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09 宰相閣下、もの申す

 人が大勢集まり、宴も一段と賑やかになった。王太子オーラブは多くの人に挨拶し、ダンスをせがまれ、なんとか切り抜けていた。対するエリーザはヘッセンと彼の部下であるローアンを護衛につけられ、ソファでくつろいでいた。近くには宰相ロキスタもいる。


「エリー……アメリア様は、殿下と踊っただけですか?」


 すっとロキスタが手を差し伸べ、エリーザに尋ねた。戸惑いながらも、ええ、と返す。するとロキスタはくすくす笑い、では私とご一緒願えませんか、と言った。

 エリーザはオーラブをちらりと見た。けれど、彼は群がる令嬢から逃げるのに必死のようだ。彼女はロキスタの灰色がかった青の瞳を見つめ、その手を取った。


「ま……何よあれ!オーラブ様では足りなくて、ロキスタ様もだというの!?」


「恥を知るがいいわ、田舎鼠め」


 令嬢達のざわめきが、一層酷くなる。エリーザはなんだか急に泣きたくなってきた。すると、突然、後ろから人がぶつかった。


「あら、アメリア様。お許しください」


 黒い笑顔の令嬢がいた。恐ろしくて、エリーザは構いませんわ、と答えることしか出来なかった。ロキスタは眉間に皺を寄せている。

 少しして、今度は何かにつまずいた。あっと声をあげ、ロキスタの手が離れた。

 ああ、このまま転んでしまうのだろうか、なんて無様な、アメリア様に申し訳ない……。

 彼女がそう思った時、誰かの腕に抱き留められた。顔をあげるとオーラブだった。


「怪我は?」


「いえ……ありがとうございます」


 ほっとしてエリーザが返事をする。オーラブは辺りを見回して足を引っ掻けた相手を探そうとしたが、この人混みでは無理だった。


「ロキ」


 いつになく厳しい口調でオーラブが彼を呼んだ。少々青ざめてロキスタが返事をする。


「……申し訳ございません……」


 いや、とオーラブは宰相に顔をあげさせた。そして、エリーザを人混みから遠ざけるように言った。


「俺はまだあと二人ほど挨拶をせねばならない人がいるからな。すぐ済ませる、だから待っていてくれ」


 すたすたと彼は歩いていった。ロキスタはソファをエリーザに勧め、ここで待ちましょうと言った。

 エリーザが一息つくと、ティファナ=オ=リュデリッツの取り巻きの令嬢達が三人ほどでやってきた。皆、派手な衣装に化粧を塗りたくり、もはや素顔の想像は不可能だ。彼女達はエリーザにグラスを差し出した。


「アメリア様、どうぞ。ここは暑いですから冷たいものをお持ちしました」


 媚びるような彼女達の態度に、隣に座るロキスタはますます難しい顔をした。エリーザはありがとう、と受けとり、それを飲もうとした。瞬間、その令嬢の口許が僅かにつり上がる。

 エリーザが口をつける直前、ロキスタはその手からグラスを奪った。エリーザと令嬢達がぽかんとしている。彼はグラスの中身を確認するような素振りを見せ、笑った。もちろん商売用の、とっておきの笑顔で。


「このお酒はアメリア様には少し強いですね。私がいただいておきましょう」


 そして、彼はゆっくりとグラスを口に運んだ。令嬢達の顔つきが変わる。


「ロ、ロキスタ様!そんなお酒なんかより、私とご一緒しませんこと!?私、前からロキスタ様と踊りたくて……なんなら、明日の朝までご一緒しても……」


 ロキスタがグラスを運ぶ手を止めた。そして、興味なさそうにふんと笑った。


「丁度喉が渇いておりましてね。せっかくなので、いただきますよ」


 再びグラスの中身を飲もうとした。瞬間、令嬢が声をあげた。


「いけません、ロキスタ様!それには毒がっ……!」


 その言葉と同時に彼女の顔にグラスの中身がぶちまけられた。ロキスタが空のグラスを床に放り投げる。割れることなくグラスは転がり、テーブルの下に入った。酒は令嬢の化粧を溶かしながら、彼女の顔を悪魔のように塗り替えた。


「あの……ロキスタ……様……」


 愕然とした令嬢の唇から言葉が漏れる。エリーザは青い顔をしてそれを見ていた。回りはまったく気付いていない。

 ロキスタが立ち上がり、令嬢の耳元に自分の口がくるように屈んだ。そして、低く恐ろしい声で囁いた。


「てめえのそのツラを今より醜くしたくなけりゃ、今度から歩く時は前もしっかり見ておくんだな……」


 ロキスタはエリーザを強引に立たせ、近くにいたヘッセンとローアンを呼び、彼らに場所を移すから、と伝えた。令嬢達はその場に魂を抜かれたように立ち尽くしている。彼女達をちらちら見ながら、ヘッセンとローアンはロキスタに視線を送った。するとロキスタは唇の端を少しあげ、笑った。

 ……目が、笑ってない。

 エリーザは血の気が引いたのが分かった。今の彼は普段オーラブに冷静に突っ込む有能な宰相ではなかった。抵抗することの出来ない傷付いた獲物が死ぬまで待っているような、血に飢えた恐ろしい猟犬の顔だった。

 そして、ロキスタは令嬢達にも聞こえるように言い放った。


「放っておけ。王太子妃殿下の方が大切だ。そんな虫けらほども数がいるご令嬢達と違ってな……」


 ロキスタはエリーザと二人を連れ、別の場所に移った。

 途中、エリーザが気分が悪いと呟いた。


「それはいけませんね。ここが暑いせいでしょうか?……外の空気でも吸いますか」


 そして、彼女に手を差し伸べた。素直にその手を取り、エリーザはロキスタとローアンに連れられて外へ出た。ヘッセンは外に通じるガラス窓を内側から守っている。

 闇夜に半月が浮かぶ。外へ出ると、胸のつかえがとれた。ロキスタもこの涼しさに冷静さを取り戻した。おもわずため息が出てしまい、ロキスタと目が合った。二人でくすくすと笑い合う。


「良かったです、エリーザ。あなたに何もなくて」


 静かな月光の中、彼が呟いた。


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