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08 噂話の令嬢達

 嫌だと言っても仕方がない。今日はティファナ=オ=リュデリッツ嬢が主催した舞踏会の日だ。夕方、彼女はオーラブと共に馬車に乗り込み、公爵の屋敷まで揺られていった。途中、彼女を和ませるためにオーラブは他愛もないことを喋っていた。だが彼女はほとんど上の空だった。しかしそれがなければ、彼女はもっと取り乱し、たいへんなことになっていただろう。

 ちらりと隣に座るエリーザに目をとめた。栗色の艶やかな髪は、翡翠と銀の髪留めでまとめられている。瞳と同じ色の宝石だ。ドレスは慎ましやかな緑で、こちらもその瞳を連想させる。ネックレスもイヤリングも銀が基調となり、落ち着いた雰囲気だ。いつもよりすこし濃いめのブルー系のアイシャドーも、彼女に気品を与えていた。


 ……なんとまあアメリアにそっくりなことか。

 オーラブは思わず感嘆の息をついた。化粧して飾れば外見など皆似てくるものだ。だが、この二人はまったく似ている。ふとした瞬間、不安になるのだ。これはアメリアか、それともエリーザか。そして、そのふとした瞬間、恋しくなるのだ。消え去ったあの人が。やはり目の前の少女はアメリアではないのだと。たとえどれほどそっくりでも、誰もその人の代わりになどなれないのだと。


 くだらない話が終わる頃、丁度馬車が屋敷に着いた。一足早く着いていたヘッセンとロキスタが二人を出迎える。


「さあ、殿下。もう皆様首を長くしてお待ちですよ」


 オーラブはヘッセンに、エリーザから目を離さないよう念を押した。

 どうせエリーザ様のお相手はあなたでしょう、とロキスタが肩をすくめる。それでも彼は念入りに頼んだ。


「では、参りますか。お二方」


 ロキスタが促す。ああ、とオーラブはよそ行きの顔で返事をした。反対にエリーザは既にガチガチである。


「……大丈夫ですか、妃殿下」


 ヘッセンの声に、エリーザがはっとする。そして、前を見て言った。


「……アメリア様のために、玉砕覚悟で参ります」


「……それは……ちょっと……ほどほどにな……」


 戦いにでも行く気か、とオーラブは心で突っ込みを入れつつ、エリーザの手を握った。





 やはりすごい人だ。彼らが広間に足を踏み入れた途端、一気に目が集まる。オーラブへの憧れ、期待。そしてアメリア―――エリーザへの妬み、憎しみ。背中にぞぞぞと何かが走り、エリーザは握るオーラブの手に力を込めた。それに気付き、大丈夫、とオーラブが囁いた。


「それではお相手願いましょうか?我が妻、アメリア」


 周囲に聞こえるよう、わざと大きくオーラブは言った。エリーザは戸惑いながらもまずは一曲、彼のパートナーとなった。当然だ、だってアメリアは彼の妃。今は身代わりとして、精一杯やらねば。


「ご覧あそばせ、オーラブ様が」


「あら、まあ……あの女狐様と?釣り合っていらっしゃらないわよねえ」


「ほんと。ま、所詮はお金のための結婚ですもの。しょせんあんな女、オーラブ様だっていつか飽きてしまわれますわ。経済が良くなればお払い箱ですわよ」


 人混みに紛れてシャンパンを含んでいたロキスタは、広間で踊る二人を見ながら、令嬢達の話に耳をすませた。


 たしかに愛のない結婚ではあった。けれど、オーラブがアメリアを愛していないというのは嘘だ。少なくとも彼は自分では気付いていないようだが、他の令嬢にみせる態度とアメリアに対する態度では、雲泥の差があった。悲しみに暮れるアメリアを気遣い、あまり彼女に非難が集中しないよう、少し離れて見守る。これが彼のやり方だった。

 どうせならはっきりとアメリア様に手出しをしないよう公言なさったらどうです、とオーラブに言ったことがある。すると彼は首を横に振った。そんなことをしてもアメリアへの非難はなくならないし、何よりこの結婚に一番傷ついたのは彼女だろう、と。好きでもない男と結婚させられ、いわれのない非難を受けて。彼女の気持ちを尊重したいから言わないとオーラブは言った。

 だがアメリアは彼を愛していた。というより、尊敬や憧れの眼差しで見ていた。彼から愛しているとさえ言われれば、アメリアも少しは違ったかもしれない。ただその時は幼馴染みに対するオーラブの気持ちに苛ついてしまい、それを言わなかったのだ。つくづく失敗したなあ、と今でも後ろめたい。


 今度はエリーザをじっと見つめた。


 身代わりの令嬢は、これからどうなるのだろう。アメリアが見つかり、用がなくなれば……彼女は……。彼女はアメリアによく似た気持ちを持っているに違いない。ただそれは、アメリアの物よりも優しくて控えめなものだろう。

 彼女はまた、田舎に帰るのだろうか?あんな寂れた場所でろくでもない男と政略結婚させられて、彼女は果たして幸せか―――?どうせなら俺がアメリアの代わりに……代わりに!?


 ロキスタは自分の思いに驚き、危うくグラスを落とすところだった。動揺を誰にも気付かれぬよう、一歩後ろに下がる。


 馬鹿な、それでは完全に身代わり―――人形と同じではないか!駄目だ、いくらなんでも彼女の優しさにつけこんでそんな卑劣なマネは出来ない。

 彼女の持つ優しさは、アメリアよりも深い。どれほどそっくりでも、やはりあの二人は違う。


 もう一度彼女を見て、ロキスタはシャンパンを飲み干した。


 やはり、エリーザはアメリアではない。


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