的には問題がある行動。
どうやら本人の申告通り、礼儀は要注意――ですわね。
コロナさんが私を呼んだのは、魔獣の処置をどうするか、ということを聞くためでした。
彼はどういう魔獣なのか知らないので、どの部位が売れるのかというのも当然知るよしもなかったのです。
迷宮探査を主とする探索者の中でも、彼は未踏破ダンジョン専門に近い。
当然かかわりのない情報は必要としていない事はわかります。
ですが、依頼にかかわる情報を入手していないというのも、また問題があると感じます。
やはり、よく考えて行動していない節がありますわね……
私はいつの間にか、彼の情報を探るという事を忘れていた。何ができて、何が駄目なのかを採点するという形に変わっていたのです。
「《ナポリタンゴ》は針以外は売れませんわ。
それと全部抜くのは面倒なので、皮ごと剥いで持ち帰るのが基本ですわね。
そして水に1週間ほどつけ込むと、針が抜け落ちるそうですので、その様にするといいですわ」
それを聞くと、彼は直ぐさまナイフを取り出した。そして皮を剥ぎ収納道具にしまい込んだのです。
彼が取り出したナイフ。それは主武装である《刺突剣》、それよりも遙かに質と攻撃力が上の様に感じられました。
――どうして、武器を買い換えないのでしょうか?
彼が手に入れた金額ならば、もっと良い物に変える事ができるはずですのに……
いっそのこと、そのナイフで戦った方が良いのでは? という気持ちにもさせられます。
それでも《刺突剣》を愛用しているということは、やはり【魔法剣】を取得しているのでしょう。
この推測は間違いないと思います。彼は確実に【魔法剣】を使いこなしていると見るべきですね。
ここまで観察してきた結果、ある程度の事はわかりました。
彼は『玉石』を自分の力で手に入れたのは、事実でしょう。疑いようがありません。
もちろん、運に寄るところが大きいと思いますが、それを可能とする実力はあったと見るべきでしょう。
こっそり、誰かの庇護下にあったという訳ではないことがこれではっきりとしましたね……
どうやら、実家が危惧するようなことはなかったようです。
もし、その場合……油断させて殺さなければならなかったでしょう。しかし、それはあり得ないように感じました。
……いいえ、まずあり得ないでしょうね。教会の暗部に関わりのある手先などとは――
あの神をも恐れる愚か者どもは、神殿に成り代わろうとしています。
そのため、今は金銭を集めていると聞きますが……
それゆえ、迷いなくギルドに売り払ったコロナさんを怪しんだわけですが。
けれど、コロナさんには教会の臭いがしません。あのどこか他者を見下した目。その様な気配は一切ありません。
ですから一安心といったところ。私はどことなくこの青年を気に入り始めていました。だからそのような事がなく、嬉しくなってしまいました。
それにもしそうだったとしても、暗殺は不可能でしたでしょうね。
【ダウト】でありながら、既に私以上の存在であることは、間違いのないのだから……
でもまあ、教会の暗部――熱狂的信者たちは何時までものさばっている事はできないでしょうね。
彼らは既に、包囲網が築かれている。そのことを察知していないでしょう。
だから破滅する船に彼が乗っていないというのは、そういう意味でも幸いだったのです。