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02 身代わりの令嬢

「え?……殿下まで、何を仰います。妃殿下のアメリア様ではございませんか」


 ヘッセンが訳の分からないといった顔で返事をした。ところが王太子はつかつかと傍へ来ると、エリーザを見た。


「違う。確かによく似ているし、お前の言葉に不安になったが……アメリアじゃない」


 エリーザはほっとした。反対にヘッセンは完全に思考がストップしている。彼の口から、うわ言の断片のようなものが聞こえた。


「人……違い……?」


「ほらぁ、言ったじゃないですか!何度も何度も―――」


 そう言ってエリーザはヘッセンをつつく。王太子はエリーザ自らの口から「人違い」という単語が聞こえてほっとしているようだが、まだ信じられない様子だった。


「申し訳ありませんでした、こちらの手落ち、というかこのアホのせいで―――。今晩は泊まっていってください。明日、お屋敷までお送りしましょう。お嬢さん、お名前は?」


 エリーザはぼうっとしていた。

 そうだった。この人は。以前一度だけ、遠くから拝顔したことがある。変わっていない。とても優しくて、気品に満ちていて……。


「ご気分でも優れませんか?まさかこの粗暴者のせいで―――」


 はっとして、エリーザは否定した。王太子に睨まれたヘッセンは縮み上がっている。


「あの、初めまして、オーラブ様。挨拶の遅れましたことをお許しください。私、エリーザ=フォン=アンハルトと申します」


「ほう、あのアンハルト子爵の。……噂には聞いていたがな。アメリアそっくりの令嬢がいると。まさかここまで、声までそっくりだとは……。正直私もあまり自信がなかったが、なるほどこれならヘッセンも間違うな……」


 すると、当のヘッセンが口を挟んだ。しかし続きをもごもごと言いにくそうにしている。オーラブが続きを促すと、彼は青い顔をして言った。


「その……一刻も早く国王陛下をご安心させるために、王太子妃殿下はお戻りなので大丈夫だと伝えてしまったんです。そしたら、明日朝にどうしても殿下と王太子妃殿下に会いたいと仰せになって……」


 みるみるうちに、王太子オーラブも青い顔になった。


「まさか……受けた……?」


 黙ったまま、ヘッセンはこくんと頷いた。二人はますます青くなる。


「大変だ……そうだ、ロキを呼べ!寝ているなら叩き起こせ!すぐここに連れてこい!」


 ヘッセンは急いで、しかし静かに走り出ていってしまった。

 すぐに帰ってきた彼は、ほとんど白に近い金髪の若い男を引きずっていた。ロキという人はどうやら本当に寝ているところを叩き起こされたらしい。不機嫌そうに眉間にしわが寄っている。


「ロキ、大変だ!アメリアが……」


 眠い目をこすり、ロキはエリーザを見た。そして、馬鹿にしたようにオーラブを見た。


「何寝惚けたこと仰ってるんです。目の前にいらっしゃるでしょう」


「だから、人違いなんだ!」


 未だ信じようとしないロキは、エリーザを振り向いた。宝石のような灰色がかった青の瞳で、彼もまた端整な顔立ちだ。


「では、私を呼んでみてください」


 エリーザは一歩後ずさりしながら、小さく呟いた。


「あの……ロキ、様……?」


 とたんに今まで眠気を物語っていた彼の目が、ぱっちりと開いた。


「アメリア様じゃない」


「だから言ったろ!?」


「な、なんで分かったんですか!?」


 最後のエリーザの質問に、ロキは腕を組んだ。


「アメリア様は私に会うと、必ず『ロキスタ』とまるでこの世の最も汚いものを呼ぶかのように私を呼び捨てた挙げ句……私を踏もうとなさる……。しかしこの方はそうはなさらない。だからアメリア様ではない」


 ええっ、とエリーザは声をあげた。どんな方ですか、アメリア様って!?


「でもそんなアメリア様がお好きなんですよね?」


 ヘッセンが言うと、ロキスタは重々しく頷いた。うわぁ、とエリーザは心で呟く。何なのこの人。

 それで、とロキスタは言った。


「何が問題なのです。人違いならば謝罪して、もとのお屋敷までお送りすればよいではありませんか」


 それが、とオーラブが言いにくそうに言った。ロキスタは笑顔でその話を聞いていたが、話が終わると恐ろしいオーラを纏い、オーラブとヘッセンを見た。


「そーですかぁ。それの尻拭いを私にさせようと?全く未来の国王陛下はよい度胸をお持ちのようで、このサンメリエ王国も安泰ですなぁ。まったく、私よりたった一歳若いというだけなのにあなたは―――」


