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05 踊らされる令嬢

「どうだった、初めての宮廷というものは?」


 昼に王太子オーラブと宰相ロキスタが王太子妃の部屋を訪ねた。オーラブを別としてここは軽々しく、特に男が出入りして良いものではない。だが、二人は王太子妃の見舞いにこじつけて昼食を共にしている。


「はあ……アメリア様の心中、察し申し上げます」


 元気なくエリーザが答える。

 そうか、とオーラブは呟いた。ロキスタも何も言わない。


「とりあえず数日は風邪で誤魔化せるでしょう。けれど、アメリア様がなかなか見つからなかった場合ですが、怪しまれないよう舞踏会や食事会に出席していただきます」


 ひええ、とエリーザが声をあげた。あまりに間抜けな声で、二人は彼女の顔を見た。


「あの、何か……?」


 ロキスタの問いに、エリーザは青くなって答えた。


「私も貴族の端くれですから、食事会ならなんとかなります。でも、舞踏会ともなれば、それはもう……足を捻挫したとかなんとか理由をこじつけて欠席します」


 どうして、とオーラブが尋ねた。相変わらず青い顔をして、エリーザが答えた。


「数年前……まだ私が社交界にデビューした頃です。アンハルト子爵領の近く、カバルティノ城にここ、王都ツェリエから多くの方々が避暑にいらして、そこで舞踏会を催されたのです。私は当時上流社会というものに憧れておりましたので、当然出席いたしました。恥ずかしながら、そこで初めてオーラブ様を拝顔いたしました」


 彼女はそこで言葉を切った。オーラブは恥ずかしそうに目を伏せている。


「ですがそこで、なんと無骨な田舎者よと嘲笑われ、もう舞踏会はトラウマなんです。実際、私は謙遜ではなくダンスもそんな上手くはありません」


 今思えば、あの同い年くらいの嫌味ったらしい派手な少女はティファナだったのでは……?いや、だめよ!そんなふうに根拠もなく人を貶めては……!

 彼女が一人で考えていると、オーラブが困った顔で言った。


「だが……アメリアもあまりダンスが上手くはなかったとはいえ、一通り出席はしていたしな。これは怪しまれるぞ」


 そうですねえ、とロキスタが同意した。じゃあどうすれば、というエリーザに、オーラブは頷いた。


「特訓だ!」


「えっ……ええ!?」


 大丈夫だ、とオーラブは笑った。そして、ちらりとロキスタを見る。


「いい先生がいるから。な?」


「それは……ご自分のことですか?私は政務がありますし。しかしあなたも夜遅くまでご予定が……」


 何言ってんだ、とオーラブは笑い飛ばした。そして、がしっとロキスタの肩を掴む。


「お前に決まってるだろ」


「ああ?私を過労死させる気ですか、このアホ王太子!」


 今までと変わった態度でロキスタがオーラブを睨む。エリーザが目を丸くしていると、侍女のネリッサが「これがロキスタ様なんです」と囁いた。しかしこれが普通らしい、オーラブは気にする気配もない。

 エリーザは食器を置いて、ロキスタに頭を下げた。


「あの、お願いします、宰相ロキスタ様!」


 一気に頬を赤らめ、ロキスタは笑いを噛み殺したような顔で頷いた。


「あー、では、私でよろしければ……。今晩から始めておきましょう。仮眠をとっておいてください、真夜中になると思うので。すぐに帰ることになっても、持っていて邪魔な才能ではございませんから」


