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わたし悪女になりました

 

 

 

 

 あの日、コロナに触発されたレイリアは人が変わったかのように積極的になっていた。

 早く2人で特産品を使った料理を作ろう、という野望ゆめを叶えるために手段を選ばなかった。


 それには階級ランクを上げなければいけない。しかし、今までのペースでやっていては時間が掛かりすぎてしまう。

 そこでレイリアはコロナを連れ回すことにした。かつては未踏破ダンジョンに潜るなんて……と難色を示していたのが嘘のように。

 それは固定パーティチームであるなら、問題ないことだろう。


 けれど、今までの彼女なら難色を示していたことでもあった。



 彼女の身の丈に合わないところでの活動。それはつまり、コロナを当てにした力業。

 これは彼女が忌避していた寄生に近い形だろう。自分の意志を曲げ、自ら臨んでコロナを利用する。


 それは悪いことではないだろう。二人は固定パーティチームを組んでいるのだ。

 メンバーを鍛えたり、階級ランクをあげるのを手伝うというのは推奨されることはあっても、批難されることなどありはしない。

 いままでは、レイリアが頑なに拒んでいたこともある。さらにコロナが【ニート】になってしまったため、動けないだけだったのだ。


 しかし、レイリアは考えを改めた。それが良いことか悪いことかは別ではあるが……




 一方、コロナ。

 彼としては、「俺【ニート】脱却頑張ったよね? ちょっと休もうよ」と言いたかった。

 物心が付いて以来、これほど真面目に努力したのは初めてであった。

 それゆえ、心が休息を求めていたのだ。

 身体も……と言いたいところであったが、彼の持つスキルがそれを許さない。

 身体が疲れていなくても、休みがいらないという理由にはならない。


 そもそもコロナは仕事人間ではなく、まだまだ遊びたい年齢なのだ。加えて蓄えもできており、無理に稼ぐ必要もない。

 ならば一月くらいだらけてもいいのでは……と考えていた。



 ところが、「コロナさん! さぁ、今日もダンジョンに行きましょう!!」とキラキラと輝かせた瞳をしたレイリアにたたき起こされてしまう。そんな様子のレイリアに、嫌と言う訳にもいかず渋々とそれに従う他はなかった。


 これには、レイリアの欲以外にも理由があった。

 何も最初からコロナを酷使するつもりなどはなかったのだ。



 けれどコロナは、【ニート】でなくなった途端にだらけ始めたのだ。

 早起きして朝食を作ることもあっさりと止めてしまった。

 「俺は稼げるんだからいいだろ?」と言わんばかりの態度で、ダメ亭主っぷりを際限なく発揮していたのだ。

 だが、端から見れば、


『働きに出ないで何を言っているの?』


 と言われそうな生活を送っているとしか考えられなかったのだ。

 その姿は【ニート】を脱却したにもかかわらず、ニートそのものと言って然るべき状態だった。




 最初の頃は、レイリアにも理解の色があった。

 構ってくれず、少し不満に想いながらもコロナは疲れているのだとわかっていたからだ。

 それ程、コロナの頑張りは凄まじいものがあった。執念がなせる技だろう。


 しかし、何時まで経っても休息を止めない。

 それどころか、部屋の外に出るのは食事の時とトイレと風呂の時だけ……いや、食事は収納道具ストレージの物を食べて出てこない日もあった。顔を合わせない日すらあった。

 そんな日々が続くと、レイリアも黙っているわけにはいかなくなる。


(このままでは、コロナさんが駄目になってしまう!)


 レイリアは、やる気を全く見せ始めないコロナに遂には痺れを切らす。そして強硬手段を用いるようになっていった。



 もちろん、早く【ダウト】以上になりたいという気持ちもあっただろう。それがたとえ、彼女の価値観の中では『ズル』という部類に入ろうとも――

 だがそれ以上に、コロナと固定パーティチームとしての活動をしたい。今まで我慢してきたのを抑えきれない、という気持ちの方が遙かに強かった。


 しかし、そんなレイリアの気持ちなどお構いなしとばかりに、コロナは引きこもってグータラしてばかりだった。


(何もしていないのに、どうやって暇を潰しているのかな?)


 そのことに正直疑問を覚えたレイリアだったが、そのことは気にしないことにした。

 なんとなく、触れてはいけない気がしたのだ。




 対してコロナは――

 ただサボっていたという訳ではない。これからのことを考えていたのだ。

 もちろん、サボりも含まれてはいたが……


 考える事はたくさんある。いや、やりたいことと言った方がいいだろうか。


 今自分の現状とは――

 安定した生活。可愛い女の子との同居。温いダンジョンでの探索。


 確かにこれ以上にないくらい、上手くやれていると言ってもいい。



 だがその反面、どこかに物足りなさを感じてしまっていた。


 最初に入った《ガイニース》は期待はずれであった。

 しかし、次に入ったダンジョン、それは未踏破ダンジョン。その初の体験である《ローヌギア》に籠もっていた時は実に刺激的であった。

 そこは新鮮であり、また興奮に満ちた日々だった。

 確かに命にかかわるほどの危険はなかった。だが、それでも未知にあふれていたのだ。

 それを体感できて、今までにないほど楽しかった。過去最大といってもいいだろう。




 それに比べ、今はどうであろうか……


 ――ある人グンソーならこう言うはずだ、「お前は牙が抜けた狼……いや犬っころだよ」と。


 確かにレイリアに襲い掛からない時点で、狼ではないのだが――いやそれは今は関係ないことだろう。コロナは頭を振り、妄想を振り払う。

 ここで言う狼とは、野獣という意味ではない。獲物を狙うハンターのごとく――常に標的を探すという意味だ。


(確かに俺は……自分を誤魔化している。やはり俺は狸で狐にすぎないのか……)


