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Lt   作者: 空白スラ
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さよなら故郷

 空の涙が緑葉を伝い、やんちゃなそよ風がそれをさらう。葉は身を寄せあって音をたて、道行く少年を見つめていた。

 少年は、傘もささずに革靴で土砂を蹴りつける。そのまま、木々が守る街道を東へ東へ。降り注ぐ空の涙を肩に纏いながら振り払う事もなく。

「いいや帰らない」

 きつく結ばれた口から、声がもれる。

「帰らないったら帰らないぞ」

 少年の弱い叫びは雨音と共に木々の向こうに消え入り、それに呼応するかのように足が少年の意志を拒み出す。 悔しくても、じたんだすら踏めない。

「どうして止まるんだよ、動けよ」

 握りしめられた拳が、太ももをうった。だが少年の思い通りにはならず、足は地面にはりつけにでもされているかのよう。

 それでも少年は腕を、体を激しく振って、バランスを失って。最終的に、トマトでも壁に投げつけたような音と共に地に崩れた。少年の白い髪の毛やお気に入りの服、顔も黄土に染まる。

 風は何知らぬ顔をして通行人のように過ぎ去るのみ。それでも、濡れた少年の体温を奪うのには充分だった。

 少年は何とか体をひっくり返し、空を仰ぐ。首筋に冷たいものが当たっていた。

 見えた空は雪原のように濁っていて、そこへ向かって手を上げる木々は風に揺れ、さながら雪合戦でもする子供のよう。

 少年は雲を掴むように手を伸ばし、視界の端の、届きもしない木の枝を何度も引っ掻く。木々が「お前も子供だ」と言ってるように感じて、虚空を引き裂いた。

 そんな少年の口元は大きく上がり歪んだ笑みを作る。

 目に、二種類の涙を混ぜながら。


 少年はまだ十五で子供だった。故に目と髪の色が白い。十六になると色がつき、大人として世間に認められる。

「何が『子供』だよ」

 少年は父が嫌いで仕方がなかった。

 少年が何をやりたいと言っても「子供には早い」という理由で却下され、それに対して不満を言う度に「子供は黙って大人の言う事に従えばいい」と返される。更に、十才以上の子供はそれぞれが独自の名前で呼ばれるようになるのに、少年は九才以下の子供のように『父親の名前+ジュニア』としか父には呼ばれていない。

 その影響もあって少年は子供という立場に嫌気がさしていた。自由でもない、何かを強制させられる、話を聞いてもらえない……常日頃に蓄積された怒りが弾け飛ぶのも時間の問題だった。

「もううんざりだ! こんな家、出て行く!」

 言うのも出て行くの容易くて。言うまでもなく少年はそう父に吐き捨て、最低限の荷物をまとめて家のドアを乱暴に開けて、ここまで来ている。

 ただ、続けるのは難しい事。行くあて、お金、雨をしのぐ傘もこの少年は持っていない。


 それに少年の背中には、どうしても癒えない二つの痛み。

「せめて、あと何人か若いやつがいてくれたら……」

 これが村長の口ぐせ。いつも自分が持っている土地で、体の痛みに耐えながら農作業に勤しんでいた村長。くわを持つ手は枝なみに細くて、弱った足腰はがくがく。収穫作業に酷使され背中はすっかり曲がって。村長だけでなく、この村のほとんどの人が村長のような容態。

 もちろん少年も農作業を頑張るのだけれど人手が足りなくて、とても村長達老人が優雅にはしていられない。

 そもそも村長が農作業をしている時点で異常なのに、老人がしごかれているのをただ傍観して……無力で。

 しかも、村を出て行ってはまた人が一人減る事になり結果、村人の負担が増える。それに最近税率が上がり、ますます村が貧しくなりつつある。

 そんな中、ある種勝手な思いで村を出た事。

 更に村から出て行く時に、母に何度も引き止められた。腕を掴まれ、それを無理矢理ほどいて逃げるように街道を走った。後ろから聞こえた「行かないで! 戻って来て!」という叫びに悶えながら。ずっと。

 父とは違い自分の事を認めてくれ、時には父にもの言いをつけた母。苦しい村の生活の中でも笑顔が眩しくて、尊敬さえしていた。

 なのに__

「ごめんなさい……でも、帰る訳にはいかないんだ」

 自分に言い聞かせるように何度も呟き、地面を叩きつける。ようやく解放された足を大きく降り下ろし、その反動で起き上がり、また一歩一歩進んで行く。

 服はすっかり重くなって、革靴もだいぶ歩き辛い仕上がりになっていたけれど。

 少年についた土が乾いた頃には、月が申し訳なさげに雲の合間から顔を覗かせていた。

 風は冷気をはらんで、葉は既に眠りについている。

「帰らない……絶対に」

 もう帰れない。そう意志が固められていた。

「僕の旅は始まったんだ。僕一人の旅は」

 いつか、この砂を蹴る音や、それらによって足腰にくる倦怠感を心地よく思える日が来る。その時はもう大人なんだろう。少年はそう僅かに期待する。

 遠くの空で、星が七つ程点滅していた。

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