妖精族の貴族
いや、そもそも妖精族は……人族からそのような視線を向けられる事が、習慣的になっているのかもしれない。
綺麗な人に目を向けてしまうのは当然だからな。
まあ、どちらにしても、彼女は何処へいっても注目の的だろうな。
そして、先ほど俺に語りかけた声はふんわりとしていて、まさにイメージ通りといったところだ。
だがその反面、言葉遣いは実に丁寧なものである。おしゃまな女の子といった様子で、実にほほえましい。
言い忘れていたが、彼女の身長は145cm程度といったところだろう。ぶっちゃげ、レイリアよりも背が低い。子供サイズだ。
いや、子供サイズというほど小さくはないな……
だが、少なくとも少女と呼ぶのに相応しい背丈である。
まれに、小さい大人の女性もいるが、遺伝子の為せる技だろう。
これで人族の五倍の歳月を生きると言うのだから、まだまだ子供という可能性もある。だが、合法ロリという可能性も否めない。
レイリアの影響で、少しずつロリに目覚めつつある俺にしてみれば、彼女は危険極まりない存在だった。
俺は気持ちを引き締めるためにも、彼女に話しかけた。
「それで依頼の薬草というのは、どういうものなんですか?」
俺は何時になく、敬語を使っている。初対面でもあるし、気を遣う必要がある。
だが、長く使っていなかったせいか、どこか不自然になっている気がしている。
でもまぁ、このようなヤクザな職種だし、相手も気にしない可能性もある。
けれど、一応念のため『なんちゃって敬語』でも、使うことにした。
――仮にも依頼主だしな。
「形とか教えて貰えば、わざわざ同行していただかなくても……俺が一人で行って採ってきますよ」
「ふふふ、勇ましいこと。ですが――その薬草は採取の方法が決まっておりますの。ですので私が、自身で摘み取らねばなりませんわ」
「そうなんですか」
「それに私も傭兵ですのよ」
「傭兵ですか? 俺の周りにはいませんねぇ。
どういう事をしている人たちなのか、いまいちわかりませんが……それなら俺に依頼しなくても、一人で問題なかったのでは?」
彼女の階級や強さが適さない場所ならともかく、自分で行ける場所ならば、依頼を出す必要などないはずだ。
そう思ったので俺は疑問をぶつけてみた。
「傭兵とは――戦い専門の職ですのよ。護衛をしたり、人里に下りてくる魔獣を退治したり……
確かに戦うだけでしたら、ギルドを通す必要はありませんでしたわ」
「ならば、何故?」
「一人旅が寂しかったからですわ」
「えっ?」
俺は聞き間違いをしたかと思った。
寂しいという理由だけで、無駄金を使う人とかかわった事などなかったからだ。
だが……そのような手合いは間違いなく――
「シャーロットさんは貴族なんですか?」
そう、お金にゆとりがある人種はお金持ちか、貴族と相場が決まっているのだ。
俺らのような苦労もした事のない者だけができることである。
「ええ、オリアコン森国の貴族ですわ。
――もっとも後継者ではないので、父親が引退したら除籍されることが決まってますけれど」
「なるほど……」
人族の貴族でないため、それほどの悪感情は覚えない。
それでも、どこか色眼鏡で見てしまうのは……俺の心が狭いせいだろうか?
貴族は悪だ! いや、敵だ!
偏見と嫉妬心に駆られようが、少なくとも俺にとっては味方であるわけがない。ならば敵として注意深く観察する必要がある。
だが、相手は綺麗な女性だ。その眼鏡はどうしても曇ってしまうことだろう。
口惜しいが、そう考えると女スパイの有用性に、俺は否定する事はできないだろう。もちろん、俺の被害妄想の可能性もあるが、彼女の意図がわかるまでは油断は禁物だ。
「一番の理由は寂しいということですけど、ちゃんとした理由もありますわ。
傭兵は総じて探査能力が欠如してますの。ですから不意打ちされて、撃退という形が常ですのよ。
そのため、これから行く森海のような場所では、流石に一人では危険と思いましたの」
確かに理由らしい理由だが――
「それならもう少し、人数を集めた方がよかったのでは?」
「そういう考えもありますわね。いえ、普通ならそう考えるでしょうね。
ですけど――……あなた1人居れば十分ではなくて?」
やはり腹に一物があったようだ。やはり貴族といったところか……
でなければ、このような理由で指名依頼などはありえない。
「指名依頼――どういう理由でしたか、教えて貰えますか?」
「もちろんですわ。……ですが、それはお仕事の後ということにしましょう。
薬草も目当てなのは間違いではありませんから」
「……りょーかい」
渋々ながら俺はそれに従った。
なぁに、焦ることはない。彼女は嘘を吐くように見えないし、いずれわかる事だろう。
だが、このようなナリをして嘘を吐くようなら、彼女は間違いなく老獪――ロリババアに違いない。
俺は美幼女と美少女の境目の『モドキ』を見てそう感じた。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
その男は予想していた感じとは違っていた。
噂に聞いた話では――
鋭い視線。
見る者を威圧する雰囲気。
常に油断なく周囲を警戒している。それ故必要最低限しか喋らない。
あと若い少女を囲っている……という所かしら?