「た、頼む!お前は宰相だからっ……父上にどうにかとりなして……」


 はっとエリーザは思い出した。そう、このロキスタと呼ばれていた人物、彼こそがこのサンメリエ王国が誇る若き天才宰相だった。弱冠十歳にして主要五カ国語を理解し、一昨年、わずか十八という史上最年少で宰相の地位を手にした人。もともと彼の父が現国王ヨゼフ三世に仕えており、病死してしまったため、有能な彼が後を継いだのだ。

 自分とわずかしか変わらない宰相を見て、エリーザは言った。


「あの、私に手伝えることがありましたら、何でもお言いつけください」


 三人は驚いた顔をしてエリーザを見た。ロキスタはでも、と呟いた。


「そうだ、明日だけでもアメリア様の身代わりにというのはいかがだろうか。きっとアメリア様もすぐ見つかるだろうし、それまでは身代わりに……なに、こんなに似ているのだから……」


 ヘッセンが言う。そうだな、とオーラブも同意の色を示した。しかし、ロキスタは難色を示した。


「ばれたら大変なことになりますよ。私の首一つでは足りません」


 至って真面目な空気をぶち壊すかのようにオーラブは言った。


「それをサポートするのが天才宰相、ロキの役目だろ?」


 するとロキスタはオーラブの耳を掴んだ。私の仕事はこんな大きな赤子の子守りではないのですが、と彼は文句を言う。顔を赤くして、痛いとオーラブが不平を言った。その時、エリーザが口を開いた。


「あの、ロキスタ様!私、やります!どうも他人事とは思えなくて……!お願いします!」


 わずか十六歳ほどの少女の覚悟ある言葉を聞き、ロキスタはエリーザの顔を見つめ、少し頬を赤らめると、渋々承諾した。そして、苦々しげに言った。


「どうも私はまだ宰相としては不出来のようです。アメリア様と同じ顔をなさった方に、こんなことを言われると……」


 ロキスタはヘッセンに、アメリア付きの黒髪の侍女を連れてくるように言った。ほどなくして彼は最初に宮殿で出会った侍女を引っ張ってきた。彼女も眠っていたところを起こされたらしい。


「なんなんですか、アメリア様をこんな夜遅くまでお起こしして……」


 まだ頭が起きていない侍女に、ロキスタが手短に説明した。青い顔をして侍女―――ネリッサというらしい―――がエリーザを振り返る。エリーザは思わず俯いた。


「わ……分かりましたわ。これもひとえにアメリア様の名誉のため……替え玉と知れたら大変ですわね」


 侍女が頷いたところで、エリーザは一つ質問をした。なぜ、王太子妃アメリアはここにいないのか。

 すると、ネリッサが話し始めた。


「実は……アメリア様には、放浪癖がおありで……。ご存知ですよね、アメリア様が中級貴族のプロヴィンド家出身ということは。そのせいで、他のご令嬢からひどくいじめられなさって……嫌気が差すたびにふらりと宮殿を出ていかれるのです」


 え、ちょっと……そんな方の身代わりを引き受けてしまったんですか……!?今更後悔しても遅いけど!


「まあ、そもそもの結婚理由が不純でしたからね」


「不純……ですか?」


 ロキスタのため息とともに吐き出された言葉を、エリーザが復唱した。ええ、と宰相が返事をする。続きを話したのはオーラブだ。


「サンメリエ王国の国庫は火の車だ。結婚すれば転がり込んでくるものがあるだろう」


 首を傾げていると、ヘッセンが人差し指と親指で輪を作り、あとの三本は軽く伸ばした。まさか、とエリーザが目を丸くした。そのまさかだよ、とオーラブが言う。


「プロヴィンド伯爵は金持ちだからな。持参金が莫大なわけだ。少しは国庫の足しになる」


「さ……最低ですね……」


 とりあえず、とロキスタは話を切った。


「明日朝の謁見の際、エリーザ様は……いや、アメリア様は風邪気味で声が出ないということにしましょう。風邪を理由に早々に退出して、お部屋に籠っておられるのが一番です。何日かはそのまま部屋から出ずに、ネリッサ、お前がお世話をすること。三日もすればアメリア様は見つかるでしょう」


 一同、こくんと頷く。ロキスタは過労死させる気か、と文句を垂れつつ部屋を出た。その背中を目で追い、エリーザは呟いた。


「ロキスタ様って頼りになるお方ですね」


 オーラブは少しむっとした顔でエリーザの肩に手を置いた。そして、彼女の翡翠の瞳をじっと見つめる。


「大丈夫だ。あんな奴より、俺が責任もって守るから」


 戸惑いながらも、ありがとうございます、とエリーザは返事をした。肩に置かれている手が大きく温かく、なんだかどきどきする。疲れているせいだろうか。

 その夜、ネリッサに案内されたアメリア王太子妃殿下の広い部屋で、緊張したまま彼女は眠りについた。


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