 そんなことを考えていたのだ。それが原因でじめじめした雰囲気になっていった。

 それは気分にも影響していくことになる。コロナは結果としてやさぐれてしまった。

 心が荒廃してしまったコロナは、とても働くなどという気分にはなれなくなっていた。

 本来は休暇は2週間と決めていたはずにもかかわらず……



 そんなときだった。レイリアが唐突に強引になったのだ。

 そして未踏破ダンジョンに連れ回されることになる……







 その生活は確かに充実していたと言って良いかもしれない。

 レイリアを教え導きながら、協力してダンジョン《ローヌギア》で稼ぐ。

 このダンジョンをかつて単身で探索していた時は、仲間とのふれ合いなどなかったことなのだから。


 だが、結局は一度探索した所なのだ。

 彼女に合わせて……いや稼ぎを重視して、効率のいい狩りをする。それゆえ、アイテム売却における貢献ポイントが、効率的に稼げる場所を狙うことになる。

 だから14・15層に籠もるだけ。



 別に新しい階層に挑戦するわけでもない。ましてやお金に困っているという訳でもないのだ。

 もちろん、レイリアに頼りにされるのは嬉しい気持ちでいっぱいだ。

 けれど切羽詰まってもいないのに、淡々と作業をするだけの探索……それはとても楽しいとは言えない。

 嬉しいと楽しいは別の感情なのだ。


 そもそもな話、1人で籠もれるところに、固定パーティチームでくる必要はあるだろうか。協力して探索するということはどういうことなのだろうか。


 ――それは協力というより、ガイドをしているだけではないのか? 協力というならば、お互い死力を尽くして初めて意味があるのではないか?


 そんな考えがどうしても消えなかった。

 彼女を無視して、更なる奥に行きたい……そのような気持ちもくすぶっていることは確かだった。



 しかし……楽しそうな彼女の顔を見ると、どうにも切り出すことはできない。

 そもそも彼女の存在強度では、この先は安全とは言い切れない。

 冒険と無謀は別物だ。自分の身勝手で彼女を危険にさらす訳にはいかない。

 今は我慢の時だ。彼女がもう少し強くなる、またはメンバーを増やすかどちらか待つ必要があるのだから……


 それでも時々は彼女と別行動を取り、1人でより深層に潜りたくなる。


 一度拠点でそのことを切り出したことがあった。

 だが、泣きそうな顔で「私は足手纏いですか?」と言われてしまっては黙る他ない。

 女の涙は卑怯だとコロナは思う。自分の意志をねじ曲げさせるのだから……もうこれは武器と言っていいのではないか。

 ここで「ああ、その通りだ」などと言ってしまえば、この関係もお終いだろう。

 彼女ほど戦闘センスのある仲間を探すのは困難であり、また素敵な女性という意味でも非凡なのだから。



 自然とコロナはため息が多くなっていた。もちろん、そのことをレイリアも気付いていた。

 時々下に下りる――16層へ続く階段を見ては、名残惜しげな顔をしているのだ。

 どのように考えているかなど一目瞭然であった。


 しかし、彼女は今の生活が好きだった。

 危険もなく、彼と共にできる仕事。それでいて稼ぎも良く、順調にお金と貢献ポイントも貯まってきている。


 周囲と比べれば、十分過ぎるほどの結果と言えるだろう。

 レイリアはコロナが向上心ありすぎると常々思う。

 未踏破ダンジョンに籠もっているだけでも異常なのだ。一般的には考えられないことなのである。



 いずれはさらに下に潜るようになるだろう。

 階級ランクがあがれば、二人だけで行けないような所にも、次第に行かなければならないだろう。

 ならばせめて、今だけでも。そう、今だけでも二人でのんびり過ごしたい。

 それが彼女の出した答えであり、願望だった。


 好きな人の思惑を封じ込めて、自分の意思を通すために、女の武器――涙を敢えて使っていることも自覚している。

 レイリアは、自分は俗にいう男を駄目にする悪い女だな、と思いつつも止められないでいた。


 幸せとは禁断の果実である。咎められても、求める事をやめられないのだから。

 彼女は自分の欲望が抑えきれなかった。



 

 だが、そんな彼女の思惑も無残に散ることになる。

 彼女の予想もしなかったことが起きたからだ。



 ――そう、彼女の恋敵てきが現れたからだ。

 

 

 

 

 

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