最後の情報に、特に『若い』という部分に不安を感じていましたが、どうやら……問題はなかったようですね。
私に懸想を抱くようなことはありませんでした。
私は自分でもわかっていますが、一族のどなたと比べても発育がよろしくないのです。
もちろん体型のこともありますが、身長ですらそうなのです。
両親も兄弟姉妹もそれなりにはあるのに、私だけが例外なのです。
妹に「お姉ちゃんはいつまでも、可愛いままでいてね」などと言われたときには、引き裂いてやろうかと思いましたのよ、ほほほ。
こほん。話が逸れてしまいましたわね。
実家から報告にあった、コロナ・パディーフィールドという男。長年待ち望まれていた至宝『玉石』を、未踏破ダンジョンで手に入れた幸運の持ち主、ということですが……
彼は若くして未踏破ダンジョンに挑んでいるのです。
どこかの国の支援を受けているとかなら考えられますが、そのようなことはありません。
そのような後ろ盾がいるのでしたら、『玉石』はその国に納めなければなりませんからね。
まさに謎の人物――と言っていいでしょう。
少しでも情報が欲しい。そういうことで一番近くにいる私が実家から頼まれてしまいました。
ギルドに対して反乱を企んだ……という報告もありましたわね。
反乱――内容を見る限りは、反乱というには程度が低い様に感じられます。
元締めも、それに対する制裁を与えていませんしね。
旧制度に対し改革を試みた……と言った方が正解でしょう。これによってダンジョンの生存率があがった、という報告も上がっていますし。探索を行う者には良いことだったのでしょう。
ですが、長期的そして全体的――国家運営の視点で――に見たらこれは悪手ですわね。
こういってはなんですけど。彼ら――低層ダンジョンで死ぬような者たちが生き残っているせいで、経済が滞ってしまいます。
彼らの生産――アイテム・特産品採取量は自らの消費に及ばない。
故にいなくなってしまった方がいいと考えられます。人口管理はしなければ、今の世界では成り立たなくなってしまうでしょう。
少なくとも、新たな土地が切り開かれるまでは、安易に人が増える事は望ましくありません。
もちろん10年100年では揺るがない事でしょう。――けど、200年以上になったらもう駄目でしょうね。
そのことから、彼――コロナは考えなし、という事も送られてきた資料では示唆されています。
けれど、私はそうは感じません。いえ、考えなしという意見には賛成ですが、意味が大きく違います。
詳しい成り行きは、捨て駒にされたから文句を言った、となってますね。
資料の内容だと、考えた結果が考えなし、とありますが……私は何も考えなかったという方が正しいように思えます。
それが発展して、偶々改革につながった……ということでしょう。
確かに、望んでやったかどうかは、情報だけでは判断が難しいところですわね。
私も会ってみなければわかりませんでしたし、ね。
まあ、そういう訳で、調べさせた――報告書だけにはどうにもならないので、私が直接接触することになりましたの。
――指名依頼
確実に彼と接触できる手段。
当然指名依頼ともなると、割高になってしまいます。
実家からの資金は提供されない現状では、それほど私にも余裕があるという訳ではありません。
なら……せめて元が取れる依頼を考えなければいけません。それでいて彼の人となり、実力、共に判断できる依頼でなければ駄目なのです。
そして私はポリタン薬草の採取に決めましたの。これはフロンティア民国近郊の森海の奥地に生息する、魔獣《ナポリタンゴ》が好む薬草でして、中々市場には出て来ない物です。
確実に入手するためには、やはりギルドに頼むのが一番……といった薬草なのです。
この手の作業――依頼書作成は実家にいるとき、よく書いた物です。
慣れているため、私は迷うことなく書き込んでいく。そして依頼契約書の内容を良く吟味し最後に署名する。
〝シャーロット・ベルリアン〟
よし、――……これで完璧ですわね。
もし不備があった場合は、大変なことになります。そもそも、内容の質によって価格が変わってきますからね。
慣れていない人だと、依頼料が加算されてしまいますからね……
私は安くなり、そしてこちらに被害が及ばないような内容を書き込み、それを提出する。
暫く待っていると受理されたと連絡がきました。
――――あとは当日を待つばかりですわね。