 オーラブは今までそのやり取りをニヤニヤしながら見ていたが、そのロキスタを見ると急に大人しくなった。そして、昼食を詰め込んでいる。

 そんな王太子をちらりと見て、ロキスタが口を開いた。


「そういえばオーラブ様。末弟のダレス様にまた不穏な動きがあるとか」


 ダレスという名前を耳にした時、オーラブはぴくりと動いた。食器が音を立てる。オーラブは息を整えた後、失礼、と軽く謝罪した。


「あいつに敬称なんかつけるな」


 明らかに不機嫌な声。だがロキスタは気に止める様子もない。一応、第二王位継承者ですから、と言葉を添える。


「たしか、フィドル殿下がこのあいだお亡くなりになったので、ダレス様が第二継承者になられたんですっけ?」


 エリーザの問いに、ああ、とオーラブが頷く。


「表向きは病死ってことになってはいるが、ほんとうのところはどうだか。俺はダレスが暗殺したと思っている」


 サンメリエ王国では、王位継承競争においての兄弟殺しで有名だ。現国王には男児しかいないため、ますますもって争いは激しい。かくいうオーラブも実は四男で、上の三人の兄は皆、病死か廃嫡に追い込まれている。

 先日病死したフィドルは五男で、もともと体は弱かったのだが、急に容態が悪化したらしい。

 オーラブは真剣な目でエリーザを見た。


「分かるよな?お前は俺の足枷だ」


 替え玉がダレス王子にばれたら、オーラブは廃嫡に追い込まれる。もちろんエリーザもロキスタもただでは済まない。

 エリーザはこくりと頷いた。

 それを見て、オーラブは少し表情を緩めた。


「大丈夫だ、だからこそ守り抜く」


 心臓がぎゅっと痛くなる。頭を内側から叩かれているような気がする。さらにエリーザは頬に熱を感じた。

 その時、ガンと音がして、オーラブがテーブルに突っ伏した。足を押さえている。隣に座る宰相のロキスタがじっとりとした目で王太子を見ていた。どうやらロキスタがオーラブを蹴ったらしい。


「ナマ言ってんじゃないですよ、アホ王太子が。それで迷惑こうむるのは誰だとお思いですか。私が過労死したらあなたのせいですからね」


「……どうかお願いいたします、宰相閣下」


 呻き声でオーラブが言った。よろしい、とロキスタが返事をし、紅茶を飲み干した。それから彼は、エリーザとネリッサを呼び止めた。


「王太子妃の回りを中心として警備兵を増員しました。むさ苦しくなりますが、お許しを」


 二人が礼を言う。そして、ちらりとオーラブを見て、ロキスタが囁いた。


「あなたお一人で出来ることではないでしょう」


 まだ涙目で宰相を見上げ、確かにな、とオーラブは呟いた。

 エリーザとネリッサに礼を言い、王太子と宰相は席を立った。退出し、扉を閉める直前、ロキスタはウインクした。


「それでは、王太子妃殿下。今晩、お迎えにあがります」


 はい、とエリーザが答えると同時に、今度はオーラブがロキスタの足を蹴った。ロキスタの呻き声と共に、扉が閉まった。


「ロキスタ様って、本当に万能なお方なんですね」


 エリーザが話しかけた。ええ、とネリッサが答える。


「お気付きですか?彼のお召し物。今日のような上着なら、もっと別の―――例えば茶系の靴ですわよね?」


 たしかにそうだ。なのに、彼はわざわざ合っているとは言いがたい黒の靴を履いていた。


「天才宰相閣下も、おしゃれには疎いということですか?」


 なんとかは人に二物を与えず、といったところか。彼も万能ではないのだろう。なんだか安心する。しかし、ネリッサは首を横に振った。


「実は、わざとなんです」


 え、とエリーザが声をあげた。わざと、とは?


「彼は非常に優秀で、しかも容姿も素晴らしいので、どうしても国王陛下や王太子殿下と並んでいらっしゃると、ロキスタ様の方が貫禄がおありなんです。ですから、わざとあんなふうにちぐはぐな格好をなさっているんです」


 もちろん、公式の場はしっかりなさっていますけど、と彼女は付け加えた。

 恐ろしい……宰相ロキスタ。いったい彼には不得意とかいうものがあるのだろうか。


「さあ……私は、今まで聞いたことはございません」


 二人で顔を見合せ、エリーザとネリッサはロキスタの計り知れなさに肩をすくめた。


3/1分の改稿は02,03話の地の文の『ロキ』を全部『ロキスタ』に変えただけです。

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