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04 黄色い令嬢

 ひどくごてごてと着飾った令嬢達だった。一番派手な人は黄色のドレスには、細かい宝石が縫い付けられているのだろう、窓から入る光にきらきらと反射した。唇は恐ろしいほどの赤で(しかしこれはまだ普通であると言えるだろう)、目の回りには演劇の化粧かというくらい、アイシャドウが塗ったくってある。

 普通、自分より身分の高い女性とすれ違う場合、この宮殿では身分の低い女性が相手の姿が見えた時点で立ち止まって道を譲り、相手が通りすぎるまで頭を下げておかねばならない。それをしなくて済むのは極端に狭い廊下と、怪我など何らかの事情を持つ場合においてのみだが、通常宮殿に狭い廊下などない。ましてや彼女達は健康そのものだ。

 しかし、ぎりぎりの所まで来て、やっと彼女達は道を譲った。何人いるだろう。六人、七人、いやもっと―――。

 そしてエリーザが通りすぎる時、くすくすと笑いが溢れた。


「てっきり帰り道を忘れた迷い猫かと思えば……」


「あら、畜生は一度餌をもらったところは忘れないと聞きますわよ」


「それにしても、あまりに質素なお召し物で、召し使いの誰かかと思ってしまいましたわ……まったく、あなたが早く気付いていれば、こんな恥をかかなくて済むものを……」


 笑い声が頭に響く。目を閉じて聞かないふりをして、エリーザはそこを去った。

 王太子妃殿下の部屋の前まで来て、今度こそ卒倒するかと思った。床に血の滴る鼠の死骸が置いてある。

 青い顔をしたエリーザを支え、慣れた手つきでネリッサはそれを処分した。そして、エリーザを部屋に連れ込み、内側から鍵をかけた。

 ため息をついて、エリーザはソファに倒れ込んだ。


「お疲れ様です、エリーザ様。でも、今日はまだまともな方でしたわ」


 どんよりとした目でエリーザは侍女を見た。


「あれで……あれでまともなの?これじゃあアメリア様が放浪癖をお持ちになったのも、分かる気がするわ」


 侍女が紅茶を淹れる。甘い薫りに、少し胸のつかえが取れた。あれは誰、とネリッサに訊いた。


「先程のはティファナ=オ=リュデリッツ嬢というお方です。宮廷で誰よりもアメリア様に敵意を抱いているお方なんです。父の身分は公爵です。取り巻きの令嬢達は他にもいらっしゃいます。何しろアメリア様が正室にならなかったら、あの令嬢が正室だったんです」


 そりゃあ恨まれて当然かも……。でも、あんなのが毎日なんて。上流階級に憧れていた頃もあったけど、やっぱり私は身分相応でいいわ。アメリア様もお可哀想に。いくら相手が王太子、未来の国王だといっても、金のために結婚なんて……。


「じゃあ、あの鼠も彼女達の仕業かしら?」


 ええ、恐らく、とネリッサは頷き、彼女にティーカップを渡した。そう、とエリーザは頷き、悲しそうな目をした。どうかなさいましたか、と侍女が訊ねる。


「だって……あの鼠、まだ死んでから間もなかったわ。私がいたせいで……殺されてしまったのね……可哀想……」


 侍女が彼女をぽかんとして見つめている。何かおかしなことを言ったかしら、とエリーザは首を傾げた。


「あ、いえ、そうではなくて……以前アメリア様も同じことをおっしゃったんです。外見だけでなくて、お心までそっくりなお方なんだと思うと、本当にびっくりで……」


 これにはエリーザも驚いた。何しろアメリアとは会ったこともないのだ。


「そういえば、王后陛下がアメリア様のお辛いのがよく分かるとかおっしゃっていたけれど……どういうことかしら?」


 ああ、と侍女が頷いた。


「私も人から聞いた話ですけれど。王后陛下が隣国から来た侯爵姫君だというのはご存知ですよね。今でこそ皆様お認めになっていますが、いらっしゃった最初の頃はアメリア様と同じような体験をなさったのですって。そのせいかアメリア様をとても気にかけていらっしゃって、いつもお優しく……」


 そうだったの、とエリーザは呟いた。

 一度くらい、お邪魔しようかしら?いや、でも、彼女が呼んだのはアメリアであり、エリーザではない。それでも、もう二度とこんな華やかなところへは来ないかもしれないと思うと、野次馬根性が出てくる。いや、辛抱辛抱。彼女は首をぶんぶんと振った。


「それに、ロキスタ様は……なんであんなにアメリア様を……?王太子殿下の正室でしょう?それに、オーラブ様もお許しになっていたようだけれど」


 紅茶のお代わりを注ぎ足し、ネリッサは答えた。


「普段はむしろ加虐趣味のあるお方なんです。でも、二つ年下のアメリア様とは幼い頃から顔馴染みでしたようで、なぜかアメリア様にだけはああなんです。オーラブ様もどうしようもないと諦めていらっしゃるようで。でも、彼は味方ですよ。いつでもアメリア様を気にかけていらっしゃるのですから、あなたに不親切なわけがありません」


 一通りぺらぺらと喋り終えると、ネリッサはエリーザをベッドへ連れ込んだ。


「あなた様は今は風邪引き設定なのですから。お休みになっていてください。そうでなくても体力がなければ、この先やっていけませんよ」


 正論だ。エリーザは侍女にされるがままとなり、大人しくベッドへ潜り込んだ。ふわっとした薫りがする。

 上流は美しいとばかり思っていたけれど。本当は、あの田舎にいる方が幸せなのだ。


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